第百三十八話 魔導学舎女子寮へようこそ!~制服と部屋割りと、ちょっと特別な出会い~
入学が決まり、緊張と興奮を胸に抱えたままのリリアたち。
だが、その喜びの余韻も束の間――ここで、しばしの別れの時が訪れた。
「じゃあな。調子に乗って、騒ぎを起こすんじゃねーぞ」
ゼランはいつものようにからかうような口調でそう言いながらも、その目はリリアたち一人ひとりをしっかりと捉えていた。弟子たちの旅立ちを、誇らしさと少しの寂しさ、そして何よりも大きな期待を込めて見つめているのが伝わってくる。その眼差しに、リリアたちは皆、ただ静かに頷くしかなかった。
「学舎で問題を起こしたら、すぐに耳に入るから覚悟しておきなさい」
ライゼは微笑んでいるが、その声には確かな警告の響きが混じっている。バルハルト支部へ戻る彼女の背中は、相変わらず真っ直ぐで力強かった。
その姿から、どれほど遠く離れても、自分たちは見守られているのだとリリアは感じた。
「……元気で、やりなさい」
セレニアは短く、けれど心に響く優しい声で告げた。エルフの里へ帰るその横顔を、フィリアはただじっと見つめていた。
故郷に帰るセレニアの姿が、フィリアの胸に小さな穴をあける。
簡潔な別れの言葉を交わした後も、三人の背中が王都の喧騒に溶け込んで見えなくなるまで、誰もその場を動こうとはしなかった。
やがて、まだ若い教員の声が緊張を解き放つ。
「では、皆さん。寮までご案内します」
リリアたち七人は、それぞれの思いを胸に再び歩き出す。向かう先は、これから始まる新しい生活の拠点、魔導学舎の学生寮だ。
その途中、ロブが軽く手を挙げて足を止めた。
「俺はこっちだ。教師陣との顔合わせと打ち合わせがあるからな」
「じゃあ、また後ほどですね、ロブさん!」
リリアの声に、ロブは「夕食の時にな」とだけ返して、廊下の向こうへ消えていった。
こうして、師匠たちから離れ、ロブとも一時的に別れ、学園での日々が静かに、そして確かに動き始めた。
王都魔導学舎の寮は、白亜の石造り。三階建ての壁には繊細な装飾が施され、南側には花壇や噴水のある中庭が広がっている。大きなアーチ門の上の紋章は、朝日に照らされて静かに輝いていた。
「ほう!立派なもんじゃな!」
アトラは両手を腰に当て、まるで子供のように胸を反らせた。
「儂の部屋は一番広いところを所望するぞ!」
はしゃぎながら石畳を進む姿は、十四、五歳の無邪気な少女そのものだ。豊かな胸を揺らしながら大股で進む彼女に、敷地内の生徒たちの視線が集まるが、本人はまったく気にも留めていない。
「わぁ……!」
リリアも目を輝かせ、中庭に足を踏み入れた瞬間、思わず声を上げた。色とりどりの花が咲き誇り、中央の噴水からは水の音が心地よく響いている。
「広い!花もきれいだし……あっ、この噴水、すごい細工ですよ!」
駆け寄って縁に手をかけ、彫刻をじっと見つめる。その表情は、まるで初めて見るおもちゃに夢中な子供のようだ。
その後ろを歩いていたフィリアは、ふと周囲からの視線を感じ取った。
中庭のベンチや回廊の影から、数人の生徒がこちらをうかがっている。その視線は、フィリアの銀色の髪と長い耳に注がれ、好奇心を隠そうとしない。
(……そんなに珍しい?)
胸の奥に、ざらりとした微かな痛みが広がる。エルフの里で浴びた、あの冷たい好奇心に満ちた視線。ハーフエルフというだけで囁かれた陰口。
すれ違うたびに感じた、言葉にならない嫌悪感。それが、今ここで再び繰り返されているような気がして、フィリアは思わず身を固くした。
「……俺たちがついてるよ」
不意に、横から落ちてきた声に、フィリアははっと顔を上げた。カイだ。心の中を覗かれたような言葉に、思わず目を見開く。
カイはただ静かにフィリアの隣に立ち、まっすぐに前を見据えていた。
「余計なお世話よ」
わざとそっけなく言い、顔を背ける。気づかれたくない。
こんなことで動揺している自分を、見られたくなかった。頬に熱が集まっていくのを感じ、ぎゅっと唇を噛みしめる。
カイはそれ以上何も言わず、ただ静かに微笑んだ。その優しさに、フィリアの心は少しだけ軽くなった。
やがて一行は寮の正面玄関へたどり着く。
ここで、エドガーたち男子組と別れ、リリアたちは女子寮へと足を踏み入れた。
重厚な木扉が両開きで開かれ、磨き上げられた石床の玄関ホールが一行を迎え入れた。高い天井からは大きなシャンデリアが下がり、壁際にはソファと長卓が並んでいる。
これから、この場所が自分たちの生活の拠点になるのだ。
奥の寮長室で、背筋の伸びた年配の女性寮長が待っていた。
一人ずつ真新しい制服が手渡される。濃紺のブレザーに金糸の刺繍が施され、胸には学舎の紋章。淡いクリーム色のブラウスに深緑のリボン、チェック柄のプリーツスカートが上品に揺れるデザインだ。
袖を通したリリアは、鏡に映る自分の姿を見て思わず声をあげた。
「わぁ……かわいい……!」
ブレザーのきちんとしたラインとスカートの軽やかさが、普段の冒険者装備とはまるで違う“女の子らしさ”を引き立てている。思わずくるりと回ってスカートをふわりと広げ、頬が緩んだ。
フィリアはと言えば、鏡越しにちらりと自分の姿を見て口元を上げた。
「……ま、悪くないんじゃない?」
わざとそっけなく言いながらも、その目は僅かに楽しげで、指先がスカートの裾を無意識になぞっていた。リリアがそれを見てにやりと笑うと、フィリアは
「あんた、何笑ってるのよ」
と小声で返し、視線をそらす。
その横で、アトラは案の定、胸元を押さえて苦しげな声を上げていた。
「ぐっ、む、むぅ……! こ、この服は……儂のダイナマイトなバストを圧殺する気か!?」
アトラが胸元を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。
制服のブラウスは悲鳴をあげ、ボタンが一つ、また一つと弾け飛びそうなほど張り詰めていた。
(でしょうね!)
リリアが心の中で盛大にツッコミを入れたその時、控えていた女性教員が優雅な仕草でアトラに近づき、すっと指を掲げて短い呪文を唱えた。すると、制服が淡い光に包まれ、まるで生きているかのようにアトラのグラマラスな体型に合わせて自然とサイズが調整されていく。
「すごい……! 魔法のオートクチュール!」
リリアが感嘆の声を漏らす。
「おお、これは便利じゃのう!」
アトラは腕を回したり、腰をひねったりして着心地を確かめている。そのたびに、サイズ調整されたにもかかわらず、なお存在を主張する胸部がたゆんっと揺れた。
(だから! その動きがもう色々アウトなんですってば!)
リリアが頭を抱えていると、その女性教員はふとセラフィナに視線を向け、懐かしむように微笑んだ。
「久しぶりね、セラフィナ・ルクスリエル」
「オルディナ先生。またお目にかかれて光栄です。こんな形で舞い戻ってきてしまいましたけれど」
セラフィナが自嘲気味に微笑むと、オルディナ先生は首を横に振る。
「いいえ。私は嬉しいわ。この学園の歴代最優秀生徒に、また教えることができるのですから」
「「最優秀!?」」とリリアとフィリアが思わず声を揃える。
「買いかぶりですわ、先生。わたくしなど、まだまだ学ぶべきことばかりです」
その声は穏やかで、けして謙遜や卑下ではなく、真に自分を省みている響きだった。
リリアは隣に立つ友人の高い志を、ほんの少しだけ垣間見た気がした。
全員が制服に袖を通したのを認め、寮長は台帳を閉じ、穏やかに微笑んだ。
「では、これから皆さんを順にお部屋へご案内します」
女子寮は基本的に二人部屋。貴族出身者だけは一人部屋を与えられる――そんな制度があることは、リリアたちも事前に聞かされていた。
だから当然、セラフィナもそうなると思っていた。
だが、先に案内されたセラフィナは、その一人部屋をきっぱりと断った。
「わたくしは他の皆様と同じ条件で過ごしますわ。特別扱いは不要です」
背筋を伸ばし言い切る姿に、寮長は一瞬だけ驚いた表情を見せ、やがて頷いた。
「……承知しました。それではフィリアさんと同室にしましょう」
「私と?……まあ、いいわ」
フィリアはあくまで素っ気なく答えたが、その口元はわずかに緩んでいた。
次に案内されたアトラは、二年生の女子と同室になるらしい。
「楽しみじゃの! 夜中にちと賑やかでも勘弁してくれると助かるのう」
「……お静かにお願いします」
寮長の釘に、アトラは「ははは」と笑ってごまかした。
そして最後に、リリアが案内された部屋の扉が開かれた。
明るい日差しが差し込む窓辺、二つ並んだベッドと机。そこに、先客が静かに腰掛けていた。
年の近そうな少女。淡い栗色の髪が光を受けて柔らかく揺れ、瞳は深い緑。
こちらに気づくと、ふんわりとした笑顔を浮かべて立ち上がった。
「はじめまして。エレシアです。よろしくお願いします」
その名前を耳にした瞬間、リリアの心臓がどくりと跳ねた。
――マイラの妹。
守らなければならない“理由”が、こんなにも近い距離で、今、微笑んでいる。
【リリアの妄想ノート】
制服、可愛いです! もうこれ、絶対に冒険者装備より気分が上がります!
……ただ、アトラ様。胸でボタンを圧殺するのやめてください。しかも調整魔法が入った後も揺れるとか、存在感が強すぎです!
私だって……成長期ですから! これからですから!(強がり)
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