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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

やるせなき脱力神番外編 言葉は拙く、力は強く

作者: 伊達サクット

ランセツは冥王アメリカーンが戦力としてウィーナにプレゼントした人物。

冥王とウィーナの間を取り持つだけでなく、冥王の耳目としての役割も担い、ワルキュリア・カンパニーへの牽制としても機能している。

実家は王家の直轄領にある龍影寺で、代々直轄領を守護する一族の出身。

ペコリンより強い。ジョブゼや(仮の姿の)シュロンよりはやや弱いイメージ。

「ジャコスさん、何故私が合流する前に攻撃を仕掛けたのですか?」

 たった今封じた悪霊の鎮霊石(ちんれいせき)を片手に、ランセツが問う。

「何故って、その理由は、ご自分が一番ご存知のはずでは? ランセツ殿」

 ジャコスが不遜な態度で言う。

 ジャコスは青い肌を持つ魔族タイプの戦士で、垂れた目と鷲鼻、長い金髪が特徴的な、ひょろ長い痩身の男だ。

「分かりません。教えて下さい」

 ランセツは正直に言った。

 こちらを憐れむような冷笑を浮かべるジャコス。

「この組織は戦闘能力至上主義。ご存知ですか?」

「はい」

「もうお分かりでしょう? 察して下さい」

 馬鹿にしたようにジャコスが言う。

「分かりません」

 再びランセツは正直に言った。ジャコスの言っていることが理解できない。

 やれやれ、と言った感じでジャコスは大げさに溜息をついて、随分と言葉を溜める。あからさまに勿体ぶった態度。

 ランセツは黙ったまま、長身のジャコスを見上げる。

「……全く、分からない人だなあなたも。じゃああなたにも分かるように言うと、弱い者には従えない、ってことですよ」

 ジャコスがランセツを見据えて言う。

 両者の間に沈黙が走った。

「どうしました? 何も言えませんか? いやー申し訳ありませんねえ。ついつい正論を言ってしまいました。いやいや、気に障ったらご容赦の程を」

 ジャコスが慇懃無礼極まりない態度で沈黙を破る。

「それは、命令違反を犯していい理由にはなりません」

「何故です? この組織は戦闘能力至上主義なんだから、強い者の意向が尊重される。当然のことでしょう。それともランセツ殿はウィーナ様の方針に逆らうおつもりで?」

「強い弱いではありません。私は幹部従者。あなたは管轄従者。ここでは私が」

「図に乗るな! 下手に出てればいい気になりやがって! の○太のくせに生意気だぞ!」

 ランセツが喋っている途中だというのに、ジャコスは話を遮り怒鳴り、更に続ける。

「俺はな、貴様のように実力もないくせに、上にゴマをすって立場を得たような奴が許せんのだ」

「ジャコスさん、まだ私が話している途中です。人の話を」

「黙れ! お前のようなハリー○ッターが龍影拳(りゅうえいけん)の正統伝承者だと!? お前如きが達人揃いの伝承候補者を倒したっていうのか!? そんなアホな話あり得ん! どうせコネか何か、卑怯な手段で手に入れた肩書きに違いない!」

「どんどん話がずれていく……」

 幹部従者として、このランセツ隊の隊長として、ランセツは何とかしてジャコスの僭上(せんじょう)な振る舞いを指導せねばならないが、ジャコスは一方的に自分の主張をまくし立てるばかりで、ランセツに喋るタイミングを与えない。

「お前は全て嘘で塗り固めたインチキ野郎だ! 実力の伴わない、上っ面だけの! 俺は俺の好きなようにやらせてもらう!」

「だから、命令を無視して部下を囮にするような戦い方をしたんですか?」

 ランセツが言う。静かだが、強い口調で。

「作戦の一環ですよ。弱い平従者をうまーく使っただけだね。まずは人に被害を及ぼす悪霊を鎮圧するのが大事でしょう? 何がいけないんです?」

「不要な犠牲でした。この悪霊は私がやると伝えたはずです」

「思い上がるな! 俺だってやれるんだ! このジャコス様をみくびりやがって! お前のそういう人を見下した態度が気に食わんのだ!」

「ジャコスさん、あなたが私を嫌っていることは知っています。どんな態度を取ろうと、他で私をどんなにこき下ろそうと、それは構いません。ですが、ここは組織である以上、上官である私の指示には従うこと。最低限それだけは守るよう言ったはずです」

 ランセツが言うと、ジャコスは歯を食いしばり、垂れた目を血走らせて、今にも襲いかからん勢いで睨みつける。

「ふざけるな! この弱○ペダルが! 後から現れて人の手柄を横取りしやがって! 遅れて来てヒーロー気取りか!」

「あなたに戦うよう命じた覚えはありません。こうなることが予想されたからです。なのに私の到着を待たず勝手に目標と戦った上、部下を捨て駒にするような戦法を採用して死なせ、目標の悪霊も捕まえられず、一人逃げてきた」

 ジャコスが憎しみを込めた表情でランセツを見据えつつ、黙り込む。

「ともあれ、事後の対応をしましょう。いつまでもみんなの亡骸を野ざらしにしとくわけにはいきません。応援を呼びましょう」

 それを聞いて、ジャコスは舌打ちをした。

「ふざけるな。誰がそんなことするか」

「ジャコスさん、言ったはずです。私を憎むのはいい。でも命令には個人的感情は抜きにして従って下さい。あなたも管轄従者。人の上に立つ立場の者です。あなたは部下に死を強要するも同然の命令を下した。だったらその分、私の言うことぐらい聞いて頂きたい」

「やーだねー。こんな組織、愛想が尽きたよ。俺ぁ今日限りで退職しますわ。あ、退職金は後からちゃんと送金して下さいねー、送らなかったら訴えますんで。ほんじゃ、さよならー」

 ジャコスは長髪を揺らしながら踵を返し、そのままこの場を去ろうとする。

「待って下さい。あんなに部下を死なせて、その振る舞いですか? 隊長として見過ごすわけには参りません」

「ハアァァ? あんた耳ついてねーのかよ! 俺はね、辞めるっつったの! もうあんたは上司でも何でもねーの! お分かり?」

「何か勘違いなされているようですが、組織があなたの退職願を受理するか、解雇を通知するかしない限り、ワルキュリア・カンパニー管轄従者というあなたの身分は変わりません。勝手に投げ出すことはできません。まず、招いた結果の事後の対応を誠実に行い、筋を通して退職して下さい」

 ジャコスは面倒そうに振り向き、「あー、はいはい」と呟きながら、小刻みに何度か頷いた。

「んじゃ、面倒くせーから、あんたここで殺しますわ」

 ジャコスが腰の鞘から剣を抜き、殺意をもってランセツに向ける。

 彼は凄まじい剣術の冴えを持つ、一流の剣士だ。冗談で抜くような男ではあるまい。

「本気なんですね? 承知しました。ならばこちらも『武』をもって指導致します」

「『指導』だぁ? 相変わらずの上から目線……。お前のそういうところが気に食わないんだよ」

「当然です。私は幹部。あなたは管轄。部下に対して対等な勝負など成り立ちません。これはあくまで指導の一環です」

「はぁ……、幼い頃から狭い龍影寺(りゅうえいじ)の世界の中で、周りから持て囃されて育ったから、上には上がいるってことを知らねーんだな。井の中の(かわず)、何とやら、だね。その世間知らずには同情するよ」

 再び憐れむような目をこちらに向けるジャコス。ランセツは息を整え、腰を落として拳を構える。

 本当だったらジャコスが長々と喋っているこの隙に仕留めることが十分できたのだが、ランセツにとって、これはあくまで部下に対する指導だ。勝負などという大それたことではない。

「抜いたこと、これ即ち対話を放棄したことに他ならない。無駄話はやめましょう」

 ランセツが増長する部下に対して叱る。

 ジャコスが額に青筋を立て、目元をヒクヒクと震わせ、引きつった笑顔を作る。

「フフ、あんた本当に面白いこと言うねえ。あんた弱いのに、ここまで彼我の力量差を弁えねーって、もしかしてギャグで言ってんの? フフ、フハハハハハハ! あんた笑いの才能あるねえ! ワルキュリア・カンパニーなんか辞めて、お笑い芸人目指した方がいいよ! 戦闘員向いてねーんだから! 吉○入って笑いの道極めろって! いや、その芸風は吉○じゃないなあ……、ああ、あれだ、そのシュールな芸風は人○舎かな? お前の芸風ふか○りょうか霜○り明星の粗○に似てるわ! ピン芸人としてデビューしてR-1目指せや! うはっ、うはははははー!」

 意味不明な発言を並べるジャコス。

「すみません、何を言ってるのか全然分からないし、全く笑えません。でもそのお言葉、そっくりそのままお返しします」

 真顔で構えを崩さぬランセツ。

「ま、いいけどさ。この場で殺すんだからなあああっ!」

 ジャコスがこちらに踏み込んで磨き抜かれた長剣を振るう。

 一閃。

 二閃。

 まるで光芒の如き瞬きの、凄まじい剣捌きがランセツに襲いかかる。しかし、ランセツは眼鏡すら揺らさず、最小限の動きで全ての斬撃を回避する。

「な、なっ!? う、嘘だ! まさかこんな! うおおおおおっ!」

 掛け声を上げて、更に力強く剣を振るい続けるジャコス。

 確かに、並の戦士では太刀打ちできない剣技だが、龍影拳正統伝承者たるランセツには、この程度の剣など止まって見えた。

 汗一つかかず、全てを綺麗に(かわ)してみせる。

「それだけの殺意と意気込み、どうして私ではなく、今回の敵に向けてくれなかったのです? これだけ優れた剣士でありながら、なぜ部下を囮にして背後から討つなどという、姑息な手段に走ったのです!? しかもそんな手に走った挙句失敗して!」

 躱しつつ、ランセツが問う。

「黙れ黙れ黙れええええっ!」

 ジャコスの猛襲も虚しく、ランセツにかすり傷一つ付けられない。

「よっと」

 ランセツは肉薄して踏み込んできたジャコスに足払いをかける。

 地面に倒れ伏すジャコス。

「実戦なら、あなたはとっくに死んでいます」

 両腕を後ろに回し、脇に倒れるジャコスに目を流す。

 ジャコス程の実力者なら、ランセツに言われずとも、この現実を身をもって理解しているであろう。

「うう、畜生、ちくしょおおおおおーっ! ちっくしょおおおおおおおーっ!」

 ジャコスが泣いて悔しがり、何度も拳を地面に叩きつけた。

「辞めるなら止めはしません。但し、(ともがら)(むくろ)を運び、組織に任務の顛末を報告し、彼らのお身内に私と共に報告するまでは、投げ出すことは許しません。そこまで含めての任務ですから」

「う、うわああああああーっ!」

「ご自分のためにだけ、涙を流しますか……」

 言わずにおこうと堪えていた辛辣な言葉が、漏れてしまった。



「隊長! 納得行きません! 何故ジャコスを擁護するような発言をされたのです!」

 ウィーナの執務室へ赴き報告を終えた後、廊下を歩いているところで、同席していた副官のレイリンが耳の痛いことを言ってきた。

 レイリンは肩口から左右三本ずつの腕を生やした多腕種族の女性拳法家である。

 ノースリーブの道着を纏い、頭には二つのシニヨンを結っている。

「本人は反省してるし、クビにするのもやり過ぎかと思いまして」

 ランセツが言った瞬間、レイリンがランセツの横顔に強烈なビンタを振るった。

 彼には躱すことも腕をつかんで止めることも可能だが、彼女の思いは重々承知のため、甘んじてビンタを受ける。乾いた音が周囲に響く。

 ランセツのかけるレンズの大きな丸眼鏡が床に落ちた。不明瞭な裸眼の視界でレイリンを見る。

 眼鏡がないので多分なのだが、副官は目に涙を浮かべていた。

 今回死んだ戦闘員の中でも、レーナスとキニミはレイリンが目をかけていた彼女直属の部下だった。今回の任務は臨時編成で、レイリンの班からジャコスの下に融通していた人員だった。

 よって、ランセツの発言はレイリンの神経を逆撫でする結果となった。

「隊長はあいつを庇ってますが、みんな知ってます。ジャコスが部下を囮にして死なせたこと。キニミもレーナスもあいつに、あいつに……」

 言葉を詰まらせるレイリン。やはり、涙ぐんでいる。

 ジャコスに恨み事を言いたいだろうが、彼は現在、命令違反とそれによって多くの部下を死なせた責任で、当面の間謹慎処分となっていた。

「申し訳ありません」

 ランセツは裸眼のままレイリンに向き直り、深く頭を下げた。

「今回の件は、ウィーナ様のご指摘通り、私の未熟さに原因があります」

「頭なんて下げられても困ります」

 ランセツの謝罪を拒絶するレイリン。

「レイリンさん、今回の件、レーナスさんやキニミさんのことも含め、許しようがないと思います。ですが、一度だけ、飲み込んで頂けないでしょうか? もし、今後もジャコスさんが変わらないようなら、厳しい措置を取ると共に、私も責任を取ります」

「責任を取るって、辞めるってことですか? 冥王様の言いつけでこの組織に入っている隊長が辞めることなんてできませんよね?」

「私の一命をもって」

 ランセツが言う。本気で。

 再びレイリンのビンタが飛んできた。これも避けずに受ける。

 頬を叩かれ、固く口を結ぶことしかできない。

 多分、レイリンはランセツが本気で言っていると理解したからこそ、平手打ちしたのだろう。ハッタリだったり、どうせいざとなったら周囲が止めるだろうなどと思っての発言だったら、やらなかったに違いない。

「そんなこと、二度と言わないで下さい! ランセツ殿はただ甘いだけ。それは優しさではありません! ランセツ殿は強いから、そうやって周囲に甘さを振りかざせるんです!」

 レイリンは足早にランセツを置いて去っていった。

 彼女がいなくなり、ランセツはゆっくりと眼鏡を拾った。

「隊長さん、今のはアカン。あれは流石にアカンて」

「マッスルさん」

 西部訛りで寄ってきた男。

 ランセツ隊の管轄従者・マッスルである。筋骨隆々の、厳ついスパイクアーマーを装備したヒューマンタイプの大男だ。

「ちょっと立ち聞きしてましたけど、もうちぃっとレイリンの気持ちに寄せてもええんちゃいます? 隊長さんの副官やで?」

「すみません……。でも、私にとっては、レイリンさんも、ジャコスさんも、マッスルさんも、同じ部下であることには変わりありません」

「まあ、言いたいことは分かりますけど、ワイかて、正直言わしてもらうと、今の発言ちょっとカチンと来てますで? ワイらジャコスと同列かいなって思いますもん」

 マッスルが苦笑しながら、頭を掻く。

「申し訳ありません」

 マッスルの言葉が胸に突き刺さり、謝罪するランセツ。

「謝ってばっかりや。ウチの隊長さんは」

 再びマッスルが苦笑いした。

 ランセツは暗い気分になり、マッスルから目を逸らした。

「ま、あまり気にせんでも大丈夫ですわ。何かできることありまっか? 手伝いまっせ」

「ありがとうございます」

 一礼して、ランセツはマッスルと共に事後の処理のため、事務所へと戻っていった。

 

 尚、この件の後、謹慎が解けた後のジャコスは人が変わったようにランセツを認め、彼をよく支えるようになり、部下を捨て石にするような行為も二度としなかった。

 本来なら、隊長たる者、力で従わせるのではなく、自ずと協力を得られるような人物でなければならないのに。

 自分の未熟さを、そしてどうしても他者に対して厳しく接する勇気を持てない自分を恥じ、ランセツの頭の中は眼鏡を外した視界のように雲っていた。

 押し付けられた、幹部従者という地位を持て余し。


<終>

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