第三話「手紙」
その通路には八つの扉があり、突き当たって左側に四号室はあった。
向かい合う右側の扉には(食堂)という表札が掛けられている。
アモルから渡された鍵で四号室の扉を開け、部屋に入り、辺りを見回すと、ぼくは隅々まで手入れの行き届いたその部屋の清潔さに、少しばかり驚いてしまった。
広くはなく、全体的にあらゆる物が古いのは間違いないが、長年大切に扱われてきたのであろう調度品のほとんどが、年季によりある種の風合いを備えていた。
壁に掛けられた振り子時計、桐のチェスト、古式ゆかしい様式のカーペット。
宿の寂れた外観とはまるで違う、宿屋としての誇りのようなものが、その部屋のいたるところに存在していた。
唯一、外から見えたのと同じ形の窓だけは曇っていた。あまりに細かい傷が入りすぎているのだろう。
ぼくは部屋の隅にあるベッドの真っ白なシーツを指でなぞり、窓の前に置かれた小さなテーブルに、背負っていたリュックを置く。そして、テーブルとセットになった二脚ある椅子のうちの一つに座り、大きく息を吐いた。
窓の外はすっかり暗く、三日月が遠慮がちに雲の切れ間からのぞいている。
リュックから紙とペンを取り出すと、そのリュックを脇へどけ、ぼくは上司のレンに宛てた手紙を書きはじめた。
『拝啓、レン殿。
といった堅苦しい言い方は無しにしよう。
君は元気にしているだろうか。
ぼくは今、カラバ国のラカン村でこの手紙を書いている。
レムリアから北に三カ国越えた、小さな国の外れにある村だ。隣国のアルガスの国境に近い。その国境を東に沿えば、ダマラン国にも行ける。
ここは良いところだ。聖堂に、この国と村の記録は保管されているだろうか?
なければ、ぼくが記録したいくらいだ。
今日(おそらくレムリアでも噂になっているだろう)アルガスとダマランの戦に関する記録書をそちらに送った。
この手紙よりも、その戦いの記録が先にそちらにつくはずだ。君もすでに読んでいると思う。
詳細はそちらに譲るが、今回の戦は今までと何かが違う。
君も知っての通り、本来ダマラン国は現王により他国との和平政策を取り、そこから生まれる貿易で利益を生み出していた。
そのダマランが突如として宣戦布告、日を置かずアルガス国へと侵攻し、互いの主力が真っ向から、アルガス領地の山岳地帯でぶつかった、というのが事の経緯だ。
ぼくその時、アルガス山脈で水晶の採掘方法を記録していた。
アルガスは良質な鉱物の産出が豊かで、レムリアもアルガス産の良質な鉄を輸入している――というのは、言うまでもなく君なら知っているだろう。
その記録のさなか、戦が起きた。
アルガスの戦いを記録する指令は、もちろん届いてはいなかったが、あらかた採掘に関する記録は終わっていたし、目と鼻の先で起きた戦だ。
レムリア本国から別の記録係も派遣されてくるかも知れないが、一番近いぼくが先に現地に赴く事で、より詳細な記録ができると考え、戦場に紛れ込んだ。
(これは独断による越権行為かもしれない。いつものように君が上手くとりなしてくれていたら助かる)
過ぎた行動ではあるが、結果的に、この判断は正しかったと思う。
戦はわずか三日で終わってしまった。
アルガス軍はおよそ五千、対するダムランは三千といった兵力差のなかで戦いは始まった。
記録書には書いていないが、ぼくは当初アルガス軍の圧勝に終わると思っていた。
兵力差に加え、慣れた土地の山岳だ。
アルガス軍は森に隠れゲリラ戦を展開した。
はじめ、ダムラン側はその対処に苦しんでいたと思う。
しかし、ダムランは見た事もない武器を使ってきた。
それは炎を吐く鉄の杖に見えた。
ぼくは現地から少し離れた樹上でその様子を見たが、あんなものは聖堂の記録にはない。
色々と調べなくてはならない事がある。
今回の戦に対する処罰として、ダムランに対する輸出入を止める国も出始めるだろう。
その危険を承知で、戦が起きたのなら、事はこれだけでは済まない。
ぼくは一度本国に戻り、ダムランの記録に対する正式な指令を拝命しようと思う。
もちろん、ぼくがこの件に干渉するつもりはない。
それは我々には禁じられているし、何かができるはずもないのはわかっている。
けれども、ぼくは率直にいって、事の成り行きを見たい。
本国へ戻った際に、問題なく指令を頂けるよう、君の尽力を期待している。
いつもごめん。
レムリア王室付時事記録課二等記録係、イルシュ・リムファ』
手紙を書いて折りたたみ、封筒に入れリュックに収めると、ぼくは背を伸ばし、首を鳴らした。
外では虫が鳴いていた。
しばらく頬杖をつき、窓の外を眺めていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。