思い出Ⅱ
わたしは、受験をして友達が一人もいない中学校に入った。
内部生が賑やかにし、外部生たちも友達をつくっていく中、
友達はおろか、知り合いすらいないわたしは、
誰かに話しかける勇気もなく、教室の隅っこでひとり静かに時間をつぶしているのが常だった。
正直、あんまり楽しい時間では無かった。
しかし、そんなわたしにも、先生方によるレクリエーションの嵐によって、
入学二週間後にはクラスメイトと話せるまで成長し、
仲良くしてくれる子も二人出来て、楽しく過ごしていた。
仮に二人のことを、ハルカと神崎としよう。
わたしはずっと二人と一緒にいて、周りからも仲がいいねとよく言われていた。
二人は、どちらもピアノが弾ける人だった。
だから、放課後は色々な場所のピアノを弾いて、喋って、
最終下校まで遊んでいた。
「遊びに行く?」
ピアノを弾きに行く合図のその言葉が本当に嬉しかった。
どちらのピアノも好きだったから、
二人が交互にピアノを弾くのも好きだったけど、
わたしは特に、二人の連弾が大好きだった。
どっち弾く?なんて打ち合わせをして、
笑いながら弾いているのを見るのが大好きだった。
もっとも、弾けないわたしは聞いてばかりだったけど。
でも毎日毎日その時間が楽しみで、三人そろってずっとピアノで遊んでいた。
ただ、そんな青春を詰め込んだような時間にも、
当たり前のように終わりはあった。
それも、かなり早く訪れた。
まず、五月の宿泊行事が終わってから二人がインフルエンザに罹った。
ずっと一緒にいたのに、わたしは罹らなかった。
それから少ししてハルカが足の骨を折り、神崎も階段から落ちて怪我をした。
それで、二人とも学校にいない期間が二週間ほどできて、
その期間はずっと独りだった。
クラスメイトは話し相手になってくれるけど、お互い楽しめてはいなかった。
その間にあった個人面談では、もう少し友達を増やしましょうと言われた。
「浅く広く」が苦手なわたしが、二人に甘えてずっと一緒にいたからだった。
それから二人が復活して、また前と変わらない生活が始まった。
そのころ、ちょうど他校よりも遅い部活動が始まり、
ハルカは同じ部に入って、神崎は他の部に入った。
部の違いをきっかけに、神崎とはあまり話さなくなった。
次第に、二人は他のグループと大半の時間を共にするようになった。
人が沢山集まる購買、流行りのアイドル、大きな話声と笑い声。
二人の向かった先に、わたしは飛び込めなかった。
他の子を含めて五人くらいで帰っても気づけば蚊帳の外で、
「ばいばい。」
その一言も、誰かのおまけだった。
同じ部活に入ったハルカも、部活で気持ちのすれ違いが起きてからは、
何処かで気まずくなり始め、気付けば自分から避けるようになっていた。
身体が、怖がっていた。
そして、ほとんど話さなくなった。
神崎との関係も、何が起きるでもなく、ただそのまま離れていった。
結局、わたしはいじめられるでもなく、特別親しい人もいない、
入学二週間の場所に戻っていた。
春休みが明けてクラスが変わってからは、話しかけても明らかに興味がなさそうで、
廊下で見かけても目を逸らして、
自分の教室にハルカや神崎がいるときは避けて歩くようになった。
もはや、条件反射だった。
ずっと会話していても楽しくなさそうだったのに、
ある日突然仲良く接してきたり、近づいてきたり。
それなのに次の日は何もなかったかのように無関心だったり。
そのたびに混乱して、疲れて。
毎日顔を合わせるだけでこころを逆撫でされているようで、
正直、同じ空間に居たくなかった。
わたしが勝手に傷ついているのに、
これ以上傷つきたくないと思ってしまって、
二人と接するのが怖かった。
二人とはすごく仲良くしていたし、依存を許されてしまっていたから、
わたしはそのあっさり過ぎる別れにかなりショックを受けた。
これ以上疲れるのなら、深く友達をつくらなければいいんじゃないかとも思った。
生憎、誰と話しても空白に上手く填まらなくて、深い友達ができる予定も無かった。
実際、あの時間を超える瞬間は未だ訪れない。
本当はまた、三人で笑いあってオレンジに染まるピアノを囲みたい。
でも、恐らくその時間は訪れない。
まぁ、それも仕方がないこと。
学生なら「よくある話」だ。
冷静に思い出してみると、所々くだらない。
それに、今のわたしにはその時間を素直に受け入れる余裕がない。
結局怖くて疑ってしまうだろう。