第八話 変化
「ええ、魔塔へ行って来た帰りで……」
エルフリーデは出来るだけ自身無さ気に、俯いて答えた。町で楽しんで来た余韻に浸っていた事を勘ずかれる訳にはいかない。リュディガーが立てた計画が水面下で進み始めている今、些細に思える事がのちの致命傷になる可能性を多く孕んでいる。特に、ローブの下のアリス風ワンピース姿は義妹に悟られてはならない。『我がローブの形状記憶発動』と素早く心の中で唱え、義妹に引っ張られたりしても着崩れないように魔術を施した。
「そう? 婚約者にお会いしに行ったのではなくて?」
どうしてわざわざ婚約者と強調するように言うのか不明だが、しおらしく応じる。兎に角、彼女はご機嫌斜めだ、下手に刺激して自ら進んで義妹のサンドバッグとなる必要はない。
「いいえ、婚約者|《第二王子殿下》とは今週末のお茶会にお会いする事になっているので……」
……と言っても、いつも通り、どうせ義妹が割り込んで来て私は退散、となるでしょうけど……
と言いたくなる気持ちを呑み込んだ。過去を振り返ってみても、今まではこのような感情を抱く事すら無かった。心の奥にほんの僅かに芽生える違和感を深追いせずに放置して来た。そう考えると、自分が意思を取り戻せて来たようで感慨深い。
月に一、二回ほど「婚約者同士の交流を深める為」という名目の元、二人だけのお茶会が設けられている。皇帝皇后両陛下の気遣いらしい。それは第三王子殿下と義妹も同じだ。けれども、そのお茶会とやらに毎回義妹が乱入。第二王子と義妹で仲睦まじく会話を弾ませて、エルフリーデは蚊帳の外となる。あたかもその場に居ない者のように扱われるので、居た堪れなくなって静かにその場を立ち去るのだ。
どうやら第三王子と義妹のお茶会も似たようなもので、そちらには第二王子が乱入して来るのだそうだ。これまでループして来たが、今初めて真実を知った。そうだろうと推測はしていたが、どうにかして日々を過ごして行く事で精一杯だったし、他人にそこまで関心も抱けなかった……というより、何かに興味が湧くほど「生きる」という事に前向きなれなかったのだ。
……それにしても、義妹もお茶会の日程は知っているのに、どうしてそんな話をして来るのかしら?……
疑問に思っていると、背後から義妹が近づいて来た。体が強張る、まるで蛇に睨まれた蛙のように。ループする事8回目、毎回と言って良いほどこのような時に限って、使用人の誰も近くを通らない。まさか、義妹が予め魔術で人払いをしているのだろうか? と勘繰りたくなってしまう。このパターンは、義妹が手に隠し持っている針で背中や腕を刺されるパターンだ。
ほら……忍び足で背後から近づき、如何にも仲良し姉妹であるかのよう抱きついたり。体を密着させたりして来るのだ。義妹の愛用香水の一つである鈴蘭の香に、微かに混じる柑橘系の匂いが鼻を掠める。途端に汚らわしく感じる。形式上、エルフリーデの婚約者とされている第二王子が愛用している香水の香りだ。今朝も二人で密会していたのだろう。
「魔塔に? このところ毎日じゃない? 例の魔術の蓄積作業は三日に一度で良かった筈でしょ?」
背後から抱き着いた義妹は、いぶかし気に囁く。義妹の柔らかな髪が頬に触れる。体を硬直させ、刺されるであろう針の痛みに備えた。
「ええ、黒魔術に磨きをかけたくて魔塔に習いに行っているのは知っているでしょう?」
何一つ嘘は言っていない。魔塔で魔術を習う件は、第二王子自らが義妹に伝えておく、と申し出てくれたのだから彼女は知っている筈だ。
『どうして私の婚約者である殿下が、わざわざ私の義妹に伝えてくださるのでしょう? 何やら不思議なお話ですね?』
と尋ねてみたい衝動に駆られたが。
「あぁ、そうだったわね。まさか、余計な事を陛下に告げ口なんかしなかったわよね?」
「え? 陛下に?」
何の事かさっぱり見当もつかなかった。それはそうだろう、第二王子の婚約者と言えど所定の手続き無しで陛下に気軽に会える訳ないのだから。
「とぼけてないわよね?」
「っ!」
チクリと右肩に痛みが走った。針の先が刺さったのだ。痛みに耐え切れずに声をあげれば、そのまま異空間で頬を打たれ体中蹴られるという折檻が加えられる。
「それじゃぁ、どうして陛下から『そなたの婚約者はに第三王子なのだ、まさか忘れている訳ではあるまい?』なんて言われなきゃいけないのよ? 今まで何も言われなかったのに、急におかしいじゃない?!」
針が更に深く刺さる。エルフリーデは歯を食いしばって痛みに耐えつつも、心の中ではほくそ笑んだ。ループしてきた過去を振り返っても、陛下が義妹と第三王子の事に口を出す事も無かったし、第二王子の事も黙認されていた。
……真実を映す『闇の鏡』の魔術の成果が出て、リュディガー様が陛下に何かしら伝えてくれたのだわ!……
そう確信できた。エルフリーデにとって確実に良い変化が訪れてきたのだ。
「さぁ……私にはさっぱり。だって、陛下とそう簡単にお会い出来る訳ないもの」
正直に、出来るだけ神妙に応じた。更にこう付け加える。
「あなた、第三王子殿下とお会いしてないの?」
と、さもさも不思議そうに問い掛け、小首を傾げて見せた。途端に義妹は「くっ」と答えに窮し、忌々し気に眉を顰めると瞳を反らし、ツンと顎を上げて離れて行った。さすがに気まずかったのだろう。
エルフリーデは安堵の溜息をつくと、自室へと足を速めた。
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