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聞きたいことと聞かれたこと

受け取った角盆を見下ろしながら、作業着を羽織った澤渡は疲れた顔で言った。

「もうそんな時間だったか。わざわざ持って来て貰ってすまなかったな」

「いえ、こちらこそ勝手に機械を動かしてしまって、本当にすみませんでした」

千歳は改めて謝罪した。

光の立方体、黒フクロウの動力源だそうだ、は、澤渡によって既にボンネット内に戻されている。

立体映像も消され、代わりに室内照明が灯された。

明るいガレージ内にて、深々と頭を下げる千歳に、澤渡は特に気にした風もなく、

「いや、君の霊力に勝手に反応しただけだ。もとより機械と霊力の相性は悪くない。君もこういった現象は初めてではないだろう?」

「ええ……。たまにやらかします」

電子機器を勝手に起動させたり、フリーズさせたりを頻繁に起こしているのは本当だ。

過負荷による故障で、何度も携帯端末を買い換えてきた千歳は、恐る恐る、

「その、壊れたりとかは……」

「黒フクロウは科学と術の複合技術で製造されている。外部から霊的な干渉を受けても、機体が負荷を受けないよう、疑似頭脳が上手く受け流すよう設定されている」

操作盤の上には、光の立体の代わりに四角い画面が浮いていた。

目を向けながら澤渡は、

「むしろ君の干渉で、不具合を起こしていた伝達系統が円滑に流れ出している」

「ショックで直ったってことですか?」

叩けば直るという、古の家電修復術、その変則技が効いたということだろうか。

「いや、完全にではなく、あくまで一部だ。 ――気になるようなら、少し確認しようか」

不安そうな千歳を一瞥すると、澤渡は近くのワゴンに角盆を置き、ふと周囲を見回し、渋い顔で、

「酷い有様だ」

「ま、まあ、引っ越したばかりですし……」

「気遣いは無用だ」

千歳の弁護を澤渡は苦々しく遮る。

「だが釈明はさせてくれ。しゃがみながら油差しを作業台に置こうとして失敗した。それもポリタンクから機械油を移し替えた直後の物をだ。

飛び散った油を掃除するために無理矢理物を移動させた。ついでに油まみれの作業着はまとめて洗濯中だ」

「それはまたとんだやらかしで」

その場面を想像して、千歳は心底気の毒そうに言った。

「斟酌痛み入る」澤渡は深く嘆息、

「休憩を挟まなければ作業効率は落ちる。頭では分かっていても、時間とバイタルの管理は難しい」

言いながら澤渡は、昼食を置いワゴンを脇に押しやると、黒フクロウのハンドルから抜き取った操作盤を、可動式作業台の昇降アームに取り付けた。

譜面台のようなそれを入力しやすい位置に移動させ、軽い指使いで操作盤を叩く。

襖を両開きにするようにして、澤渡の眼前に長方形の画面が表示された。

空中に浮かび上がった画面につらつらと表示された文字を目で追いながら、

「腕と違って、頭から油を被ったところで脳の回転速度は上がらない」

「あ、っと……」

さらりと言った澤渡の言葉に、千歳はギクリとなった。

不自然に固まった千歳に、澤渡は片手で入力しながら、もう片方の手を軽く掲げてみせる。

作業着の長袖を来ていても、手首から先の銀の義手ははっきと確認出来る。

「気になるか?」

「いっ⁈ ……いえっ?」 

咄嗟に否定したはいいが、盛大に語尾が跳ね上がってしまった。

あまりにも白々しい自分の態度に千歳は閉口した後、

「……嘘です。滅茶苦茶気になります」

気まずく白状した。

どうしても義手に目がいってしまうことに、ずっと後ろめたさを感じていたのだ。

「人体の欠損は目に付く。健全な感性だ。詮索されるのも、気遣われるのも面倒だから普段は手袋をはめていたが、今回は油断した」

澤渡はごく普通に話すと、義手を返し見つつ、軽い口調で続けた。

「昔、ちょっとあってな。腕は再生中だ。それまで義手の世話になっている」

「え? 腕を再生って、医療ってそこまで進んでたんですか?」

「術者の技術だ」

驚く千歳に、澤渡は釘を刺すように言った。

「接合手術はかなりの荒療治になる。今のところ、常人より肉体が頑強な術者にしか施術出来ない」

「それでも凄いですよ。一般には普及出来ないんですかね?」

「界の状態を考えると、かなり厳しいだろう」

期待を込めて尋ねる千歳に、澤渡はどこか投げやりな口調で言った。

「技術的にも課題は多い。実用化は当分先だ。――君はどうなんだ?」

「どうって、何がですか?」

唐突に話を振られて、心当たりのない千歳はぽかんとなる。

澤渡は千歳の方に体を向けると、慎重に切り出した。

「初日の片付けの後、写真を取り戻すために記者を追おうとした君を止めることが出来なかった。走り去る君の手を間違いなく掴んだはずが、すり抜けたのだ。――あれは無意識か?」

真っ直ぐな澤渡の視線に、千歳は少々鼻白みながら、

「え? ええ、まあ。あの時は結構取り乱していたんで、勝手にそうなったというか……」

どう説明したものかと、千歳はしどろもどろに言葉を探す。

「えっと、ちょっと気合いを入れてピアノを引いた後なんかは、いつの間にか指先が透明になってたりしますけど、元に戻す方法はちゃんと教わってますから、すぐに治ります」

「……なるほど」

澤渡は僅かに視線を下げ独りごちると、少し考えてから、

「――霊力の高さとは、密度、つまり質の高さを意味する」

「はあ」

澤渡が何を言いたいのか分からない。

当惑顔で生返事をする千歳に構わず、澤渡は、トンと軽く指で操作盤を叩いた。

千歳と向かい合わせにもう一枚画面が開く。

黒フクロウの内部構造を平面化した映像内、澤渡は色違いで表示された箇所を示し、

「――疑似頭脳が損傷した際の非常用回路が作動している。これを使って生体登録を迂回したようだ」

「……えーつまり?」

「黒フクロウが君の要求と既存の指示系統を整合させ、最適な行動を選択した」

画面内の文字列を読み解きながら、澤渡は淡々と続けた。

「はあ」

画面に視線を固定しながら説明する澤渡に、千歳は生返事で応じた。

澤渡は分かりやすく説明しているつもりだろうが、基礎知識のない千歳には何が何やらさっぱりだ。

呆けた顔の千歳に、澤渡は「そうだな」と呟き、

「建設会社で例えるなら、工事現場において、現場監督の命令は絶対だが、社長の個人的なお願いは無下には出来なかった。こう言えば分かるか?」

「現場監督に黙って依頼するのも、それに従うのもルール違反だと思いますけど。と言うか、俺が社長ですか?」

千歳は眉をひそめた。

「その言い方だと、黒フクロウは澤渡さんより俺を上と認識したことになる……ような、ならないような?」

言いながら無遠慮さに気付いて、千歳はごにょごにょと語尾を濁す。澤渡は呆れて、

「いちいち相手の機嫌を伺う必要はないぞ」

「あはは……、つい」

笑って誤魔化す千歳に、澤渡は気を取り直して続けた。

「上というより、君の事をおもねるに値する相手だと判断している。君に気に入られたかったようだ」

「へ?」千歳は自分の指差し、目を瞬いた。

「俺に好かれたいって、何でまた」

「君を上位者と見なしたのは確かだ。その上で、敵意が無いことを示したかった。あるいは好感を持たれることで利すると判断した。――何にせよ黒フクロウの意志だ。俺には分かりかねる」

要するに黒フクロウは、千歳にゴマすりをしたということか。

機械の割りに人間臭い思考である。

千歳は微妙な顔で、

「疑似頭脳でしたっけ。AIじゃないですよね? 自我とかあるんですか?」

「どうだろう」

澤渡は曖昧に答えた。

「黒フクロウの動力源は、大気中の気を物質化した人工石だ。擬霊石と呼ばれ、石英や蛍石に似たガラス質の鉱石だ。純度に差はあるが、使役式にも同じ物が使われている」

画面が切り替わり、マスに区切られた鉱物の画像が表示された。

水晶のような物から河原に落ちている小石のような物まで、形状は様々だ。

「大気中の気には人間の思念も大量に含まれている。これを上手く利用する事で、使役式、特に人形式の挙動や思考を人間に寄せている」

「ああ、だからあの子ら、人間みたいな反応をするんですね」

人型式達の、やたらと人間じみた反応を行動を思い出し、千歳は納得する。

「まるで生きてるみたいだとは思ってましたけど、本当に魂みたいなのが入っているんですね」

感心する千歳に対して、澤渡の答えは素っ気ないものだった。

「それを命と呼ぶかどうかは意見の分かれるところだ。そもそも魂ですら概念上の存在でしかないのだから」

「え? 術者って科学では説明が付かない霊的な現象の専門家ですよね? なのに魂の事が分からないなんて」

「魂や生命、ましてやその根源を説明出来る者はいない」

澤渡はきっぱりと言い切った。

「何故自分がこのように存在しているのか、理屈をつける以外に術はない。語るのは詐欺師だけだ。故に使役式の魂や自我を論ずるのは無意味とされてきた」

「そう、なんですね……」

(――命なきモノ、か……)

館内で仕事に勤しむ人形式達を思い、何となく釈然としない思いを抱えていると、

「代わりにこう言われてきた」

もやつく千歳に、澤渡はふっと口の端を上げた。

「物は大切に扱え」

「……そういうの、結構好きです」

つられるようにして、千歳も少し笑った。

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