立ちんぼ寝
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんな、世の中で眠りが浅い生き物といったら、何を思い浮かべる?
おお、出てきた出てきた。キリンとかゾウとか、その代表格だね。
聞くところによると、彼らは一日に数時間、ときによると数分しか眠らないうえ、めったなことでは横にならず、立ったままで眠るのだという。
考えられる理由は、彼らが巨体の草食動物ということだな。
大きい身体を維持するには、それに見合うカロリーが求められる。草は栄養価が低いものが多いから、量で補うよりなく、その浪費を避けるため普段は立ったままでいる。座り込んでから立つのにも、パワーはいるからね。
くわえて、彼らには命の危険も多い。自然環境において、いつ肉食動物の危険にさらされるか分からない。すぐ逃げるためにも、立っておいた方がいいわけだ。
立ったまま眠る。私たち人間も、電車の中などでしばしば立ったまま眠りこける人を見たり、自らがその立場になることもあるだろう。
席に座れなかったのが、たいていの原因。だが、他にも理由があるのだとしたら?
先生の友達の話なんだが、聞いてみないかい?
先生の友達のひとりとは、小学校から大学まで一緒という長い付き合い。その彼は、ふとした時に眠気へ襲われる人だった。
妙なことに、授業中とか椅子に腰を下ろしているときは、さほど舟を漕いだりしないんだ。むしろ、立ったままどこかに背をあずけて、目を閉じていることの方が多い。
クールを気取るのに適したポーズだったから、少し続けているくらいじゃ、そうそうツッコミは入れられなかった。しかし、しばらくして近づいてみると、彼が寝息を立てながら肩をかすかに上下させていて、寝入っていると分かるんだよ。
ただ、わざわざ起こさなくても、必要になれば自分から目覚めるし、けっこう浅い眠りなんだなと、他の子と話していたっけ。
その子の異様が際立ったのは、修学旅行の日だった。
部屋へ引っ込み、みんながトランプや怪談など、もろもろな楽しみ方をする、夜の時間。
昼間の疲れなどから、寝そべる子が続出する中、彼は姿勢を低くしても、せいぜいがあぐら止まりだった。
明かりを消し、いったんはみんなが寝入った後も同じだ。先生の巡回が済む時間では、もはやみんな寝息を立て始めていたよ。
その中、私は不意にもよおして、目が覚める。
さっと布団をめくり出て、近くの柱にもたれかかる影を見、どきりとした。
例の彼が、腕を組んでそこに立っている。いつも学校や他の場所で見ている姿だというのに、こうして明かりを消し、心安らげるべき旅先の部屋で、ここまでやらねばいけないのか。
病気、を私はまず心配した。
もしや横になることで、発作が起きるほどひどいものなのではないかと、勘ぐった。
若さもあったろう。何でも知りえたものは、つまびらかにしたくてたまらなかった私は、湧き立つ疑問をおさえられなかった。小用を済ませ、部屋へ戻ってきても、なお不動を保つ友達へ、私は小さく尋ねたんだ。
質問の終わりとともに、つむっていた友達の目が、ゆっくり開いた。「半分は正解だ」という返答に、私の言葉を聞いていた確証を得る。
ならば、残りの半分は? 私の問いに、友達は静かに答えた。
「『芽』を摘みとるためだよ」
「『芽』? やっぱり病気のもとになるものを持っているのか? それで容易に、横になる格好を許されない、と」
「――どうも、君は自分で最初に『こうだ』と思った考えを、訂正することがないよね。それがいいところであり、悪いところでもあり……まあ、いいや。
いったろう? それはあくまで50パーセントの正解だと。君は暗に、その『芽』を持つ主が僕だと思っているようだけど……」
そこで友達は口をつぐんだ。
これまで動かさなかった首を、きれいに90度。窓越しに、明かりをぽつぽつ浮かばせるばかりの、夜景に目を向けている。
なんだろうと、私も視界を追ったところで、ふと窓のそばがにわかに明るくなった気がした。
だいだい色の光だった。
夜景のそこかしこに浮かぶ、他の小さな明かりたちと大差ない色。それがいつの間にか、部屋へ光を差し込ませるほどの近くへ、浮かんでいたんだ。
すっと、ガラスなどないかのように、光は部屋へ入り込む。そうして私と友達の見ている前を、寝転がるみんなの上を横切りながら、部屋向こうへ飛んでいったんだ。
ピッチャーのストレートのような速さ。部屋へ入って、反対側の壁へ飛び込んでいくのに、一秒とかかっていなかっただろう。
ここで友達は動いた。目の前の光景に、あっけに取られていた私をよそにして、ずっと組んでいた腕を解く。そして依然、静かに寝入るみんな、それぞれの布団の上へかがみこんでいく。
はために、虫を払っているかのようだった。
親指のぞく、4本の指を揃えた手刀。それでもって寝ているみんなの顔や、布団よりはみ出た手足に近い空間を、薙いでいくんだ。身体にはいっさい触れないままに。
何をしているか。私には、すぐには分からなかったよ。
だが友達が、光の通り過ぎた下にいるみんなを順に見て回り、最後の壁際のひとりの元までいったとき、見えたんだ。
クラスメートは仰向けに眠りながら、掛け布団の上に両腕を出していた。
その顔、その腕の地肌が見えている部分に、ぽつぽつぽつと、いくつものジンマシンが浮かぶ。やがてそのひとつひとつの中心が割れて、小さな小さな双葉がのぞいてきたんだ。
友達の手つきは、先ほどより速く、やや乱暴になった。
数メートル離れていたのに、彼が手刀を振るうたび、前髪をかきあげるほどの風が、私の顔に吹き付ける。私は彼が尋常ならざる者だと、あらためて実感した。
肌すれすれを抜ける、彼の手刀はいかなる小さな芽も、きれいにちぎり取っていく。
仕事だけ見れば、淡々として正確。けれど私は、友達の顔に怒りのしわ、焦燥の汗が浮かんでいるのが分かったんだよ。
ちぎり取った芽は肌から離れ、空気に、畳に触れるや、たちまち姿を消した。もう誰も、僕や友達が見たであろう光景を、信じようとはしないだろう。
クラスメートから芽をすべてちぎり終えると、友達は大きく息を吐いて、どかりと部屋の隅へへたり込んだ。汗を拭いながら、ここまで疲れた彼の姿は初めて見たよ。
私の差し出す飲み物をあおりつつ、彼は先の話の続きをしてくれた。
「こうしてみんなが身体を横たえてさ、たくさん並ぶさまを見てみなよ。
まるで海か畑か……広々としたもんだろ?
人の目で考えちゃいけない。もっと小さい、もっと足らないものにとってさ」
「畑……」
「そう、畑さ。僕らだって、自分の身体の何倍大きいかも分からない土に、小さな小さな種を植えるだろう? それと同じだ。
いるんだよ。人を肥えた土に見るやつが。一定おきに、数年だけあらわれる。
作物を育てる土は、疲れる。養分を取られる。君も知っているだろう? だから僕は『土』になってやるわけにはいかない。摘み取る側でい続けたいんだ」
もっと深く聞こうとする私を、彼は止めた。これ以上を話せば、私を厄介なことへ巻き込みかねないから、と。
「だが、僕の目の黒いうちは、好き勝手させないから、安心してよ」とも笑っていたな。
彼がどうなったか?
さて、それもくわしく話すと、みんなを巻き込みかねないな。ただ、こう話しておこう。
彼はいま「植物状態」である、と。