第四話「食べることについて」
椅子から身を起こし、部屋の扉を開けると、そこにはアモルが立っていた。
両手で、料理を載せたトレイを持っている。
「夕食だ。まずは食え。食うってのは大事なことなんだ」
そういって、彼はそのトレイをぼくに差し出した。
「食ったら、湯を使え。外に風呂がある。森で切ってきた木を組んで、下に鉄板と板を置いただけのやつだ。宮廷の豪華な浴場とは違うぞ?だが、ホコリまみれよりはよほど良いだろう」
アモルは宿の裏手の方を指差し、いたずら好きの子供のように笑った。
「お湯があるなら、そこはどこでも宮廷ですよ」
そういってぼくも笑う。
「今から薪をくべるから、半時もあれば湯が沸くだろう。替えの服はあるのか?ないなら貸すぞ」そういう彼の言葉に、ぼくは大丈夫です、と答えた。
「なら良い。いつまでも堅苦しい格好はしないこった。心まで堅苦しくなっちまう。飯を食ったら来い。アモルの宿は、旅人の汚れを払うためにあるんだからな」
そういって彼は、通路の奥に消えた。
彼が去ると、ぼくはテーブルの上にトレイを置き、ふたたび椅子へと座る。
トレイの上には三つの皿とスプーン、フォークがあり、ひとつは大振りなライ麦のパンが置かれ、あとの二つにはサラダとスープが鎮座していた。
ぼくはライ麦のパンをかじり、スープを飲む。ついで、サラダに口をつける。
どれもこの地方にしかない味と香りがあった。
夕方に嗅いだ、あの柔らかな土の匂いだ。
そうした香りは、もはやレムリアでは味わえない。
レムリアは諸国の中では、経済の根幹を成す強大な国だ。
激しい物流は、あらゆる物を各地方から吸い寄せ、またレムリアで生まれた技術や品を、別の場所に送り届ける。
そうした風土の行き交いのなかでは、固有の香りなど、たちどころに失われてしまう。
ぼくは懐かしいライ麦の風味と、一昔前の品種で煮込まれたトマトと玉ネギのスープ、エシャロットとレタスのサラダを、夢中で味わった。
最後に口にしたのは小麦粉を押し固めた糧食で、昨日の朝の事だった。
ぼくは存分にそれらを味わった。
ややあって、リュックから代えの服を取り出すと、ぼくは部屋の扉を開け、宿の外への風呂へと向かった。