何事も抜け目なく
昼食を取るため、ポン吉と一緒に食堂へ向かうと、入り口から肩に大きな段ボールを担いだ稔が出てきた。
「あれ? 出かけたんじゃなかったのか?」
「ちょっと借り物」
目を丸くする千歳に、稔はすれ違いざま軽く答えると、スタスタと足早に通り過ぎる。
段ボールの中から、ガチャガチャと金属がぶつかる軽い音が聞こえたので、多分中身は鍋か何かの調理器具だろう。
「見回りって言ってたけど、泊まりになったとか?」
「そんなもん」
「そうだ。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「悪い、急ぎ」
ミドリからの情報を聞こうと声を掛けるが、稔は肩越しに手をヒラヒラさせて、さっさと玄関の方へ行ってしまった。
普段通りの素っ気ない態度だが、動きは機敏だ。
(本当に急ぎみたいだ)
厄介な事になっているのだろうかと、千歳は稔の背中を見送りながら難しく考えるが、術者の仕事だ。深入りしても仕方ない。
(やっぱり恭弥さんか白瀬さん辺りに聞くのが無難か)
千歳はあっさり諦め、
「行こうか」
ポン吉を促し、食堂へ入った。
織部によると、稔に貸し出したのは調理器具で正解だったらしい。
「現場で一泊する事になったんだって」
空の段ボールを紐でまとめながら、織部が言った。
「食事当番が回ってきたから、調理器具一式貸してくれって頼まれたのさ」
昼食の乗った角盆を手に、千歳は腑に落ちない顔で、
「コンビニで弁当買った方が早いような気がしますけど」
「あたしもそう言ったんだけどね。おにぎりやパンは買うけど、汁物は自炊するって大きい鍋を持って行ったわ。今の時分は冷えるからねえ。――引っ越しに使った段ボールを残しといて良かったわ」
言いながら、織部は段ボールを抱えて調理場の奥へ行ってしまった。
(稔に炊事が回ってきたのか)
大変だな、と千歳は術者間の上下関係を察しつつ、席に着いた。
食堂は織部以外誰もいなかった。
その織部も段ボールを片付けた後は調理場に引きこもってしまった。
パーティー用の料理を選んでいるのだろう。カウンターの書籍類がなくなっている。
蚊帳の中で寝ていた白玉の姿も今はない。
織部によると、目を覚ました白玉が部屋に帰りたそうにしていたので、連れて行ったそうだ。
寮生達は澤渡を残して全員出払っており、その澤渡も、まだ作業中らしく姿を見せていない。
(静かだ……)
黙々と昼食のランチプレートを食べながら、千歳は縁側を見た。
冬のお昼は、日差しも風も穏やかだ。
真新しい庭木や石を照らす光が、白くたゆたっている。
視界に洋館が入らない席を選んでいるので、不快な気分になることもない。
暖房もほどよく効いて、
(良い日だな……)
串に刺さった鶏つくねを食べながら、千歳は昼休みを堪能した。
午後の授業は、本日は一科目のみ。
午前同様、ポン吉に活を入れられながら何とかこなし、時間は十四時少し前。
端末を落とし、ほっと一息。
「しゅーりょー」
千歳はうーんと伸びをした。
勉強道具を片付けに部屋へ戻り、ジャージに着替えて次は運動だ。
これは授業ではなく、千歳が個人的に日課にしているトレーニングで、ランニングや筋トレと、日によってメニューを変えている。
今は主治医から激しい運動は控えるようにと言われているので、軽いストレッチのみになるが、引きこもっている分、手は抜けない。
部屋から出ると、ポン吉は千歳とは反対の方向に向かって歩き出した。
「屋上に行くのか?」
声を掛けると、ポン吉はちょっと振り返り「うむ」と頷く。
西館屋上の空中庭園は、ポン吉お気に入りの昼寝場所だ。
庭園には温室があり、今日のような陽気の日には、日が暮れるまでのんびり日向ぼっこしている。
早朝の騒ぎで千歳以上にポン吉も寝不足なのだろう。
ポン吉の目は少ししょぼしょぼしていた。
それはいいが、やけに偉そうな態度だ。
言葉はなくともその顔は、一仕事終えた充足感に満ちている。
千歳の監視を完遂したと思っているようだ。
(こいつ……)
若干イラッとしながら、千歳は西館へ向かうポン吉を見送った。
玄関で靴を履き替えていると、事務所の暖簾を上げて、織部が顔を出した。
「あ、千歳君、丁度良いところに。ちょっとお願い、いいかな?」
「? 何ですか?」
「これを和実君のところに届けて欲しいの」
織部は丸皿を乗せた角盆を持ってきた。
食品用フィルムが被せられた丸皿には、千歳が昼食に食べたものと同じ料理が、おにぎりと一緒に盛り付けされている。
千歳は眉をひそめた。
「澤渡さん、お昼に来なかったんですか?」
「仕事が忙しいみたいだね。一度声を掛けたんだけど、結局食堂には来なかったよ。それで今、持って行こうと思っていたところなんだ」
「そういうことなら、承りますよ」
「助かるよ」
笑顔で角盆を受け取り、千歳はふと思いついて、
「ついでにお菓子の好き嫌いも聞いてきましょうか?」
「あっはは。だーいじょうぶ、もう聞いた。和実君は外国製のような極端に甘いのは苦手なんだって」
「へえ?」
千歳が興味津々と言った顔つきで相槌を打つと、織部はちょっと笑いながら、
「次郎君はスパイス系がダメで、稔君はガムが嫌い。恭弥君は、お菓子はあまり食べないから好き嫌いがよく分からないとは言っていたけど、今のところ、甘いのが苦手な子はいないみたいだね」
「弦之にはまだ聞いてないんですか?」
「朝の騒ぎで聞きそびれちゃった。ま、夕方には帰って来るって言ってたから、夕食の時にでも聞いておくよ」
穏やかに織部と話し終え、玄関を出た千歳は、引き戸を閉めた途端「ふっ」と黒い笑みを落とす。
(先輩はスパイス系が苦手……)
にやりと顔を歪めながら、千歳は低く喉を鳴らす。
どんな小さな情報であれ、宇佐見の弱点なら聞いておいて損はない。
(良いこと聞いちゃったー)
(じゃ、次は、澤渡さんを聴取ってことで)
鼻歌交じりの軽い足取りで、千歳は澤渡の元を目指した。