第10話 少女の絶望が呼んだ海老男、血塗れの村で咆哮す
「……あ?」
ヴォルフがゆっくりと視線を向けると、そこには血を噴き上げながら倒れる男の亡骸があった。
そして、その向こう側には――ロブ。
彼は静かに拳を握りしめ、ヴォルフたちを睨みつけていた。
「てめえ――」
ヴォルフが言葉を紡ぐ間もなく、ロブが更に動いた。
ドゴォォッ!!!
今度は、別の盗賊の胴体が吹き飛んだ。
「なっ……!」
ヴォルフが目を見開く。
三下の盗賊達は血の気を失った。
「な、なんだ!?今なにやったんだ!?」
「く、首が飛んだ!ば、化け物かあいつ!」
盗賊達の恐慌がさざ波のように周囲に伝染する。
ロブの顔は、今までとは違った。
いつもの軽口も、余裕の笑みもない。
ただ、怒りがそこにあった。
「……」
ロブは、リリアをそっと見下ろす。
彼女の目は虚ろで、焦点すら合っていない。
「リリア」
ロブが呼びかける。
だが、返事はない。
ただ、崩れ落ちるように震えているだけだった。
私のせい、私のせいでお姉ちゃんが………お父さんが、お母さんが………
私のせいで!!!!
ロブは静かに息を吐き、そっとリリアを抱き寄せた。
黒衣の胸元に引き寄せられ、彼の心臓の音が聞こえる。
規則正しく、脈打つ音。その音が何故か優しげに聞こえた。
「お前のせいじゃない」
これも、優しい声だった。
———どうして?どうして皆、私に優しくしてくれるの?
———私は逃げたのに
———皆を捨てて逃げたのに
———私は、あなたに頼って
———あなたを巻き添えにしたのに
ロブがリリアの顔を覗き込む。
夜闇のような真っ黒な瞳がリリアだけを見つめている。
寂しそうに彼は笑う。
「希望を捨てるな。絶望してもいい。希望を持ち続けろ。姉さんも言ったろ?お前は希望になれってな」
「でも………私のせいでお姉ちゃんが!私が、私がお姉ちゃんを殺したの!」
「殺したのはあいつらだ。間違うな」
静かに、だが意志のこもっ
た強い声で言われる。
「お前は、ちゃんと希望になったぞ?」
「え?」
「俺をここに連れてきた。お前の勝ちだよ」
にっと笑ってみせる。
それが、自分のために作った笑顔なのだと、リリアは感じた。
胸が締めつけられる。温かく、けれど苦しい。
何もかもを失ったと思っていたのにーーーまだ、手を差し伸べてくれる人がいる。
その事実が、ひどく眩しくて、目が霞む。
ーーー私は、こんなにも弱い。
ーーーでも、この人は、そんな私を見捨てない。
ロブの腕の温もり、胸の鼓動、その一つ一つが、砕け散ったはずの心をそっと拾い上げてくれる。
ーーーお前のせいじゃない。
静かに囁かれる声が、まるで胸の奥に染み込んでいくようだった。
ーーー私のせいじゃ、ない?
信じていいのか分からない。でも、この人の言葉ならーーー。
ーーー希望を捨てるな。
ロブの声が、暗闇の中にぽつんと光を灯す。
「絶望してもいい。でも、お前はまだ生きている。生きている限り、道はある」
リリアの喉がかすかに震えた。
生きている限り、道はあるーーー。
その言葉が、冷え切った体の奥にじんわりと広がっていく。
こんなにも温かい言葉が、この世にあったのだろうか。
頬を伝う涙が、少しだけ違うものに変わっていた。
ーーー泣いているのに、少しだけ、心が軽くなった気がする。
「………はい」
消え入りそうな声が、微かに漏れた。
ロブがわずかに頷いたのが、肩越しに伝わる。
この人は、私を肯定してくれるーーー。
リリアは、ほんの少しだけ、自分の中に「生きていたい」という気持ちが戻ってきたのを感じた。
ロブの体温が離れる。彼が立ち上がったのだと分かった。
思わず顔を上げる。
ーーー強い背中。
暗闇の中、彼だけがまるで光を纏っているように見えた。
しっかりとした足取りで前を向き、動き出そうとする姿を見ていると、リリアの中にくすぶっていた小さな火が、ほんのわずかに燃え上がった。
「……私は、希望を捨てない」
微かな声だった。けれど、今のリリアには、それが精一杯だった。
ロブの背中が、ふっとわずかに揺れた気がした。
それでも、彼は振り向かない。
リリアは、彼の後ろ姿を見つめながら、震える指でそっと拳を握りしめた。
ロブの背中を追いかけるように、ゆっくりと立ち上がる。
足はまだ震えている。
でも、立ち上がることはできた。
そしてーーー彼は、静かに前を向いた。
ヴォルフを見据え、無感情な声で告げる。
「漫画やアニメのテンプレだと、死にたいやつからかかってこいとか言うんだろうけどな」
「あ?何言ってやがる」
「こっちのことだ。気にするな」
ヴォルフの問を一蹴し、ギシッ、とロブの拳が鳴る。
「実際俺もそう言おうと思ってたんだよ。死にたくなきゃ黙ってろ、とかな。けど、やめだ」
静かに、だが確実にーーー
その声は、死刑宣告のように響いた。
「お前ら全員ここで死ね」
夜空に舞う炎の粉。
焼ける血の臭い。
ロブの怒りが、ついに解き放たれた――。
「へっ。威勢がいいなあ。兄ちゃんよお」
野太い声が聞こえ、盗賊の波の中から2メートル近い獣人が悠然と進み出た。
白い髪を雄の獅子のように振り乱した黄色い眼の獣人。
それがロブの目の前まで迫る。
「人間にしちゃあやるようだが、もやしみてえな奴ら引きちぎったところで俺がびびるわけねえだろ」
「……俺は今、機嫌が悪い。無駄口叩いてないで、とっととかかって来い」
「はっ、威勢だけは一丁前だな。俺の名は戦狂の巨獣バル——」
——名乗りきる前に、それは終わった。
瞬間、銀閃。
ギィンッという鋭い金属音の直後、世界が静止したように見えた。
気付くとロブは腰の剣を抜いて無造作に切っ先を下に向けていた。
あまりに自然体で立っている。
いつ抜いたのか、リリアには全く見えなかった。
バルドの巨体が、そのまま膝をつく。
頭から一本の赤い線が走る。
ズ……バンッ!!
斜めでも横でもない。真正面から、頭頂から股下までーーー
バルドの体が、左右にぱかりと割れた。
赤黒い血飛沫と熱気が広場に炸裂し、群衆の口が揃って開かれる。
「威勢だけの奴は、よく喋る」
淡々と呟くその背中に、誰一人、声をかけられなかった。
「バルド!」
カインの声が木霊する。
それきり辺りは静まり返り、誰も言葉を発することが出来なかった。
そう、ヴォルフでさえも。
リリアはごくりと唾をのみ込んだ。
——————ロブさん。あなたという人は——。
畏怖も恐怖も、何もかも超えた感情がリリアの中で渦巻いていた。
獣人を見下ろす黒い背中を見つめ、虐殺を行なったはずの男に、何故か高揚感と憧れを感じていた。
———ロブさん。あなただけを人殺しにはしません。あなたに依頼した私も同罪です。
———だから、ロブさん
———皆の仇を!
リリアの願いをその背に受け、ロブは静かに口を開いた。
「次は誰だ?」
【あとがき】
第10話、お読みいただきありがとうございました。
ここまでの怒り、悲しみ、絶望を経てーー
ついに、ロブの“本気”が解き放たれました。
リリアが守りたかったもの、失ってしまったもの。
その想いすべてを受け止めたロブが、静かに、しかし確実に「全てを終わらせる覚悟」を見せた瞬間です。
この第10話を境に、物語は「ロブ無双編」へと突入します。
ただ強いだけではない。
誰かの痛みを受け止め、それでも前を向き、進んでいく。
ロブという男の“強さの本質”が、これから次々と明らかになっていきます。
リリアの言葉に応えたロブ。
リリアの涙に誓ったロブ。
彼の怒りと覚悟が導く戦いを、どうか最後まで見届けてください。
さて、明日4/3は物語のリズムの関係で5話更新します!
投稿スケジュールは
7:00 / 12:30 / 18:00 / 21:00 / 23:30
となっております。
次回は朝7:00
を予定しています。
応援、評価、感想、ブクマが本当に力になります。
皆さんの声が、物語を未来へと導いてくれます。
そして、
ここから始まるのはーー
「最強の異端者」海老男、覚醒の章。
どうぞ、お楽しみに!




