第ニ話「アモルとの会話」
「よくわかりましたね。そうです。ぼくはレムリア王室直属の、時事記録課に所属する記録係です」
そう言ってぼくは、上着の右胸部についたバッジを外し、彼の前に差し出した。
「前にも一度、記録係の奴を泊めた事がある。なるほどな、昔と少しも変わりない」
アモルはバッジを手に取り、確かめるように裏表とひっくり返す。
手のひらに乗った長方形の記章は、ランプの光を受けて鈍く輝いている。
「銀製です。中央の鷲の飾りは、レムリア王国の象徴でして、その周囲を縁取るのは小さなバラの花。これもレムリアの国花に指定されています」
ぼくがそう説明すると、アモルは「知っている」といい、バッジをこちらへと返した。
「神様の使いである黄金の鷲がバラの園に降り立ち、その羽と花弁によってレムリアの民は生まれた。かくて王国には千年の未来が開かれる、だな。古くからあるレムリアの神話だ。それも前の記録係の奴が教えてくれたんだ」
そういってアモルは、カウンターの下にある戸棚から鍵を取り出した。
「このラカン村はへんぴなところだが、由緒はある。カラバ国の中でもそうとうに古い。俺たちの国は、神様が直接、命を生む雨を降らせてお作りなさったんだ。知ってたか?」
彼は鍵をぼくに渡し、奥の通路を指さした。
「一番隅の、四号室だ。そこが一番上等、というより、最もましな部屋だよ。夕食はどうする?」
「お願いします」
バッジを服につけ直し、鍵を受けとるとぼくはいった。
「実は、昨日から何も食べていないんです」
「うん?たしかによく見ると、顔色が悪い。それに身なりが薄汚れているな。来てるもんはそうとうに上等だが」
カウンターから身を乗り出すようにして、アモルはぼくの顔を見つめた。
顔色は自分ではわからないが、たしかに着ている服は汚れていた。
ぼくの着ているものは、王室から支給される記録係の制服だ。
上着は西で流行っている、瑠璃色の青地に金と銀の刺繍をふんだんに使った流行のデザインだが、両の胸と脇に2つ、袖口にもポケットがあり仕事がしやすいように作られている。素材も絹に、レムリア特産の丈夫な綿が織り込まれている。
ズボンは黒で、かなり細身だが、こちらもポケットが多く、機能と耐久性を追求されている。
王室から直接下されるものだけに、上流階級にしか出回らない素材の服だったが、今は塵埃にまみれ、あちこちにほころびがあった。
「顔色、悪いですか?」
ぼくがそうたずねると、アモルは大きくうなずいた。
「疲れきった冬眠前のリスみたいだ。それにわからない事がある。あんたはレムリア人じゃないだろう?ここいらの生まれでもない」
そういって、アモルはカウンターの上に置かれていた台帳に何かを書き記した。
「レムリア人は褐色の肌に豊かな黒い髪、空色の瞳と相場は決まっている。あんたは髪こそ黒いが、肌は白いし瞳は上等な宝石みたいに緑色だ。もっと西の方の出身だろう。なぜ純潔主義のレムリア王室で働ける?あそこは国政こそ開かれているが、王家は閉鎖的だって聞くぞ」
「髪は染めています。一言では説明できませんが、たしかにぼくはレムリアの生まれではありません」
ぼくはそういって、やや語気を強めながら言葉を続ける。
「しかし、心はレムリアの沃野に属しています。王家に対する忠義も、人に劣るとは思いません。身体はレムリアのそれでなくとも、ぼくは故国を愛し、またこの仕事に誇りを持っています」
「それは素晴らしいことだ。本当にそう思うよ。しかし、なぜ昨日から何も食べていない?この村はいちおう街道沿いにある。道なりに行きゃ、金のある限り食うには困らんだろう。何をしていたんだ?」
アモルがそうたずねると、ぼくは答えた。
「先日、隣のアルガスで起きた戦いを記録していました。山岳地帯で行われた持久戦でしたから、ぼくものんびりと観戦するというわけにはいきません。持っていった食糧は底をつき、食べられる草やウサギなどを捕獲しつつ、戦いをつぶさに見てきました。アルガスの戦いの事は?」
「周りの奴に聞いた。そうか、あんた、あの戦いを記録していたのか」
ぼくは小さくうなずく。
「このあたりじゃ、戦争なんてしばらく起きちゃいなかった。あんたならわかるだろうが、アルガスの人間は自分の土地がなにより大事だし、俺たちカラバ人は信仰心が厚い。むやみに戦いは仕掛けない。けっこう上手くやってたんだ、平穏ってやつをな」
ぼくはもう一度、無言でうなずいた。
「その平穏を破る馬鹿たれが、アルガスに侵攻してきたダムランの奴らって訳だな」
言いながらアモルは顔をしかめた。
「と、いうよりはその王子ですね。現王が老齢のために、実権は長子のアビア王子に引き継がれています。おそらくはそのアビア王子によって今回の件が起きたのでは、とぼくは推測しています」
「アルガスの戦争はどうだった?史にはどう刻まれる?」
アモルは真剣な顔でぼくにたずねた。
彼の縮れた長い白髪が、どこからともなく吹いた風に揺れる。
「記録係としては、何も言えません。機密なので。ただ、個人的な感想としては、一言」
「なんだ?」
「非道い、と」
ぼくがそういうと、アモルはうなずき小さくため息をついた。
「夕食は、そんな豪華にはできん。山で取れたものばかりだ。かまわんかね?」
アモルがそういうと、ぼくは微笑み、彼に背を向け、通路の奥にある部屋、四号室へと歩を進めた。