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 時間の流れもわからない暗闇で、叫ぶことすらやめた後、いつの間にか世界は光を取り込んでいた。


 暗闇など初めからなかったように、世界は見渡す限りの白い世界を作っている。



「なぁ、神様」

「女神、と呼んでくださいませんか?と、以前も申し上げましたのに…」



 いつからそこに立っているのかはわからない。

 だが、確かにそこに居る女性に話しかける。


 鈴の音の声で物寂しげに応じる女性の表情を見たわけではないが、その顔が嘘くさく悲しんでいるのは経験からわかる。



「女神…様」

「はい、なんでしょうか」



 決して相手の顔を見る事なく、俯いたまま、視界の端に僅かに素足が見える事がその女性がそこに存在する証拠となるだろうか。



「何があいつらを動かしたのか、わかるか?」

「それは…質問でしょうか?それとも疑問でしょうか?」

「俺には答えがわからない」



 目の前の女性はそうですか、とだけ言ってそれ以上言葉を繋げない。



「魔王は死んだんだよな」

「あなたは確かに魔王を討ち滅ぼしましたよ。それは確かです。ですが、魔王とて魔族の王、王であるという事はいずれ新たな王が生まれる可能性は考えられなかったのですか?」



 この女神はタチが悪い。

 人の感情を逆撫でする物言いを故意にする。


 全てを知っているのにも関わらず、あえてそれをこちらに問うてくる。



「わかってるさ。わかってたからこそそれ相応の対応を残してきた。だから、」

「大丈夫、そう思ったのですか?」



 己が言おうとしたその言葉を言われると、肯定する気にはならない。


 自らが言おうとした事であっても、他人の口から言われ、逆に問われると、事実であったとしても安易にそれを肯定する事はできなかった。


 裏返せばそれは、結果が芳しくなかった事を、遠回しに彼女に言われたと同義であったからだ。



「魔王は、争いは、終わっていないんだな」



 無理矢理、とまでは言わなくとも話題の変え方としては及第点すら得られないものだろう。


 だが、女神はその問いに答えをくれる。



「終わっていませんよ、あなたが思っている通り」

「終わらないのか?」

「終わりませんね、あなたが感じている通り」

「どうして終わらないんだろうな」



 彼女の持つ独特の雰囲気から、否定的なものは感じ取れず、かと言ってその答えを口にしようと言う気配も感じられない。


 だから、と言うか、けれども、再び疑問を投げかける。



「何で争うんだろうな」

「争いの種なんて、沢山ありますよ」



 分かりきったことでしょう?と続けて言う女神は、そのまま言葉を繋ぐ。



「信じる者が違えば争いの種になる、思想が違えばそれは軋轢を生む、種が違えば嫌悪や優劣をつけたがる人が現れ、生きていくうえで言葉より力を選ぶ人も、また、現れる。それを1番よく知っているのは貴方ではありませんか?」



 言葉ひとつひとつに嫌味や侮蔑、挑発の感情は一切なく、ただ、ただありのままの事実を、それでも暖かいとすら感じる声で女神は彼にそう尋ねる。


 勇者として生きていた時には、勿論、世界中全てを見たとは言えずとも、その多くに触れてきた。


 だからこそ、わかるものも、だからこそ、わからないものもあるのだ。



「けれども、貴方は知らない事もある」



 己の思考を読んでいるかの如く、女神がそう告げる。



「俺は知らないことばかりだ」

「いえ、そう言う事ではありませんよ」



 上辺だけの肯定を見透かされている事に今更驚きはない。

 だが、女神の言う言葉には思う事がある。


 己がまだ知らない事。

 己が触れては来ていないこと。



 女神は何も語らない。

 彼が再び口を開くまで、彼が己の考えを導き出すまで。


 ただ目の前で、俯き続ける青年を、愛おしく、愛おしく、見続けている。


 そしてまた、彼も考える。


 己が知らぬ事。

 己が知っている事。

 己が未だ進んではいない何処かの道を。



「俺は、もう、彼女を失えない」



 そして青年はポツリと呟く。



「例え彼女が生まれ変わったとしても、例え彼女の新しい生に触れる事ができなかったとしても」



 己の中にある、ただ一つの願い。



「それでも俺は、彼女を守りたい」



 それを叶える為であれば、鬼にでも、悪魔にでもなろう、と。



「なぁ、女神様」

「どうされましたか、勇者様」



 彼女の声は未だに変わらず、鈴の音の様な、暖かみのある音で彼を包む。


 そして彼は、その鈴の音に顔を上げ、



「俺は彼女を守る為なら鬼にでも悪魔にでも、それこそ魔王にだってなってやる」

「人の身でありながら、悪魔や魔王なんて恐れ多くはありませんか?いえ、恐ろしくはありませんか?」



 見上げた先の女神は、薄く笑みを浮かべてこちらを見下ろし、口に手を当てている。



「そもそも、人の身でその様なモノになれると?」

「さぁ、な。ただ、やってみないとわからない、だろう?」



 こちらを見下ろす女神は目を弓の形にしてクスリと笑う。



「なぁ、女神様」

「はい、勇者様」


 それはもう何度目かもわからない互いの応答。


「俺は彼女を守るためなら何でもするさ」

「私は貴方の為なら何でも聞きましょう」


 彼は己の決意を話し、彼女は彼の決意を聞き届ける。



「あぁ、女神様」

「はい、勇者様」



 いつの間にか彼の頬を伝うものがある。

 何故それが流れているのかは、自身にもわからない。



「俺は、魔王になろうと思う」

「それが貴方の望む道ならば」

「何を違える事になろうとも、俺は俺の望みを叶えるよ」

「えぇ、貴方にはその権利がある。私はそう思いますよ」



 その道を進むと決めたならば、もう女神と会う事もなくなるのであろう。


 それが、違える事の、その道を進むと言う意味であるのだから。



「貴方の旅路に、幸、多からん事を」



 覇道を歩まんと立ち上がる彼に、それは彼女が最後に彼に送った、皮肉であった。


 そして再び世界は暗転する。


 そして三度、彼は生を受ける。


 勇者としてでも、凡人としてでも、彼女と添う者としてでもなく。


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