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【PATRASCHE】使い魔獣パトラッシュ、主を探して  作者: 桜良 壽ノ丞
【II】インフェルト村の少女~I shall return~

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インフェルト村の少女‐04(010)


 パトラッシュは丁寧にお辞儀をした後で1階の応接間に案内された。ここでメイジの機嫌が直るまで待てという事だろうが、まだこの屋敷がどのような場所なのか分からない以上、寛ぐことが出来ない。


「それにしても、とても豪華なお部屋です。メイジ様は山にお帰りになるよりも、今の方が良い暮らしが出来そうですね」


 部屋が回廊の内側にあるせいで窓はないが、壁には青空の下に広がる草原を描いた絵画が掛けられ、圧迫感はない。鷲を模した彫刻、分厚い本がいくつも入ったガラス扉付きの本棚など、景色よりも見るものが沢山ある。


 天井からは小ぶりなシャンデリアが吊られ、床には幾何学模様のふかふかな絨毯、脚まで彫刻が施されたテーブル。革の茶色いソファーはなめらかで、置かれたクリーム色のクッションはおひさまの匂いがする。


「今まで見たことがないような、素敵なお部屋です。このようなお屋敷に住んで幸せじゃないことなどあるでしょうか」


 室内をうろうろするのも失礼かと思い、パトラッシュはソファーの上から室内を見回す。強いて言えば爪研ぎをしてはまずいものしか置いていない事が、唯一の不満だろうか。


 しばらくすると、マイヤーが部屋に入って来た。給仕用のカートには皿が乗っている。


「パトラッシュさん、召し上がりますか?」


「えっ、宜しいのですか? わたくし、お招きいただいたとはいえ、何もお役に立っていないのに」


「後でメイジの話し相手になってやって下さい。実は私達では手に負えない状況でして……」


 そう告げると、マイヤーはテーブルの上に2つ皿を並べた。


 パトラッシュが鼻を1度ピクリと動かす。その瞬間、パトラッシュのくりくりとした目はこぼれんばかりにパッチリと開く。


「こ、これは……! カリカリのベーコン! それにもしやこれはサバのほぐし身!」


「んまあ、匂いだけで分かるのですね。その通りです。今日の朝食に使用したものですが、塩は控えておりますので良かったらどうぞ」


「有難うございます! ああ、こんなもてなしを受けていいのでしょうか!」


 パトラッシュはテーブルに前足を掛け、マイヤーに礼を言うとまずはサバにかぶりついた。何週間ぶりの魚だろうか。マイヤーも対面のソファーに座り、夢中で食事をするパトラッシュを微笑ましく見つめていた。


「綺麗に食べてくれてうれしいわ。メイジもそのくらいきちんと食べてくれたらいいのだけれど」


 パトラッシュは口の周りを丁寧に舐め、拭いた前足の肉球も丁寧に舐める。そしてマイヤーに首を傾げてみせた。


「ご馳走様でした。メイジ様はあまりお食事を摂られないのですか?」


「ええ。町の食事はあまり受け付けないみたいで。出来るだけ山での食事と同じようにと試みた事もありますが、それでは栄養が足りないのです」


「メイジ様は大きくなって、山に帰るんだと意気込んでおられましたが……お食事をなさらないとは不思議ですね」


「私や奥様、旦那様が何を言っても、食事を殆ど摂らないその理由は話してくれないのです」


 メイジの父親はこの屋敷の旦那様の弟であり、母親は山の上の集落に住んでいたという。父親は家の反対を押し切って駆け落ち同然で山に移り住み、メイジは生まれてから1度も町に下りたことがなかった。


 両親は出稼ぎの為に年に1,2度家に帰る程度。病気がちの祖母と暮らしていたが、メイジは7歳まで学校に通うことなく、読み書きもままならなかった。そうやって狭い集落の世界だけで生きていたが……


「流行り病で親が死んだ後、祖母も1度倒れ、集落の者が我々に連絡を寄こしたのです。そこで初めて旦那様は弟の死を知りました。町には下りたくないという祖母を残し、メイジだけを連れて来たのですが……」


「メイジ様は無理やり連れてこられたような気持ちなのでしょうね」


「ええ。もう少し成長し、分別が付く頃になれば、あの子の意思に任せようと考えているのです」


「おかしいですね。早く大きくなりたいからと、お小遣いで牛乳をお買いになると仰っておりましたが」


 パトラッシュもマイヤーも、メイジのどこか矛盾している行動の数々を不思議に思っていた。


 好き嫌いが激しいのかと思えば、村で食べていたものを取り寄せても食べない。ただの反抗かと思えば、学校は楽しく、山から歩いてでも通うと言う。


 大きくなったら山に帰ってもいいと言えば、素直に従い早く大きくなりたいと言う。


 しかし大きくなれば屋敷を出られるのに、メイジは食事を食べない。牛乳は小遣いを我慢し買ってでも飲む。その理由は大きくなりたいから、だ。


「メイジから、どうしたいのかをやんわりと訊き出していただけないでしょうか」


「かしこまりました。こんなにも厚いもてなしを受けたなら、わたくしは相応のお役に立たなければなりません。お任せ下さい」


 パトラッシュはソファーから飛び降り、マイヤーに扉を開けてもらうとメイジの部屋へ向かった。


 階段を1段1段ゆっくりと上り、ノックをする。猫の手ではどうしても掠れたような音しか出ないため、パトラッシュはしばらく考え込んだ後、猫真似をして鳴いた。


 扉が内側に開く。メイジはふてくされてベッドに横になっていたが、パトラッシュをそのままにしていた事は気にしていたようだ。ごめんなさいと言ってパトラッシュを招き入れた後、扉を閉めた。


 部屋の中は殺風景で、勉強机と本棚、そして木製のふかふかなベッドがあるだけだ。


 2階の部屋は窓側に並んでいて、カーテンは花の刺繍をあしらったクリーム色で雰囲気は明るい。けれど女の子が好むような人形などは見当たらない。


「何か酷い事を言われなかった? 良かった、追い払われたりしなくて」


「とんでもございません。わたくしのために食事を用意して下さいました。メイジ様の事をとても心配なさっておられましたよ」


「まああなた、ここの食事を食べたのね」


 メイジは驚き、パトラッシュを心配そうに見つめる。


「大変美味しかったですよ。贅沢を言うならもう少しいただければ……」


「あなたには毒を盛っていないのね、良かった」


「えっ、毒!?」


 パトラッシュは驚き、自分が食べたものを振り返った。不審なものはかかっておらず、味もおかしくはなかった。マイヤーはメイジの事を心配しており、とても毒を盛るようにはみえなかった。


「失礼ですが、毒を盛られた経験がおありなのです?」


「山では毒だと言って食べなかった香草を、みじんぎりにして入れる所を見たの。きっと私が大きくならないようにしてるんだわ」


「それで、お食事を殆ど摂られないのですね」


「混ぜられて分からなくなるようなものは食べないし、大皿から自分で摂れない料理も危ないから」


 メイジは山に帰れないようにと、屋敷の者達が食事に細工をしていると思っていた。大きくなりたいと言いながら食事を満足に摂らないのは、毒草の混入を疑っていたからだった。


「それでは大きくなれないと思いますが、宜しいのですか?」


「よろしくなんかないわ。でも、あたしは何をしても大きくなれないようにされてるんだから、仕方がないじゃない」


「屋敷の他の方は召し上がっているんですよね?」


「あたしだけ入れられているか、大人はもう大きくならなくてもいいから気にしてないのかも」


 メイジの不信感は予想以上だった。パトラッシュはマイヤーへの恩返しをしなければならないが、パトラッシュが大丈夫と言って聞くとは思えない。


「マイヤー様はメイジ様がこのままでは大きくならないと心配なさっていましたよ。お食事を召し上がらないのは何故か、本当に分かっていないようですが」


「まあ、じゃあおじさまとおばさまが料理担当に言いつけているのかしら」


「毒草ではないという事も考えられますが」


「マイヤーさんが本当の事を言ってるかは分かんないけど、悪い人はやってないって言うものよ。毒草を入れたか聞いて、素直に入れたなんて言うと思う?」

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