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六人目の候補者・夏風夏夏(かふうなな)は宇宙からのメッセージを語る。

〈お、期待できそう〉

〈もしかして、なにげにヤバい人ではないですか? ワクワク〉


 夏風は三十代半ば。古代ギリシャの衣装を思わせる膝下まである乳白色のワンピース。普通にしていれば、有名女優と見紛うばかりの美人だ。しかし残念なことに長く伸ばした髪の毛は手入れされておらず、目は焦点があっていない。 


「あ、では、かふーなななさん、都知事選で主張されていることをお聞かせください」


「あの、すみません。なななじゃなくて、かふうななです」


〈あれ、ちょっと気弱なとこが出た〉

〈この人以前、シェシャンテという女性グループでハープ奏者やっていた人じゃない?〉

〈ストーカーに連れ去られて、三か月間行方が分からなかったって週刊誌で書かれた人?〉

〈そう彼女。別荘の地下室に監禁されていだみたい。隙を見て逃げ出したようだけどね〉

〈俺、知ってる‼ 捕まった犯人はボス猿タイプの男で、余罪もあり他の場所にも別の女性を拉致してたとか。近所では子供が八人もいる子煩悩な父親で通っていたらしいね〉

 モニターには衝撃的なコメントが並んでいたが、本来の趣旨から外れるので、多比余はこれらをあえて無視した。


「失礼しました。では改めましてお願いします」


 すると、彼女は「我が名は夏風夏夏と書いて『かふうなな』」と同じ個所から繰り返した。どうやら台本通りでないと、このキャラが演じきれないらしい。


「現在は七回目の転生した姿で、宇宙年齢は9万7021歳。前世はシリウス近郊の惑星ポドリナスで法務官を務めておった、宇宙名はバドブレイザーと申す」


〈やったー。こういう人を待ってました〉


「えっ、すみません、もう一度行っていただけませんか」

 選挙公報には自己紹介もあったはずだが、多比余は視聴者受けを狙ったようだ。


「あ、はい。え~っと以前はシリウス近郊の惑星ポドリナスで法務官をしていました」

 夏風は小さな声でポソポソと答えた。顔が赤くなっているところをみると、どうやら時々素に戻るらしい。

 

「ああ、そうですか。失礼しました。でその元ポドリナスの法務官・バドブレイザーさんが都知事選でおっしゃりたいことは?」


「ああ、そうであった。それは宇宙港の開港を即するためじゃ!」


「嘉永6年のペリーみたいなもんですか?」


〈だったら黒船じゃなくてUFOはどこ?〉


 多比余の質問に夏風はすぐに答えなかった。

 彼女は視線を遠くにやって、耳に手を当てて誰かと交信しているようだった。うなずきながら『ハイ、ハイ』と言っている。


「あの夏風さん、聞いてます?」


「あ、ハイ何でしょう。じゃなかったウホン。宇宙港の開港を即するのは脅しではない」


〈wwwwww〉


「近く訪れる銀河連邦使節団を対等の立場で迎えるためじゃ」


「ぎ、銀河連邦施設団ですか。それはそれは」


「我は銀河連邦評議会議員でな。しかも、昨年十月から今年の十月までは議長職にある。その会議で一定のレベルに達した地球人たちも仲間に迎えることに決定したのじゃ」


「光栄なことですね」


 多比余は胸に手を当て、うやうやしくお辞儀をして見せた。


〈銀河連邦議員の議長って期間がたった一年で、しかも太陽系を基準にしてるのか?〉


「おい、多比余君、この人大丈夫なのか?」


〈お、また出た堂谷候補〉

〈ここにいる人たちはみんなぶっ飛んでるけど、さすがに夏風さんはレベルが違うね〉


「堂谷さん。お気遣い無用です。私、いろいろな人とこれまで会ってきていますから」

 多比余は堂谷を制した。もしかしたらユー〇ューブの番組にとっては、夏風のような人物こそ一番美味しいのかもしれない。


「で夏風さん、銀河連邦の方々から都民、いや全人類に対するメッセージのようなものは出ておりますか? 例えば二酸化炭素をこれ以上排出するなとか」


「あ、それを聞いてみます」


 夏風は、また素に戻って、多比余にヘコヘコと頭を下げると、また遠くを見てどこかと交信し始めた。

 やはりその都度『ハイ、ハイ、わかりました』と返事をしている。これがもし演技でないとしたら、かなり容態は良くない。コメント欄にも〈ななさん、本当に精神的なご病気なのでは?〉と心配する声が出だした。だいいち彼女は銀河連邦会議員の議長なのに、なぜへりくだった応対をしているのだろう? 


 やがて夏風は銀河連邦評議会議員・バドブレイザーの顔に戻って、「二酸化炭素の放出など、気にしておらぬ」と言い放った。


「あ、そうなんですか。私はまた何でもお見通しの銀河連邦の方たちは人類が地球の空気を汚しているのを怒っておられるのかと心配しておりました」

 多比余が冗談めかしてホッとした様子でそう言った。


「二酸化炭素濃度によって地球の温暖化が進むということには確かに相関関係があるが、そればかりが平均気温に関係するものではない。現在の平均気温は15℃程度なのに対し恐竜がいた白亜紀の頃は23℃程度。それ以前のカンブリア紀は16℃から22℃だ。白亜紀の二酸化炭素濃度は現在の3倍でカンブリア紀は22倍なので本来ならカンブリア紀の方が白亜紀より気温が高くならないといかん。だが実際には白亜紀の方が高いのだ。ついでに言えば今から41万6千年前、グリーンランドの氷床は溶けておった。当時はまだホモサピエンスは現れておらず、二酸化炭素濃度も現在よりずっと低かったんだがな」


 夏風の受け答えに一同が唖然とした。

 彼女は本当に宇宙人と交信して、この答えを出したのだろうか? それとも何を質問されるかを予想して、こうしたデーターを用意し、暗記していたのだろうか? 

 さすがの多比余もしばらく言葉を失っていた。


「いずれにせよ地球温暖化で人類が苦しんでも、滅亡リスクはそれほど高くはない。それ以上に滅亡リスクが高いのは爆発的な人口増だよ。1960年には三十億人だった人口は現在では八十億を超えていて、既にレッドラインを超えているのに、なぜか早急に手を打とうとしない。そればかりか日本を含む何か国かは、まったく逆の少子化対策で人口を増やそうとしているのを銀河連邦会議員は不思議に思っておる」


「そりゃあ現在の地球は民族や文化圏ごとに国境があって、その単位で動いてますから。文化も言語も違う移民を大量に受け入れるとトラブルが頻発するのが予想される一方で、国家としては経済活動を維持するために適正な人口を保つ必要があるからですよ」


「食料の流れに国境なんてないのに? 日本の食料自給率は38%だろう。間もなく起きる水や食料の争奪戦を金で解決しようと言うのか?」


 宇宙人は夏風を使って痛いところを突いてくるようだ。

 確かにそうなのだが、それは政府も国民もあまり考えないようにしているのだ。


「地球人は二酸化炭素の排出量も含めSDGs17目標などを作っているようだが、人口の爆発的増加に真剣に取り込まない限り、誰もが飢えて土を食って生きることになるのは必然なのに、人類全体として危機感に乏しく、抜本的な対策がとられていないことに対して我々は危惧しておるのだ」


「はあ、まあそうかもしれませんね。これには貧困問題や宗教的な問題が数多くありますから、別に避けて通っているわけではなく、差し迫った問題としては炭素排出量を抑えるのを一番に考えているわけですよ」


「クックック、しかしまあ最終的な判断は人類が自ら選ぶことだ」

 夏風は少しいたずらっぽく笑った、


「で、要約しますと人類は銀河連邦とのコンタクトに備えて宇宙港を作る必要があるので東京に作ろうというのですね。宇宙人が言うには地球の温暖化は必ずしも二酸化炭素濃度だけに起因するものではないと。その前に世界人口の増加を抑えないと人類は破滅すると警告しているんですね。ただ世界人口の抑制は都知事選挙とは直接関係ないですね」


 多比余が無難にまとめようとした時、リビングルームのドアが乱暴に開かれた。



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