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二十六話

「何だ!何故あんなものが浮いている!」


王居に怒鳴り声が響く。


「い、今調べさせております!」


大声で怒鳴る王の声に側に仕えていた男は困惑したように頭を下げている。


「敵はどいつだ!? 何人いる!」


「今、遠視の魔法で確認させておりますが……」


側近の男の視線の先には魔法を使い、敵の姿を探す魔法使いの姿。

だがその表情は芳しくなく、未だ敵の正体を掴めてはいなかった。


「えぇい! 使えん奴らが! とにかく民達を落ち着かせろ! 早く静かにさせるのだ!」


「はっ!」


走り去る男に目もくれず、王は魔法使い達に向き直り、


「お前たちは宿舎の中にいる衛兵達を回収してこい! 半分はここに残れ!」


王の命令が飛び、一礼した魔法使い達が部屋を退出していく。


怒りを抑えきれない様子の王を見て、残った魔法使い達の顔が強張る。


演説の為に集まった民達は浮かび上がった宿舎の話題にすっかり夢中な様子だ。


「我の言葉を遮りおって……、不愉快な、どこのものだ……!」


怒り心頭の王はそんな民達の様子が気に入らないと何度も何度も床を蹴り付け、怒りをぶつけていた。



「え、何!?」


「なんだ、何で建物が浮いて」


「破片が降ってくるぞ! 離れろー!」


宿舎が空高くへと上がっていくのを見た周りの人々が声を上げて逃げていく。


「い、今のって?」


目をぱちぱちと瞬かせて、ルシーが聞いてくる。


「ほら龍谷の龍。あれの鱗だ。底から上がってくるときに何個か手に入ってな」


そういえばこいつは気絶していたから、知らないのか。


ただ感嘆とした声を漏らしながら再び空を見上げるルシー。


俺はそんなルシーの手を引っ張り上げて立ち上がると、


「そら、呆けてんな。もう戦いははじまっちまったんだぞ」


言うとはっとした表情を浮かべ、跳ねるように立ち上がった。


「じゃあこれももう使っちゃうよ」


そう言ってルシーが手に握るのは銀に光る笛。


俺は頷き、背嚢から出した瓶をルシーに手渡す。


赤い液体の入ったそれは龍の血が入った瓶。


龍谷にいた緑龍の血。


これが笛の能力を解放すると言う。


瓶を手に取ったルシーが笛に空いた穴に瓶の血を注ぎ込んでいく。


どろりとした血はゆっくりと瓶を伝い、笛の中へと入っていく。


すると、


「ほぉ」


銀に光っていた笛の表面が赤い光沢を帯びる。


ルシーはそれを見て口に咥え、息を吐き出した。


辺りに涼やかな音色が響く。


その音色は以前俺が吹いていたときとは全く別の音色だった。


ぴーぴーと間抜けな音しかならなかった笛とは思えないほど、心地の良い音色。


耳心地の良いそれは何処までも広がっていきそうな清涼感を周囲に降らせ、


「キカカカカ、ナイ、ナイ?」


異形をも呼び寄せる。


ルシーの側に現れたのは四足の怪物。


ちょうど人一人背中に乗せることができそうな大きさ。


魔物ともまた気配の違う、言い表しようのない存在だった。


「相変わらず不気味だな……」


この前一度だけどんな力を持っているのか使ってみた時以来だが、いつ見ても奇怪なことには変わりなかった。


魔を呼ぶ笛。


龍の血を注ぎ込み、真に解放された笛の持つ力はその音色によって周囲に潜む異形を呼び集めること。


この笛で呼べる存在は精霊に近い存在なのだとか。


「精霊にはやっぱ見えねぇよな」


「そもそも精霊なんて見たことある?」


「あまり」


一度か、二度。

それもほとんどまともに姿を拝むことなく、建物の影に入っていくような、その程度だった。


「ま、私も見たことないけど」


言って、もう一度ルシーは笛を吹く。


精霊とはそもそも人前に現れることがまず少ない。

魔物とは異なる何か。

という認識はあれど皆あまり正確なことは分かっていない。


そんな不気味な精霊、魔精霊とでも呼ぶべきか。


その異形はルシーが笛を吹き続ける間にどんどんと集まってきた。数は五体。


笛の音色に耳を澄ませるように目を閉じ、聞き入っている。


「よし」


笛を吹くのをやめ、一つ息をつくとルシーは一番側にいた魔精霊によじ登った。


魔精霊は身体を登るルシーを振り落とすこともなく、じっとルシーが登り切るまで大人しくしている。


「じゃあ私はこの子に乗って行ってくる」


「俺はとりあえずあちこち壊しまくっておく」


凛とした表情。

ルシーの雰囲気が切り替わる。


既に辺りは騒がしくなり始めている。


いつのまにか止まった演説を考えるにどうやら浮かび上がる宿舎は国中で目撃されたようだ。


ーーまぁこんな小さい国ならそうだよな


俺はルシーの目を見ながら、


「本番はこっからだ、気抜くなよ」


「うん。グロストも気をつけてね」


ぽんと跨った足で合図を送るルシー。


馬のように、しかし歪な鳴き声をあげた魔精霊が国の外側へと駆け出した。


どうなっているのか、空中を蹴り、空を疾走する姿は中々に迫力がある。


「「「「キキ、キキカカカ」 」」」


ルシーを乗せた魔精霊が動き出すと、集まっていた魔精霊たちも声を上げ、散らばっていく。


「いやぁーー! 化物!」


「な、なんだこいつ!」


「助けてくれ! あっちでーー」


視線の先で、爆発音が響く。


悲鳴が木霊し、爆風がここまでやってくる。


「うるぁあああ!」


俺はその騒ぎに向かい、全力で突撃を仕掛けた。


※※※※※※


腕にかかる抵抗を無視して勢いよく剣を振り切る。

横払いに大きく薙いだ一撃が建物を壊す。


倒壊に巻き込まれないように、素早く離れ、記憶を辿りながら道を駆ける。


ーーこの辺は……


店の並ぶ通り。


あちこちで起こる爆発に右往左往する人々がごった返している。


「ここっ!」


店と店の隙間に隠れるように置かれた爆牙をへし折り、駆ける。


正面を塞ぐ人々をなぎ倒しながら、踏みつけながら移動する。


ちらりと背後を見ると、


ーー爆発。


吹き飛ぶ人々と、絶叫混じりの悲鳴を背中に聞きながら住宅地を目掛け走る。


路地に入り、狭い道を走りながら周辺の建物へ向かい剣を振るう。


「はぁぁぁ!!」


扉を壊し、建物を支えていた軸を切り裂く。

ずるりと重心を失った建物がゆっくりと滑り落ちた。


「なんだ!? 急にーー」


「崩れるぞ!」


ずんと、地面へ崩れる建物が周囲への被害を増やし、


ーー爆発。


「火だ! 俺の家に火が!」


「何が起きてるんだ!?」


混乱を掻き立てるように爆発が起こる。


ーーここはこんなもんか


立ち止まることなく、俺は引き起こした被害をちらと一目見た後前へ進む。


路地を通り、行きがけの駄賃とばかりに破壊をばら撒いて住宅地までやってきた。


「おぉ、早いじゃねえかよ」


顔を上げる視線の先には


「ちょっとあんた! 何とかしてあの化物を退治しなさいよ!」


「うるせぇ! 少し黙ってろ! 今ひとであが足りねーんだよ!」


「俺の家がぁ……。何とかしてくれぇ」


住民たちの悲鳴を浴びるようにしながら、一体の魔精霊がめきめきと家の屋根に噛みつき、接合部を引き剥がして噛み砕いていた。


既に奴が通ったこの一帯は尽く壊れていた。

ルシーがこの国のものを壊し、食らい尽くせと

命じた通りに、その巨大を使い家を壊し歩いている。


ーー俺も負けてられねぇなっ


魔精霊とは別の方向に立ち並ぶ家へ跳躍。

高々と振り上げた剣を勢いよく振り下ろす。


バキバキと石混じりの家の壁を叩き破る感触。


切り裂いた家がぐらぐらと揺れる。


「確かここに……」


記憶を辿りながら僅かに飛び出た爆牙を斬り裂く。


かっと発熱した爆牙が辺りのものを巻き込んで爆発する。


「ここと、ここも」


近くに仕掛けておいた爆牙をさらに二つ起爆させる。


爆発によって吹き飛んだ家の破片が近くにばら撒かれ、無傷の家に傷をつけ、歪んだ家が爆風によって倒壊し、倒壊した家は隣り合う家にしなだれかかるように崩れていく。


「きゃーーー!」


「逃げろ! 逃げろ!」


「うちも燃えた……。なんで……」


「衛兵は何やってるんだ!」


爆風によって舞う火の粉が壊れた建物へ降り注ぎ、一部の木材に引火し巨大な焚火と化す。


逃げ惑う人々は訳も分からぬまま、怯え、叫び。

混乱し、怒り狂い、絶望する。


破壊の限りを尽くす俺の姿は未だ消え水によって消えたまま。


誰も何がどうなっているのかも分からない。


俺はそんな人々を冷えた目で眺める。


ーーはっ、まだまだこんなもんじゃねぇ


仕掛けた爆牙を順に順に起爆させながら、全く倒れそうにない家、建物へ剣を叩きつけ、ぶち壊す。


建物一つ壊すのは労力がいる。

だが、少しぐらつかせる、少しヒビを入れる程度の事でも僅かに崩れる要素を作ってやれば仕掛けた爆牙の爆発により一気に脆く、崩れやすくなる。


爆牙を仕掛けたのはどこも建物の密集する場所。


一つ壊れれば連鎖するように隣り合う、隣接し合う建物を巻き込んで倒壊していく。


辺りは倒壊した建物の破片や、爆発の火の粉が舞い散り、発火した家家から逃げ惑う人々の声が木霊するこの世の地獄と化していた。


俺はさらにその混沌を加速させようと新たに剣を振りかぶったところで、


「お前か! この騒ぎの犯人は!」


「死ねぇ!」


背後から突き出された槍の鋒を手元の柄で受け、押し返す。


たたらを踏んだ男の横からもうひとりの男が牽制するように槍を突き伸ばす。


一度大きく後ろに跳び、やってきた男たちを見やる。


ーー俺の姿が見える……ということは消え水が切れたか


腕を軽く持ち上げてみれば確かに自分の腕が見える。


出来ればもう少し混乱に乗じて後いくつか壊してしまいたかったが、流石に時間切れらしい。


正面には二人の衛兵。


そのさらに後ろからもう何人か駆け寄ってきている。

宿舎は隔離したから、外にいた衛兵か。

おそらく警備か何かで駆り出されていたのだろう。


ーーあまり集まってくる前にっ


俺は無言で一歩、地面を蹴る。


二人の衛兵がぎょっとした顔をして構えようとするが、


「おっせぇ!」


大きく腕を伸ばした横振り。

肉を強引に引きちぎる感触の直後、頬に鮮血が飛ぶ。


「うぉぉぉぁ!」


押し付けた剣を振り抜き、衛兵たちを斬り飛ばす。


真っ二つになった衛兵二人が地面へと落ち、流れた血がびしゃりと音を立てた。


「貴様!」


「一斉にかかれ!」


後からやってきた衛兵達がその惨状を見て突撃してくる。

数は四人。


彼らは真っ直ぐ、直線的な動きで近づいてきた。


「ふん!」


まず一撃を首を動かして躱す。


次に二つ、銅を狙って突き出された槍を左脚で払い除け、最後の一人が攻撃を繰り出す前に攻撃を繰り出す。


「おぉぉぉ!」


横にぶら下げていた剣を引きずり、持ち上げるように振り回す。

地面と擦れ、焦げた臭いをばら撒きながらの一閃。


振り回した力をそのまま相手の槍にぶつける。

同じような位置にいた三人の横から叩きつけた剣は一人目の胴を割り、二人目の槍を斬り裂き、三人目の太ももを抉った。


視界を噴き出した血が舞い、遅れた一人の攻撃が映る。


捻りの加わった突き。


ーーこれは、避けれない。


この突きは首を動かす前にこちらの肉を抉るだろう。

直感で悟った俺は右手に力を込めて振った剣を引き戻した。


突きが加速する直前、相手の手首を斬りつける。

威力よりも速さを重点に振られた剣は傷こそ浅いものの、両方の手首を斬り裂いた。


「がぁぁぁ!」


「腕が!」


一人は無言で崩れ落ち、二人が傷の痛みで転げ回る。

唯一武器を壊されただけだった男は唖然と口を開く間に首の位置がぬるりとずれた


二つの死体を踏み越え、転がる男たちを刺し殺す。


「ふう、ギリギーー」


前へ、地面へ頭から落ちるように倒れ込み、手をついて脚を蹴り上げる。

剣の柄を蹴る感触の後、手からこぼれた剣が宙を舞う。


「っ」


上下逆になった視界で背後に立つ男の歪む顔が見えた。

俺は軽く地面についた手を押し上げ、宙で身体を捻り、回転する。


「どうして……」


「こんな国で腑抜けた衛兵なんかやってる奴に不覚は取らねぇっての」


落ちてきた剣を掴む。


吸血剣に比べれば軽い。


ナイフを伸ばしたようなぺらぺらの剣だ。


「こんなもん、投げナイフにもならねぇーー」


力を込めて正面に立つ男に投合。


武器もなく、引きつった顔を見せた男は直撃する寸前で横に避けた。


「おまえっ」


「まぁそうなるよな」


ぶん、と空気を殴りつけるように力任せの大振り。

だが飛んでくる剣に気を取られていた男は、避けた先にそんな攻撃が迫っていると気付けるはずもなく。

男はなす術もないまま小さな断末魔を零し、身体を叩き割られた。


飛び散った肉片が血溜まりに落ちる。


「なんだこいつは……」


「強い……」


「もっと人を呼んでこい! これだけじゃ足りん!」


いつの間にか周りには衛兵たちがわらわらと集まりだしていた。


「何が目的だ! これは全部お前の仕業か!」


前に出てきた男がひどい剣幕で問うてくる。


「はっ、それ答えると思って聞いてんのか?」


「黙れ! こんな日に……何のためにこんなことをっ」


顔を真っ赤にして怒る男を嘲笑いつつ、


「何のためにって、依頼だよ依頼」


吐き捨てるように答える。


この男に答える筋合いはないが、どんどん色の変わる顔をさらに赤くしてやろうと戯に教えてやる。


髭を携えた男は俺の返答を聞き、さらに目を尖らせた。


「誰だ! 一体誰の依頼でこんなーー」


男の言葉に被せるように地面が揺れた。


「なっ、なんだこの揺れは」


「外だ! 外側の方から音がする!」


たじろぐ衛兵達が音の響く方を見て声を上げた。


「なんだこの音は! 答えろ!」


髭面の男が怒鳴り声をあげる。


「……」 


音なる方向。


国を取り囲む壁を指を差す。


直後、がらがらと音を立てて国を囲んでいた壁の一部が崩壊した。


「なっ」


声にならない声を漏らし、男の顔が一気に強張った。


その原因は一つの穴。


巨大な穴を壁に穿ち、外から国中へ入ってきたのは一つの岩。


「この音はな、壁をぶっ壊してんだよ」

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