乱入した七人目の候補者・梅東夢食(ばいとうむしょく)はありがたいご神託を語る。
「な、なんですか。あなたたちは!」
カメラマン兼接待係のエッちゃんが悲鳴に近い声を上げた。
多比余と大学教授の真奈美も驚いた表情でドアの方を向いている。俺も恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこに高僧が羽織るような袈裟(ただし電飾付きの黄金色)を着た男が、仁王立ちをしていた。部屋の中だと言うのに雪駄を履いたままだ。背は低いが肩幅は異様に広く、叩き鐘と鈴を持った巫女四人を引き連れている。
〈なんだなんだ? 何が起こった?〉
〈カメラ、そっちに回して見せてくれ〉
会場の雰囲気にユー〇ューブの視聴者が興味をそそられたようだ。
「ワシが神聖・大心涅槃教教祖で、都知事候補の救人師、梅東夢食である。お父様と呼びなさい!」
梅東がオペラ歌手のバスのような良く通る低音でそう宣言すると、巫女服の女性たちが「お父様、お父様は偉大なる救世主~」と鈴と鐘を鳴らしながら唱和した。
〈すげえ、梅東だ。今回の都知事選で一番変なオジサンが来てるぞ〉
〈銀河評議員の夏風もいるのに、ここに梅東が!〉
〈スタンハンセン対アンドレ・ザ・ジャイアントみたいにワクワクするぜ〉
梅東はカルト教団の教祖で今回の都知事選候補者・31名の中でもずば抜けて保守的な人物だ。最近のLGBTを巡る動きや女性の社会進出にも批判的で選挙公報の主張でも学校の図書館から(彼が考える)有害図書をすべて排除しようというものもあった。
「多比余さん、あんな人も呼んだの?」
真奈美が怪訝そうに言った。
「ゲストの選抜については既成政党と同じことを言っている人は避けて、独自の考え方をする泡沫候補を十人程度集めようとしていたんです。梅東さんは一応アポを取ってみたんですが『他の者など呼ぶな! 救人師であるワシのお告げだけを放送せよ』と言ったので断ったんですけどね」
「多比余よ、ワシが説法に訪れてやったぞ。女、そこをどくがよい!」
梅東が多比余の放送用テーブルの前に立ち、多比余の横に座っている真奈美に席を譲るように命令した。
なんという傲慢な男だろう。梅東が連れている巫女たちも「すみません、そこをお譲りください」と、言葉こそ丁寧だが強引で、唖然とする真奈美の両脇を取ってエッちゃんの横まで連れ出して立たせると、「ささ、こちらへ」と梅東を多比余の隣に座らせた。
「梅東さん、勝手なことをされては困ります。あなたには出演依頼もしてないでしょ」
「気兼ねせず、お父様と呼びなさい」
「呼びません。もう帰って……」
と言いかけた多比余がモニターを見て目を丸くし梅東を追い出すのを止めた。LIVEの視聴者数が梅東の登場以来グンと伸びていることに気づいたのだろう。
実際コメントも〈梅東、今日もアレやってくれ〉とか、〈お父様ありがたきお言葉を我ら愚民どもにおかけください!〉と信者から? と思われるコメントが続々と書き込まれていた。
ユー〇ューバーの多比余にとっては、こんな美味しいことはない。
「分かりました。では梅東さんにもここで主張を述べてもらいます。ただし公職選挙法違反になりますので自身への投票は呼びかけないでくださいね」
というが速いか『タビトの未来政経予測』のスタジオは、変な御詠歌(?)のライブ会場になってしまった。
巫女たちが鐘と鈴を交えて『神聖ここに極まれる、地上に現るお父様。清きお姿仰ぎ見て~~』と歌い始めると、そこに梅東が、どこかの芸人の吟じる詩吟のような、それでいてオペラのバスを担当する歌手のような超低音で歌い始めたのだ。
『ああ、かなしや~~ア、くじゅうのせかい~~~っ。いいよる~~あくまを~~お~し~の~けて~~~、このよに~~~へいわを~と~りもどせえええ~。いいかげんにめをさませ~~。おそろし、おそろし、そのどんかんさア~~』
不覚にもその奇妙な歌声に俺は聞き惚れてしまった。アレとはこのことだったようだ。
この御詠歌が気に入ったのか、堂谷もちょっと大げさな拍手をした。
「さてこれから、神託を使わす。がその前に、そこでワシを睨んでおる悪霊憑きの小娘、後でワシが自ら浄化してやるゆえ、風呂を借りて水浴びし、巫女に浴衣をもらって正座して待っておれ!」と梅東が夏風に言うと、夏風も「フッ戯けが、ドワーフの妖怪ごときに何ができるか!」と応じた。
〈お~、戦いの火ぶたが切られたぞ〉
〈銀河連邦の夏風姐さんガンバレ! 変なオジサンをやっつけてくれ〉
「ふとどきな! お父様のありがたい御厚意に対して、なんという無礼なヤカラか」
梅東の連れている巫女の一人が夏風に駆け寄って頭の上から塩を振りかけた。
「あ~もう梅東さん他のゲストにちょっかい出さんで下さい。夏風さんも応戦しない!」
多比余が頭を抱えて「エッちゃん、あの巫女さんを追い出して」と言った。
すぐにエッちゃんが巫女を応接セットの外に追いやった。
変人の集団(たぶん俺も含む)相手に生放送するのは大変そうだ。
「ハイでは、梅東さんの政策をお聞かせください」
多比余が溜息まじりにそう言うと、巫女が「お父様です。お父様~~~」と修正した。
「選挙スタッフはこの部屋から出て行ってください!」
エッちゃんが強い口調で、再び巫女を追い返そうとすると、梅東が彼女の兎の尻尾を引っ張って止めた。
「オナゴいきり立つな。お前は茶でも運んでおれば良いのだ。さてでは神託を使わそうぞ。聴くがよ~~ォい~~、罪~~深き烏合の~~衆よ。けがれを祓いてエリ正せ~」
梅東は一節吟じると、カメラを強力な目力で睨みつけ「よいか、ワシが知事に当選した暁には東京に宗教警察を作り風紀の乱れた者を取り締まって、我が教団の聖都にする!」と宣言した。
「梅東さんの考えられる風紀の乱れた者とはどんな人を言うのですか?」
座席を奪われて、エッちゃんの横に立っていた真奈美が皮肉っぽく聞いた。すると梅東はその真奈美を指さした後、多比余にも指を向け、さらに俺たち七人のゲスト全員に対して順番に指を向けた。なぜかエっちゃんは指をさされなかった。
「ほう、それはどういうことでしょう?」
多比余が眉間をピクつかせて言った。
「現代のニッポンは乱れに乱れておる。本来、男は男らしく質実剛健に暮らし学徒は皆頭を丸め道徳を学ばねばならぬ。女は女らしく常にエプロンを身にまとい男の陰でかいがいしく働かねばならぬ。森羅万象には陰陽があり人界には上下の関係がある。それを無視して批判するうつけ者、女でありながら偉そうに程度の低い自説をたれる雌鶏、うぬらのようなクズ共は皆、宗教警察が捕らえ、しかるべき施設で性根清浄をせねばならぬ」
〈お~、全員にケンカ売ったぞ。どうする多比余〉
「アホか外道はお主だろうが!」
突然、怒声が聞こえた。見ると夏風が椅子の上で仁王立ちをしていた。
「なんだと。この錯乱娘が!」
梅東は数珠をメリケンサックのように手に絡ませながら夏風に向かっていった。
「やめてください」
先ほど花粉対策を述べた小賀津が叫びながら梅東の前に立ちふさがり、この怪人を押し留めようとした。しかし梅東は小賀津を乱暴に振り解いて、なおも夏風に向かって行く。
この男なら相手が女性でも殴り掛かるだろう。
それはさすがにダメだろうと思い、小賀津の二番煎じで梅東の前に立ちふさがった俺だったが武術の技も知らず、ただ両手を開いただけでオロオロと突っ立っていると、堂谷が「コラー、このフリーペーパー野郎!」と叫びながら梅東の胸倉につかみかかった。
〈救人(求人)師・梅東だからフリーペーパー野郎か。うまいなあ堂谷〉
が、堂谷は威勢が良かったものの、梅東にその腕をねじられ豪快に投げ捨てられた。
〈ドワーフ梅東、無双じゃんか。てか堂谷、弱え~〉
「ワシは柔道5段、剣道3段、弓道師範。うぬらがごとき軟弱者には負けんわ」
と吠えた。
ついに多比余がキレて「か、帰れ~、帰らないとセ〇ムに電話します!」と叫んだ。
警察でないのは、事情聴取が入ると放送がここで終わってしまうからだろう。
「よかろう。ここには邪気が渦巻いておる。これを聴いておる視聴者らは邪気祓いに教団の修行場に来なさい。さすれば地獄に堕ちる運命から救い出してやろう。そのうえで居宅には神聖・大心涅槃教が使わす『福来い招き猫人形』を買い受け、床の間に飾ること!」
「通販もあります。一体、300万円にござります~~~」
巫女の一人に『福来い招き猫人形』の宣伝ポスターをカメラに向かって掲げさせた後、梅東は他の巫女がザルからまき散らす五色の紙吹雪を浴びながらスタジオを出て行った。
「何だったんでしょうかね。あの人は?」
真奈美が多比余の横の席に着きながらそう言った。
「皆さん大丈夫でしたか?」
多比余の問いかけに小賀津はコクコクと頷いて椅子に戻った。
「堂谷さん、手を貸します」
俺は腰を打って立ち上がるのに苦労している堂谷の手を引っ張った。
「ああ、平気だ。俺は丈夫なんでな」
「え~視聴者の皆さん、実に見苦しいところをお見せしました。招かざるゲストが帰ったようなので都知事選候補者のゲストの方々による政策紹介を続けさせて頂きます。ミッドロール広告の後、最後になりましたが佐内雅彦さん行きますか?」
切り替えの早い多比余が俺に向かって笑顔でそう言った。