12
たぶん、あと1話か2話で完結します。
金のイリアーズの髪の中から、赤い唇がのぞいた。続いて白い鼻梁、そして……。
黄金の瞳が鋭く光った。
「タ、タティア」
ぶるっと猫が身を震わせるように、イリアーズの体が幾重にもぶれて見えたかと思うと、そこにはタティアの姿があった。
血塗れた体に短剣を握りしめ、ふわりと地に足を付けた。老人のように衰え、襟から胸元まで血に染まった木綿の長衣のうえに、輝くようなタティアの顔をいただいている。首から下はイリアーズのままで。タティアは左手を右肩に当て、ゆっくりとなでおろす。すると、曲がった背中や腰は伸び、とたんに若者の体つきへと変貌した。
「これでお気に召して?」
言い終わるか否か、タティアは右手を振り上げた。突然の強風に、カナンの体は飛ばされ地面に打ちつけられると、タティアは言いはなった。
「徒労に終われ」
「っ」
カンナはすりむいた顔を乱暴に拭うと片膝を立て俺を背にかばった。
「何も知らいなというのは、最強。よくぞここまで来たものですね、そんなお荷物と一緒に」
タティアの瞳が俺に向けられる。
「もっと遠くまで逃げると思ったのに。……ああ、ここが地の果てでしたか。たしかに」
――逃げよ…地の果てまで――
俺は咳き込み、血を吐いた。
「トールはお荷物なんかじゃない! あたしを守ってくれた、助けてくれた!」
ふん、とタティアは顎をあげてカナンに向けた人差し指をかすかに動かした。
鋭い風の音がした直後、カナンが身をよじった。カナンの頬から血が流れた。
「あ、あっ、カナンっ、俺が、俺にかけられた術は」
右目が疼く。痛みは徐々に増していき、眼孔の中で脈打ち膨れ上がる感覚が俺を襲う。
「もういらぬ。おまえに返す」
タティアは顎をわずかにあげた。肉をえぐられるような鋭い痛みにおれはうずくまった。
「トール!」
浅い息を繰り返し、右目にあてた手のひらを震えながらはずすと、頬を流れ落ちる生ぬるい感触があった。
手のひらは赤く染まり、右目の視界は歪んでいた。
「よくも、よくもトールを!」
「わたしの一族を皆殺しにした代償が、目玉一個だ。安いものだろう」
とたんに雨の音がよみがえった。暗闇の中、村の男たちが剣をもって尖耳の村へ向かう。誰もが口をつぐみ、先頭の松明の明かりだけを見つめて列をなす。
誰かが叫ぶと、火矢が一斉に放たれた。それを合図に、俺たちは集落へとなだれ込んだ。
雨の勢いより、火の勢いが勝った。数ヶ所で上がった火の手は、瞬く間に広がった。
逃げ惑う尖耳族を俺たちは手当たり次第に切りつけ、剣で刺し貫いた。迷いなどなかった。女だろうが、子どもだろうが、年寄りだろうが。
足元の死体を踏みつけ、集落の中央に行き着いた。幾重にも重ねられた幕の内にいたのは……。
あっ、と声にならない声が喉をついた。
「思い出したか? わたしを」
あの場にいた少女、一目で特別な存在と分かった。紅の長い髪と黄金の瞳。首にかけられた宝玉は華奢な体には重そうだ。
俺が天幕へ一歩足を踏み入れたとたん、しゃにむに数人の男が突進してきて、体格で劣る俺は揉み合い足止めをくらった。そのうち、大人たちが駆けつけ、尖耳族を切り捨てたときには、少女は姿を消していた。
燃え盛る炎と巻きあがる風、気づけば、集落は火の渦の中へと消えていくところだった。
俺の頭の中は、しびれたように熱いままだった。
「それからのわたしの事など、おまえは知るまい」
はっと顔をあげると、あの時の少女の顔があった。なぜ気づかなかったのか。タティアの顔を忘れていたのか。
「丁寧に糸を手繰りよせたよ。覇王……あの男が手に入ってから、お前の村の連中は激しい戦場へ送り込み、運良く生き残ったお前にはどんな死に方を与えるか、考えるだけで笑いをこらえるのが大変だった」
心臓を捕まれたように感じた。
もしかして、カナンの中に何人もの人を留めて置けるのとは反対に、タティアは人に入り込んで操れるのだとしたら。
イリアーズの体を動かしている、それが証拠だとしたら。
「旅は楽しかった? 最後の旅は」
言い終わらない間に、タティアは短剣を腰のいちに押さえて俺をかばうカナンに向かってきた。まるで飛ぶように地を蹴って。
「か、カナン!」
誰か、カシャスかセルキヤでもいい。誰か出てきてくれ!
タティアの口は大きく左右に吊り上っている。短剣の切っ先は、カナンの喉元へ突き刺さるかに見えた。
カナンは俺を背でかばい静かに息を吸い、空へ手を伸ばした。
鋭い光が、カナンの手に宿った。
終わる終わる詐欺はやめましょう。




