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三話

この国は小さい壁に囲まれている。


そしてさらに言えば国とは名ばかりで、実際は少し大きな街程度に過ぎない。

捉え方次第でこの国は国ではなくなる。


『でも、小さいとはいえわざわざ外から攻撃を仕掛けるのは大変でしょ?』


だから狙うのは中なのだと、ルシーは言った。


外ではなく、内側から攻める。


この国は北から東にかけて大きな谷があるから外にある国との繋がりもほとんどない。


『近くにほかの国がないから兵の数も他の国と比べて少ないんだよ』


『それでも千は超えるくらいにはいるだろう。知ってるか一騎当千なんてのは案外難しいんだ。

腕自慢でせいぜい三人ってところだろ』


『だから、その兵の目を分散させるの』


『分散……』


『混乱を作ればいいってこと』


得意げに語るルシーには既に頭の中に思い描いている作戦があるようだった。


そんな会話をしながら、自信満々の様子のルシーとやってきたのは、国を出て南側へ少し行った森の中。


粘つくような湿気の篭る陰気な森。


「はっ、ほっ」


そんな森の中を俺はナイフを片手に突き進む。


枝を払い、草を掻き分ける。


が、


「なぁ、動きにくいんだが」


ぴたりとへばりつくようにして俺のすぐそばにいるルシーへ文句を垂れる。


振り回す度に何か事故が起きそうでなんともやりづらい。


「なんとか頑張って……」


森に入る寸前まで前を先導していたルシーが今隠れるように背中に張り付いている理由は


――だって、虫って気持ち悪い


とのこと。


「……はぁ」


纏わり付かれて歩きにくい中、力づくで枝を切り払っていると、


――糸?


腕に触れたベタつく感触に視線を下ろすと凝視しなければ見えない程細い糸が纏わりついていた。


気持ちの悪い感触に顔をしかめながら、腕についた糸をはらう。


「……多分、そろそろ近いはず」


何故か小声で話すルシー。


「普通に話せ……」


背伸びをして耳元で話されるとくすぐったくてたまらない。


了解の合図なのか袖を二回ぐいぐいと引っ張っると、再び背中の定位置に張り付いた。


そして三歩と進む間に袖を引かれ、


「だから、普通に……」


話せよともう一度振り返ろうとした時だった。


「あ、あれ!」


ルシーが悲鳴じみた声を上げるのと同時にカチカチカチと歯を嚙みあわせるような音が聞こえた。


それは一際背の丈の高い樹の上からだ。

見上げる視線の先に人よりもふた回りかそれ以上の大きさの蜘蛛がこちらを見て顎を鳴らしている。


頭上には張り巡らせた糸の巣が展開されている。背の丈の高い樹から少し低い樹へと糸が伸び、幹にぺたりと張り付いて奴の足場と化している。


蜘蛛は人の胴もある太い足を器用に動かし、俺たちを見下ろしながらじわじわと位置を変える。


「おまえ、こんな気持ちの悪い奴を相手しにきたの?」


フサフサと体から生える体毛、大小異なる目玉に奇妙な動き。

気持ち悪くて怖気が立ちそうだ。


「わたしはもっと小さい、糸さえ出してくれれば良いから、子供をこの瓶に捕まえようと……」


背嚢から取り出した小瓶を見せつけながらこっちに訴えてきているルシーは青い顔をしていた。


どうやらあれが好きでたまらない変人ではないらしい。よかった。

1個目の採取で全部を投げ出しかけるところだった。


「うわぁ、気持ち悪い。目多い……。あっ、足がワサッて、ワサッテした!」


背中を引っ張る力がだんだんと強くなっている。このままにしておいたらそろそろ服が破けるかもしれない。


俺は後ろでバタバタと今にも暴れだしそうに興奮しているルシーへ言う。


「糸があればいいんだろ? ならあれでも大丈夫だよな?」


太ももに付けていた大振りのナイフを引き抜き、クルリと器用に操ってみせる。


しかし少し重さが足りない気がするのは使い慣れないせいか。

本来の獲物とは少し違うが、なんとかなるだろう。


「大丈夫だけど……」


不安そうな声は果たして何に対しての感情か。

それがもし、俺の心配をしてとのことなら少し力を披露するのもやぶさかではない。


じっとこちらを睨め付けるように動かない蜘蛛を睨みつけながら手に力を入れる。


ぐっと握った柄はなかなかに手に馴染む。

いい感触だ。

腰を低く、重心を下げる。

圧の掛かった足の指先に力を入れ、地面を押しやるイメージ。


――跳躍。


体に当たり、流れていく風はそれだけ素早く動いた証。

樹々が緑の線と化した世界で俺は蜘蛛の足を狙う。


視界の中で死んだように止まっていた蜘蛛が俺の動きに反応して、ピクリと動く。


だが、遅い。


すでに奴が反応した時にはナイフの範囲に入っている。


――肉を裂く感覚。


ナイフの先端が蜘蛛の脚の付け根に入り、そのまま人垣を分けるように脚が裂けた。


皮一枚を残し宙にぶら下がる脚を横目に、俺は蜘蛛の横を通り抜ける。

蜘蛛よりも高い場所の枝に着地すると、そこを足場にして強く蹴る。

落下に蹴りの勢いを乗せ、加速した俺は蜘蛛には捉えられない。


俺の動きに対処できずにいる奴の腹目掛けて一閃。


びっしりと生えた体毛ごと肉を抉り、黄緑色の体液が飛び散った。


「うぇ、汚ねぇ」


危うく気色の悪い液体を被るところだった。


俺は体を傷つけられて動揺している様子の蜘蛛を一瞥する。


「……ん?」


そこでふと気づく。


うっかり殺そうとしていたが、糸が欲しいというなら生きた状態でないと意味がないのではないか。


このまま殺してしまっては手に入るものなどあのでかい脚か硬そうな顎くらいしかない。


「……もしかして生け捕りか?」


張り巡らされた糸の一つに手を掛けてぶら下がり、下で目を丸くしているルシーを見る。

するとこちらの視線に気づいたのか口に手をあて、筒のように形を作ると、


「その樹にある糸だけでも充分足りるー!」


それならば遠慮することはないか。

俺は蜘蛛に向き直ると糸の弾力を使って跳ね上がる。


幹を蹴り、角度を調整して蜘蛛の足場になっている糸へ勢いよく跳ぶ。


――一閃。


ハラハラと千切れた糸が下へ落ちていき、ダラリと残りの糸がしな垂れた。


樹と樹の幹を往復するように、時に糸を使って細かい位置の調整を行いながら、俺は蜘蛛の足場を切り裂く。

時折すれ違いざまに足を切りつけ、移動を阻害する。


糸の数は徐々に少なくなっていく。


やがて、あの巨体の体重を支えきれなくなった糸が切れ、奴が下へと落ちた。


「うわ、こっちきたあ!」


下で俺の動きを見上げていたルシーが慌てて逃げていくのが見えた。


俺は傷ついた体で何とか着地した蜘蛛の頭上から一泊遅れて落ちる。


落下の衝撃に硬直している蜘蛛の腹を狙い、腕を大きくふりあげた。


「がら空きだ」


落下の衝撃ごとナイフを腹に叩きつけ、そのまま外側へ切り裂く。

そのまま流れるようにナイフを返し、胸と腹の節目に刃を突き立て、繋がりを断つように力を込める。


脚や腹とは違う硬い感触。


キチキチと音を立てて暴れる蜘蛛が脚をばたつかせる。

頬のすぐ隣を掠める脚には目を向けず、ナイフを軸に鋸のように刃を前後させて食い込ませ、


「おらぁ!」


力任せに腕を引いた瞬間、ブチリと何かが切れる音とともに腕に感じていた抵抗がなくなった。


胴を切り離された蜘蛛は少しの間地面を這いずり回り、ふるふると脚を痙攣させるとそのまま動かなくなった。


近くにあった葉をちぎり、液体のついた刃を拭く。

扱いやすいがやはり威力に欠ける。

もっと大物を相手にするならこの装備のままでは少し厳しいものがあるな、と獲物の具合を確認していると、


「死んだ……?」


後ろの木の陰から顔をのぞかせたルシーが恐る恐るこちらへ尋ねてくる。

掌が木の幹に張り付いてしまったような体勢のまま、あまり直視したくないのかチラチラと視線を動かしている。


「ほら、欲しいだけ取れよ」


体に溜まった熱を吐き出しながら、固まっているルシーに声をかけた。

なぜかそろりそろりと足音を立てないように歩いてくるルシーがどこかで拾ったらしい枝で蜘蛛の死体をつつく。


「キミ、思ったより強いんだね」


感心したような声に


「これくらい倒せないようじゃ旅なんてできやしないさ」


俺は言いながら千切れかかった蜘蛛の脚を掴むとぐっと腕を引いて引きちぎる。


「ほら」


そのままルシーへ脚を放った。


「――――っ!!!!」


脱兎のごとくとはまさにこのことか、ルシーは妙に聴き心地の良い悲鳴をあげたかと思うと先程まで隠れていた樹まで全速力で逃げていった。


「ほぅ」


脚を視認してから動き出すまでが素晴らしく滑らかでいっそ惚れ惚れする。

自分の口角が上がっているのを自覚しながら、明らかに怒った表情でこちらを睨みつけているルシーを見る。


「いい逃げ足だ、それなら庇う必要もなさそうだな」


「蜘蛛と落ちてくる時に! 私の方を見てたからそれは知ってるはずでしょ!!」


ばれていたらしい。


「目も良いのか、そりゃ結構なことだな」


からかうように笑うとルシーの放っている怒気が強くなった。


「キミが今日寝る時にどうなっても私、知らないよ。我ながら執念深さには自信があるからね。絶対に寝かさない……。覚悟しておいてよ……」


「その物言いはどうなんだ? 」


捉え方によっては魅力的な響きだが、この場合どう好意的に解釈してもそっち(傍点)の意味ではないだろう。


「悪かったよ、あまりカッカしないで仲良く行こう」


「……」


宥めるつもりで言った言葉も今のルシーには効果ないようだ。

仕方なしにさっき言っていた糸を集めるべく俺は頭上の蜘蛛の巣を見上げた。


糸を回収し終え、小瓶に蜘蛛の液体を採取。

腕程の長さに蜘蛛の脚を切って小さくしてから、不貞腐れているルシーの前へ集めたものを並べた。


「これでいいのか?」


しゃがみこんで、聞くと


「良いけど……、まだ足りないかもなぁ。もう少し取ってもらおうかなぁ。むしろ違うものが足りてない気がするなぁ」


時間が経ったことで落ち着いたルシーは蜘蛛の素材を集めている間も恨めしそうに睨んできていた。

よほど嫌いだったらしい。


口を尖らせて話すルシーから既に怒気は消えているが、未だ言葉の節々に棘を隠しこちらへ攻撃してきている。


「めんどくせぇ」


呟いた途端、ルシーが立ち上がる。


「その言い草! わたしがめんどくさいんじゃないんだよ。キミがひどいことをしたからあたしはねぇ!」


「はいはい」


「……怒るよ」


目を細めるルシー。

ひどくお冠のようだ。


「それは怒ってるんじゃないのか?」


「君のおかげでまだ見ぬ力に目覚めそう」


拳を振り上げんと構えるルシーを見て笑う。


「ならまた今度見せてもらう。ほら、次行くぞ」


むっつりと黙り込んだルシーは何も言わずに俺の後ろに張り付いた。


一定間隔にふくらはぎを攻撃されながら、次の素材の場所へと進む

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