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三十一話

「慌てることはない。たかが一人加わっただけだ」


依然俺の周囲を囲う衛兵たちに向けてにやけ面の男が言う。

俺は剣を握り、立ち上がって構えようとするが


「っ痛ぅ」


ぴきりと背中に走る激痛に動きを止める。


――――くそ、結構深くまでやられたか


痛みには慣れていたはずだったが、思いのほか傷が深い。

動くたびに走る激痛にぼたぼたと汗が垂れる。


「見ろ、奴を叩くなら今だ!」


そんな俺の姿を見て、士気を上げる衛兵たち。


「グロスト、鎮痛の類は?」


「一つ、緊急用のがある」


「なら私が時間を稼ぎますよ、その間に治療を」


顔を顰める俺を見て、エルがそんなことを言う。


「でもお前」


「私はあなたと違って未だに現役ですよ? この程度の連中、あしらうなんてわけありませんって」


自信満々。

否、事実こいつに限ってはそれだけの自負を持っていてもおかしくはない。


「舐めるなよ! おまえら、一斉にかかれ!」


にやけ面男の指示で衛兵たちが一斉に槍を構え、俺へと狙いを定めて攻撃を放つ。


目の前に迫ってくる槍の切っ先を見つめながら俺は握っていた剣を離した。


『凍てつく壁を』


短い文言と共に俺の周囲を冷気を漂わせた氷の壁が囲う。


「こんなもの、ぶち壊せ!」


「突き崩すぞ!」


吠える衛兵たちが目の前に出現した氷の壁を相手に槍を突き込む音が聞こえる。


しかし、


「硬い、槌はないか!」


「槍はダメだ、厚すぎる!」


しばらく氷の表面をがりがりと削れる音がしていたが、どうやら衛兵達には壊せなかったらしい。


『とろけるような眠りを』


そこに白ローブの魔法が発動し、氷の壁を包む。


ひんやりとした冷気を放つ氷壁がすっぽりと隠れ、どろどろと溶かされ、消えていく。

水になるのでもなく、その存在が溶けるようにして消える。


「今だ! 突け!」


待機していた衛兵が氷が消えるのと同時に飛び込んでくる。


――――信じろ、今は傷の手当だけ考える


迫る衛兵を俺は無視した。


懐から取り出した鎮痛効果のある塗り薬を背なかにできた傷に塗り込む。


「防御すらしないとは、死ぬ覚悟ができたか!」


威勢よく槍を振りかぶる衛兵。


激しい動きのまま振り下ろされたそれは俺の身体に当たる寸前に、何かにぶつかって弾かれる。


「っ」


驚く衛兵に、


「魔法の精度はなかなかのものだと思っていますよ、私は」


エルが発動させたのは先ほどと同じ氷壁の魔法。


ただし、極小さな大きさの氷壁を空中へと生み出し、振り下ろされる槍へぶつかるように設置した。


「なら」


「同時に!」


左右から駆けてくる衛兵たち。


右に三人、左に二人。


かなりの速度で突きを放つ。


右側。

突き出された槍の先に出現した光が、その切っ先をどろどろに焼き焦がす。


「お、おれの槍がっ」


さらに左側へ、氷壁が三人それぞれの槍の伸びる途中に再び現れ、俺へと刺さるのを防いだ。


エルの魔法はあらゆる攻撃に対し、魔法を挟み込み、攻撃を弾く。

盾を張って攻撃を受け付けない。


守りに長けた魔法使い。


そうして俺が治療している間、常に隙を狙う衛兵たちの猛攻をこともなげにしのぎ切った。


「そろそろですか?」


氷壁を張りながら、エルが訪ねてくる。


ぐっと背なかを伸ばす。


――――引きつる感じはあるが、痛みは消えた


これなら、動ける。


「もう大丈夫だ!」


地面に突き刺していた剣を握り、立ち上がる。


「わかりました」


俺が答えるのと同時に、目の前に展開されていた氷壁が消える。


唐突に消えた氷壁に驚く衛兵たち。


「ふっ!」


俺はすかさず低い体勢から剣を振り、衛兵の持っている槍を弾き飛ばす。


「っ」


「気を抜くな!」


仰け反った衛兵達の間をそのまま突っ切ろうとする俺の周りに黒い蛇が近づいてくる。


しゅるると音を立て、本物の蛇かのような動きをする白ローブの魔法。


『晴天を』


魔法を視認したエルが即座に魔法を発動させた。


俺の眼前に小さな陽の光が生まれる。


黒蛇は、光を浴びて溶けるように霧散した。


消失した蛇を確認し、勢いを止めず、駆ける。


「やばい、止まらないぞ」


「防げ!」


止まらない疾走に必死になって槍を突きだし、勢いを止めようとする衛兵たち。


「おらぁ!」


そんな時、一人の衛兵が俺の疾走に合わせ、右から槍を構えて走ってくる。


俺は近づいてくる衛兵にちらりと視線をやり、すぐに正面へと視線を戻す。


「っ!、余裕だな! 防ぐまでもないってかぁ!?」


怒りだした衛兵の声がさらに迫ってくるが、


「近づけませんよ」


再び出現した陽の光が接近する衛兵の足元へと熱線を放つ。


僅かに足を焼かれ、悶絶して転げまわる衛兵。


「また! あいつどれだけの魔力をっ」


衛兵たちの後方、白ローブの驚く声が聞こえる。


「この程度もできない用ではやっていけませんからね」


エルが冷静に答える。


「おぉぉぉ!」


横から迫る男が消え、俺は大きく振りかぶった剣を横に薙いだ。


駆ける速度がそのまま力となり、逃れ切れなかった衛兵が二人、血塗れになって倒れる。


『眠れ! 全てを溶かし、私は汝を躯へと誘う!』


剣を振り終えた俺の身体を今まで以上に広い範囲の黒霧が覆う。


「この範囲ならっ」


白ローブが吠える。魔力の残りが少ないのか、脂汗を掻きながらひどく引きつった形相だ。


言葉通り、俺を覆うだけでなく周辺の空間ごとを覆う黒い霧。


その範囲は俺を逃がさないという意思が強く籠もっていた。


だが俺は慌てない。


回避することも考えず、剣を引き戻し、取り囲もうと動き始める衛兵たちの動きを目で追う。


今俺がするべきことは回避ではない、この衛兵たちを一人でも多く仕留めること。


ぐっと腕に力を溜める。


一撃で胴を叩き割れるように。


全身の力を乗せて、剣を振るえるように。


濃い黒霧が身体を完全に包む。


空気と遮断されたような違和感。


代わりに肌に魔力がへばりつく妙な感覚が身体の周囲にまとわりついている。


「芸がないですね」


エルがため息を一つ吐きながら、魔法に包まれた俺のすぐ傍へと魔法を発動させる。


微塵も慌てる素振りのないその態度は、パーティを抜けた時から驚くほどに変わっていない。


――――いつも通りだな


そう。こいつはどんな状況でも慌てず、冷静だった。


『全てを照らす陽の光をここに』


眩い光が頭上へと発現する。


いつも上を見ればそこにある陽の光。

それが手に届く距離に生まれた。


この距離にあるというのに全くと言って熱を感じない。

その光量は本物の陽の光のようなのに、妙な違和感だった。


輝きを増した陽の光は白ローブの魔法を容易く消滅させる。


なんてことない仕草で放たれた魔法は一瞬にして黒霧を無に帰す。


「ばかなっ」


渾身の魔法だったのか、いとも簡単に魔法を消された白ローブが愕然としていた。


「くそっ、何をしてる! 魔法が消されようがお前たちのやることは変わらないぞ!」


にやけ面だった男が絶えず衛兵を鼓舞するように檄を飛ばす。


「そ、そうだ」


「魔法がなくたって」


衛兵の視線がこちらに向く。


たかが二人やられた程度だと、そんな雰囲気が伝わってくる


「ふぅーー」


身体の傷、その痛みをこらえるために深く息を吐き、吸い込んで止める。


――――魔法がなくたって、ね


重心を一気に落とし、足裏に力を込める。


疾走。


全身が弾けるように動く。


「っ速す――――」


愚直なまでに一直線に突っ込み、剣を振るった。


細かい攻防などなく、ただ速さのみ。


衛兵がこちらに攻撃をするよりも速く、剣を振って斬った。


単純な動き。


だが、反応すらさせない程の速度を出すために動きの無駄を全て省いた力技。


「っく……だがその間に包囲は新たに完了した」


ぐるりと周囲を見れば大きく広がった衛兵たちが円を作り、またしても俺を囲う陣形を取っていた。


その円をじりじりと近づき、狭くしている。


「これでもうこれ以上好き勝手はさせん!」


自信満々にいう男の顔の口角がまた僅かに上がる。


「いけ! お前たち! 全方位から串刺しにしてやれ!」


腰の高さに槍を構えた衛兵たちがにじり寄ってくる。


射程距離になったら一斉に槍を突きだしてくるのだろう。


ならば。


「はぁぁぁ」


両腕で剣の柄を持ち、腰だめにして体をねじる。

極限まで力を溜めることで、通常より威力に偏った攻撃を行うための構え。


「バカが! いくらなんでもそんな大きな攻撃っ」


「させるかよ!」


だが、当然そんな大振りの隙を逃すはずがないと衛兵たちが槍を伸ばす。


一斉に槍を繰り出すまでもなく、ただ俺の攻撃を止めようと。


ぐんと加速し、俺の身体へと突き進む槍は、


『数えよう、今日は氷柱が降り注ぐ』


殴りつけるように飛んできた氷柱によって弾かれ、壊され、向きを変えられた。


『とろけるような眠りを』


エルが魔法を使った瞬間、狙いすましたような白ローブの魔法。


「はぁ、はぁ」


向けられた槍が退いた一瞬のタイミングを狙って仕掛けてきた。

肩で呼吸するほどに消耗が激しいのか、血の気が引いたような顔色だった。


「これならっ」


決まったと確信した白ローブの声。

最後の死力を振り絞り、勝負を仕掛けてきた。


『晴天をここに』


が、そんな白ローブのことなど知らぬと言うように。


驚くべき速さで得るの魔法が発動する。


もはや黒霧が出現するのとほぼ同時に現れた陽の光が、形を成そうとしていた黒霧の発生を消滅させた。


「嘘だっ! いくら何でも速すぎる! 今、今魔法を使ったばかりじゃないか!」


憤る白ローブ。

声は裏返り、喉を引きつらせたように叫んだ。


「あなたと一緒にしないでくださいよ。魔法の連続使用ごときで驚くなんて……」


呆れた様な声を出すエル。


「くっ――――」


そこで限界が来たのか、完全に魔力が切れた白ローブは死んだように気を失った。


「ほら、グロスト。攻撃は全部片づけました、存分にやってください」


「おう!」


静かだが、確かな頼もしさを感じるその言葉。


「ま、まっ――――」


「たすけ――――」


隙を突こうと近づいた衛兵は武器を失い、俺の手の届く範囲に立っている。


これから起こる光景をまざまざと思い浮かべた衛兵たちが何かを言いかけるが


「くらえぇぇぇぇ!!!!」


隆起した筋肉は剣を振り始め、すでに衛兵の身体を捉えていた。


肉を割く感触。


今にも叫びだしそうだった衛兵を黙らせながら、一閃。


鋭く振られた一撃は風圧を携えながら、半円を描いた。


まとめて六人。


物言わぬ死体と化して地に転がった。


俺は振り終えた剣を肩に乗せながら、にやりと笑って見せる。


「魔法がなければこっちのもの? そんなの俺も一緒だっての」


戦慄したような表情を向けてくる衛兵たちが一歩後ずさった。



そこからの展開は一方的になった。


これまでの鬱憤を晴らす俺の攻撃を防ぎきれず、瓦解した衛兵たちは次々に倒れ。


じわじわと衛兵たちの士気がなくなっていく。


「こんなっ、こんなことが」


数では勝っているはずの衛兵側は皆黙りこくり、嫌な雰囲気が流れている。


それでも自分たちが劣勢になっていることを認めたくないのか、にやけ面の男は歯噛みしてこちらを睨みつけてくる。


「はっ! 随分、威勢がなくなったじゃねぇか」


ぴきりと背中は未だ痛むが、あの男の鼻を明かすことで少し胸がすっとする。


「相変わらずの暴れっぷりですね」


「あぁ、お前も相変わらずの腕で安心した」


数年ぶりでも自然と連携はうまくいった。


俺の手の届かないところへすぐさま魔法の盾を作り、死角からの攻撃はもちろん、

この数の衛兵から繰り出される槍の攻撃全てを防ぐ様は『万盾』と呼ばれるに納得するものだ。


おかげで防御のことは捨て、攻撃だけに専念できた。


「そうですか。それは良かったです。ならさっさと残りの連中を――――」


大きく地面が揺れた。


言いかけたエルの言葉が途切れる。


「なんだ?」


その揺れは断続的に続く。


丁度、先程の滑り石が壁にぶつかる時と同じように。


ーーだが、これは滑り石じゃない


音は、だんだんとこちらに近づいてくる。


「グロスト、来ます!」


「わかってる!」


俺は音の方向へ視線を向けた。


それは、確か王居がある方角。


「っ」


ずんと、大きな揺れを伴いながら、それはやってきた。


腕と足で二つずつ、まるで人間のように二足で立っている。

だが頭はない。

取れたのではなく最初から存在していないのだろう、人間でいう首の部分は平らになっていた。


二足歩行で歩くゴーレムと呼ばれる魔物に近い姿。


だが、それはただのゴーレムではなかった。

石や土塊で形成されるゴーレムとは違い、なんの金属なのか、陽の光を受け、てらりと光る身体。

見るからに硬そうな金属でできた身体は一歩歩くごとに地震のような揺れを引き起こす。


「でかい……」


俺はそれを見上げながら呟いた。


大きさは建物を少し越す程の大きさ。


依然戦った緑龍よりは少し小さいが、この大きさの存在が人の暮らす国の中にあるというだけでとてつもなく、大きく見える。


そして俺はその手の中にあるものを見て眉を顰める。


「あれは……」


そしてその手には両手にそれぞれ、魔精霊と滑り石を掴んでいた。


捕まれた魔精霊はすでに死亡しているようで、力なくぶらぶらと身体が揺れている。

端から風化するかのようにぱらぱらと粒子になって消えていく。


「……やはり、噂は本当でしたか」


この巨大物体を見て、エルが声を低くして言う。


「噂?」


「酒場で話したでしょう。この辺りに魔法都市から出た魔導具があるらしいと」


その話は覚えている。


だが、あれはてっきり今ルシーが持っている笛のことだとばかり……。


ーーあれが、魔導具だと?


俺はこんなに巨大な魔導具を見たことがない。

もはや魔導具というより魔導兵器と呼ぶ方がしっくりくる。


あれだけ大きければ、当然起動させるための魔力も尋常ではないはず。


使い手が限られる上に、継続して使うとなれば持ち運びは出来ない。


ーーいや、目の前の魔導具なら移動させることができるのか


見たところ、あの足を使い王居の方からここまで歩いてきたようだ。


移動可能な魔導具。


ますます聞いたことすらない。


『貴様らだな、我の国をめちゃくちゃに壊して回る屑は』


その魔導兵器から声が響く。


きん、と耳に硬い響きだ。


ーーこの声……


ついさっき聞いた覚えがある。


それに、我の国ということは……。


『貴様、『万盾』。我の誘いを断っただけでなく、このようなことをしてただで済むと思っているのか』


「関係ないですよ、王様。国がなくなってしまえば罪に問われることもありませんから」


『貴様……!』


やはり、この国の王か。


そういえばエルは雇う雇わないで一度会っているのだった。


憎らしげな王の声を聞いて、そんなことを思っていると


魔導兵器がゆっくりと動く。


『衛兵! こいつらは我が直々に殺す。お前たちは国のあちこちに散らばっている妙な生物と、岩をなんとかせい』


「はっ! よし、お前たち行くぞ!」


国王の命令を聞いて、にやけ面の男が衛兵を引き連れて散らばっていく。


『お前たちを殺した後、四肢をもいで広場へと晒してやる。逃げられると思うな』


ばきばきと音を立てて、左手に捕まれていた滑り石が粉々になった。


「はっ、上等」


相手にする数が減ってこちらとしては大助かりだ。


「グロスト、おそらくあれがこの国の隠し種でしょう。先程と同じように私が援護しますから、攻撃は任せましたよ」


「わかってる」


「では行きましょう。奴を片付ければもう警戒するものはありませんから」


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