5
「開門せよ!」
おれは馬上から思い切り叫んだ。燃えるような夕焼けを背に、バレリの城塞は黒々とした影を夕闇に浮かび上がらせていた。
「所属と用件を言え」
見張りの塔から兵士が問いただした。城塞は平坦な地形を補うために周りに堀が巡らせてあり、橋を渡らないことには中に入れない構造になっている。
「尖耳族の残党狩りをしてきた、速やかに開門せよ!」
気を抜くと、あばらに響く痛みに体が前のめりになりそうになるが、できるだけ背筋を伸ばし胸を張る。
「そんな知らせは届いていない。我が軍に単独行動はありえない。それ以上居座るなら、無事で帰れるとは思うな」
直ちに答えが返ってくる。ここで引き下がってはいられない。計算ずみだ。更に大声で応じる。こういうときは声の大きいやつの意見が通るのだ。
「王直々による隠密行動だ。おまえごときの下っ端が知るはずもない! さっさと開門せぬか。きさまを職務妨害のかどで軍事法廷にかけてもよいぞ!」
最後の言葉が効を奏してか、橋が降りてきた。敵地に乗り込むまえの一時に、カナンにも小声で話しかけた。鞍の前に乗っている両手を縛りさるぐつわをしたカナンは、明らかに不満の色を浮かべている。
「必ず助けに行くから、おとなしくしているんだぞ」
なかばやけになったように、カナンがうなずいた。おれは目から下を布で覆いかくし、そのうえフードを目深に被った。
音をたてて降りて来た橋に、おれは馬を進めた。
「部下がとんだ失礼を……」
剣の柄の紋章と縄で縛ったカナンを一瞥しただけで、兵士は縮み上がり隊長がとんでくるまでさして時間はかからなかった。隊長は田舎の砦という閑職を預かるのにふさわしい男だった。背は高いが余分な肉がついている。鍛練などとうの昔に止めているという体つきだ。
騒ぎを聞きつけ、兵士も集まってきた。ざっと見たところ、十数人。ほとんどがここにいると思われる。全員でも二十人程度か。
「先の村で、ここに他の尖耳族が捕えられていると聞いた。ついでにこれも預かってもらおうと思い、立ち寄らせてもらった」
そう言ってからカナンのフードを取り去り、薄暗い燭の光のもとに素顔をさらさせた。とたんに場がざわめいた。
これはなかなかの見物だった。カナンは周りの者たちを例の見下すように睨みつけた。得意の不遜な態度で視線を投げつけたのだ。
「こやつは従者を四人連れ逃亡していた。どうやら尖耳族の中でも重要な部族の巫女らしい。わたしも今まで見た中で最も大きな宝珠を持ち合わせている。かなりな妖術の使い手で、ここまで来るのに手間取ってしまったがな」
尖耳族を見るのは初めてではないだろうが、おれの嘘をすっかり信用したようだ。怖いもの見たさのような感じにこわごわとカナンを取り巻いている。
夕刻まで、おれたちは一体何をしていたのか。それはこのときのための身繕いというか準備だった。尖耳族を代表するにふさわしい容姿にするため、嫌がるカナンに水浴をさせた。髪をとかし、身なりを整えた。
自分たちとはかけ離れた存在の尖耳族。神秘のベールにつつまれた姫巫女という要素をカナンは不思議と満たしていた。出会ったころよりもずっと肉がついたせいか、少女らしい丸みをおびた顔になっていたからだ。
兵士たちがざわめくたびに、おれは手塩にかけた自分の成果を誉められているような錯覚に陥った。知らず知らず笑いが込み上げてきそうになるのをマスクの下で必死に堪える。
「消えた村の巫女のことを聞いたことがあるだろう、そいつだ」
全くの嘘だが、最前線から遠く離れたものにとっては本当らしい説得力を持ち合わせているのだろう。始めに入城を拒んだ塔の兵士は、おれの任務の重大さを理解し、今では青ざめている。
「さっさとそれを牢へ連れて行け。騎士殿はどうぞ、奥でおくつろぎ下さい」
兵士は両側からカナンを挟むようにした。カナンは一瞬、脅えたように踏み留まった。力ずくで連れ去られようとするのを拒む背中におれは声をかけた。
「忠告しておくが、そいつには手を出さない方が身のためだぞ。怪しい術を使うし、おれのように顔をずたずたにされないとも限らない」
おれが顔を隠すわけをさりげなくあたりに説明する。黒づくめのおれもカナン同様、不穏な目つきで見られるはめにはなった。捕虜はどう扱ってもよいという不文律がある。しかし、こうまで予防線を張っておけば、わざわざ危険に手を出す奴はいないだろう。
カナンは及び腰の兵士たちに暗い通路の奥へと連れ去られて行った。
「では、騎士殿は奥の部屋へ」
隊長に導かれる前に、おれは件の塔の兵士へと歩み寄った。冷汗を額に浮かべ、気絶する一歩手前というような感じだ。
「先程のことは気にしなくても良い。私も疲れていたので、つい声を荒げてしまった。詫びといっては何だが、これを皆で飲んでくれ」
と、先の村人がくれた果実酒の壜を手渡した。兵士は、おれの言葉に放心したままだったが、やがて心底嬉しそうに頷いた。
当然ながら薬が入っている。これで何人かは眠ってくれるだろう。隊長はおれをせかし、奥へ案内していく。
「ここはには何人ほど駐在しているのか」
辺境の砦の割りには堅牢な石造りで、所どころに見張りと弓矢を射るための窓がぽかりと口を開けている。外を眺めるとすでに日は落ち、宵の明星がきらめいている。月は身を細らせている。間もなく地平線に消え、星の明かりだけになる。
「二十八人です。先日の尖耳族の村の討伐作戦のときには百人を越えたのですが、今はまた従来の人数です。もっとも千年ほど昔にはネの国とイの国の国境で、侵略の攻防が繰り広げられたそうで、そのころは今とは比べものにならないほど兵士も多かったと聞きますが……」
時折おれを振り返りながら、隊長は城塞のあらましを説明した。牢獄は、東西二つの塔の最上部にあるが尖耳族は西側にいるということ。堀は人工のものであるが、なかなか深く掘られているということ。
それに相槌をいれながら、壁の燭台へと用意してきた香を気づかれないように放り込む。即効性はないが、しばらく吸い続けると体が痺れてくる。計画はまずまず順調に進んでいたように思われたが、次の隊長の言葉におれは慄然とした。
「でも良い日においで下さいました。実は今朝がた王からの早馬が到着しまして、二・三日中にもここに王がおいでになるという知らせを持って参りました」
王からの使者がここにいる……! それは、王のひざ元である本隊からの使者で恐らくはおれの知っている誰かだ。
「私も兵士たちも王と謁見できるのは初めてなので、みな楽しみにしております」
喜々として語る隊長。あいつがここを訪れる。事件から幾日が経った? 奴は彼女のために喪に服す、などということはしそうにもない。
「騎士殿は王とお会いしたこともございましょう。どのような方でしたか。大陸を統一しようというくらいの方ですから、さぞ偉大な方なのでしょう」
「覇王は、リー・ジィー王は……」
一旦言葉を切った。あの残忍な顔を思いだしただけで、背筋が凍る思いだ。
「そう、偉大な方だ。御歳はおいくつか知るものはいないが、痩せぎすで精悍な顔立ちをしている。目も髪も漆黒。素晴らしい統率力を持ち、この十年ほどの間に大陸の南の小都市をまとめあげた。私がお仕えして七年ほどになるが、その精力は衰えを知らない」
ほう、と隊長は振り返り羨望のまなざしをおれに向ける。
偉大なる覇王。逆らう者は容赦せず、従う者からもすべてを奪い、さらに重税をかけ絞りとる。初めのうちは疑問を持たなかった。王はこの大陸を統一し、絶え間ない小競り合いをなくし住みやすくするために戦っているのだと。けれど、骨折して前線から遠ざかっていた時期に不思議な思いに囚われた。王の目的が分からなくなってきたのだ。
覇王はただ、この世界を徒に乱しているだけではないのか? 現に農地は荒廃し、人民は疲弊しているではないか。
彼女の嘆き……。決して王の耳は届かない嘆きをおれに何度も打ち明けてくれた。
タチアナ。
「覇王の凍るような瞳で見据えられたなら、逆らえるものなど誰一人としていないだろう。そういうお方だ。せいぜい失礼のないようにあたることだな」
大きな扉の前に立ち止まった隊長の面に緊張が走った。深く頷くと扉を開け中に招き入れた。
広間はたいそうな造りになっていた。壁一面に過去の戦の場面が浮き彫りが施されている。正面には暖炉があり、装飾性の強い剣を二本交差して壁に打ち付けてある。紋章は少なくとも覇王のものではなく、前時代のものと思われた。左右には扉があり、右手の方からは料理が運ばれてくる。左はどうやら別室につながっているらしい。
足元の絨毯は素材は最良のものだったらしいのだが、いかにも古めかしく擦り切れている。その中央に卓が据えられ、食事の用意が整えられた。席は三人分。最高責任者の隊長と、客人二人分だろう。おれと、使者の。
「もうひとかたは、どちらにおられるのか」
席について、ひとつ空いた椅子が気になった。一体誰なのだろうか。隊長自らおれの杯に酒を給してから答えた。
「いま、身支度を整えておいでです。一晩馬を駆ってきたそうで、つい先ほどまでお休みになられておりました。間もなくおいで下さると思いますので、とりあえずお酒でも召し上がって下さい」
「いや、私は人前では飲食しないことにしている」
深くは追及されなかった。顔の傷を見られるのが嫌だからだろう、と解釈してくれたものらしい。隊長は目礼してから杯を一気にあおった。
「いや、まさかこんな短い間に尖耳族の巫女が二人もここに集まろうとは思いませんでした。もっとも先に捕えられたのは、巫女といっても男ですからあれは何と言うのか……」
初耳だ。男のでも巫女になる資格があるのだろうか。酒に弱いらしく、早くも彼の顔はうっすらと赤らんできた。
「妖術を使うので、こちらでも手を焼きましたよ。しかし奴らは昔語りの中だけにいるわけではなかったのですね」
昔語りか。気の遠くなるような太古にラ・ウィルカ帝国を築いていたと伝えられる。いまでは訪れる者もいないビルカの頂には黄金に輝く都があったという。何度か聞いた覚えはあるが、誰からだったか思い出せない。とうの昔に死んだ両親からか、それとも隣の村にいた奴らの誰かか。
「まだお名前を伺っておりませんでしたが、もしよければ……」
そう隊長が言いかけたとき左手の扉が開いた。兵士に案内されてきたのは、見覚えのある艶やかな青年だった。
「ああ、これはここれは。十分お休み戴けましたか、イリアーズ殿」
隊長は慌てて立ち上がり、彼を出迎えた。イリアーズと呼ばれた青年は、目をすうっと細める特徴のある笑みを浮かべた。どこか人を見下すような表情が鼻につく。
「こちらが、先ほど尖耳族を連れていらした騎士殿で……」
おれを正確に紹介できずに隊長は困っているようだ。しかたなく、立ち上がりイリアーズに歩み寄った。真っすぐに目を見ながら声を出す。
「無事、任務を遂行されんことを。赤の竜騎士団ジーク・クレィだ」
「貴殿も。青鱗部隊兵イリアーズ・シンです」
型どおりの挨拶をかわす。本隊にいたもので、こいつの名を知らぬ者はいないだろう。 彼は有名人だった。それも、武術や馬術に長けたということではなく別の意味で。
イリアーズ・シンの端正な顔立ちには、男ばかりの集団のなかでも異彩を放っていた。東方の血が混ざっているらしく、象牙色の膚に黒髪、瞳は印象的な深い緑といった取り合わせで、覇王の寵愛を受けていたからだ。
一通りの紹介ののち、誰からともなく卓についた。会話は慎重に選んでしなければならない。ここにいる者については、薬は一切使えない。計画通りに行くならば、適当な話でお茶を濁したあとで、塔に向かおうと思っていたのだが……。これを入れて全部で二十九人、乗り切ることができるだろうか。
「ジーク殿はどちらに駐屯なされていたのですか」
杯に軽く口をつけたあと、ふいにイリアーズが尋ねた。一応の返答を考えてはいたが、イリアーズは内部の情報にかなり通じているはずだ。うかつなことは発言しないほうが良い。
「キヌト地方で起きていた反乱を鎮圧するために出向いていた」
怪我さえしなければ、事実向かうはずだった場所を言った。ほう、とイリアーズは肩の線できっちりと切り揃えた髪をかきあげながら、目を細めた。
「では、最近のことはご存じないでしょう。本部での事件などは」
控え目な態度で、杯を重ねていた隊長は、途端に身を乗り出した。
「どのようなことですか」
イリアーズの唇の端が心持ち上にあがった。意味ありげな含み笑いだ。
「部下が上官を殺害したのです。その殺し方の惨たらしさときたら……! 早朝発見された死体は全身めった突きにされたうえ、心の臓がえぐり取られていたのです」
手よ、震えるな。ここで感情をあらわにしてはいけない。顔の半分は隠されているのだ、気どられてはいけない。
「それで、犯人はどうしたのですか。捕えられたのですか」
隊長は目を皿のようにして、じっと聴き入っている。焦るな、さりげなく会話に加わろう。
「いいえ、それだけではすみませんでした。よりによってそれは、覇王の軍師殿にまで危害を加えて。今も逃亡したままです」
危害……。そんな筈は、ない。
「なぜそのように恐ろしいことを!」
のどかな田舎ぐらしの隊長にはさぞ刺激的な内容だろう。あとで得意げに部下たちに話して聞かせる様が目に浮かぶ。
「痴情のもつれが原因らしいですね。珍しくもないのですが、部下は上官の情夫だったという専らの噂で……」
思わず卓を蹴り上げた。卓上の食器同士がぶつかりあう音が派手に響き、イリアーズが咄嗟に身構えた。
「この場にふさわしくない不愉快な話だ」
食器たちの余韻がいまだ空気を細かく振動させている。隊長は、気まずくひとつ咳ばらいをした。イリアーズは手にしていた杯を落として汚した上着を手拭きで拭いながら、おれを見た。
「さすが、自分のこととなると冷静ではいられないらしい」
「なんのことだ」
「王からの密命で残党狩りをしているとおっしゃいましたね、じつは私も王から命ぜられました。“尖耳族の少女をつれた元赤の竜騎士を捕えよ”と」
はっと、隊長がおれを見る。まわりの視線が一気に緊張をはらむ。
「いいかげん、そのうっとうしいものを取ったらどうです? ナクシス・シェイアー・トール」
思わず哄笑が口から漏れた。堪えきれずに肩が震える。あたりの者たちは怪訝そうにおれを見詰める。あまりに芝居がかったイリアーズの言動がおかしかった。
「王の小姓にしては重大な任務を授かったものだ。おおかた王に新しい妾でもできておはらい箱になったのだろう。たしかに、きさまの容色は少年期より数段落ちたな」
イリアーズの顔が見る間に赤らみ、次いで青くなった。本人も気にしていたとみえる。簡単にこちらの言葉にのるところが単純でまたおかしくて笑える。
「きれいなだけが取りえと思っていたが、よくぞ見抜いた。とでも誉めようか?」
こうなれば、マスクもフードもいらない。総てを取り去り、素顔をさらした。
「言わせてもらうなら、おれはルドヴの情夫なんかではない。お前と一緒にするな!」
立ち上がりざま、抜きはなった剣で卓上のものを打ち砕いた。酒壜や燭台がすざまじい音をあげ砕け散る。この時ばかりは、あの鍛冶屋の爺に感謝する。剣は抜群の切れ味だ。
驚きの余りか、隊長はぶざまにも椅子ごと後ろに倒れ、イリアーズも剣を抜き身構える。
「無駄な抵抗はよしたほうが身のためだ。この部屋はもう兵士で固められている。よし、入れ!」
イリアーズのかけ声と共に、十人ばかりの抜き身の剣と弓矢を携えた兵士が三方からなだれこんできた。そうするうちにも本能が体を突き動かす。
卓を乗り越え、腰が抜けながらもじりじりとイリアーズの方へはっていこうとする隊長の襟首を捕え、腕で首を締め上げ喉元に鋭く光る剣を突き付ける。
ひぃ! 短い悲鳴を隊長があげた。兵士達の統率が一瞬乱れた。小さな声で隊長の名を呼ぶ。
「さあ、武器を捨ててもらおうか」
無理やり隊長を立ち上がらせながら、イリアーズを睨みつけた。奴は僅かに眉根を寄せただけだった。人質のことなど少しも関係ないとでもいうように。
「その人質には価値はありませんよ、たかが片田舎の兵だ。お好きにどうぞ。引っ捕らえろ!」
しかし、兵士の動きは鈍かった。薬が効き始めたのかもしれないが、おれの読みも当たったらしい。いかにも田舎の兵舎だ。人数も少なく、たいした争いもない。きっと仲間意識が強いだろうと踏んだのだ。いくら王の膝元の兵であろと、昨日今日現れたやつの命令と、隊長の言葉とどちらを選ぶか。答えは明白だ。
話にかまわず、もがく隊長の首をさらに締め上げた。
「ぶ、武器を捨てるんだ」
苦しげな声で命令をすると、兵士らは戸惑いの色を強めた。
「武器を、まず弓矢を捨てろ」
「命に従え、王は明日にもお着きぞ」
おれとイリアーズの言葉が錯綜する。幾人かが弓を捨てた。同時にイリアーズが飛びかかってきた。とっさに隊長を突き飛ばし、両手でしっかりと柄を握り直した。
剣交の響きがこだました。
奴の剣をしっかり受け止め、そのまま流しながら体を避ける。いくらおれが怪我をしているからといって、奴のなまくら剣法に遅れをとる筈がない。勢い余りよろめいたイリアーズに一閃を浴びせる。
切っ先は、左頬を切り裂いた。血しぶきが壁の浮き彫りを朱に染めた。イリアーズがその容姿からは想像もつかないような獣じみた悲鳴をあげ、床に倒れ伏す。
「矢を!」
叫んだのはいつのまにか味方の元へとたどり着いていた隊長だ。卓を引き倒し、盾にする。料理や酒が絨毯のうえにばらまかれ、同時に矢が突き刺さる鋭い音がする。数秒ともたない。ここで死ぬのか、という考えがよぎったとき、不意にカナンを思い出す。『まだ死にはしない』。ここでおれが死んだらカナンはどうなる? 王の慰みものになるか、あるいは意に添わぬ軍師になるか……タチアナのように。
手元にあるのは剣が一振りだけだ。考えろ、何かないか。矢はますます激しくいかけられ、卓に亀裂が走る。ふと、足元に転がる割れていない酒壜に目が止まる。蒸留酒だ。いちかばちか、壁掛けめがけて投げつけた。
目測違わず、壜が砕ける。どうか!
「火を消せ!」
鋭い声が上がった。酒のかかった壁掛けに燭台の火が燃え移った。
瞬間、攻撃が止む。素早く卓の陰から踊り出、左手の扉に向かう。勢いに任せ二人ばかり切り捨て、血路を開く。そうしている間にも、古く乾いた絨毯や壁掛けに次々と炎は燃え移る。開け放たれた扉にたどり着くまでに何人を切ったかわからない。
さすがに肩で息をしながらたどり着いたとき、うなるような声を聞いた。
「よくも顔に……!」
炎の中から顔の左半分を血で濡らしたイリアーズがしゃにむに飛び掛かってきた。剣こそかわしたがあまりの気迫に飲まれ、足が縺れよろめく。
「殺してやる!」
血で顔に髪の毛が張りつき、悪鬼のような形相でさらに迫って来る。態勢を立て直す間もなく、剣が打ちおろされた。
防ぎきれなかった。耳を掠めた剣を避けようとしたが、信じられないような力で跳ね飛ばされ、体ごと壁に激しくぶつかった。
あちこち直しました。
一文が長いんじゃ……