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大樹そびえる平原の雨  作者: 神衣舞
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2章 賢人のココロ

 転移を終えて三半規管の酔いを振り払うと、ティーエンはその『惨状』を眼下に納める。


「うわー」


 遅れて真横に転移反応。

 勝手に同行してきたマルティナが呆れた声を出す。

 二人の真下には『池になろうとしている穴』がぽっかりと空いている。

 大地に刻まれた溝を走り、しうしうと凄まじい音を立てて穴に飛び込んでは水蒸気となって視界を覆う。


「……どうやったらこんなのができるんですか」


 直径は数百メートル。

 小さな村なら飲み込むほどのサイズだ。

 その少し向こうでは突然出来た支流に水を取られた河がぐっと水位を下げて水底をぼんやり覗かせる。


「《神滅ぼし》でも撃ったんですかね」


 寡黙に見下ろす少年も考えた事だ。

 だが、サン・ジェルマンの秘術を奪った闇の牙が壊滅した今、それを使えるのはオリフィック・フウザーただ一人のはずである。

 しかし彼女の言う通り人が扱えるもので同等の規模を誇る魔法には心当たりがなかった。

 唯一『賢者の石』を媒介として使用されたとされる《メテオ》がそれを上回るか。


「残留魔力が大きすぎて魔力探査もさっぱりですね」


 犯人を捜そうとしたのだろうが、砦一つ飲み込む威力であろうそれの余韻が周囲に濃密な魔力を残留させている。

 これではどこもかしこも反応してとても特定などできない。

 二人は会議が終わった直後に突然発生した魔力反応を感知してここまで来ていた。

 まるで謀った様なタイミングでの強烈な魔力反応。

 ティーエンは戸惑って時を逸する事を嫌ったのだがそれでも遅かったらしい。


「マルティナ導師。

 何があるかわからないんだ。

 帰った方がいい」


 相手が何を企んでいるかは解らないが、魔術師ギルドとの遭遇を避けるほどの機転は利くらしい。


「何かあるならなおさら二人の方がいいですよ。

 まさかソーサラー級二人に喧嘩売って来る人も居ないでしょうし」


 さらりと反論されてティーエンは舌打つと防御魔法を展開した。

 用心に越したことはない。


「ありがとう」


 言葉に対して特にリアクションもせず、蒸気で陰った視界に目を凝らす。


「村があるな」

「ですね。

 目撃証言とか得られるかも」


 もうもうと立ち上る蒸気に二人の法衣はすでに湿り気を帯び始めている。

 ここで濡れ鼠になるよりマシな考えだと二人は軽く頷き、高度を下げた。




 デスバレー攻略戦から早半年。

 アシュルの名の下、返還されたデスバレーと共に始まった平和政策と農業技術の交換はひとまずのカタチを作りつつある。

 思えばこの土地は長き歴史の中で数多の血肉を浴び続けていた。

 掘り起こせば鎧兜が顔を出す。

 そんな場所を開拓するのだから村人も気が気でないだろうが、それを補って有り余る『三年間の免税』という事実が二十を数える開拓村の設立を幇助していた。

 戦争さえなければバールの最南端、最も気候が安定し生産の望める土地なのである。

 また、アイリンの農業技術も享受できるとあって希望者は段々と増え、春になればさらに三、四つの村が建築される見込みである。

 一方のアイリン側にとってはバールへの賠償事業と当初考えられていた。

 しかし始まってみれば寒く厳しい土地での農業技術は圧倒的にバールの方が上であることを今更ながらに思い知らされる事となった。

 冷害に強い作物や霜や雪への対処法など、アイリンでも起きえる突発的な天候異常を原因とした飢饉。

 その対処法を多く得る結果となったのである。

 当初の優劣のある雰囲気は消え、国境に作られた議事堂では連日学者が意見の交換を行っている。

 ある学者曰く『世界の農業技術はこの一ヶ月で十年進んだ』らしい。

 来年になれば新しい品種の開発等も始まる。

 それぞれの期待が膨らむ中、それを押し込めるような雪に閉ざされた大地は静けさに包まれていた。

 さて、議事堂のある町とは、同時に開拓村設立のための資材が一時的に搬入されるキャンプベースである。

 当初簡易的な建物しかなかったのだが、雪の怖さを強く知るバールの提案の基に道が整備され、半年の間に立派な一つの町を形作り始めている。

 新たな大きな町に人は集まる。

 特に自分の店を持つことを夢見た商人や職人が多く集まるのだ。

 既存の町では様々なマイスターギルドが所属する職人の利権を守るべく巨大な力を振るっている。

 既存の町で自分の店を持つには余程の権力か金がない限り、相続するしかない。

 その例外こそが新たに生まれる町というわけである。


「相席いいかな?」


 そんな町のまだ木の匂いも新しい宿屋兼任の酒場で男はやわらかく問う。


「席は開いてるわよ?

 余るほど」


 対するそっけない返答を無視して男はティアの正面の席に腰を下ろした。

 野外作業のしづらいこの時期でも仕事をしないで良いわけではない。

 特にこの町ではあらゆる新しい家で家財道具等の製作に追われていることだろう。

 輸送の足も途絶えた酒場は、場違いな少女一人が男が現れるまでの唯一の客だった。


「地面に大穴空けて大騒ぎだ」


 男は暖めた葡萄酒を頼むと率直に切り出す。


「転移反応は早かったわね。

 しかも二つ」

「バールの新気鋭。

 最年少ソーサラーだ」


 香りたつアルコールに少しだけ顔をしかめ、ティアは顔を上げる。


「私のこと、教えてあげればいいのに」

「何て?」

「任せるわ」


 結い上げた髪をいじって肩を竦める。


「で、あなたは何の用?

『黒糸使い』」

「というか、喋り方が普通なのに違和感があるってすげえなぁ」


 軽口叩いて諜報に携わる『牙』は木製のジョッキを煽る。


「うちも大騒ぎだよ。

 国防上の問題さ。

 で、そんなことができるのは魔族でなきゃフウザー氏かお前さんくらいだからな。

 俺が事情聴取に送り出された」


 面倒そうに言ってお代わりを頼む。

 北の酒はかなり強い。

 だがそれくらいで足元がおぼつかないようで諜報や暗殺なんてやってられない。


「予想は?」

「貯水湖作成のために戦術級魔術ぶっ放した模様……

 なんて報告書、出せねえんだが」

「まぁ、出してもらっても困るんだけど」


 それでは村人も同罪になりかねない。


「新しい魔術の実験くらいでいいんじゃない?」

「それだとお前さんを逮捕しなきゃならんだろうに」

「してみる?」

「報告書と始末書の山は勘弁だ」


 サン・ジェルマンの暗殺を発端とする一連の事件。

 その最終幕は人知れず演じられ、バールとアイリンの痛み分けに終わった。

 秘伝書の消失。

 争った役者達の失態は詰まる所ティアの行動に全て集約されている。

 しかし元はと言えば奪い合った秘伝書は違法に持ち出されたものであり、どちらの国にも所有権などない。

 国と視点からすれば『得られないなら無くなった方がいい』技術でもあったため、結局は闇の中に葬り去られた。

 それからというもの、裏では名の知れた『黒糸使い』はバールに彼女が現れる度に子守をする羽目に陥っていたりする。


「まぁ、こんなところに居るんじゃしばらく大人しくするつもりはあるんだな」

「あなたの推測、私の軽口。

 半々ってところよ。

 実際貯水湖ができなければ渇水の可能性があったわけだし」

「軍が動いて掘るわけにもいかんし、この時期に魔術師ギルドが公務に携わるわけにもいかないか」


 今のバールは落ち着きを見せているが裏では大波乱の余波が今も脈打っている。

 大きな行動を起こせる時期ではない。


「だが、それをわかってなんでおおごと起こすかね。

 君は」

「隕石の一つでも落ちたことにしたら?」

「すでに魔術師ギルドが魔力反応を確認済みだ。

 公式にな」


 少女は紅茶で唇を湿らせるとため息一つ。


「で、これは事情聴取?」

「愚痴だな」


 真実なんて毛ほどの意味持たないことは承知している。


「あと、警告だ。

 野良魔術師」


 ん?と鼻を鳴らし、それから少しだけ思考して


「優秀なのが猟犬だなんて珍しい」

「ワケ有りなんだよ。

 しかもお前さんがらみだ」


 バールで、自分がらみで優秀とすれば思いつくのは一つしかない。


「免罪符かしら」

「逆だな。

 しいて言えば……バールの得意戦術だ」


 自嘲染みた言い様にティアは肩をすくめる。

 獣に爆弾を持たせて都市へともぐりこませ、内部から破壊するというソルジャーユニット。

 返せば『使い捨ての命』の意味。


「つまり、知っていればいくらでも対処できるという意味でもあるわね」

「まぁな。

 頭の悪い奴じゃない。

 逆に接触した方が上手く流れるのかもな」

「大義名分がある以上、遭遇戦だけは避けた方がいいわね」

「ヒトゴトだな」

「嫌がらせ程度にいちいち本気になってもね」


 あっという間に二杯目も空けた『黒糸使い』が頬杖を付いて呆れたような顔をする。


「で」


 少女は本を閉じるとゆっくりと息を吐く。


「そちらで片付けるの?」

「基本は」


 男はにぃと口の端に笑みを作る。


「よくもまぁ、頭の回るもんだ」

「これだけヒントを貰えばね。

 だいたいアイリーンのギルドには目の仇にされてるけど、バールのには半分くらい感謝されてるもの。

 しかも新皇帝のご機嫌を損ねる必要はないわ」

「ずいぶんと自分を高く見積もってるもんだな」


 皮肉げに言うと少女は柔らかく微笑み返し、


「世界を平和に運営する限り、私は敵ではないもの」


 と言い切る。

 そんな姿に男は深いため息を一つだけついて視線を上げた。


「お前さん、一体何がしたいんだ?」

「そうね……」


 すっかり冷め切ったストレートティを手にして少女は少しだけ思案する。


「世界を完全な平和の状態にしたい」


 言い切って、それから小さく笑みを零し。


「それ以上に、この世界がそんな『退屈な停滞』にどう抗うのか……

 見たいだけかもしれないわね」


 男はコインをテーブルに弾いて立ち上がる。


「は、誰某が相手じゃなく、世界ときたものだ。

 神にでもなるつもりか?」

「いいえ」


 少女は本を手に取り、吹き込めばその言葉が記されるかのような荘厳さを以って囁く。


「私がなるならば……『魔王』よ」


 『黒糸使い』は鼻で笑おうとして失敗した。

 刹那の先に死があるフィールドで長き時を過ごした男が、どう見ても子供としか表現できない少女に得も知れぬ恐怖を覚えた。

 それは数多の虚言を聞き過ぎた耳が、その中に重く腰を据える覚悟を見つけてしまったから。

 あまりにも中途半端な少女。

 それ故に多大な自由を有する者。

 彼女を深く知れば、誰もが抱く『おぞましさ』を再確認してしまった。


「そりゃぁバチ当たりな」


 それら全てをごまかすように、軽く言い放ち─────

 男は雪舞う空の下へと体を送った。




「首尾はどうですか?」


 浮かない顔で問いかけるマルティナ。

 仏頂面も見慣れた少年だが、なお悪いのは答えを待たずにわかった。


「気が付いたら大きな音がして穴が開いていた。


 揃って同じ証言ですね」

 二人は大穴の空いた地面のすぐ傍、本当に目と鼻の先にある村に居る。

 魔術師とあってはまずは敬われる。

 ギルドに入れるだけの財力があるのだから下賎な輩であることはまず稀であることから、農村では騎士と並ぶ待遇を受ける。

 村長の家に招かれた二人はすぐに事情聴取を行ったが、村人は一様に同じ回答を返すだけだった。


「……子供も含めてな」


 ティーエンの言葉にマルティナは「そうですねぇ」と頷いて、それからおやと小首をかしげる。


「子供ですか?」

「ああ、4つか5つくらいのガキに聞いたら同じ事を言った」


 舌足らずにも同じ事を繰り返したその光景を思い出して椅子に腰掛ける。


「口裏合わせ、ですか」


 子供ならもっと擬音満載の理解に苦しむ表現をする。

 事件が起きて数ヶ月とあり、誰も彼もに聞かれた風なら大人の口ぶりを真似したとも言えるが、これは起きた直後の事件だ。

 考えられるのは全員が集まった上で言い含められたか。


「だろうな。

 つまりこの村の連中は犯人を知っている」

「脅迫されているんでしょうか?」


 一番に思いつくのはその考え。

 あれだけの魔術を使える者ならば逆らう気など起きまい。


「わからない。

 むしろこの村を脅迫する理由がない。

 そして、あの大穴はこの村にとって利となる存在だ」

「とすると、自主的に秘匿していると?」


 例えば逃亡中の魔術師が村に隠れ潜むとすれば、あんな派手な魔術を使う必要がそもそもない。

 単に実験したいだけの魔術師なら、バールにいくらでもあるもっとただっ広い平原を選ぶだろう。

 迷惑を掛けたいだけの存在と言うにはあまりにも出来すぎた場所に池が生まれたものだ。

 丁寧に水路まで削り取って。


「村人に頼まれて引き受けただけ、か……」


 そうなれば確かに合点が行く。


「魔術師としての観点から言えば明確に罪と言える行為だけど……」


 マルティナの言いよどむ言葉を聞きながら少年は考える。

 自分たちがこの地へ駆けつけた理由は魔術を乱用する不届き者の討伐だ。


「人助けか何かは知らないが、魔術師を貶める行為に他ならない」


 なれば、答えはこれ以外にない。


「ちょっ、ティーエン導師!?」

「魔術の乱用は知識無き者を騒がせる。

 魔術の歴史は排斥にあり、我々は過去に立ち戻らぬために己を律し、独自の法を持つ」


 ギルドの構成員であれば誰もが復唱する言葉。


「ギルドが討伐対象としたのなら、そして事実魔術を行使して『被害』を出しているのなら、これを討伐しない理由はない」

「ティーエン導師!」

「貴女は決定を覆せる立場でも、この仕事の担当でもない。

 マルティナ導師。

 邪魔をするならお引取り願いたい」


 子供らしからぬ凛とした言葉に少女は口ごもり、それから悲しげに瞳を伏せる。


「ティーエン導師」


 少女は微かにしか届かない声で呟き、それからおもむろに右手を上へあげた。

 不意の行動に訝しげな表情を浮かべた少年は、直後にお星様を見た。


「っ!?」


 所詮文系のひ弱な腕だが、思い切り良く振り下ろされればかなり痛い。


「なっ!」


 激情のままに食って掛かろうとした眼前に指を突きつけられて


「熱くなり過ぎです。

 この村の感情を貴方は推測したばかりでないのですか」


 声音は限りなく絞られ、殴った方が痛そうな顔をされると反論の言葉が喉に詰まった。

 痛みと不可解さが少年の頭を冷やす。

 ここは石造りでもなんでもない。

 宿もない農村の一部屋だ。

 隣どころか外からでも声を漏れ聞く事が可能である。

 そこで叫んだ言葉は自分が導き出した結論からすればあまりにもまずい。


「魔術は人の為にあるべし。

 私欲のためにあって身を滅ぼす物です。

 数多の歴史書にあって、我欲に溺れた者の末路を描くのは我々賢人の仕事のはずです」


 声のトーンを戻し、そして諭すように少女は言葉を紡ぐ。


「善行を批難して我々はどんな救いを得られるのですか?

 数多人々の為に為そうとした実験を悪魔の儀式と批難された先人の苦痛を自ら繰り返したいと?」


 全くのきれい事だと自覚しながらも。

 しかし嘘偽りない気持ちで少女は続ける。


「我らは賢人にして理性の徒。

 いくらかを見聞きして全てを知れるならば調査と研究という言葉を己の羊皮紙から消し去りなさい」

「……」


 困ったような。

 恥ずかしそうな顔をぽかんと見上げて、少年は目線を反らす。


「悪かった」


 その言葉は、と少女は思う。

 ぎりりと噛み締めた歯が物語る。

 この場での暴論を諌めたことへの謝罪であって、己の考えへの諌めに対する物ではないのだろうと。

 だが、固唾を呑んで耳をそばだてているであろう者の心情も察し、若きソーサラーは柔らかく呟く。


「いえ、こちらこそ。

 さて、これ以上の進展がない以上ここは一度ギルドに戻り報告しましょう。

 我らが派遣された理由は害為す魔術師の討伐であって、そうでない者を討つことではありませんので」


 少し演技っぽくなったかと思いながら視線を下げる少年を見て、少しだけ眉根を寄せる。

 そこにあるのは反省などではなく怒り。


「ああ」


 思わず漏れそうになった声を押し殺してマルティナは目を閉じる。

 破戒者たる親とこの犯人。

 どうしてこれほどに差が有るのかと。

 もしもあの企みが明らかになる事なく、バールが世界を手にしていれば─────

 その行いは英断となっていたかもしれないのに。

 運命に翻弄される少年の心はどれほどまでに荒れ狂っているのか。

 我欲に溺れた者の末期を描くのが賢人の役目とするならば─────

 己の言葉を思い出し、少女は奈落の底を見るような心もちで呟く。

 ────賢人の心はどこに置けばいいのだろうか。




 一台の馬車が雪の舞う町を往く。

 街中で馬車を走らせるというのは一つの特権だ。

 交通の妨げになる事よりもその持ち主の警備を優先するべきだと国が判断して許可している、それほどの人物であるという事。

 人が寝静まった夜。

 ややペースを落として走るそれの中には会議を終えたばかりの男が瞑目してあった。

 男の名前はパードリク・ツヴァイン。

 爵位を持つ有力貴族の一人。


「報告いたします」


 突然の声に男は動じる事もなく言葉も発しない。


「魔術師ギルドは導師ティーエンを放浪魔術師の討伐に派遣しました。

 マルティナという導師がこれに随行している模様です」

「放浪魔術師……

 『リトル・ファルスアレン』か」


 忌々しさを滲ませて男は目を開く。


「忌み子の小僧を支援しろ。

 手段は問わん」

「それについて一つ問題があります」


 ぴくりと右頬が吊り上る。それを察してか声は早継ぎに言葉を紡ぐ。


「『黒糸使い』が動いています」


 じろりとした目が天井に向けられる。


「『牙』を護衛に回していると?」

「『牙』そのものの動きはない模様です。

 今のところですが」


 黒糸使いの名はそれなりの立場に居れば耳にしている。

 各家が有する『牙』には武名を馳せる者も少なくないが、こと諜報に掛けてはその男と率いる部下の手並みは無視できない。

 何よりも奇怪なのが彼がその家、どの『牙』に属しているかの情報が欠如していることにある。

 下らない噂まで及べば『皇帝のみに仕える独立した『牙』である』とさえある。

 男は奥歯を噛み締めて熟考すると、忌々しげに息を吐く。


「命令は変わらん。

 引き続き諜報と、そして小僧の動きを支援してやれ」

「承りました」


 数十秒の沈黙。

 二頭の馬が吐き出す白をたなびかせ、馬車は町を往く。


 その前方に─────男が一人

 吹き荒ぶ雪の中で

 馬車を待っていた。

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