表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/153

第9話 紅蓮の村と首なき姉 ――それでも海老男は希望を語る

⚠️このお話には、暴力・流血・死亡描写などを含むシーンがございます。

特に、登場人物の家族に関わるショッキングな描写がありますので、苦手な方はご注意ください。


物語上、避けられない大切な場面ではありますが、無理のない範囲でお読みいただければ幸いです。


※読了後、気持ちの整理が必要な方は、次話やあとがきでちょっとした和みを用意しております。

 紅い。

 家々を燃やす炎に照らされ、馬で駆ける二人も紅く染まる。


 焼かれた木屑がボロボロと落ちるのが目に入り、目尻から零れる涙を指で拭う。

 リリアは唇を噛んで前を見続けていた。


 焼ける建物のどれも見覚えがあるし愛着もある。

 リリアはこの村で生まれ育った。

 

 昨日まで、いや、今日の日暮れまで当たり前にこの道を歩いて道行く人と挨拶を交わし、笑っていたのだ。


 それがほんの一瞬で悲鳴と嗚咽に包まれた地獄と化した。


 欲望のままに人を殺し、女を拐う男達。


 奴らの野蛮な顔をリリアは忘れない。


 風を切る馬の上でぎゅっと拳を握りしめた。


 視界に横たわる人影を認める。

 若い女と幼い女の子の亡骸。

 二人は手を繋いだまま事切れていた。


「………!!」


 また涙が溢れる。目が熱い。


「知ってる顔か?」

「…………はい」


 頭上からかかるロブの問いかけに短く答えた。

 いつもリリアに声を掛けてくれる母娘だった。

 子守を頼まれて一緒に遊んだこともある。

 母親のことも小さい頃から知っていた。

 幼馴染の男と結婚し、娘が生まれ、三人で幸せそうに暮らしていた。


 少し離れた所に夫の遺体があった。

 近くに鍬が落ちていたのは、きっと妻と娘を逃がすために時間を稼ごうとしたのだろう。

 無惨に肩口から切り裂かれ血の海に沈んでいた。


(酷すぎる)


 心の中で無念を滲ませていると、再びロブが口を開いた。


「希望を捨てるな」


 低く落ち着いた、澄んだ声だった。


「どんなに絶望しても構わない。それでも希望は持ち続けろ。希望は人に生きる力をくれる。生きている限り、希望を捨てない限り、人は立ち直れる。幸せになれる」


 馬の蹄の音に掻き消されることなく、ロブの声はリリアの耳にしっかりと入ってくる。


「今は綺麗事に聞こえるだろう。でも忘れないでくれ。希望は必ずお前を救う」


 その言葉は不思議とリリアの胸に素直に響いた。

 さっき会ったばかりの男なのに、何故かずっと前から知っていたような懐かしさと安心感を感じている。


 確かに言葉は綺麗事なのかもしれない。


(だけど、この人の言葉なら)


 そう、彼の口から出た言葉なら聞き入れることができた。


 燃え盛る村の中、無残に横たわる人々の姿が脳裏に焼き付く。それでも——


 リリアはロブの言葉を反芻した。

 希望を捨てなければ、きっと——。


「私は、希望を………捨てません」


 燃える故郷を、殺された知人の

 亡骸を見た直後に言える言葉ではなかった。

 それでも、彼の言う通りにしよう。


 そう思って出た言葉だった。


「いい娘だ」


 心なしかロブの嬉しそうな声が聞こえた。


 次の瞬間、ロブの胸板がリリアの背中を押し、彼の顔が耳元に迫る。

 体温を肌に感じ、リリアは顔を赤くした。


 そのロブは馬の首筋に手をやり、低く囁くように言った。


「行くぞ」


 その声に応じるかのように、馬は耳をピンと立て、蹄を一つ強く踏みしめた。

 ロブはわずかに前傾し、膝で馬の胴を締める。手綱をゆるめると、馬はそれを合図と悟り、一気に速度を上げた。


 乾いた大地を蹴る蹄の音が、次第に高鳴っていく。

 風がロブとリリアの髪を荒々しくなびかせ、視界の端で景色が流れる。


 ロブは手綱をわずかに前へ出し、踵で馬の腹を刺激した。

 馬は鼻を鳴らし、一気に脚を伸ばす。


 筋肉が躍動し、空気を切り裂くような疾走が続いた。


 まだ速度は落ちない。むしろ、馬はロブの期待に応えるように、さらに速く――まるで風そのものになったかのように燃え上がる家並みを尻目に駆け抜けていった。


 馬に揺られながら、顔に当たる風に耐えていると、リリアの視線の先に数人の男が待ち構えているのが見えた。


 男達はこちらに向かって弓矢を構えている。


「ロブさん!」

「わかってる」


 冷静な返事。

 直後。


 ヒュンッ!


 空を裂く音が響いた——次の瞬間、リリアの視界が真っ白になる。

 瞬きの間に、ロブの手が目の前にあった。

 指の間には、死の刃——矢尻が、寸分違わず挟まれている。


 リリアの全身に鳥肌が立つ。

 ロブがいなければ完全に命がなかった。


 それを皮切りに矢が立て続けに飛んでくる。

 しかしロブは矢を逆手に持ったまま、矢柄でその全てを弾き飛ばした。


 襲い来る矢は一つとして二人を貫くことはない。

 人間離れした動体視力と反応の速さに声も出なかった。

 

 男達も驚愕に顔を歪めている。

 ロブが矢を投げ捨て馬の首を軽く叩くと、馬は更に加速し弓矢を番える男達に突っ込んで行く。


 盗賊達が慌てて道を開け、そのまま疾走する。


「くそっ、化け物かあいつは……!」

「おい、撃て! 撃ち続けろ!」


 叫ぶ声を置き去りに駆け抜けて行く。

 すると拓けた場所に出た。


 普段は露店が立ち並び、祭りなどで賑わう広場だが、今そこに見えるのは異様な光景だった。

 

 待っていたのは数十人からなる盗賊達。

 そして、跪かせられた村人達だった。



 ロブは手綱を軽く引き、膝で馬の胴を締めると、馬は即座に反応した。


 徐々に速度を落とし、砂の上で四肢を踏ん張る。最後に一歩、蹄を踏みしめると、静かに停止した。


 ロブは軽く息をつき、手綱を緩める。次の瞬間、滑るように馬を降り、足音一つ立てずに大地に降り立った。


 「リリア」


 短く名を呼ばれ、リリアも慎重に馬から降りた。小柄な身体を素早く動かし、ロブの横に立つ。

 燃え盛る村の広場。


 火の粉が夜空へ舞い、血と煙の臭いが鼻を突く。


 荒れ狂う炎に照らされる中、ロブとリリアは盗賊たちの前に立つ。


 広場の中央には、昨日までなかった櫓が立てられており、その上には玉座にふんぞり返る男がいた。

 灰色で狼の耳のように尖った髪。

 そして真っ赤な眼。

 

 リリアはその瞳に圧倒的な威圧感を感じゾクリとした。

 明らかに他の盗賊達とは雰囲気が違う。


 この男がボスなのだとすぐに分かった。


 そしてその隣には、縛り上げられた金髪の女性。

 村でも評判の美女だった。

 知っている顔が見えて少しホッとする。

 

「ようこそ。歓迎するぜ、海老男さんよ」


 ヴォルフの赤い瞳が獲物を品定めするように細められる。


「久しぶりだな。覚えてるか?俺のこと」

「いや、まったく」

「無理もねえ。俺ぁあん時は駆け出しの若造だったからな。あんたにゃ全然歯が立たずに逃げ出したクチだ」


 緊張感のない返事に大笑いする男。

 盗賊達がじりじりと距離を狭め、二人を取り囲むように広がって行く。


 数十人の盗賊が武器を構え、不敵な笑みを浮かべていた。

 彼らの手元には、血のついた剣や斧が光っている。


 ロブは一歩前に出た。

 だが、その隣で立ち尽くすリリアの顔は、真っ青になっていた。


 目の前に横たわる、見覚えのある三つの亡骸――。

 父と母、そしてエレナ。


 「う……あ……」


 声が出ない。

 足が震え、全身の力が抜ける。


 ――死んでいる。


 父は腹部を剣で貫かれ、もはや顔すら判別できないほどに潰れていた。

 母は血にまみれ、腕をねじ切られたまま横たわっている。


 そして、エレナ――姉は、衣服を剥ぎ取られた裸体は松明を押し当てられたのか全身が焼けただれていた。

 ただ、ひとつだけ足りないものがあった。


 ———首がないのだ。


 リリアの脳が痺れて思考が働かない。


 ———お姉ちゃんの首、くび、クビが……ない。

 ———お姉ちゃんは………どこ?


「お探しのもんはここだ」


 ヴォルフが傍らにある物を無造作に掴み上げ、ぽんと放り投げる。

 それはリリアの足元に乾いた音を立てて転がった。


 そして、それが眼に映った瞬間、リリアの頭が完全に真っ白になった。


 そこにあるのは姉の、エレナの頭だ。

 リリアと同じ赤毛はばっさりと切り取られ泥にまみれ唇から血が流れていた。

 

 極めつけには両目が抉り取られている。

 空洞になった二つの眼窩にはなんの感情も読み取れない。


 無念も、恐怖も、悲しみも。

 なにも映さない、ただの物として、ただそこに転がっていた。


 リリアの口から、絞り出すような悲鳴が漏れた。


「ひっ……いや……」


 これは夢だ。夢であってほしい。

 だが、どれだけ目を閉じても、悪夢は終わらなかった。

 それどころか、ヴォルフの嗤う声が耳に突き刺さる。


「ははっ、いい眺めだろ?」


 ヴォルフが高らかに笑う。

 「お前が来る前に、こいつらで少し遊ばせてもらったぜ。特に姉ちゃんはな、最後まで楽しませてくれた」

 その言葉に、リリアの意識が一瞬飛びかける。


 「お姉……おねぇ……ちゃん……?」


 ガクガクと震えながら、崩れ落ちるように膝をつく。

 涙が止まらない。


 いや、これは涙なのか。

 それすら分からないほど、心が砕けそうだった。


「お前の姉ちゃんはお前を逃がすために大勢の前に一人で立ちはだかったんだと。度胸あるじゃねえか」

 ヴォルフが嘲笑する。

「だから俺の前に連れてこさせてよ。今のお前と同じように両親の死体を見せてやったぜ。悔しそうな顔で俺を睨みつけてたぜえ。そのあとは想像つくだろ?もし、お前が逃げずに村に残っていたら、こいつらもこんな酷い目には遭わなかったかもなぁ?」


 リリアの意識が暗闇に沈む。


 自分が、もっと早く戻っていれば――。

 自分が、もっと――――。


 違う。こんなの、違う。

 でもーーー

 

「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫を上げる。

 ヴォルフの言葉が、胸に深く刺さる。

 言い返すこともできない。

 すべてが無意味に思えた。

 生きていることすら、もう――。


「もう壊れちまったか?」


 ヴォルフが退屈そうに肩をすくめる。


「つまんねえな。もうちょっと面白い反応を期待してたんだが……ま、いいか。女は使い道があるしな」

 ヴォルフが手を上げると、周囲の盗賊たちが下品な笑いをあげた。


「お嬢ちゃん、こっち来いよ」

「泣いてる顔も可愛いなぁ!」

 

 男の腕がリリアに伸びる。

 その瞬間――轟音が響いた。


【あとがき】


第9話、お読みいただきありがとうございました。


この回は、リリアにとって人生を根本から覆すほどの、衝撃的な出来事が描かれました。


幸せだった日常の終わり。

人の悪意が生んだ悲劇。

そして、命を懸けてリリアを守ろうとした家族の最期。


書いている私自身も胸が痛むシーンでした。

ですが、彼女がこれから歩む「戦いの理由」そして「希望を見出すための旅」の核心でもあります。


リリアの絶叫は、ただの悲しみではなく——

守れなかった無力さ、そして再び奪われたくないという、強い意志の叫びでもあります。


物語はここから一気に動き出します。

敵であるヴォルフたちの残酷さ、ロブの覚悟、そしてリリアが選ぶ道。


どうか、彼女の物語を見守っていただけたら嬉しいです。



次回は、今夜23:30に更新予定です。

以降は、毎日2〜3回投稿で「SQEXノベル大賞2」へ挑みます。


応援・評価・ブクマ・感想、どれもとても励みになります。

どうぞ、よろしくお願いいたします!


——作者より


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ