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三人目の候補者・堀木紀之は失われた30年から脱却するために粗大ゴミの日の復活をすべしと語る。


 名前を呼ばれて俺の正面に座っていた中年男性が立ち上がり、みんなにお辞儀をした。


「私の主張はゴミを速やかに出せるようにすることが環境維持につながり、また経済的にも大きなメリットがあるというものです」


〈こいつはたぶん環境の事なんにも考えてないな。自分だけ良ければいいのか〉

〈都知事選の泡沫候補は無責任なことを言うから面白い!〉


 否定的なコメントが多いが堀木はそれを気にしない性格のようだった。


「国とも協議して家電回収リサイクル法を改正し、家電を廃棄する人が逆に利益を得るようにすると共に、昔のように業者によるチリ紙交換や空き缶回収の復活をします。近年日本ではゴミの減量化に努めてきました。そしてゴミを多く出すことは、まるでいけないことのように指導されています。私はそれが経済を委縮させているのだと考えています。昔の総理大臣に『消費は美徳だ』と言われた方がいましたが、それこそが日本を救う道だと信じます。要するにゴミ処理を現在の技術で速やかに行い、国民の誰もがストレス無くゴミを捨てられるようにすることが、日本を再び立ち直らせ、環境にも良いことだと考えています」


〈お~、言い切りましたな。でもそれがなんで環境に良いんだよ!〉

〈家電リサイクル法はオレっちも反対!〉


「これはさっきのよりインパクトがあるね。日本のゴミ行政の全否定じゃねえかよ」

 先ほどから不規則発言をしているゲストの一人がそう言って呆れた。


「まあまあ堂谷さん、確かに堀木さんの提案は現在の環境行政に対する批判だと思いますがなぜ堀木さんがそんな風に考えられるのか、どうやって環境を守るのかをお聞きしたいと思います」

多比余はテーブル上のキーボードを叩いてデーターを収集しているようだった。


「資料ではゴミの分別が進んだのは1991年の廃棄物処理法改正からで、埋め立て地の不足などから減量化が図られ分別利用できるものはリサイクルにとなりました。堀木さんはそういう経緯があっても自由にゴミを出せるようにすべきだと主張されるんですね」


「ハイ、もちろんすぐにできるとは考えていませんが目標としてはそうです」


〈逃げた〉

〈いや、反論するかも〉


「分別に関しては当時より処理技術が進んでいるのに簡素化されるどころか、ますます繊細な分別が求められるようになっています。言い換えれば常にゴールポストが動かされている状態です。これでは行政の指導を無視する人が増えても不思議ではありません。今はまだそこまで処理技術が伴っていないので完全に分別を止めることができませんが、将来は高度な処理能力を獲得し住民の労力を減らすことを目標にしてもらいたいと思います。それとゴミの減量化に関しては、夢の島のような場所を最終処分場にすることができなくなったのが原因だと考えています。けれどなぜ海面埋立でなければいけないのでしょうか?」


「そりゃどこにも場所がないからだろ。宇宙にでも捨てようと言うのか?」


「堂谷さん、いちいち突っ込まない。後の座談会で他の人の政策で気になったことを質問してもいいですから。堀木さん、続けてください」


「みなさん、スーパー堤防構想ってご存じですか?」


 堀木が突然話題を変えてきた、もしかしてこの人は都合が悪くなると話題を変える人?


「これは石原元都知事なども言っておられた防災対策で、私が考えたものではありませんが、要するに将来起こりうる大震災の時、津波が来れば水没が予想される0メートル地帯を海抜10メートル程度にしようというものです。しかも従来の堤防ではなく周辺の建物ごと丘のようにかさ上げするという構想なのです」


「もしかすると、ゴミを埋め立ててスーパー堤防にしようというわけ?」


「もちろんゴミをそのままではなく、燃焼して灰にしたものを煉瓦状に加工して使うというもので、不潔なものではありません」


〈この人は0メートル地帯にある建物を10メートルかさ上げしようって言ってるのか? ビルも建ってるのに移築なんてできるかよ。だいいちどれくらい金がかかるんだよ〉

〈それを言ったら、元々スーパー堤防なんて発想もありえないでしょ〉


「スーパー堤防は予算がかかりすぎるので優先順位を下げられた案件ですが、ゴミ処理予算を合わせて財源を確保すれば実現が可能です。日本の都市沿岸部で海抜の低い場所は非常に多いので、少なくともその目的のためにゴミを原料とした素材を利用するのであれば、数百年間はゴミを自由に出し続けても原料が不足するくらいになるかと思うんです」


〈数百年とは大きく出たね。ゴミは減量しなくても原料にすれば良いってか〉

〈ウマイ。wwww〉


「なるほど。それでゴミを大量に出せるようになると。でもゴミの分別は減量化だけが理由ではなくて環境問題やリサイクルによる再資源化も理由なのをご存じですよね」


「環境問題についていえば、ダイオキシンは高温で燃やすことで発生を防げますが、これは最新の焼却炉が必要で設置する予算を回す必要があります。とにかくあまりに細かすぎる分別を住民に求めることで、逆に不法投棄が増えるという相関関係も成り立つと思うのです。もし住居の近くで楽に捨てられたとしたら、あるいは観光地にゴミ箱が設置してあったら、誰がわざわざ労力を払って海や山に捨てに行くでしょうか? 私はゴミ処理行政のまずさが現在の環境問題を引き起こしているのだと考えます。海が汚されて人魚が泣いているというCMはゴミ行政を指導している人に向けて発信されるべきなのです」


「ではゴミをリサイクルして資源化するということについてはどうですか?」


「私は家電リサイクル法によって、日本の家電業界が凋落したと思っています」


「いや違うだろ。日本の家電業界の凋落は韓国や中国が世界のニーズを捉えたからだろ」

とまたしても堂谷が吠えた。 


「確かにそれもあります。しかし国内でも私たちになじみ深い秋葉原や日本橋の電器の量販店が次々に消えています。通販や超大型店の出現によるものだとも言われていますが、私はそれ以上に日本人が新しい家電を求めなくなったからだと思います。リサイクル法のおかげで家電は夢があって便利で楽しい物から買ったら最後、捨てられないやっかいなお荷物になったので、人々は必要最小限の物しか買わなくなったんです。当然売れません」


〈石〇~、石〇~、電気の事なら石〇電気、石〇電気は秋葉ばーら♫〉

〈サ〇―ムセンもよく行きましたわ〉


「家電リサイクル法は消費者が家電を捨てる時に費用を払うという考え方をしています。日本では江戸の昔から廃品はお金や品物と交換されてきましたので正反対の考え方です。本当にリサイクルする価値があるなら回収する側がお金を払うべきなのに、なぜ手放す側がお金を払う仕組みなのでしょうか。おとなしく行政に従う人も内心では割り切れないものがあるはずです。実はちょっと面白いデーターがあります。86年ショックって言うんですが、これは原付バイクのヘルメットが義務化された後、当時女性の間で流行していたミニバイクの売り上げが激減したというものです。ノーヘルの死亡事故が多くなっていたので致し方ないことではあったんですが、このように制度改革をすると物が売れなくなるのは家電に限ったことではありません。要するに安全を第一に考える人も環境問題を中心に考える人も経済波及に関する思考が足りないのです。どちらも大事であり両立させる必要があるんです」


〈バタフライエフェクトってやつかな?〉

〈じゃあ、自転車もヘルメットが努力目標なのが義務化されたらどうなるんだ?〉

〈あまり外に出なくなるんじゃないか? 宅配が増えて地元の商店街は壊滅するかもしれないし、オンラインで行える仕事は会社に行かなくなってJRの廃線も加速するかも〉


「要するに堀木さんは家電リサイクル法を一度廃止すべしという考えなんですか?」


「そうではなくて先ほども申しましたが、もしリサイクルしたものが資源として使えるなら回収する側が廃棄する側の人に料金を支払う仕組みにすべきだと言っているんです。それが無理なら無料で回収することです」


「しかしそれだと家電をバラすのにもお金がかかりすぎて、資源として利用できないのではないですか? 昔のように埋め立てるわけにもいかないし廃家電はどうなりますか?」


「無料で引き取った家電をバラすのに現時点では採算が合わなくなっても、将来はきっと採算が取れる日が来ると思います。レアメタルの価格も上がってますしね。つまりその日まで埋め立てるのではなく例えば先ほど述べたスーパー堤防の中に巨大な倉庫を作って採算が取れる日まで取り置くのもいいかもしれません」


「しかしそれにもかなりの予算がかかるのではないですか?」


「そう思います。しかし元々スーパー堤防建設には津波対策費も充当できますし保管期間も資源の高騰を考えると、20年ほどで済むでしょう。原発の廃棄物の10万年保管と較べれば安いものです」


〈プププ、当選を狙ってない人はお気楽ですな〉


「現在日本の家庭では使われなくなった大型家電や始末に困る家具類が溢れ、まるでアミロイドβがたまった脳のような状態です。これを取り除いて国民に購買意欲を取り戻してもらわないと日本経済が再浮上するのは不可能です。私は東京が威信をかけて無料で粗大ゴミが出せる日を作り、失われた30年と決別すべきだと思います」


「なるほど。日本中にたまった廃棄物を一挙に吐き出させ、購買欲を取り戻させるというわけですね」


「それと私がいつも不思議に思うのは、観光地にゴミ箱がないことです。日本は観光立国を目指していたはずだと思うんですが……」と話を続けた。


 多比余は手元のパソコンのキーボードを素早く叩いて資料を出した。


「エ~、政府は2016年に訪日旅行者の消費動向調査をし、観光客を増やす目標を掲げています。なのに観光地にゴミ箱を置かないのは不思議だと堀木さんは思うんですね」


「そうです。東京もまた観光地の一つですが、ゴミ箱を置かない場所もあります。日本に来た外国人が日本で驚いたことの上位に、ゴミ箱が街に置いてないことが挙げられています。これを褒められていると思っている人もいますが、呆れられているのだと思います。例えば、もし駅にトイレが無かったら、トイレ特有の臭いも漂いませんし、掃除もいりませんがすごく不便です。こういうのは必ずどこかにしわ寄せがくるんです。観光客は金づるだがゴミは知らんと言うのであれば、怠慢だと思います」


〈俺は止めていたバイクのシートにゴミが置かれてたから腹が立って藪に投げ捨てたよ〉

〈 ↑ おまわりさ~ん、コイツです〉


「まとめると堀木さんの主張はゴミを捨てやすくすることが不法投棄を防ぐと同時に日本人がまた物を買うようになることで景気を押し上げるということでいいですね」


「ハイ、経済対策にいくら予算を投じてもゼロ金利を続けようと景気は良くなりません。それよりも家庭にたまった不要物を吸い上げることで人々は購買欲を取り戻すでしょう。今の日本はトイレの無いビヤホール。ジョッキの注文はできません」


「ではオチが付いたところで次に参りましょう。え~っと、ここで座談会への出席を打診したものの来れなかった候補者の中で、政策は紹介してもいいと言われた方の主張を紹介しておきます。表にしましたのでご覧ください」

 そう言いながら多比余はカメラの前に製作してあったボードをかざした。

 よくある主張もあるが中には極めてユニークなものもあり、参加者からもどよめきが起きた。


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