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ガレージハウス

敷地北西には来館者用の駐車場がある。

平時、車は二台しか止まっておらず、軽い運動をするにはもってこいの場所で、千歳も運動場代わりに使っている。

その駐車場には、西館の外観と揃いに作られたガレージハウスが建っていた。

一軒家と言っても差し支えない、立派な平屋だ。

件の社長は高級車を多数所有していたらしく、その専用車庫にするつもりだったそうだが、妾宅として建てたはずの洋館にガレージを併設させなかったのは、無理矢理建てた洋館のせいで当初の予定が狂ったからだろう。

「澤渡さん、いますか?」

シャッターが半分ほど上げられたガレージの中を覗き込んだ千歳は、

「……何か臭うな」

僅かに漂う機械油の臭気に顔をしかめた。

このガレージには、駐車スペースの他に、浴室とトイレの付いた居室部分があって、羽根の付いたスノーモービルのような機体、黒フクロウを保管、整備するために、建物ごと澤渡の私室になっている。

そしてその澤渡は、入寮以来、黒フクロウの調子が悪いと言って、風呂や食事以外、ガレージに籠もりきりになっていた。

「お邪魔しまーす……」

慎重に角盆を持ちながら、千歳はシャッターをくぐり中に入った。

室内は薄暗かった。

換気扇の回る音がやけに大きく響いている。

後頭部に籠もるような機械の振動音もする。

照明は落とされているが、高窓から差し込む光で視界は充分に確保されていた。

よって、雑然とした室内の様子もはっきりと目に出来た。

車二台を余裕で駐車出来る広い空間の、シャッターを背にした左側には、台座に固定された黒い機体、黒フクロウを中心に、キャビネットやコンテナ、可動式の作業台、それにコンプレッサーやアンプのような機械が、積み木をばらまいたように置かれていた。

床には機体や台座の側面から伸びた太いケーブルが何本もうねっている。

ケーブルの端は機械類に接続されているが、どの機械も、本体にケーブルが半端に絡んでいる。

天辺がドームになった円柱の機械などは、胴体がケーブルでグルグル巻きだ。

使いっぱなしの工具が床に転がっていたり、半端に荷解きされた段ボールが乱雑に積まれたりと、随分な有様だ。

ポリタンク入りの機械油も床に放置されていた。

臭いの元はこれだろう。

長年放置された物置とでも言うべきか、グレーの色調で統一されたお洒落な内装が台無しである。

「わーぁ……」

生真面目な澤渡からは想像も出来ない散らかりっぷりに、千歳は何とも言えない顔で引く。

しかし、物でごった返した左側とは真逆に、右側は何も置かれずにがらんとしている。

濡れたように光る床には塵一つ落ちていない。

それに壁際の棚や奥の作業台はきっちり整頓されている。

落差の激しい室内を見回し、

「掃除でもしたのか……?」

臭いと言い、床に零した機械油を、大慌てで掃除したように見えなくもないが、それはともかく、肝心の澤渡の姿がガレージ内にない。

「部屋の方かな……」

左奥の居室スペースに目を向け、しかし千歳はげんなりとなった。

居住スペースは、シャッターとは別に人用の玄関があり、そこから一段高く廊下が通っている。

廊下には、トイレ、浴室と扉が並び、掃き出し窓のある個室へと続いているが、その廊下の前は物品が渋滞していた。

本来なら、靴を脱いで廊下に上がれば、個室の扉を叩くことは容易いはずが、

「玄関から回った方が早かったかも……っと」

手にした角盆を高く掲げ、体を細めて物の間をすり抜ける。

床の工具に気をつけながら、慎重に居室スペースを目指す千歳は、黒フクロウの脇を通過しようとして、足を止めた。

「……何だ、これ?」

ハンドルの中央部に設置された板状の操作盤、その上部に浮かび上がる光の立体を、千歳は覗き込む。

金や琥珀と色を変えながら、呼吸するように光が強弱するそれは、崩れかけた立方体だった。

崩壊した箇所の周囲には、小さな破片が浮いている。

破片は立方体をしていて、凹んだ箇所も都会のビル群のように四角が群がっているので、様々な大きさの立方体が寄り集まって作られているのだと分かった。

綺麗だが、飾りではなさそうだ。

「どういう仕掛けだろう……?」

ほーと感心しながら、色々な角度から覗き込んでいた千歳の瞳が、不意に金緑色へと変化した。

同時に視界が明るくなり、室内の様子が鮮明になる。

(……あ、やったかも)

何かをより詳細に観察したい、そう望むと、無意識の内に霊視の目が開いてしまう。

千歳の悪癖だった。

体力気力を消耗してしまうので、なるべく使わないようにと言われていたが、やってしまったものは仕方ない。

「ま、いっか」と気楽に流して、千歳は再び光の立体に目を向けた。

ピ、と操作盤から短く電子音がした。

明らかに何かの起動音だ。

「――ん?」

携帯端末の音だろうかと千歳が訝る間に、操作盤上部の光が消えた。

操作盤のキーボードが勝手に上下、文字を入力し始める。

嫌な予感がして、千歳が頬を引きつらせると、果たして紡錘形をしたスノーモービル先端から、パキンパキンと連続で何かが弾けるような音がした。

カチカチカチとダイヤルを回すような音が軽快に響き、ガコンと盛大に何かが外れるような音が続く。

「う、うーん?」

千歳は空笑い浮かべながらそれらを聞いた。

……何となく分かってしまった。

観察したいと思った千歳の望みに、機体が応えようとしていることが。

(ヤラカシター)

不自然な笑顔を貼り付け、冷や汗を流していると、紡錘形をしたスノーモービル先端のボンネットの蓋が軽く浮き、一拍おいて、ガッコンと音を立て、垂直に開いた。

内部から光の塊が上昇する。

オレンジ色をした十五センチ四方の立方体だ。

ケーブルを絡んだ蔦のように引き連れ浮かび上がったそれは、千歳の目の高さで停止した。

黒フクロウの動きはそれで止まった。

「と、止まった……?」

千歳は頬を引きつらせて、ほっとするも、今度はケーブルで繋がれた機械が動き出した。

出力が上がり、コンプレッサーのような機械の振動音が大きくなる。

巨大真空管アンプのガラス内部が泡立ち、円柱の機械、その上部がぐるりと回転、裏側に入っていたレンズが前を向き、光を照射した。

放射状に広がる光は、室内右側の空間に立体映像を映し出した。

操作盤の上にあった光の立体を拡大したものだ。

機械の動作はそれで完全に止まった。

「わぁーお……」

一連の動きを最後まで目で追った千歳は、角盆を持ったまま、口を半開きにして天井近くまで展開した映像を見上げた。

映像の光が床や壁に反射して幻想的に揺れる中、千歳は、

「……は、ははーん、成程。だから右側を開けていたのか」

したり顔で頷き、

「……どうしよ」

青褪める。

直接手を触れていないとはいえ、意図的に作動させた自覚はある。

澤渡にどう釈明しようかと、真っ白な頭で考えていると、ガチャリと浴室の扉が、前触れもなく開いた。

ギクリと千歳の心臓が跳ね上がる。

「誰だ?」

「すっ、すみませんっ!」

険しい誰何に急いで振り返ると、首に掛けたタオルで髪を拭きながら扉を開けた澤渡が、驚いた顔で千歳を見ていた。

濡れた髪に水分の残った肌、加えて作業ズボンに半袖のシャツという軽装の、明らかに風呂上がりの澤渡は、照射された立体映像に目を向け、再び千歳に視線を戻した。

タオルから手を下ろし、呆気にとられた様子で、

「――君が起動させたのか?」

千歳は咄嗟に返事が出来なかった。

室内を荒らしている所を、部屋の主に見つかって狼狽したこともある。

だが、それ以上に。

黒い部品が垣間見えるいぶし銀の素材。

それらを筋肉モデルのように組み合わせて作られた澤渡の両腕、義手を目の当たりにして、千歳は言葉を失った。


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