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社畜勇者、ダンジョン改革を開始する

「国民を働かせずに経済を復活させてくれ!」


「無理ゲーだろそれ!」


 俺は全力でツッコんだ。目の前の男──カローシ王国の国王、ハタラカヌス三世は、堂々と玉座に座りながらも、その瞳には絶対に働きたくないという強い意志が宿っていた。


「社畜勇者よ、そなたはこの世界で唯一『労働許可証』を持つ男……つまり、働ける男だ!」

「そこを誇らしげに言うな!」


「だが、国民を働かせることなく、経済を立て直さねばならん。さあ、どうすればよい?」

「そんなもん知るか!」


 カローシ王国では労働が罪とされており、誰も働かない。結果、商業が停止し、国は経済破綻寸前。

 だが、俺は『労働許可証』を持っているため、唯一自由に働ける人間らしい。


「……で、具体的に何をすればいいんだ?」

「まずは『ハーロワ』へ行け!」

「ハーロワ?」

「カローシ王国唯一のクエスト管理施設じゃ。そこで『労働を最小限に抑えるクエスト』を受けるのだ!」


 俺は深くため息をつき、王城を後にした。


 ◇


 しばらく歩くと、目の前に立派な建物が見えてきた。入口には、大きな看板が掲げられている。


『ハーロワ ~働かずにクエストを解決できる方、募集中~』


「矛盾しすぎてる……」


 ツッコミながら中へ入ると、そこは冒険者ギルドのような雰囲気だった。掲示板には依頼書がびっしり貼られ、人々が酒を飲んでのんびりしている。


「いらっしゃーい! クエストのご相談かな?」

 カウンターに立っていたのは、金髪ポニーテールの少女だった。軽い笑顔で頬杖をついている。


「お前、明らかに働いてるよな?」

「ちっちっち。違うね」

 少女──ルシアは指を振った。


「私はクエストの相談に乗ってるだけ」

「それ、働いてるのと変わらなくない?」

「いやいや、これは趣味だから」

「変な趣味!」


 俺がツッコんでいると、ルシアは書類を取り出した。


「で、あんたが王様のところから来た社畜勇者さん?」

「まあ、そういうことになるな」

「はいはい、じゃあ一番楽そうなクエスト紹介するわ」


 ルシアは書類をパラパラめくり、1枚を取り出した。

「これがピッタリじゃない?」


【ダンジョン管理職(急募!)】

 仕事内容:冒険者のシフトを組むだけ

 労働時間:ほぼゼロ(冒険者がサボらなければ)

 報酬:月給(固定残業制)


 ……ダンジョン管理職?


「最近、人手不足で回らなくなってきてんのよ」

「ダンジョンって、モンスターと戦う場所だろ? 何を管理するんだ?」

「冒険者のシフト表を作るの」


 なんだそれは。


「この国では働くのが罪だから、冒険者という職業は基本的に『仕事』として認められてないのよ。だからみんな、仕方なく交代制でダンジョン攻略をしてるの」


 交代制……嫌な響きだ。


「ダンジョンを放置するとモンスターが増えて大変だから、国民がローテーションで冒険者をやってるのよ」

「それもう労働だろ」

「違うよ、『娯楽』なの」


 「どこがだよ!」とツッコミを入れる俺。


「みんな『これはスポーツ』とか『趣味の狩り』って言い張ってるから、労働にはならないのよ」

「ブラック企業の『やりがい搾取』と同じ理論だな……」

「でも、最近はそのローテーション管理をする人がいなくなってきてて、冒険者のシフトがバラバラになっちゃってるの」


 聞けば、最近はダンジョンに入る冒険者の偏りが激しく、モンスターが増えすぎたり、逆に冒険者が詰め込みすぎてダンジョンが過密になったりしているらしい。


「つまり、俺がやることは……」

「冒険者たちのシフトを最適化して、ダンジョンの運営をスムーズにすること!」


 現場の労務管理そのものじゃねぇか!


「まあまあ、楽な仕事よ? シフト組むだけだし」

「ブラック企業で散々シフト組まされたんだが……」


 とはいえ、他のクエストを見る限り、これが一番マシそうだ。


「……仕方ねぇ。やってやるよ」

「おっ、決まりね! じゃあ、これが依頼書!」

 ルシアは紙を手渡してくる。


【クエスト受諾!】

『ダンジョンの冒険者を適正シフトで管理せよ』


「……よし、行ってくるか」

 俺はダンジョンの管理者として、最初の仕事に向かうことになった。


 まさか異世界に来てシフト管理の仕事をすることになるとは思わなかったが、やるしかない。

「異世界での初仕事……開始だ!」


 ◇


 ここが……ダンジョンか。

 俺は目の前に広がる巨大な石造りの入り口を見上げた。


「おう、あんたが新しい管理人か?」

 そこに立っていたのは、傷だらけの革鎧を着た大柄な男だった。腕組みをしながら、じろりと俺を睨んでくる。


「えーと、お前は?」

「俺はガルス。今までこのダンジョンのシフト管理をやってたが、正直もうやってらんねぇってことでな」


 え、お前も辞めんの?


「冒険者どもの出勤がバラバラすぎて、もう管理なんてできねぇよ!」

 ガルスは薄くなった髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら叫んだ。


「もともと、ここは趣味でダンジョン攻略してた連中が、モンスター増えすぎてヤバいから交代で行こうぜって始めたシステムだったんだよ。でも、最近は誰がいつ行くのかぐちゃぐちゃになってて、ダンジョンがカオスなんだ」

「そんなにひどいのか?」

「ああ、例えば──」


 ガルスは指を折りながら説明を始めた。


 朝から来るはずの冒険者がサボる。

 代わりに昼に来た冒険者がダンジョンに入る。

 そのせいで、夜担当の冒険者が出くわしてバッティング。

 お前のせいで俺の狩り場がなくなったとケンカが始まる。

 それを放置してると、翌日モンスターが増えてさらに混乱。


「……カローシ王国、ほんと終わってんな」

 俺はため息をつきながら、手渡された冒険者シフト表に目を通す。


 そこに記されていたのは、俺の知っている普通のシフト表ではなかった。


【現在のダンジョンシフト】

 月曜日:適当なやつが入る

 火曜日:希望者のみ

 水曜日:モンスターの様子を見ながら決める

 木曜日:誰か行くだろう

 金曜日:サボりがち

 土曜日:意外と人が多い

 日曜日:休日だけどたまに戦いたい人が来る


「これ、シフト表って呼べるのか」

「いや、俺もちゃんと作りたかったんだよ! でも、働いたらダメって価値観のせいで、みんなシフト提出しねぇんだ!」

「おいおいおい……」


 ガルスは頭を抱えて、深いため息をつく。


「だからもう無理だ。あとは頼んだ」

「お前、それでも元管理職かよ!」

「管理職ってより、トラブル処理係だな」


 そんなことを言いながら、ガルスは俺に帳簿の束を押し付けてきた。

 開いてみると、中には本日の冒険者出勤記録と書かれていた。


 9:00 誰も来ず

 10:30 モンスターが増え始める

 13:00 酔っ払いが乱入し、即撤退

 15:00 ようやく2人来るも、「今日は気分じゃない」と言い残し帰宅

 18:00 夜勤組の5人が遅刻してモンスターが暴走

 21:00 殴り合いが発生


 俺は、カローシ王国の異常すぎる職場環境に、すでに絶望し始めていた。



 とりあえず、俺は現状の問題を整理することにした。


【カローシ地下遺跡の問題点】

 1.冒険者のシフトが適当すぎる

 2.出勤しない日があるとモンスターが増えて大変なことになる

 3.誰がいつ来るかわからないので、無駄に混雑することがある

 4.シフトの概念がないので、「俺が行けばいいや」と誰も調整しない

 5.結果的にケンカが絶えない


「なるほどな……つまり、まともなシフト表を作れば解決するってことか」


 「それができたら苦労しねぇよ!」とガルスが叫ぶが、無視して俺は考える。


「なあ、お前ら……このダンジョン、もうちょい効率的に回したいとか思わないのか?」

「いや、そりゃ思うけどよ?」

「だったら、俺がシフトを作るから、試しに一週間だけやってみないか?」


 ガルスが驚いた顔で俺を見る。「マジで?」


「ああ。ただし、シフトを守らなかった場合はペナルティをつける」

「ペナルティ……?」

「例えば、遅刻したやつは翌週の希望シフトを提出できない」

「うわ、それは痛いな……」


 ちゃんと決められたシフト通りに動けば、自由に参加する日を選べるようにする。つまり、ルールを守ればより快適に冒険ができるってわけだ。


「お前、異世界転生してまでブラック管理職やる気かよ?」

「そういうわけじゃねぇ!」


 そう言いながらも、俺はすでにカローシ地下遺跡の労務管理改革を始めていた。


 ◇


 俺はまず、冒険者たちを集めて説明会を開いた。

 そして、新しいシフト管理制度を発表した。


【新シフト制度】

 ・固定シフト制を導入し、週ごとに冒険者を振り分ける。

 ・遅刻・無断欠勤はペナルティあり(希望シフト権の剥奪)。

 ・モンスターの増殖状況を監視し、臨時シフトを組めるようにする。


 これなら、冒険者たちの負担も減るし、モンスターも適度に駆逐できる。


「お、おお……なんか、それっぽい!」

「すげぇ……今まで適当にやってたのが、ちゃんと管理されてる……!」


 冒険者たちはざわめきながら、新しいシフト表を見つめていた。


「ま、最初は様子見だが……やるしかねぇよな」


 俺はこうして、異世界で初のシフト管理改革に乗り出した。


 まさか転生してまで労務管理をすることになるとは思わなかったが、まあ、やるしかない。

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