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配信

壊れた世界はどうなった?

溶けて混ざって渦巻いて

銀の吐息で程よく冷えて

色んな形に固まった

空と海と大地が入った綺麗な石

古い獣が懐かしみ、石の中に住み着いた




キュイン、と動画撮影の起動音がした。

携帯端末の液晶フレームに、スポットライトに照らされた夜道が入る。すり切れた白線が続く道路から視点が上がり、右に鬱蒼と草木が茂る傾斜、左は薄汚れたガードレールと、巡回するように映してゆく。

典型的な田舎の山道だ。

古ぼけた街灯が等間隔で配置されているが、明かりは侘しく頼りない。曲がりくねった道の先は漆黒だ。

時刻は二十時過ぎ。

都市部ならまだ盛りの時間だろうが、郊外の山道は一足早く夜に沈んでいた。

黒々とした木々の上は濃紺色の空が広がっている。

季節柄、日没は早く、陽光の名残は既にない。

だが、やけに明るく感じるのは、

「――月が出てるみたいですね。良かった。大分明るい。そしてさむーい……」

恐る恐るといった風に話し出した声が映像に入った。

青年の声だ。

周囲を憚るような声量で、

「えー、緊急でライブ配信をさせてもらっております。ワタクシ、ロールと申します。皆様こんばんはー。ローリングチャンネルをよろしくお願いしまーす……」

力なく萎んでいく語尾と共に、上空に向いていた映像が正面に戻された。

と、映像横のチャット欄に、つらつらと視聴者のコメントが流れ出した。

同時接続数は三桁後半から始まり、四桁に乗って安定する。

一拍後、ロールと名乗った青年の、「……ふっ」という脱力したような苦笑が入る。

「ちょっと皆さん、ひどくないですか? 僕はですねー、ちゃんと約束を守って、こんな寒空の下、ライブ配信やってるんですよ? それを『引きこもりなのに外出たんだ』とか『ホントにやってるのウケる』とか、何てこと言うんですか!」

憤懣めかすロールに『何かあったの?』『分かんないんだけど?』といったコメントが投げかけられる。

「あー、そっか。わかんない人が多いか。じゃあ、なんでこんなライブ配信する羽目になったのか、もう一回説明するね」

もったいつけるように咳払いを一つ、

「簡単に言いますとね『地底探索艇レプリカフェアリィ』隠しステージクリア出来ず。はい、これだけです。『僕くらいになると、伝説の激ムズシューティングの隠しステージだろうと、簡単にクリアしちゃいますから』とか、ゲームを始める前に誰かが言っちゃたんですよね。おまけに、失敗したら今話題の『糸田吉介召喚之儀』をやったるですっ! とか断言しちゃって、ホントバカじゃないですかね。いっつも流行りに乗り遅れてるロールさんはね、その儀式とやらが何か全然分からなくて、ネットで調べるところから始めたんですよ。全く、何てことを宣言してくれたんだ」

『言ってること微妙におかしいけどロールなら許す』

『責任転嫁しながら有言実行とかw』

『えらいねえ』

視聴者からの生暖かいコメントに、ロールは忍び笑いを漏らしつつ、

「そう、偉いんだよ僕は。ちゃんとね、召喚之儀に必要な糸田吉介人形も用意しました。手作りだよ――はい」

ガサガサとビニール袋を漁るような音がして、画面の斜め下から白い物体が伸びてきた。

それは一見すると五つの団子が刺さった串団子に見えた。

だが、団子は握りこぶしと同じぐらいの特大サイズだ。

それに食品にあるまじき漂白されたような白色をしている。

団子表面の質感も見るからに硬質で、所々ひび割れが走っていた。

串が半回転、裏側が映る。

一番上の団子に、人型に切り取られた紙が貼り付けられていた。

紙面には極太の毛筆で「糸田 吉介」と書かれている。

途端に、コメント欄が高速で流れた。

『字、ひでぇwwwww』

『手抜き感半端ない』

『それ紙粘土?』

『流石に偽物か』

『やめなよ。危ないって』

『真面目にやらないと祟られる』

『大丈夫?』

『いや待て、よく見ろ。文字が違うぞ』

『あ、本当だ。糸由 エロ介になってる』『エロ介て』

『小細工かまして危険を回避しようとしてる!』

「やっかましいです」

意気揚々と手作りの串団子を披露したロールは、笑みを含んだ声で、

「こんなお遊びに食材使う訳ないだけしょうが。食べ物を粗末にするなと、皆さん、習わなかったのですか?」

もっともらしい事を言いながら、串団子を振るロールに、

『神聖な降霊術を遊びと言い切ったぞ』

『普通にだせえ』

『へたれ』『腰抜け』

「ちょ、ちょっと皆さん、何を仰ってるのかな? 僕はただ安全を考慮した常識的な行動を選択したまでで、そこまでボロクソにこき下ろされる謂れはないと思いますよっ?」

『いつもの早口出た』『そんなに怖いの?』

「あーっ、もうっ。やるわけないじゃん、降霊術なんてっ!」

ロールが癇癪じみた声を上げた。

「ネットで色々調べたけど、出てくる情報全部ヤバいし、大体、余所様の土地に生の串団子を突き立てるとか、法的にアウトだからっ。やってますよって体にしようと思って作ったのっ! 

――あ、そうです。紙粘土製ですコレ。材料はホームセンターで揃えました」

ふがいなさを指摘するコメントに散々噛みついた後、すんっと冷静に説明を入れ、ロールは気を取り直すようにもう一度咳払いをすると、

「あのね、降霊術とかホントやんない方が良いよ? 危ないってのもあるけど、ああいうのは他人を呪ったりとかするヤツばっかじゃない? そんなさもしい事するぐらいならゲームしなよ。面白いのいっぱいあるでしょ?」

『そのゲームに破れてそこにいる事覚えてる?』

「あーあー、聞こえない。

と言うかね、ココに来たのは、実は別の目的があったんだよ。前の配信でちょっと触れたけど、覚えてる人いるかな?」

ロールの問いかけに、順調に流れていたコメントが失速する。だが、ややあって、

『先祖が住んでた土地とかいうアレ?』

『素で怒ってたヤツか』

『ロール怒ったの? 珍しい』

『神社の井戸に糸田吉介投げ込んでるって』

『マジか』

『サイテー』

『アカンやつだ』

「そう。知ってる人もいると思うけど、ウチの先祖が昔、この辺りに住んでたらしいんだよ。で、そこの神社で氏子とかもやっていて、縁があるっていうか、深いって言うか? それが例の糸田吉介召喚之儀とかいう降霊術の発祥地扱いされて、滅茶苦茶に荒らされてるらしくってさ。

名水の湧く井戸もあったんだけど、聞いた話だと、そこにコイツを投げ込んでるらしい」

画面内に串団子もどきを再登場させ、イライラと左右に振ってみせる。

「や、普通にイラッときて、ちょっと様子でも見に行こうかなって思ってたのよ」

『調べたら結構動画上がってる』

『いかれた連中ばっかだぞ。笑えないことになってる』『今日も撮影やってたりして』

『発祥地は別だよ』

『何故夜に行く?』

「あー、うん。その指摘はごもっとも。本当は午前中に行く予定だったんだけど、色々準備してたら遅くなっちゃって。 ……って、話してたらもうこんな時間だ。ちょっと移動するね。画面揺れまーす」

宣言通り、画面内の映像が激しく揺れしながら前進する。小走りに駆けているようだ。夜道に、軽快な足音とビニール袋が擦れる音が、やけに大きく響く。

『画面酔いする』

『ロール撮影下手すぎ』

コメントは絶えず流れていく。




暫くすると、車道から脇の山道に入った。

踏み固めた土の上に枯れ葉が散っている。木製の柵があり、舗装されたハイキングコースのようだ。。

黙々と画面は山道を進み、

「あー、ようやく階段発見。……てか、いきなりひどいな」

 配信画面に、山側の傾斜が映し出された。端末のライトに明るく照らされた雑草の中に、古い石階段が見え隠れしている。

ついでに雑草と石階段の隙間に差し込まれた串団子も映った。

人型の紙が貼られた串団子が、画面内だけでも、軽く五本は確認出来る。

串団子は、ロールが用意したような作り物ではなく、スーパーやコンビニで市販されているパック入りの物を使っているらしく、タレや餡を拭った形跡がある。

端末の照明を白々と反射するそれらは、放置かれて大分時間が経っているらしい、白カビで毛羽立っている物まであった。

不衛生極まりないそれらは、画面内で一際目立っていた。

この場所にあってはならない物だと、自ら主張しているようにさえ見える。

ともすれば、ロールが用意したまがい物の串団子より、ずっと胡散臭い。

『汚ねえ』『想像以上に汚い』『白カビ団子じゃん』

『これは見事な法律違反』『ただの生ゴミ放置』『想像以上に最悪だ』

『元氏子よ、掃除』

『回収』

『お持ち帰り』

「やだよっ。こんなの触りたくねー。てか、見るのも嫌だ」

画面が高速で横移動、串団子が画面枠から外された。

今度は階段の上がり口に建つ石造りの道標が写った。最近になって設置されたのか、石材は真新しく、刻まれた文字もくっきりと読みやすい。

神社の場所を案内する道標に、

「……あれ? 何か名前違うし」

 ロールの困惑した声が入った。

『神社名が違うの?』

「ああ、うん。……ええ、どいうこと?」

道標の周りを回りながら怪訝な声を漏らすロールに、

『市町村合併で名前変わったんじゃない?』

『役所に問い合わせてみたら?』

『ていうか、この名前だから糸田吉介の中心地なのか』

『土地の名前が変わることはあっても、神社の名前はそんな簡単に変わらないよ』

『観光客目当てで簡単に変えたとこあったよ』

『ちょっと怖いんだけど』

『糸田吉介の呪い』

『心霊スポット配信始まった』

「始まんないよ。あ、でも、上の方に誰かいるっぽい。声がする」

『それは本当に人間の声か?』

「やめろ。脅かすんじゃない。配信でもしてるのかな……」

『行くな』『行け』

「どっちだよっ」

ロールの苦笑と共に、画面が上を向き進んでいく。階段を上がっているようだ。

『行くんだ』

『ロールって引きこもりじゃなかったの?』

『意外と行動的だった』

『というか、幽霊より人間いる方が危ないだろう』

『今調べた。多分同じ場所で配信やってる。かなりひどい』

『どこ?』『チャンネル名教えて』『マナー違反』『他のチャンネル名出すな』

『見てきた。見ない方が良い。ひどいというか、クスリキメてるっぽい連中が暴れてる』

『完全に通報案件』『報告しました』『同接凄いよ』『ヤバいどころじゃない』『てか再生数回すなよ』

『危ない』

『誰か止めろよ』

『ロール聞いてない』

『おーい』『止まれー』

期待と危惧でコメントが賑わう中、石階段を上る映像が続く。

山道の石階段は、平らな自然石を不規則に並べた単純な作りをしていた。

石材の角は丸く削れて、相当年月が経っていることが窺える。

長く手入れをされていなかったのか、崩れそうになっている場所も散見した。つまり上るのには時間と労力がかかるということだ。

石階段を延々と上る映像が続く。

荒い息遣いの配信者を余所に、コメント欄は件の串団子と降霊術について盛り上がりを見せていた。

『串団子、最初の以外見当たらないね』

『アレぶっ刺したのって、階段上るの面倒がった連中だろ』

『流行りに乗ってやってみましたー。階段上がるのダルいから、ここに刺しときまーす。的な?』『バカなの?』『疑うな』『何がしたいんだ?』『ノリだよノリ。何も考えてない』

『ロールの運動不足解消をご覧下さい』『※全力で登頂中です』『まだ上ってるの』『がんばれー』

『何か急に画質落ちたんだけど』

『回線込んできた?』

「……っはーっ、頂上が見えたっ!」

盛大に息を吐きながら、画面が上に向けられる。

途切れた石階段の先には夜空とくっきり浮かぶ月。

そして、

「……? 何かサーチライトっぽいのが見えるけど……」

仄白い光の柱が、夜空を分断するように聳えていた。

天に向かって強烈なライトを下から照射しているのだろうが、

「何、アレ? えらい神々しいんだけど……?」

 ロールの声が困惑を帯びた。

光の全容を捉えようと、画面を更に上へと移動させるも、視界は頭上を覆う木々に完全に遮られている。

だが、枝の隙間から赤い光が漏れていた。

黄色やオレンジ、時には黄緑に変化するオーロラのような光だ。

ついでに、大勢が騒ぐような騒音も、遠くくぐもって届く。

「グラデーションライトってやつか? やっぱり誰か配信やってるんだ。てか、乱痴気騒ぎでもやってんのかよ? 何かすっげーうるさいんですど……!」

配信中にも関わらず、素で嫌悪を露わにするロール。

だが、コメントはそれどころではなかった。

『こっちも配信重くなった』

『画質ヤバい。完全にモザイク』

『回線落ちそう?』

『そこって心霊スポットだよね? 普通に怖いよ』

『ただの環境だよね? お願いそう言って』

『止まったー』『ウチも止まったー』『グルグル回ってる』

『マジモン来た?』

『糸田吉介の祟り』

『やめろやめろお』

『画面閉じたいのに気になって閉じられない』

『最後まで視聴すると呪われます』『きゃーっ』

『ロールを止めろ。本気でマズい』

コメント欄が軽くパニック状態になっていることに、ロールは全く気付かない。カクつく映像だけが、途切れ途切れに状況を伝える。

階段を上がりきり、開けた場所で画面が光の柱を仰いだ。

「うわ……」

ノイズ混じりに、小さく感嘆するロールの声が入った。

見上げた光の天辺は、赤いオーロラがかかっていた。

人工的な照明では再現不可能な光の波だ。

薄衣を広げたようなそれは、燃える炎のように色を変幻させ、左右にゆったりと波打っている。

振り袖の袂に似ているが、もっと広くて軽やかだ。

配信の画質が一気に下がった。

最低ピクセルを下回る荒さだ。

ピンボケした画面の中、光の柱だけが、奇妙に白く際立っている。

クルクルと読み込み中を表す白い円が画面中央で回る。

何度も映像が中断する横で、コメント欄だけが高速で流れていく。

『これ本当にマズいヤツ』

『何が起きてるの』

『いつからこのフラグ立ってた?』

『ロール、コメント見てない』

『どうしようもないぞ』

『これがゲーム配信者ロールの最後の映像だった――』

『この状況でふざけるとか信じられん』

『鳩』『伝書鳩』『鳩って何?』

『ロールの知り合いの配信者に連絡しろ』

『今誰か配信やってる?』

ぼやけた画面内、白く発光する光が、くたりと手前に折れ曲がった。いや、曲がったと言うより、お辞儀をするように天辺が降りてきたような案配だ。

赤いオーロラを伴い、ゆっくりと降りてきた天辺が、画面中央でひたと止まる。

鎌首をもたげた蛇が、こちらを凝視するのに似ていた。

実際、柱の天辺近くには、横に並んだ二つの光が丸く輝いている。黄緑とも黄金ともつかない二つの光、双眸が、画面を通して真っ直ぐこちらを見据えている。

双眸が高速で直進、迫り来る。

そして――。

画面が真っ白になった。

配信が完全に停止した。


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