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思惑それぞれ

澤渡の質問の意図は分からなかったが、黒フクロウに問題がないと分かった以上、長居は出来ない。

「お邪魔しました」

「いや、こちらもつい長話をしてしまった」

換気のために開けていたシャッターを閉めるついでに、千歳を見送りに来た澤渡と話していると、半開きのシャッターの下から、ハンドルの付いたバケツ、手動式の洗濯機のようだ、を担いだ二体の人形式が入ってきた。

澤渡の据置型人形式だ。

先の戦闘で見かけた簡単な作りの物ではなく、作業帽と作業服を身につけ、顔は「機関士補佐」と書かれた面を被っている。

えっさ、ほいさと神輿を担ぐように洗濯機を搬入する人形式を目で追いながら、

「作業着の洗濯を頼んでいたのだよ。寮の洗濯機に放り込むには、油汚れが酷すぎた」

手動洗濯機を隅に置いた人形式達は、素早く澤渡の前に駆け寄り整列、身振り手振りで、洗った作業着は乾燥機で乾かしている最中だと示した。

コミカルな動きに千歳は思わず失笑する。

報告を終えた人形式達はビシッと敬礼、回れ右をして居室スペースへ向かった。

廊下の一番奥に置かれた靴箱のような家具の前に来ると、人形式達は引き戸を開け、二体揃って中に収まり、自ら扉を閉めた。

戸が閉まるのを見届けた千歳は興味津々で、

「あれは?」

「人形式用の収納箪笥だ。術者の家屋敷では、防犯や魔除けとして玄関や主寝室の前にああして人形式を待機させておく。出入り口の方は」

言って澤渡は上を指した。

作り付けの棚の上に、止まり木を掴むフクロウの置物が見える。

先の戦闘で見た澤渡の鳥型式だ。

「あそこでガレージ内を監視している。と言っても、夜しか動かしていないが。……ガレージも開けっぱなしで、留守番も皆用に出したのは、さすがに不用心だったな」

澤渡は失態を認めるように軽く苦笑した。

「整備が終わるまでは、昼間も稼働させておくか」

確かに、ガレージへ無断侵入した千歳に反応しなかったが、千歳は大いに目を輝かせて、

「格好いい監視カメラですねっ」

はしゃいだ声を上げる千歳に、澤渡も少し自慢するような笑みを見せた。

「我ながら良い出来だと思っているよ。暗視に強くて助かっている。――黒フクロウも少し落ち着いたようだ。これでようやく一息つけそうだ」

「お疲れ様です」

「まだ片付けは残っているが、先に昼食を済ませよう。食器の返却ついでに、手間をかけた事を織部殿に詫びなければ」

生真面目な澤渡に千歳はちょっと笑って、

「澤渡さんも、宇佐見先輩みたいにお弁当にしてもらえば良いのでは?」

「外出する訳でもないのに、そんな面倒はかけられれない。――ところで」

ふと思い出したように澤渡が言った。

「織部殿は本気でパーティーを開くつもりだろうか」

「……あー、みたいです。ちょっとやる気を出されたというか」

稔とジルのアシストが入ったことは伏せつつ、言い辛そうに千歳が口にすると、

「……良い機会かもしれない」

「はい?」

千歳は思わず聞き返した。

ここに来て澤渡までもがパーティーに前向きになったのかと危ぶんだが、彼の表情はやけに神妙だった。

「顔合わせの日、君の事情について、聞く側も相応の覚悟がいると話したことを覚えているか?」

「ええ、覚えています」

「あの言葉のせいで、かえって話し辛くなったということはないだろうか?」

千歳は一瞬ドキッとした。慌てて、

「いえっ、そんなことはありません。あの時は色々突然すぎて、むしろ助かったというか……」

思いがけず聞かされた澤渡の懸念に、千歳は急いで否定した。

が、

「……でもそうですね。やっぱり、もっとちゃんと説明した方がいいんじゃないかと考えてます。この先、俺と関わることで、青ガシャみたいな強力な魔物に襲われる危険もあるわけですし……」

先の事件で寮生達は皆、負傷している。

それが負い目になって、事情を隠している事に罪悪感を抱いていたのは確かだ。

「魔物退治は我々の本分だ。負傷も織り込み済み。そこは気にしなくていい」

澤渡は浮かない顔をする千歳に目を向け、

「と言っても、難しいか」

「さすがに知らん顔するほど図太くないです。それでパーティーの時に、改めて場を設けようという訳ですね」

「そうだ」澤渡は頷いた。

「ここ数日君と過ごして分かったことだが、碓氷、君は自分の意見をはっきり口に出来る性分らしい。あそこまで不躾な発言をした宇佐見とも上手く付き合っている。この場所に会する我々は、不安定ながらも適度に礼儀は保たれている。人間関係が希薄な今の方が、むしろ気兼ねは少ないように思う」

澤渡の提案を受け、千歳は考えるように視線を斜め下に落とした。

ややあって、

「……すぐ終わっちゃうんで、前座にもならないと思いますけど」

イタズラっぽく、千歳は笑ってみせた。





「……まさかの急展開」

ガレージを出た千歳は、歩きながら独りごちた。

思いがけず問題解決の糸口を掴むことになったはいいが、心はどこか置いてけぼりだ。

(ちゃんと順序立てて話せるか不安だ)

台本でも作っておこうかと、他人事にぼんやり考え、はっと千歳は我に返った。

(いや、それよりもっ)

宇佐見と言い、澤渡もまた千歳の心情を見透かしたような質問を、ここぞというタイミングで投げかけてくるのは、

(やっぱり顔に出てるのか?)

芸能者として愛想良く振る舞ってはいるが、未熟な千歳はその外面を四六時中被り続けることはまだ出来ていない。

見る者が見れば、容易く見抜けるであろう素顔との落差が、かえって本心を浮かび上がらせているのでは、と考え、

(あの子らのお面と同じかぁ……)

自分の本心も、人形式同様、極太毛筆で顔に書いてあるのかもしれないと、盛大に肩を落とした千歳は、しかし表情を引き締めた。

「――けど、何となく分かったかも……」

千歳は振り返り、遠くなったガレージを見る。

「予想通りというか、聴取は成功ってことで、いいかな?」




そして、そのガレージ内では。

千歳が持ってきた昼食を見つめ、澤渡は考えていた。

「……上位者としての自覚はなし」

目を細め、顎を引く。

「大きな力を持ちながら、そのことに無自覚、無頓着。……思った以上に危険な仕事かもしれん」

眼前の昼食に視線を固定しながら、しかしその眼差しは、別の何かを見つめていた。


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