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崩落事件

食事はカウンター席の前に置かれた配膳台から、自分で料理を取る形式だ。

今朝は五目豆と青菜の小鉢が並ぶ横に、炊飯器と味噌汁が入った大鍋が置かれている。

主菜がないのは、都度、寮母が作りたてを提供してくれるからだ。

「見回りって、また何かあったんですか?」

角盆を取りながら、千歳は寮母に尋ねた。

恭弥も口にしていたが、実は一昨日、この近辺で霊的な事件が起きている。

何でも動画配信者が生放送で降霊術を行い、それが半端に成功したとかで、複数体の下級魔が暴れ、現場で崩落事故が起きたそうだ。

近隣の術者が火消しに駆り出され、表でも警察消防が出動する大騒ぎになっている。

全国ニュースにもなっていた。

災害で緩んでいた地盤を大人数で踏み荒らしたのが原因だと、アナウンサーが澄まし顔で原稿を読み上げるのを、千歳は複雑な気持ちで聞いたものだ。

界の関係者ということで、一昨日の晩、寮にも連絡が回ってきたが、報告があった時点で事態は収拾している。

それに近所と言っても、現場は隣町の郊外、山の手にある神社だ。

同じ市内と言うだけで、ここからはかなり離れている。

だが、討ち漏らしがあるかもしれないということで、念のため、暫く寮は警戒態勢にあった。

今朝方、千歳の部屋を訪れた寮生達が殺気立っていた遠因でもある。

「土地が落ち着かないんだってさ」

「えっと?」

意味が分からず、眉根を寄せる千歳に、織部はカラカラ笑いながら、

「悪いことが起きると、人と同じで土地も不安がるのさ。そういうときは悪いことが重なるって昔から言ってね。念のため、昨日からこの辺を見回りしてるんだって」

「へえ……」

「こんな朝早くから、大変よねえ」

卵焼き器を扱いながら、織部は軽く流すように言った。

織部は術者ではないが、界の関係者だ。

こういった話題には関心が薄いのか、既に意識は料理に向けられている。

(何というか、もの凄くぼんやりした答えだ)

千歳は困惑気味に考えた。

どうも術者やその周辺の人々は、界にまつわる情報について口を閉ざしがちだ。

口を開いても、今みたいな曖昧な表現や小難しい専門用語が飛び出すので、いっそう頭を捻ることになる。

(単に分かっている前提で話してるからだけど)

千歳には、ちんぷんかんぷんな事ばかりである。

もっと突っ込んで質問すれば、ちゃんと答えてくれるかもしれない。

が、

(――聞かないけど)

五目豆の小鉢を角盆に乗せながら、千歳は小さく吐息する。

(詳しく聞いたところで何が出来るわけでもないし、深入りしたくもない)

大体、術者界の情報は、一般人には刺激が強いものばかりだ。

以前、街中でよく見かける魔物の生態について軽い気持ちで質問したところ、とんでもない情報が返ってきたことを思い出し、千歳は力なく笑った。

(ホント、エラい目にあったよ……)

それに、ことこの件に関しては、千歳からは触れない方が賢明だとも考えている。

事件の報告を受けた直後は、驚き半分、何て傍迷惑なと憤慨したが、数日前の自分のしでかしを思えば、非難出来る立場ではない。

(他人事じゃないんだよなあ……)

知らず片頬が自嘲で引きつる。

とはいえ、何かしら問題が残っていると、明日からの外出許可が先延ばしになる恐れが出てくる。

さすがにそこは気になる。

(やっぱり近所で起きた事件なら、少しは確認しておいた方がいいか……?)

悶々と考え込んでいると、

「再調査が入るそうだよ」

「――っはい⁈」

思考を読まれたようなタイミングで声をかけられ、千歳は跳び上がるほど驚いた。

振り返ると「ごちそうさま」と返却口に角盆を置いた学生服の青年が、にこやかに笑いながら千歳の方を向いた。

藍色の髪が、彼の動きに合わせてゆっくり揺れる。

「おはよう、碓氷君。ポン吉君は元気かな?」

「お、おはようございますっ、先輩。ポン吉は無事です。今朝は本当にすみませんでしたっ」

バクバクと心臓を脈打たせ、千歳は上擦った声で挨拶した。

「いやいや、良い刺激になったよ」

眼鏡の奥で目を柔和に細めるのは、私立玉垣山学園の高等部に通う宇佐見次郎。

同じ学校の通信課を受講する千歳にとっては、先輩にあたる寮生だ。

生徒会副会長を務める彼は、役職に相応しく理知的かつ温厚な面差しをしているが、それが外面であるということを嫌というほど知っている千歳は、愛想笑いにそこはかとなく警戒を交ぜ、

「そ、それで再調査というのは一体――?」

「一昨日起きた例の騒ぎだよ。現場となった神社に奇妙な点が見られるとかで、専門の術者が派遣されることになったんだ。僕も上から崩落現場を視たけど、あれは異常だ。何か大きな力が働いた後に見える。低級魔ごとに出せる火力じゃない」

顎に手を当て話す宇佐見に「上?」千歳は眉を潜めた。

「先輩、まるで直接見てきたような仰りようですが、もしかして……」

「もしかしなくても、式を飛ばして上空から確認したよ。本殿は無事だったけど、参道の真ん中付近から手前側が崖のようなっていた」

覗き見したことをあっさり白状する宇佐見。

千歳は呆れて、

「確か周辺は立ち入り禁止になっていたはずですけど、そんなことしていいんですか?」

「バレなければ」

悪びれなく言ってのける宇佐見に千歳は閉口した。

ツッコミたいのは山々だが、余計な事を言えば藪蛇になること請け合いなので、千歳は質問を変えた。

「稔が出向してるってことは、ええっと〈虹の内〉? ってトコが調査してるんですよね」

「そうみたいだね」

宇佐見の笑顔にあやしさが加味された。

千歳は内心(おおっと?)と、警戒を強める。

宇佐見がこういった顔をした後は、大抵、碌でもない発言がくる。

「しかし、これはおかしな話だ。この辺り一帯は〈虹の内〉とは別の組織の縄張りでね。火消しの人員もそこから出ている。黒洲が出張る理由が分からない。――この騒動の責任を取らせる形で、縄張りの一部を譲渡させる腹積もりかもしれな――」

「ごちそうさま」

カチャと静かに、しかし確実に音が響くように箸を置いたのは、カウンター席に座る澤渡和実だ。

スラックスにベストと、事務員のような私服姿の澤渡は、 白い手袋をはめた手を合わせ、空の食器に黙礼していた。

温かみのある琥珀色の短髪をしているが、どこか機械じみた動きを見せる澤渡に、千歳は少々及び腰になりながら、

「……澤渡さん、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「え、えと、今朝はすみませんでした……」

「構わない」

明らかに宇佐見の話を遮る目的で割って入った澤渡は、険しい顔つきで席を立つと、角盆を持って移動、千歳の背後を通過しながら、

「〈虹の内〉へは管轄の組織から正式に要請が出されている。あそこは土地の不具合を調べる専門家が多く所属しているからな。 ――それと」

じろりと宇佐見を横目で見遣り、

「憶測で物を語るな」

牽制するように言った。

不機嫌そうな澤渡に(おおっとお?)千歳は笑顔で固まった。

術者界に疎い千歳が、界について素朴な疑問を口にすると、時々、宇佐見と澤渡が揉める。

界の事情を、建前を省略して説明する宇佐見に、澤渡が苦言を呈するといった図式だが、毎回、宇佐見の人を食ったような物言いに澤渡が触発され、最悪、愚にも付かない口論が延々と続く。

(まーた始まるー)

笑顔を貼り付けたまま冷や汗を流す千歳の横で、宇佐見は面白そうに笑っていたが、ふと、考えるような顔になり、

「――確かにそうだね」

思いの外、あっさり引き下がった。

(あれ?)と千歳が拍子抜けしていると、宇佐見は申し訳なさそうに苦笑した。

「実はこの件、僕もまだ分からないことが多いんだ。もう少し調査を進めてから改めて報告するよ」

と、宇佐見は千歳に一歩近づき、こっそり耳打ちする手振りで、

「――勿論、澤渡君には内緒でね」

「……」

クスクス含み笑いをしながら秘密めかす宇佐見に、千歳は半眼になった。

最後の一言は完全に余計だ。

そもそも澤渡の目の前で話す時点で内緒話になっていない。

現に、宇佐見の肩越しに見える澤渡は、

「宇佐見……」

額に青筋を立て、ジト目でこちらを睨んでいる。

「ひーっ」と怯える千歳を余所に、

「君が望むなら、組織の相互関係についても教えるよ? 吃驚するほど碌でもないけど」

心底楽しそうに内緒話を続ける宇佐見とその背後、怒りに燃える澤渡の形相に、千歳は、

(その碌でもない関係の縮図が、今まさに目の前で起きてるんですがっ?)

口が裂けても言えないツッコミを、必死に喉元に押しとどめる。

「――おっと、そろそろバスの時間だ。僕はこの辺で失礼するよ」

宇佐見は軽やかに笑いながら二人から離れた。

「宇佐見くーん、お弁当忘れないでよー」

カウンターの向こうから、コンロに向かう織部が背を反らせて振り返った。

「ええ、勿論」

言いながら、宇佐見はカウンターに置かれた弁当包みを手に取った。

稔の物より小さいのは、日頃の食事量を見ているからだろう。

「いつもありがとうございます。昼時は学食が混雑しますから助かります」

「あっはっは。そうかい?」

「節約にもなりますし、何より美味しい」

そつなく感謝する宇佐見に、織部は満更でもなく笑うが、千歳と澤渡は白々となった。

散々人を揶揄った直後に恭しい態度を見せたところで、胡散臭さ倍増だが、美味しい食事を提供してくれる寮母に対しては、純粋に敬意を払っているだけのようだ。

(多分)

愛想笑い全開の宇佐見に、千歳は疑わしげな眼差しを向け、

(――特に裏とかは)

「ないよ?」

「⁈ なっ、何も言ってませんがっ⁈」

「そう?」

「そうですっ。いちいち人の心を読まない下さいっ!」

語るに落ちるとは正にこのことだが、動転した千歳が気付くはずもなく。

いいように千歳を転がした宇佐見は「お先ー」とヒラヒラ手を振り、食堂を後にした。

やたらと機嫌が良いのが腹立たしい。

(おのれ……)

宇佐見に絡まれると大体こうなる。

角盆を握り締め怒りを燃やす千歳は、しかし、

(てか、俺ってそこまで分かりやすく顔に感情が出るのか?)

(ダメだろそれ)

今後の芸能活動を危ぶみ、どんよりと落ち込む。

「ヤツは本当にどうしようもないな」

悄然と項垂れる千歳の横で、澤渡がうんざりとぼやいた。

「いえ、俺も少し迂闊でした……」

「――碓氷。宇佐見の説明を捕捉する形になるが、あの事件が面倒な事になっているのは本当だ」

力なく笑いながら答えると、不意に改まった様子で澤渡が言った。

深刻な物言いに、千歳は訝しく澤渡を見る。

「あの崩れ方は尋常ではない。こちらに情報が回ってくるかは分からんが、結論が出るまでは気を抜かない方がいいだろう」

険しい顔つきの澤渡に、千歳もまた神妙な面持ちで、

「……澤渡さんも、式を使って空から調べたんですね」

「当然だ。情報は術者の命綱だ」

平然と言ってのける澤渡に、千歳は押し黙った。

(……ずっと思ってたことだけど、やっぱりこの人達、もの凄く似てる気がする)

青ガシャ来襲事件で見せた的確な状況判断。

正確な対処法を瞬時に選別、即時実行する行動力。

周辺の設備を自分の術に組み込む応用力。

機転に由来する手数の多さ。

物事に対する見解と評価。

それら全てが恐ろしく似ている。

(つまり、同じ磁極は反発すると)

二人の性格を分析して、千歳は小さく溜息を吐いた。

(態度と言葉選びでここまで差がつくのか……)

宇佐見と同類認定されたことなど露知らず、澤渡は「それから」と話を続けた。

「今日リモート授業を受けるのは、君と御蔵だけだったな」

「ええ、そうみたいです」

食堂の入り口の脇には、寮生達の予定が書き込まれたホワイトボードが壁掛けされている。

寮生達の食事の要不要を確認するために織部が設けた物で、食堂に入ったときに、軽く目を通した内容を思い出しながら千歳が頷くと、

「今日も授業は東館のラウンジで受けてくれ。館内のネット回線がまだ不安定だ」

「え? まだ直ってないんですか? 昨日業者が入ってましたよね?」

敷地内の南西付近を中心に、無線、有線に限らずネット接続が安定しない。

これは入寮した日から続く不具合で、建物の電子錠にも影響を及ぼしてる。

遡れば寮が開かれた日、引っ越し業者が荷物の搬入に手間取ったのは、西館の荷物搬入口が電子錠の不具合で開かなかったせいだ。

やむを得ず表玄関から荷受けをしている最中に、寮生達が到着してごちゃついてしまったと聞いている。

敷地の北東部は電波障害の影響が少ないため、リモート授業は東館の端にあるラウンジで受けていたのだ。

しかし、敷地の南西といえば。

「……やっぱり原因は、あの洋館ですか?」

電波ハウスもかくいうやといった外観だ。

怪電波を発していてもおかしくはないと訝る千歳に、澤渡は「いや」はっきり否定した。

「館内の設備の問題ではなく、この辺りの一帯に不具合が生じているようだ。業者も首を捻っている。御蔵にも伝えたいが、まだ食堂に降りて来ない。すまないが、頼めるか?」

「ええ、分かりました。あ、と言うことは、澤渡さん、今日はお出かけですか?」

「いや」と澤渡は渋い顔を見せた。

「今日も一日、黒フクロウの整備に取られそうだ」

澤渡が、自分が所有する小型飛行機の調整に手間取っているのは知っている。

お陰で彼は、朝から晩までガレージに籠もりっぱなしだ。

「大変ですね……」

澤渡は大きく嘆息すると「先に失礼する」そう言って食堂を後にした。





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