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三十三話

「ゴーレム!?」


突如出現した巨大物体を見てルシーは声を上げる。

だがよく見れば違う。

自身の知識にあった魔物に酷似しているものの、その魔物はあんなに光沢のある身体をしてはいない。

大きさも、あれほど大きくはない。


「もしかしてあれが」


グロストの言っていたものかとルシーは勘づく。


おそらく間違いないだろう。


国が隠していた秘密兵器という奴だ。


そこでルシーは頭を振る。


いや、今はそれよりも逃げていった奴らを仕留めるのが先だ。


あの屑どもを先に殺し切ってから。


そうして正面に向き直るルシー。


「もうあんなところまでっ」


巨大物体に気を取られているうちに奴らはかなり遠くまで逃げていた。


減らず口と、逃げ足だけは立派らしい。


だがそのまま逃げ切れると思ったら大間違いだ。

無様な姿勢で逃げていくその姿をしっかりと視界に捉え続ける。


「逃がすものかっ」


奴らには死をもって償わせなくてはならないのだから。


「奴らを追うよ、どこまで逃げたって必ず私が――――」


またがる魔精霊の背なかに手を置いて、奴らを追いかけようとしたその時、


「きゃぁっ!」


何か大きな塊がルシーの傍へと落ちてきた。


パラパラと砂粒が落ちる中、恐る恐る目を開ける。


「これっ」


それは魔精霊の死体だった。

身体を激しくへし折られ、血まみれになった亡骸。

今ルシーがまたがっているのとは別の個体。


飛んできた方向に視線を移せば、何かを放り捨てたような体勢の巨大物体の姿が。


「あっ」


さらに別の魔精霊が巨大物体へと近づいてく。

ルシーが出した命令の通りに目についた障害物を壊そうとしているのだ。


「キキ、ナイナイ、ナナッ――――」


巨大物体の胴に突っ込んだ魔精霊はしかし何をされたのか、激しく弾かれ、その衝撃に悶絶した。


その隙だらけの身体を巨大物体が捕まえる。


「キ、キ、キキッ」


人間が、羽虫を捕まえるように手で鷲掴みにした。


「ああ……」


苦悶の鳴き声を上げて、締め上げられる魔精霊。

そして、


「キッ――――」


短い断末魔を上げて、魔精霊は握りつぶされた。


そのまま巨大物体は元の姿勢へと戻り、ずんと音を立ててどこかへ歩いていく。

大きな一歩は歩くたびに辺りをぐらぐらと揺らした。


「……」


何だあれは。

今起こった惨劇を見て、ルシーは戦慄する。


魔精霊は弱くはないはずだ。


その変の魔物が束になろうと、そう容易く殺せるものではない。


事実、少し距離の離れた場所で暴れる魔精霊たちは未だ討伐されていない。


衛兵たちもどう対処すればいいのかわからないと、混乱しているのを見た。


だからこそ、あっけなく二体の魔精霊が殺されたことが大きな衝撃となってルシーを襲う。


「……っ」


ルシーは葛藤する。


間違いなくあれは放置していたら不味い。


国中に放った魔精霊や滑り石がすべてあの巨大物体に殺され、破壊される。


国の中はすでに大混乱、あちこちに火が付き、建物は崩れ、負傷者も大勢出た。


大きな被害を出し、今もまだあちこちで騒ぎが起きている。


だが、まだ無事な場所はたくさんある。

ルシーの手が回りきっていない場所がまだ。


壊し切っていない。


完全ではない。


今ここであの巨大物体を放置すれば、残っている魔精霊は殺しつくされる。


滑り石もきっとすべて砕かれてしまう。


そうなれば被害はそこで収まり、復興圏内に終わってしまうかもしれない。


それでは意味がない。


「でもっ」


ルシーは振り返る。


ぐっと歯を噛みしめ、逃げている屑どもを睨みつける。


そうすれば奴らに逃げられてしまう。


あの口汚い言葉を吐いたあの屑たちを殺せない。


自分の中に渦巻く怒りの感情が奴らを殺せと、ズタボロにしてしまえと囁きかけてくる。


許せない、許すわけにはいかない。


仄暗い感情が――――。


『――――盲目的になりすぎるのもよくねぇ』


「っ」


グロストの言葉が頭をよぎり、我に返る。


「そうだ、これは良くない傾向……」


頭を振り、一度思考を元に戻して狭まりかけていた視界を晴らす。


こんな時こそ冷静にならなくては。


「ふぅ――――」


落ち着け。


落ち着け。


心の中で何度も何度も繰り返す。


今優先すべきなのはなんだ。


今、私がするべき行動はなんだ。


ルシーは胸に手を当て、自分に問う。


私が本当の目的、それをもう一度思い出せ。


「想像して……」


目を閉じる。


今逃げていった奴ら。


私が手を下さずとも、きっとどこかで裁きが下る。


崩れた瓦礫に潰されるか、火の勢いに倒れるか。


魔精霊の餌になるか。


きっと。


きっとどこかでそうなる。


だから今は我慢しろ。


堪えろ。


ずっと頑張ってきた。


ずっと準備してきた。


胸の中でルシーは唱え続ける。


――――目を開く。


「今は、こっちをなんとかしなくちゃ」


ぎゅっと拳を握りしめる。

感情を、押し込めて、閉じ込める。


自分のすべきことを見失っちゃいけない。


「よし」


※※※※※※※※


「エル! 雷槍が三本!」


「はい!」


俺が叫ぶのと同時、三つの雷槍が放たれ、一拍遅れて発動した陽の光がそれを相殺する。


魔法が相殺したのを音で判断し、そちらに顔を向けることなく俺は走り回る。


戦闘は激化し、軽口を叩く間もない。

額から雫が頰を伝い顎先まで流れた。


「はぁ、はぁ」


汗を拭う暇もなく、足を動かす。


ーーおかしい


相殺が間に合わなかった魔法を警戒し、視線をあちこちに飛ばしながら俺は考える。


『三首のーー』


また白ローブの一人が魔法を唱える。


『……氷柱、降る日を、汝に』


魔法の発動を悟ったエルが相殺するための魔法を唱える。


その呼吸は乱れ、流暢とは言い難かったが白ローブの魔法に二拍程遅れて魔法が発動した。


地面を舐める炎に氷柱が突き刺さる。


周囲の温度がぐっと上昇した瞬間に激しい冷気が抑え込むように広がり、周囲の温度を急速に元に戻す。


「くっ、はぁ、はぁ」


胸を掴み、苦しそうに呼吸するエル。


戦闘が開始してからもうどれだけ経ったか。


何十と魔法を発動させてきたエルにも強い疲労の色。


否、それだけではない。


単純に大量の魔法を唱え続けた為に魔力が厳しくなってきているのだ。


「はぁぁぁ!」


俺は魔導兵器の足首から膝の辺り目掛けて斬りつける。


攻撃は当然のように展開された障壁に防がれ、弾かれる。


そして地面へと着地し、すぐに移動する。


「はっ、はっ、まだ、ダメかっ」


だからこそ俺は疑問を浮かべる。


ーー一向に、魔力切れをする気配がない


蹴りを放った魔導兵器の足から離れつつ、視線を巡らせる。

 

あの白ローブ達も、魔導兵器の障壁も、すでに数え切れないほど発動、展開するのを見てきた。


障壁は十や二十以上、魔法の発動に至ってはそれ以上に。


なのに、エルがこれだけ疲弊して白ローブ達が全くその素振りを見せないのはどうなっている。


相殺の間に合わなかった雷槍がこちらに飛んできたのを視界に捉え、咄嗟に強く地面を蹴って急加速。


雷槍を振り切るように移動する。


「はっ、はっ」


ひっきりなしに空気を吸い込み、吐き出す。


一歩加速する度、剣を振る度、息は荒くなり、体力は消耗していく。


ーー原因を、探らねえと


一刻も早くこの現状を打破しなくてはならない。


俺は荒くなる呼吸を必死に堪え、神経を集中させていく。


『大地の怒りをここに』


発動した魔法により、足元が隆起、尖った石と砂の塊が棘のように身体を貫こうとしてくる。


「ちっ!」


前転して、前へ倒れ込む。


僅かに身体をかすった棘で肩の辺りを裂いた。


ーー集中しろ、探れ。何が起きてるのか探るんだっ


嵐のように飛ぶ攻撃を避け、防ぎ、俺は集中。


全身の感覚を尖らせる


ーー気配が濃いなっ、くそ


何度も何度も発動し、相殺したことで辺りにはひどく濃い魔力の気配が充満している。


意識を集中させ、かき集めた情報が魔力の気配に邪魔される。


ーーこれじゃあ、よくわからねぇ


ぎりっ、と歯を噛み締めたところで俺はふとあることに気づいた。


魔力の気配が多い……。


否、これは


ーー多すぎるんじゃねぇか……?


周囲に散らばる魔力の粒子は確かに多い。


今もなお魔法合戦が繰り広げられているわけだから、ある程度この辺りに充満してしまうのは仕方ない。


だがそれにしたって限度がある。


ーーなんだ、何故こんなに? 


疾走しながら俺はさらに感覚を尖らせる。


魔力の気配を、細かに確かめる。


「っ!」


そして、理解した。


「魔力が、集まってきてるのかっ……」


そうこれは発動した魔法や相殺した魔法の名残ではない。


意図的に、どこからか魔力が集められている。


そして、一際強く渦巻いている場所。


ーー魔導兵器の周辺へと集まっていた。


「そうか、だからっ」


なぜ奴らが魔力切れを起こさないのか、ようやくその理由がわかった。


奴らの周辺に濃い魔力を集めることで、発動した魔法と同等の魔力を補給していたのだ。


さらに意識を絞り、探ればその主な魔力の流れは魔導兵器に取り込まれているのがわかる。


つまり奴らはあれだけの魔力を常に取り込み続けていたから、一向に魔力切れを起こさなかった。

魔法を使い続け、障壁を絶えず展開することができた。


だが、一体どうやって魔力を集めて……。


それにいくら魔法を使いまくれようが、俺やエルと戦っているときに。


と、そこで戦闘開始と共に奴らが一つ魔法を唱えていたのを思い出す。


そうだ、あの最初の魔法。


何も起こらなかったと思っていたが、もしやあれが魔力を集める魔法だったのか。


『ふはははは! なんだ? もしや今気づいたのか間抜けめ』


俺が気づいたと分かって、王が嘲るように笑う。


「くそっ、もっと早く気付いていれば」


自分の不甲斐なさに怒りが湧いてくる。


きっ、と強く睨みつけ、


「はぁっ!」


俺は力任せに地面を蹴って加速すると、一直線に魔法使い達の元へ距離を詰めた。


『『三首のーー』』


『雷光ーー』


接近する俺に向けてすぐさま魔法使い達が魔法を唱え始める。


『っ……、降りかかる災いを晴らす、晴天をここに!』


俺の眼前に現れる光。


残る魔力を絞り切るようなエルの声共に発動した魔法はこれまでよりも広い範囲を包む。


魔法が、光に飲み込まれていく。


そして、最後の炎を飲み込んだところでそれまでの光景が嘘のようにぷつんと光が消える。


魔力の粒子が辺り一面に散らばり、はらはらと舞う。


「万盾め、しぶといっ!」


相殺された魔法を見て口惜しげに吐き捨てる魔法使い達。


「ぉぉぉお!」


奴らに向け、身体を捻り、俺は地面を滑るように疾走し。


「早く次の魔法をっ」


飛び込んできた俺に対処が間に合わない魔法使い達。


魔力を練り上げ始めたところに。


「らぁっ!」


ーー一閃。


腹から肩にかけてを両断し、血しぶきすらかかる間も無く駆け抜けた。


ーーあれが魔法ならばっ


使用者を殺してしまえば魔法は切れるはず。


動きを止めず、気配だけを確かめるべく意識を周囲に集中。


が、


「っ、ダメか」


魔力は依然として連中の元へと集まり続けている。


『ふはは! 無駄なことを。魔法使い達を殺したところでこの魔法は解けん!』


王はそう言って拳を振り下ろしてくる。


「ちっ」


魔法が解けない……。


はったりかと思ったが、事実一人魔法使いを殺しても魔法の効力は切れていない。


ーー考えろ。あの時魔法を使ったのは今殺した奴を含めてまだ二人いる。もしかしたら全員を殺せばーー


俺は、思考を回しながら、振り下ろしてきた拳を避けてーー。


『ははっ! 間抜けが!』


俺に向けて振り下ろされたと思った拳がぐんと伸びる。


「何!?」


ーーどこを狙って……


拳の先を視線で辿る。

そして瞬時に奴の狙いに気付いた。


「っ! エル! 避けろ!」


その先にはエルがいた。


膝をつき、顔を下に向けて苦しそうに息を荒げているエルが。


魔力切れ。


今魔法使い達に突っ込む時に使った魔法で、魔力が切れたのだ。


ーー間に合わーー


俺の視線の先で、身動きの取れないエルが魔導兵器の拳によって吹き飛ばされた。


鞠でも蹴飛ばしたように。


地面と並行に飛ばされたエルは激しく瓦礫の中へと飛び込んだ。


衝撃でがらがらと大きく瓦礫が崩れる。


『ふはは、良い手応え……! 万盾よ、我の言うことを聞かないからそうなるのだ。』


崩れ終わった後も、エルは瓦礫の中へ埋もれたまま姿を見せない。


「この野郎……!」


『威勢がいいな、次はお前の番だというのに』


はっとして視線を移せば、


『鳴り響く雷光をここに』


標的を射止めんと光る雷槍が真っ直ぐに射出される。


「くっ、そ」


地面を砕く勢いで踏みしめ、瞬く間に加速。


雷槍を振り切る。


『ほれ、どうした』


空気を押しつぶすように繰り出される拳。


動きは遅い為、躱すことは可能だが、


「っ」


俺は急ぎ、さらに一歩踏み込んで加速。


その図体のデカさ故にその攻撃範囲は侮るわけにはいかない。


拳の射程外まで移動し、


『『三首のーー』』


魔法使い達の正面に回ったところでまた魔法が唱えられる。


ーー確かこの魔法は


突っ込もうとしていた体勢を止め、僅かな葛藤の後、後方へ下がる。


退くと同時、地面に敷かれる炎の絨毯。


『ほれほれ、次だぞ』


魔導兵器が振り下ろした拳を横に薙ぐ。


弱者を痛ぶるような声音の王がけたけたも笑いながら俺に止まる時間すら与えない。


『鳴り響くーー』


疾走。


『火炎のーー』


疾走。


『踊れ、踊れ! 無様に駆け回れ!』


疾走。疾走。疾走。


駆けて、駆けて、駆け回る。


嘲笑する王に、いたぶられる鼠のように。


為す術なく。


「はっ、はっ、はっ」


エルの魔法での補助がなくなったことで単純に俺への攻撃が数倍に跳ね上がった。


ーー避ける、しか、できねぇ


剣の力を解放したこの状態でも、攻撃を躱し続けるので精一杯。


鉛のように重たくなっていく足を動かしながら必死にこの状況を打開する方法を探す。


『ふはは! これは笑えるな。無様だ。実に無様ではないか!』


王は続ける。


『ふむ、そんな貴様に我が一つ尋ねてやろう。何故そこまで頑張っているのだ? 何故に我に盾つく?』


何故、だと。


「そんなの……」


声を出そうと思った瞬間に、足元へ魔法が着弾する。


『あぁ、答えなぞ言う必要はない。その汚らしい声を聞くと我の耳が腐ってしまうのでな。愚者の考えることなどどうせ大したものではないだろうしな』


見下しきった態度に、舐め腐った言葉。


「てめぇーー」


ぶっ殺す、そう発しようとした時、がくりと膝が崩れた。


ーーなんだっ……?


咄嗟に堪え、倒れないように全身に力を込めて踏ん張る。


一体何が。

視線を巡らせると、


「時間切れかよ……」


灼熱を帯びたように真っ赤に発熱していた吸血剣がその色を黒く鎮め、沈黙していた。


剣の解放の時間切れ。


血を吸うことで所有者に力を与える吸血剣はその効力が切れると再び熱を帯びるまでただの硬い棒と化す。


これが吸血剣の欠点。


考えられる限りで最も最悪のタイミング。


ーー身体が、動かない……っ


そして、


『くたばれ』


ゆっくりと迫ってきた魔導兵器の拳ががくがくと膝を震わせる俺へと接近し、殴り飛ばされた。


「ーーっ」


全身をへし折られるかのような衝撃。


ーー動け、ねぇ


高速で吹き飛ぶ自分の身体は全く動かすことができない。


周りの景色が一瞬で流れていき、


ーー衝突


先程のエルと同じように、瓦礫の山の中へと飛び込んだ。


積み重なっていた瓦礫の束が飛び込んできた異物によって崩れ落ちる。

がらがらと大きな音を立てて、身体へとのしかかむてきた。


「う、ぅぁ」


ーー苦しい


衝撃に崩れる瓦礫に身体を押しつぶされ、動けない。


「は……ぁ、ぐっ」


狭い。


重い。


身体が言うことを聞かない。


とにかく息ができる空間を確保しようと身体をよじり、僅かな隙間を求めて首を伸ばす。


瓦礫と瓦礫の隙間に顔をねじ込むように突っ込み、肺に溜まった空気を吐き出す。


「う、げほ、げーー」


強烈な痛みに息が止まる。


「ぐ、がぁ」


ーー何本イッた……?


脇の辺りが強烈に痛い。


この感じ、間違いなく何本か折れている。


「はっ、はっ」


空気が薄い。


瓦礫に埋もれているのだから当然だ。


さらに擦れて舞った砂塵が喉に張り付き、嗚咽が出そうになる。


「ふっ、ぐぅぅぅ」


思い切り力を、入れて挟まった腕を動かす。


まず右腕が抜けた。


服が破け、瓦礫に擦れた肌は血だらけになっている。


ちりちりと炙られているような痛みに包まれた右腕を懸命に動かし、左腕が埋まっている瓦礫をどかす。


身体の周りの瓦礫をそうして押しのけていく。


「っはぁ! はぁ、はぁ」


埋もれた瓦礫の中から顔を出して空気を思いきり吸い込んだ。


ほんの僅かに身体に力が充填されたような気がする。


そばにあった瓦礫に手をついて、支えにしながら立ち上がる。


『ほう。今ので死んでいないとは、なかなかしぶといじゃないか』


予想外だと話す王は、


『なら次はきちんとすり潰してやろう』


「はっ、すり潰す? そんな、軽い攻撃じゃ、獣一匹殺せんと思うがな」


とりあえず一言、煽っておく。

王は俺の言葉を聞いて不愉快そうに鼻を鳴らした。


ーーさて、立ち上がったは良いものの


身体の状態は確かめるまでもなく最悪だ。


一言喋る度に折れた骨が痛み、身体が曲がりそうになる。


手足が折れていないのは幸いだが。


ーーほぼほぼ詰んでいるのも確か、だな


魔導兵器の障壁は破れず。


エルが倒れたことで魔法使い達にすら攻撃が届かなくなった。


こちらはただ逃げ回ることしかできず、そうして逃げ回ったところでただ死ぬまでの時間が僅かに伸びるだけ。


「はっ……」


空元気に笑おうにも、こうも手詰まりだと上手く笑えない。


身体にも大分ガタが来てる。


せめて、奴らの魔力を切らすことができれば。


おそらく、この国はもともと魔力が濃い場所ではない。

なのにあれだけの魔力が集まり続けているということは、きっとどこかに強い魔力の集まる何か。

魔力の塊のようなものがこの国のどこかにあるはずだ。


この最悪の状況の中、せめてそれを壊すことができれば。


ーーだが……


俺は再び戦闘体勢に入ろうとしている奴らを睨みつける。


この場から逃げ出そうにも、奴らは俺を逃すつもりはないだろう。


仮に逃げ出せたとしても、魔精霊や滑り石の処理に回られる。


魔精霊と滑り石の対処に回っている他の衛兵全てが集まりきってしまえば、その時点で俺にはどうすることもできない。


何より、


ーーこんな奴から逃げ出すなんて、俺自身が許せねぇ


転がった剣を拾い上げ、柄を握った。

立つのがやっと。

それでも俺は奴を睨みつける。


決して負けぬという意思を込めて。


『満身創痍といったところか。だがそうやって立ち上がったところでお前は何もできん』


やれ、と王が一言号令をかける。


『鳴り響く雷光をここに』


『火炎の魂を降らせよう。その大地、焦土へ変えん』


『『三首の龍よ、我はその息吹を欲す』』


魔法が来る。


「ぐ、ぐぅぅ!」


足はまだ動かない。


がくがくと痙攣したまま、駆け出そうにも踏ん張りが効かない。


ーー動け……!


太腿を掴み、力を込める。


ーー動けっ!


「動けぇ!!」


視界がぶれた。


「!?」


ーーなんだ、浮いてる?


いや腕に感触がある。


ただ浮いてるのではなく、何かにぶら下がっている。


「グロスト、手を!」


この声は。


視線を動かせば、そこには魔精霊にまたがり、こちらに向けて手を伸ばすルシーがいた。


「っうぉ!」


俺は魔精霊に掬いあげられ、前足にぶら下がっていた。


「掴まって!」


言われるがまま、伸ばされたルシーの手を掴む。


強く引っ張りあげられた俺はルシーを押し倒すように魔精霊の背中へと倒れ込んだ。


「悪い……」


慌てて身体をどける。

起き上がったルシーはいてて、と呟きながら俺の顔を見ると、


「今、どんな状況?」


先ほどまで俺がいた場所が三種の魔法によりめちゃくちゃになっているのを眺めながらそう言った。


俺が口を開こうとすると、


『なんだ? まだ協力者がいたのか』


王が俺を乗せて宙をかける魔精霊を見て言う。


「この声……!」


『その反応、どうやらお前も我の民達ではないようだな』


ルシーはその声を聞いて誰だかすぐ理解したようだった。

ルシーが俺に向き直り、


「あれ、本当に? なんであのでかいのから声がするの。」


「詳しいことはわからないがあの魔導兵器を操ってるのが王だってことはおそらく間違いない」


俺がそう告げるとルシーはそう、とだけ呟き奴に視線を移した。


「一つ、教えろ。五年前、何故魔力狩りなんて行った」


あらゆる感情を押し殺して、平坦になった口調でルシーは言った。


『ふむ。魔力狩り?』


「答えろ!」


しかしすぐに感情が溢れる。

当然だ。

ルシーにとってこの国の王とは、最も憎むべき相手。

件の魔力狩りを命じた張本人なのだから。


『生意気な小娘だ、この我に向かって』


「私の姉は、あの騒動で殺された! お前の、この国に!」


煩わしそうだった王がそこでようやく得心いったような声音を出す。


『あぁ、あの時の親類のものか貴様』


落ち着いた口調で、王は言う。


『まさか、それを恨んでこんなことをーー』


「そうだ! 貴様ら外道を跡形もなく、ぶっ殺して、私は!」


王の言葉を遮ってルシーが叫ぶ。


『ふん。実に下らない理由だな……』


だが、王はそう言った後態度を変えた。


『だが、みっともなく吠える姿はなかなか面白い』


「いいから答えろ!」


恐ろしいほどの剣幕でルシーが叫ぶ。


『いいだろう教えてやる』


そこで王は一度言葉を切り、


『邪魔だったのだ。魔力持ちが』


加速的に怒りの段階を上げていたルシーがその言葉を聞いてぴたりと止まる。


「邪魔……?」


『貴様が今見ているこの魔導兵器の起動には随分と手こずらされてな。ある一定の範囲に複数の魔力が存在すると反応しないのだ。起動させるためには莫大な魔力が必要だが、いざ注ぎ込む際にこれがひどく面倒くさい』


見せびらかすように魔導兵器の腕を動かしながら王は続ける。


『そしてこいつが反応する範囲というのも厄介でな? ちょうどこの国全体がこいつが魔力を検知する範囲だったのだ』


もうわかるな? とでも言いたげに王が言う。


俯いたルシーがわなわなと震えた。


『魔力を持った民達が国にいる限りいつまで経ってもこの魔導兵器は起動させられない。外へ運び出そうかと思ったがそれもまためんどうだ』


「……なこーーに」


『そこで思いついた。なら一度きれいな状態にして、誰か優秀な魔法使いを雇おうとな。どうだ?いやぁ全く今考えても素晴らしく理にかなったやり方だ。我の頭の良さがお前にもわかったか?』


「そんなことのために、お前は!」


ぎゅっと握りしめた拳から血を流し、ルシーは歯を剥き出しにして魔導兵器を、その先にいるだろう王を睨みつける。


『……この我がせっかく話してやったというのにその態度。不敬だな。ここは跪いて頭を下げるのが礼儀だぞ? 小娘』


「……っ、この……!」


ルシーが怒りに我を失いそうになっている。


「待て、ダメだ。ここでいくら憤ったところでーー」


「わかってる!」


飛び込んで行きそうだったルシーはしかし、身体中から殺気を溢れ出しながらも必死に堪えていた。


「お前……」


歯を食いしばり、ぶるぶると怒りに震えつつも、懸命に。


「グロストが言ってたでしょ。私、ちゃんと覚えてるから……。だからここで突撃しにいくようなことはしない」


目は憎悪に染まり。

拳は、奴を殴り殺したいと叫ぶかのように震え。

喉から漏れる声は殺意と憎しみに溢れていた。

しかし興奮し、荒くなった呼吸を押し込めて、堪えている。


「でも私は許せない。あいつが。あんな事のためにお姉ちゃんを殺したあいつが」


感情が昂りすぎたことで、涙で瞳を濡らすルシーが俺の目を見て言う。


「どうすればいい? 私は何をしたら……。私に、何ができる?」


俺はそんなルシーの頭に手を乗せる。


必死に問いかけてくるルシーに伝わるように。


ぎゅっと、気持ちを込める。


「なら今、お前にしかできないことを頼む」


「何?」


俺は魔導兵器へと視線を移し、


「奴らの周りには今この国のどこからか魔力が集まっている。その魔力源を探してくれ」 


おそらくもうこの方法しか奴を倒す方法はない。


「魔力源……」


「おそらく魔力を貯めておけるとしたらそれは魔力結晶である可能性が高い。それを、壊してきてくれ」


俺は奴らの相手をしなくてはならない。

なら、もうルシーに頼むしか手段はない。


「それを壊せれば……」


「あぁ、あのデカブツを倒せる」


「その間、キミは」


少し心配そうな目をして、俺の身体に触れる。


「この身体で……」


「問題、なくはないがそれでもやるしかない」


俺の言葉に神妙な顔をして黙り込むルシー。


まぁ無理もない。


全身はガタガタ、至るところ血塗れの奴がそんなことを言ったところで心配になるなと言う方が難しい。


だが、それでも俺がやるしかない。


エルは起き上がってこない。


気絶しているのか、あいつに限って死んだなんてことはないだろうが、俺と同等の傷を負っているのは確かだ。復活しても、動けはしまい。

それになんと言っても奴は後衛だしな。


だから、俺がやる。


今改めてルシーの叫びを聞いて。

俺も絶対に奴を倒す、そう思った。


仲間として、許せないと。


そう思ったんだ。


「だから早く見つけてくれねぇと、俺はもたない」


ルシーが何か気づいたような表情になった。


「ルシー」


俺はルシーの肩に手を置き、強く掴む。


「頼めるか? いや」


首を振り、改めてもう一度。


「頼んだ」


こいつならやれる。

絶対に。


ルシーが魔力源を探す間、俺は耐え忍ぶ。


こいつはきっとすぐに見つけ出してくれる。


これは期待ではなく、


ーー確信だ。


ルシーはじっと俺の言葉を聞き、ぎゅっと口を引き結ぶと、言った。


「任せて」


互いに頷き合う。


俺たちの目的は、奴と、その国を滅ぼすこと。


この数ヶ月、共に冒険を繰り返した。


何回か死にかけて、何回も笑った。


はじめはいい加減な気持ちで手伝い始めたが今は違う。


ルシーを見て、その想いを知って、ここにいる。


だからこいつのために、命を張る。


ーー今、ここで


魔精霊が地上へ降りる。


俺はその背からゆっくりと飛び降りた。


「痛ってぇ……」


着地しただけで、その衝撃で、身体が痛む。


さっと痛み止めを塗るが、あまり効果はないだろう。


見上げれば、魔精霊が宙を駆けていく背中が見えた。


ルシーが最後に俺を少し心配そうな顔で見て、きっと前へ向き直った。


『ふはははは! なんだ? あれだけ息巻いておいておめおめと逃げるのか。随分と情けない仲間だな』


俺は剣を握る。


ーーただ耐えるしかなかったさっきよりうんとマシだ


やるべきことが決まるとは、何と気分のいいことか。


ーー命を駆けて、時間を稼ぐ


「かかってこい」


剣が再び、熱を灯し始めた。

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