終章 終わらないセカイ
日をあけて翌日。
元よりこれまでの戦死者に哀悼の意を表することもあり、今年の収穫祭は一日だけの式典で終わる予定だったのだが。
蓋を開けてみれば勝手に祭りが始まっていた。
公館の前が式典会場だったのだが、そこをぐるりと取り囲むように人々が集まり、勝手に祭りを始めてしまったのである。
警備の面からも、また公にされていない事件の面からも当初は解散を命じる動きであったが、カイトスが不意に「ならば俺が警備主任をやろう」と言い出し、「ではこちらも『氷の牙』を警備にお貸ししましょう」などとアシュルが乗ってしまったために静止の声はばたりと消え、異様なお祭り騒ぎとなっていた。
すでに前向きな公館職員は「このお祭りに来年から人を呼び集める」と酒というガソリンをたらふく詰め込みながら激論を交わしている。
奇しくもここはバールとアイリンの交差点として大きな町へと発展するに違いない。
伝統の始まりに立会いながら、皆今までの苦労を全て洗い流そうと無礼講で大騒ぎを繰り広げているのだ。
「じゃあ、名産品とか決めちゃいましょう」と誰かが言えばいきなりアレだこれだと候補が挙がり、コンテスト会場が設立されたり、子供たちがアイリンとバールそれぞれに伝わる歌を歌っては教えあったり。
無秩序ゆえに喧嘩も絶えないが、一言で言えば「楽しい」祭りが繰り広げられている。
公館側からは祭りは翌日まで。
つまり三日間との触れだけを出している。
ならばとさらに凝縮した熱気はこれから訪れる寒い冬も吹き飛ばそうとしているようだ。
「大層な騒ぎじゃな」
警備兵役となった『氷の牙』の一人に連れられて、花を思わせるドレスでなく旅人を思わせるローブ姿の少女が訪れる。
「やぁ、リトル・ファルスアレン」
「もう戻るのかえ?」
「元々その予定だよ。
この祭りが予定外なんだ、少し時間を延ばしてもらったくらいさ」
アシュルは微笑んで立ち上がると、自分の正面の椅子を少し下げる。
侍女が慌てて対応を代わろうとするも、「いいよ」と押し留めた。
「すまぬな」
「紳士の嗜みだよ」
椅子に腰掛けてティアロットは杖を傍らに立った侍女に預ける。
「で、トラクルス・ザラッドの処遇かな。
聞きにきたのは」
「まぁ、のう。
どちらかと言うと魔力の封印を如何に解いたかと、西の魔法郷について情報を洩らしてもらいたいと思うてな」
「……だとすると、今の所芳しい情報はないな」
「然様か」
出された紅茶を手に脇に広がる光景を見る。
「で、使うのかえ?」
「……まぁ、おおっぴらにはそうと言えないけどね。
世界に百人といないウィザードだ。
じっくり話をして私たちの理想を理解してもらいたいとは思っている」
小さく頷き、小さな唇で香りと、僅かな苦味を迎え入れる。
「で、リトル・ファルスアレン。
君はこれから?」
「そうじゃの。
ドイルにしばらく行こうと思っておる」
「ドイル?
……あそこは今の所平穏だと思っていたけど」
「ぬしなぁ……わしが平穏なところに言って悪いかえ?」
「いや、悪いと言うか、そういうイメージだからね。
君は」
「ふん。
エクシードの手伝いじゃよ」
「そりゃあ……、君は国政とかには口を出さないスタンスだと思ってたけどね」
「……老が立派に過ぎたからの。
未だ軽んじる輩も少なくない」
「確か……ファイルート前王の傍らに美女が居たって報告があったね」
回りくどい言い方をと嘯いてカップを置く。
「あれやこれやと口は出さん。
その姿がありさえすればいい。
あとは国家間交渉で知り合いと繋いでやる程度じゃよ」
「充分過ぎるね。
今度うちも手伝って欲しいものだ。
どうしてもルーンはアイリン以上に喧嘩腰でね」
二百年にも及ぶ侵略の地は未だに返されていない。
また返す事も今のバールにはありえない選択だ。
「エカチェリーナは賢い。
恨みつらみだけで話はせんよ」
「なるほど。
まぁ、心しておくよ」
歌声が聞こえる。
バールに長く続く、冬の間に閉ざされた家で無聊を慰めるために作られた数々の歌が。
それに追随するような歌声。
習いたての歌を一生懸命歌う声が寒空に響く。
今はその頼りなくも精一杯な、そして何よりも元気な歌を聞きながら、しばし茶を楽しむとしよう。
「無罪放免……というわけには参りませぬが?」
「そうかねぇ?」
世界塔の最上階。
許された者のみに許された場所で老人と優男は言葉を交わす。
「彼が齎した情報はギルドにとっても大きい。
それにバールのギルドと王国からも嘆願書が来ているからね」
「しかし、追放魔術師を赦すなど……悪しき前例ではすみません」
「じゃあ、これはどうだろう」
稀代の大魔道師オリフィック・フウザーは指を一つ立ててニイと笑う。
「トラクルス・ザラッドは実は追放魔術師ではない。
内偵としてこれに偽装し調査をしていた」
「……強引過ぎます」
世界塔の中で第二位の権力を持つ老人は苦々しく呟く。
「けれどさ、魔力の封印が解けるなんて事実ウチにとっても洒落にならない。
トラクルス・ザラッドの存在が隠せないなら、それ以外に方法はないさ」
「ですが……一度は牙を剥いた身。
信用できるのでしょうか?」
「さぁ。
どうだっていいさ」
余りにも適当に、しかし楽しげに言う。
「ダメならバールとそこの魔術師ギルドにさらに貸しができるだけさ。
大事になれば勝手にティアちゃんが何とかしてくれるしね」
物凄い勢いで他人任せな事を言い始めた上司を見て、老人は深々とため息をつくのだった。
「あ、ティーエン導師」
パタパタと走ってくる人影を見て少年は足を止める。
導師服と手にした資料は講義でもしてきた後だろうか。
マルティナが横に並ぶとティーエンも歩を進める。
「帰るの?」
「ああ」
事実上未だ謹慎中の身ではあるが、トラクルス・ザラッドはその罪の大半を赦される事となり、療養している。
寮に住んでいたティーエンだが最近はそう遠くない家に戻るようになっていた。
これまでは忌避していたがその必要も無くなった。
「そっかー」
ニコニコと嬉しそうに笑う少女を見て少年は苦笑を浮かべる。
「どうしてマルティナ導師が嬉しそうなのさ」
「いえ、ティーエン導師も丸くなったなって」
満面の笑顔で言われてしまえば顔の一つもしかめたくなる。
「だって、さっきの講義の時、みんな言ってましたよ?
ザラッド導師が何か変なんですけどって」
「変って……」
もう少し言葉はないものか。
「ティーエン導師は可愛いんですから気をつけてくださいね?」
「……はぁ?」
いきなり話が飛んだ。
「いきなり何なんだよ」
「ティーエン導師って今まで誰も近づけない感じだったじゃないですか。
でもその空気がなくなると、こう、普通に可愛い男の子でして」
「……」
ド真面目に解説されて一歩引く。
「実は教室でも人気爆発だったりするわけですよ?
今日だけでも3人くらいの生徒に赤い顔しながら尋ねられましたし」
「尋ねられたって……」
何をと聞く前にずいっと顔を詰め寄られもう一歩後退。
「マルティナ導師ってザラッド導師と付き合ってるんですか?
って」
「……はぁ?」
「うんうん。ちゃんとそう答えておきました」
『そう』の意味が分からない。
気にせずに帰途を進めるマルティナがくるり振り返り「行かないんですか?」と急かして来る。
「意味がわからん」
「いえ、だから『多分ティーエン導師にそう聞いたら「はあ?」って言われますね」って答えておきました」
確かにそう答えてしまったティーエンはガシガシと頭を掻いてマルティナに追いつく。
「だいたい何で学院の生徒がンな事気にするんだよ」
「何でって……この流れで聞きますか?
そんな事」
本気で呆れたと少女は少年の顔を見る。
「その子がティーエン導師がかっこいいなって思ったからに決まってるじゃないですか」
「学園の生徒だろ?」
「生徒だって女の子ですもん。
それにティーエン導師は将来有望ですしね」
なんでこんな話題なんだと我にかえって一つ溜息。
「仮に俺が好かれたとして、何を気をつけるんだよ?」
「いえ、ティーエン導師は免疫なさそうですから、甘い言葉にころっと騙されて口ではお話できない展開とか突入しそうじゃないですか。
お姉さんに全て任せて的な?」
「……一回殴っていいか?」
「ティーエン導師はそんな事する人じゃありません」
わかった様な事を楽しげに言われて一つ舌打ち。
「でも、ティーエン導師はそんな事に興味無いんですか?」
「考えた事もない」
憮然と返せば「それはそれで不健全です」とか言ってくる。
「ティーエン導師の年で枯れてたら将来大変ですよ?」
「妙に絡むな……」
流石にしつこい。
「いえいえ。
ここまで言っておけば安心かと」
「安心って……」
「ほら、私もティーエン導師はお気に入りですから。
予防線です」
さらっとなんでもないように少女は言う。
「というか、あれだけ尽くしてるんですから、あっさり他の人に取られちゃうと凹むって言うものじゃないですか?」
「尽くすって」
色々迷惑をかけたり、助けてもらったりした事を否定するつもりはない。
「あー、酷いっ。
利用したらぽいって言う人だったんですか。
ティーエン導師はっ!」
「騒ぐなっ!
……というか、性格が変わってないか?」
「変わりもしますよ。
結構恥ずかしいんですから」
振り返った顔は赤くて、少年は思わず次の言葉を見失う。
「とまぁ、そういうわけでして。
私はこっちですから」
気が付けば寮が右手に見える場所にまで来ていた。
「また明日ですっ!」
逃げるように。少女は此方の言葉を待ちもせずに駆けていってしまった。
「……ったく」
少年は、自分の頬に朱が走っている事を自覚しながらもそれを隠すように顔を抑える。
「こっちは何一つ落ち着いていないってのに」
少年は改めて執行部に任じられ、また家に戻ってきた父親ともどうしてもギクシャクとした日々を過ごしている。
重ねて世界塔への研修の話もある。
建前だったはずだが、律儀にフウザーの名前で推薦状が届いているらしい。
まさしく何一つ片付いては居ない。
「どいつもこいつも……勝手だな」
けれどもそれを楽しく感じる自分が居て。
少年はゆっくりと一歩を踏み出す。
まずは少しでも父と話すために。
何一つ片付くどころか、何一つ始まっていない。
「だが、始める事はできるはずだ」
父の予言を覆すためにも。
そして賢人として己が目指すべき未来のためにも。
古き大樹が斃れ、新たなる芽が大きく育つが如くに。
平原に降る柔らかな雨の祝福を受けて。
若き芽は天の光を見つめて進む。
全てはこれからなのだと、大地に刻みながら────────




