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第二章②

 立ち去ろうとしたアンジーの背中に、拙者は言葉のナイフを突き立てた。

「……誰がまな板ですっ、ヒッ!」

 怒りに口角を引き攣らせたアンジーが、拙者の方に振り向いた。だがその表情は、拙者の顔を見た瞬間、悲鳴と共に凍りつく。

 ……今の拙者は、そんなにひどい顔をしているのでござろうか?

 だが、その疑問は後回しでござる。今はただ、仲間(ロロ殿)の名誉を、死んでも守るのが先決。

「そ、そ、そんな顔をしたって、私には――」

「え? なんだって? もういっぺん言ってみろや! あぁっ!」

「ヒッ!」

 拙者に凄まれ、アンジーは腰を抜かしたのか尻餅を付いた。

 アンジーに向かって一歩踏みだそうとした拙者を踏みとどまらせたのは、右袖を握るロロ殿の手。

「ヒロキさん。語尾、語尾」

「……おっと。忘れていたでござる」

 怒りに我を忘れていた拙者を、ロロ殿が引き戻してくれた。

 危ない危ない。怒りに身を任せてしまえば、それこそアンジーの言う通り、拙者は野蛮人に成り果ててしまうでござる。

「忍という字は、刃で心を抑えるもの。自分を律することで、初めて忍者になれるでござる。ロロ殿、助かったでござるよ」

「どういたしまして。でも、私は気にしてないから。ね? もうやめて。ヒロキさん」

 袖を握るロロ殿の指を丁寧に放しながら、拙者は首を振った。

「そうはいかんのでござる」

「そうだね。僕もそう思うよ」

 それは、必然と言うべきか。拙者が顔を上げたその先には、アンジーを庇うようにジルドが立っていた。

「ジルド家の次期当主として、アンジーの兄として、ここは引くわけには行かないっ!」

「……なるほど。謝るつもりはない、ということでござるか」

 烈火の如く怒るジルドに負けぬほどの憤怒で、拙者は答えた。

「ならば、白黒つけるしかないようでござるな」

「はっ! いいのかい? 昨日君は僕にやられたばっかりなんだよ? 昨日の今日で繰り返すとは、学習能力がなさすぎやしないかい?」

 拙者の言葉を聞いたジルドは、小馬鹿にしたように口を歪めた。

 そう。ジルドの言う通り、ダンヒル内で揉め事の決着をつけようとするなら、『最も魅力的な者が勝つ』しかない。そしてそれを今やった所で、拙者に勝ち目は皆無。

 だから――

「これでござる」

「ピース?」

「違うでござるよ!」

 右手で二本の指を立てた拙者を、ジルドは怪訝そうな表情で見つめる。

「二ヶ月後の魅力試験。その場で拙者は、貴様を倒す」

「なっ!」

 予想していなかったのか、ジルドの顔が驚愕で歪む。だが、それも一瞬。すぐに不敵な笑いを浮かべ、拙者を挑発する。

「足りるのかい? 僕と君の差を埋めるのに、たった二ヶ月で」

「十分すぎるでござろう。お主の鼻っ柱、へし折ってやるでござる!」

「……引く気は、ないようだね」

「そんな性分であれば、拙者との昨日のいざこざも、なかったでござろう?」

 それを聞いたジルドは、新しいおもちゃを買ってもらえた子供のような笑みを浮かべた。

「面白い。いいだろう。そこまで啖呵を切るなら、受けて立つ! 君を、ヒロキ・アカマツを、今日から僕の好敵手(ライバル)として認めようっ!」

「拙者のような野蛮人の名前を覚えてくれていたとは、光栄でござるよ。エルメネジルド・ゼニア!」

 拙者とジルドはしばらく睨み合い、お互い火花が散りそうなほど視線をぶつけ合った。

 先に視線を外したのは、ジルドの方。彼は何故だか顔を少し赤らめ、勝者の権利を決めていく。

「……では、君が負けたら君からアンジーに謝罪してもらおう」

「いいでござるよ。土下座でも何でもするでござる。反対にお主が負けたら――」

「アンジーからロロさんへ謝罪をさせよう。それから、昨日の僕の言葉も取り消そう」

 ジルドの言葉に、拙者は両目を見開いた。

 それは昨日、ジルドが言った忍装束は着れれば価値があるという言葉!

「……それは、余計に負けられなくなったでござるなっ!」

「ふふふっ! 二ヶ月でどこまで化けるか、楽しみにしているよ。さしあたって、ヒロキが明日の実技授業で、どこまでやれるか見させてもらおうっ!」

 アンジーを優しく助け起こし、ジルドは笑いながら教室を出て行く。外に取り巻きを待たせていたようで、二人が外に出た途端、廊下が騒がしくなった。取り巻き達がジルドを賞賛するおべっかと、拙者を蔑む言葉を矢継ぎ早に口にしている。

 だがそんなこと、一欠片ほどの興味も無い。拙者にとって、今一番重要なのは――

「ロロ殿っ!」

 突然拙者に両肩を捕まれ、ロロ殿は目を白黒させる。

「わっ! な、なに? ヒロキさん」


「実技授業って、何をすればいいのでござるかっ!」


「……へ?」

 一瞬、何を言われているのか理解できない、という顔をしたロロ殿は、すぐに慌てたように拙者の顔をのぞき込む。

「ええっ! ヒロキさん、何やるかもわからずに、ジルドさんにあんなこと言ったのっ!」

「いや、流石に『最も魅力的な者が勝つ』をするのは、わかっているでござるが……」

 サントノーレ学園が行う『魅力』の授業は、更に二種類に分けることが出来る。

 一つ目は先ほどまで受けていた、座学の授業。これは一般教養と同じく、筆記試験で成績が決まる。

 そして残りの一つが座学で学んだ内容を実践する、実技授業。『魅力』を競う『最も魅力的な者が勝つ』を行うのだ。この実技授業の成績を決める試験が、魅力試験に当たる。この辺は、昨日学園長が言っていた通りでござるな。

 しかし、ロロ殿は昨日言っていた。

「昨日ジルドとした場外戦とは、実技授業や魅力試験と、ルールが違うのでござろう?」

 正直な所、拙者としては魅力試験にのみ注力し、ジルドに勝つことのみに集中したい。

 だが、ここで拙者が何もしないまま実技授業を受ければ、待っているのはジルドの冷笑、失笑、大爆笑だ。それはかなり、かなり気に食わないでござる!

『ジルドとした場外戦』と言った瞬間色めき立った一部の女子生徒の興奮が冷めやまぬまま、拙者はロロ殿に平に平に傅いた。

「ついてはロロ殿より実技授業と魅力試験について何卒、何卒ご高説賜りたくっ!」

「そ、そこまでしなくても、大丈夫! 教える、教えるからっ!」

 慌てながらも快諾してくれたロロ殿に、拙者は笑いかけた。

「そうでござるか! かたじけないっ!」

「も、もぅ」

 顔を赤らめたロロ殿は、咳払いを一つした後、流麗に言葉を紡いでいく。

「まず実技授業だけど、事前に対戦する場所と時間、テーマが決まっている以外、場外戦とルールは変わらないの」

「そうなのでござるか? 『最も魅力的な者が勝つ』の勝敗は『魅力』の測定と相手同士の自己判定で決まると聞いたのでござるが、そこは固定なのでござるか?」

 そう言った時、『最も魅力的な者が勝つ』のルール説明を初めてしてくれた、あの変態(フランクリン)が、突如として拙者の脳内に登場した。いかん。あいつキャラが濃すぎて、どうしても思い出してしまうでござる!

「うん! むしろそれをベースとして、新たにルールを追加していく、って感じかな。場外戦は決められた場所で対戦するわけじゃないから、場所、時間、テーマは決まってないの」

「逆に実技授業は実技演習棟という決められた場所と、そこを使う授業の時間が決まっている、というわけでござるか」

 フランクリンに続いて刀を持った拙者が、拙者の頭の中に現れた。当然、脳内のフランクリンを滅殺するためでござる。こうして思い出してしまうのならば、ここで一思いに殺すっ!

「その通り! あ、あと『最も魅力的な者が勝つ』は対戦相手同士の合意があれば、ルールの追加が出来るの。魅力試験は、実技授業にルールを追加したものになるんだよ」

「どんなルールを追加したのでござるか?」

 頭と足だけで前転を繰り返すフランクリン。相変わらず行動は意味不明だが、それもここでおしまい。くくくっ。ここは拙者の頭の中。全てが拙者の思いがままでござる。さぁ、覚悟するでござるよ!

「それは『魅力』の判定を審判だけじゃなく、学園の教師陣、そして学園外の観客からも評価してもらう、投票制にしたの。対戦と言うよりは、ファッションショーのイメージかな。総当りで優劣を決めると時間がかかっちゃうから、一学年をまとめて一度に評価して、成績をつけるんだって」

「なるほど。確かにその方が効率的でござるな」

 拙者の無慈悲な一撃が、フランクリンへと繰り出される。しかしそこに登場したのは、何とあの桃色の光。なん……だと……!

「後、魅力試験は追加ルールがもう一つ。着ている服は、脱いじゃダメ、ってことかな」

「まぁ、当たり前と言えば、当たり前でござるな。そういえば、何故実技試験ではなく、魅力試験と呼んでいるのでござるか?」

 馬鹿な! 拙者の脳内にまであの光が現れるとはっ! 狼狽しながらも、拙者は果敢にフランクリンに斬りかかっていく。

「一種のお祭りなんだって。城下町の人たちも招いて、観戦してもらうの。だからお祭り用に実技試験じゃなくて、魅力試験って名前になってるんだって。後、魅力試験でうまく『魅力』をアピール出来れば、魅力試験を観戦していたブランドのモデルとして、契約できることもあるみたいだよ」

「なるほど。成り上がれるチャンスでもあるわけでござるな」

 フランクリンの動きは素早く、中々拙者の刀が当たらない。当たっても、あの桃色の光に阻まれてしまうっ!

「……あと、これはどうやら本当のことらしいんだけど」

「ん? 何でござるか? 急に口をすぼめて」

 内緒話をするかのようなロロ殿の行動に、現実の拙者も脳内の拙者も、動きを止めて耳をそばだてた。だが、その隙を見逃す脳内のフランクリンではない。

 ロロ殿がその小さな唇を開いた瞬間、脳内フランクリンは拙者の妄想を突き破り、まんまと拙者の前から消え失せた。

「魅力試験のテーマは、ゼニア家の意見に影響されることがあるんだって」

「ええい! 小癪なっ!」

「わ、わっ! こ、声が多いきいよヒロキさんっ!」

 現実と脳内のコラボレーションが発生し、奇跡的な会話の繋がりが起こった。

 ええい! ロロ殿がせっかく拙者に説明してくれているというのに! 忘れろ! 今起こったことは、全部忘れるのでござる、拙者っ!

 慌てるロロ殿に謝りながら、拙者は自分の疑問を口にした。

「ゼニア家と言えば、ジルドの家でござろう? 学園長は、何も言っておらんのでござるか?」

「ゼニア家が、この学園を運営する資金のほとんどを出しているって話だけど、学園長は『がはははは! その不利を覆してこそ、真の『絶対魅力者』だッ!』って言って、全く気にしてないらしいよ」

「今のものまね、うまかったでござるな」

「そうかな? えへへっ」

 照れるロロ殿を愛でながら、そういえば学園の教育理念は『絶対魅力者』を育てること、と学園長が言っていたのを思い出した。他にもあの時、チャールズ先生が『魅力』について何か言っていた気がしたでござるが……。

 やめよう。またあいつ(フランクリン)が拙者の脳内に出てきそうでござる。

 拙者は切り替えるように頭を振り、ロロ殿に問いかけた。

「魅力試験のテーマは学園側、もしくはゼニア家が決めるとして、実技授業のテーマはどうやって決めるのでござるか?」

「それは、自分ですよ」

 声の主を探し、視線を巡らせると、そこにはチャールズ先生が立っていた。

 拙者は思わずチャールズ先生を指さし、叫んだ。

「その縁メガネは、ウェリントンメガネでござる!」

「はい、その通りです。よく授業を聞いていましたね、ヒロキくん」

「そしてロロ殿の髪型は、ウェービーボブでござる!」

「私まで! そして今更っ!」

 ロロ殿のツッコミに、拙者は少し不貞腐れた。

「……いいではござらんか。習った言葉は、使わんと身にならんのでござる」

「えぇっと、明日の実技授業で行うテーマなんだけど……」

 おっと、そうでござった!

 拙者は慌てて先生の方に向き直る。

「ヒロキくんのテーマは『春物』だ」

「……拙者の?」

 つぶやいた言葉に、チャールズ先生は嫌な顔一つせず答えてくれる。

「自分のクラスでは、テーマは毎回対戦する生徒毎に一つずつ決めているんだ。だから正確にはテーマが『春物』になったのは、ヒロキくんと君の対戦相手の二人だよ」

「対戦相手は、どのようにして決めるのでござるか?」

「実技授業の成績が同じ人同士をなるべく当てるようにしているね」

「では、拙者の場合は?」

「明日ヒロキくんと対戦するのは、ビス・ポークくんだ。テーマの方はまずは大きな視野でお洒落を楽しむことからスタートしてもらいたかったから、ガチガチに決めてないよ」

「なるほど。了解したでござる」

「それじゃあ、自分はヒロキくんのビスくんにも同じことを伝えてくるから」

 そう言うと、チャールズ先生は拙者の元から去っていった。その後姿を見ながら、拙者は暗い思考に落ちていく。

 お洒落を楽しむことからスタートする。なるほど、物は言いようでござる。

 チャールズ先生は、拙者とジルドの場外戦を見ていた。そして対戦相手は実技授業の成績が同じぐらいの生徒。つまり、ビス殿も拙者と同じお洒落の初心者でござる。少なくとも、先生にはそう見えたのでござろう。

 留学したての拙者と同じレベル、同じ『魅力』ということは、他の要素でビス殿を上回れば、拙者にも勝機はあるということ。

ふふふっ、何も無理に『魅力』を馬鹿正直に追い求めなくとも、拙者が訓練学校で磨いてきた諜報員としての技術を、今ここで――

「――ヒロキさん。ねぇ、ヒロキさんってばっ!」

 ロロ殿の声に、拙者の意識は現実へと引き戻される。

「おっと、すまぬロロ殿。考え事をしてござった」

「もう、しっかりしてよ。それで、どうするの?」

「……何がでござるか?」

「服だよ、服。明日、何着ていくの?」

 心配そうな顔をしているロロ殿に、拙者は不安を取り除くように優しく言った。

「ああ、そんなことでござるか。安心するでござる。拙者、とっておきの一張羅があるでござるよ」

「え、本当? どんな服? 教えてっ!」

「忍装束でござる」

「春物のっ!」

「赤色であれば、問題ないでござろう?」

「大有りだよ! っていうか、赤色の忍装束持ってるの?」

「……すまぬ。持ってないでござる」

 崩れ落ちる砂で出来た城のように、拙者は地面にへたり込んだ。

 そうだったぁぁぁあああっ! 対戦場所、時間、テーマ以外場外戦と同じルールなら、テーマに合わせた服を着ていないと負け、不戦敗でござるっ!

 諜報員のなんちゃらとか言ってる場合ではござらん。そもそもスタート地点に立っておらんでござるよ拙者!

「え、他に、他に服はないの?」

「あるでござる」

「制服、じゃ、ないですよね?」

「……」

「図星っ! え、本当に? このままじゃヒロキさん、不戦敗だよ?」

「しょうがないでござろう! 訓練学校では軍服で過ごすのが当たり前。拙者の服といえば、忍装束ぐらいしかないでござるっ!」

「軍服orシノビショーゾクって……」

 難しい顔をしたロロ殿は、やがてしょうがないかと言うように、拙者に話しかけた。

「うーん。ヒロキさんって、今お金、幾らぐらい持ってます?」

「カツアゲ? カツアゲでござるかっ!」

「ち、違いま、ちょっと! ぴょんぴょんはねないでください! そして無駄に垂直跳びが綺麗! って、そうじゃないんですっ!」

 もう飛ばないように拙者の右手を掴み、ロロ殿はこう言った。

「服、買いに行きましょうっ!」

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