二十五話
王居。
王の自室にて。
「そろそろ準備ができた頃か」
立ち上がった王は部屋に入ってきた側近の報告を受け、魔法使いたちが待機する場所へと歩く。
「民達はもう集まっているのか?」
「はい、広場にはすでに王のお言葉を聞くためにたくさんの者たちが殺到しています」
「準備は?」
「拡声魔法の用意等、整っております」
くっと顎を上げ、胸を大きく張って歩く王のその姿は高慢そのものであった。
「いいかしくじるんじゃないぞ。我のこの声を最初から最後まで完璧に国中に響かせろ」
「はっ」
ばん、と大きな音を立ててひと際広い部屋の扉を王は開け放った。
一列に並ぶ魔法使いたちが王の姿を見て、頭を下げる。
「アレはどうなった? 民たちに披露するなら今日が一番いいだろう」
王はそんな魔法使い達を一瞥することもなく、連れ立って歩く側近の男へと言葉を掛ける。
「いつでも起動可能です」
魔力狩りから五年。
王は今日、このタイミングであるものを民に見せつけようとしていた。
――――いつまでもこんな小国のままではいさせるものか。俺はもっと大きな国の王となる存在……。その器をもって生まれた男だ
それはいずれこの国の力の象徴ともなる存在。
これまで力を蓄えるべくこじんまりとした規模で抑えていたこの国をさらに大きくするための秘策。
さらなる発展に繋がる第一歩となるそれを今日披露することで国民たちへ、そして周辺の者どもに力を見せつける。
この国の偉大さと、その恐ろしさを刻み付けいずれは別の国をも取り込み、国を拡大するのだ。
――――あれが使用可能になった今、まずは国民たちの忠誠を今一度我が物に
巨大な力とはそれだけで人を支配し、従わせる。
まだ遠い未来ではあるが、来る戦争に向けて国として力をつけておく必要がある
男の言葉を聞き、王はそのまま歩みを進め移動する。
入ってきたところとは別の扉を開けると、外からふわっと風が入り込む。
この大広間には中に居ながらにして外の景色を眺め見ることができる。
その場所からは王居の近くへと集まってきている民の姿が良く見えた。
「よし、繋げ」
王はにやりと満足げな笑みを浮かべ、魔法使いへと指示を出す。
王からの命令を受け、一人の魔法使いが魔力を練り上げる。
空気中の魔力が魔法使いに集まっていき、魔法使いが何事か唱えると王の身体にじんわりと何かが宿った。
「民たちよ、今日は記念すべき日だ! あの悪しき者たちが我が国から消滅し、五年の月日が経った」
王の声は拡声魔法により、遥か遠くまで広がっていく。
※※※※※※※※
朝、広場には続々と人が集まっていた。
前日からすでに賑わいを見せていたが記念祭本番は今日、この日。
朝早くから各所で店が開かれ、昨日に引き続いて客取り合戦を繰り広げている。
飛び交う声は客引きや、品定め、値段の交渉、その他商品の売買などの他に。
昨日の夜からの酒が抜けず、ふらふらと千鳥足で歩きながら大声を上げるもの。
肩でもぶつかったのか、この混雑の中怒鳴り声を上げながら揉めているもの。
荷物が盗まれた、誰かに追われている、などの悲壮な声など多種多様、喜怒哀楽をふんだんに混ぜ返したような騒ぎだ。
今も路地裏へ逃げた少年が道行く人々によって案内された人攫いに捕まり、くぐもった悲鳴を上げた。
混沌とした騒ぎの中、あらゆる通りの中心に位置する広場を経由し、王居がある方向へと人が流れていく。
今日の記念祭。
何でも王は国民にあるものを披露する、という噂が流れたため、何を見せてくれるのかと興味を持った民たちがこぞって王居の前へと殺到しているのだ。
そんな中、一人の衛兵はそんなお祭り騒ぎを寝ぼけ眼で眺めながら手から落としそうになった槍を慌てて掴みなおした。
「奴らがこの国にもたらしたものは――――」
衛兵が今立っているのは広場だった。
王居へと向かう人の流れとは少し離れた場所。
彼は近くに置かれた魔道具から響く王のお言葉を聞きながら、暇していた。
この広場には一つの魔道具が設置され、その魔道具が王居から発せられた王の声を周囲にばらまいている。
王居へと向かったものたちの群れが落ち着き、今度は色んな通りからこの広場を目掛けて人が集まってきた。
おそらく王が何を話しているかよく聞くために、魔道具の置かれたここにやってきたのだろう。
魔道具から響く王のお言葉を聞きながら、衛兵は口を開け、欠伸を一つかみ殺す。
彼は昨夜の宴会での飲み比べに負け、こうして警備のために駆り出されていた。
「くそ、頭痛ぇ」
後もう少し、後二杯でも多く飲めていたら今頃ゆっくり寝れていたと思うと余計に頭痛が増す気がした。
今日駆り出される兵は精々何か問題が起きたときのための保険だ。
この国にわざわざ攻めてくるような敵国は存在しないことに加え、せっかくの祭り故に兵の仕事も少ない。
今日熱心に仕事をしている者など、よほど真面目なものか、
「俺くらいだよな」
自嘲気に呟き、頭を押さえる男。
拡声魔法によって国中に轟く王の言葉が二日酔いの男をじわじわと苦しめる。
ーーこんな日に仕事なんて、ついてねぇ
宿舎で寝ている奴らを思えば妬ましさから自然と機嫌も悪くなる。
また一つ欠伸をかみ殺し、涙を目に浮かべながら男はぼうっと広場に集まる人々を見る。
王のお言葉を、正確には王が今日披露するあれ(傍点)を見るためにあつまってきたのか。
これだけたくさんの人がいるにもかかわらず今のところ何も起きるわけでなく、ただ暇な時間が続く。
――――はぁ、帰りてぇ。どうせ何も起きないんだから、もう一度昨日の勝負を
そんなことを考えていた男がふと、気づいた。
さっきまで王居から響くお言葉に耳を傾けていたはずの広場の人間たちが、皆一様に同じ方向を見ているのだ。
魔道具からは変わらず王の声が聞こえている。
なのになぜ急に。
――――なんだ?
そこに何かあるのか。
そう思い男が視線を向ける。
「なっ」
自分の目を疑う光景がそこにはあった。
頭が、今自分の目から入ってきた情報を処理しきれず、その光景に釘付けになる。
「建物が、浮いてる?」
「さすれば、我の――――」
妙に民たちの声がざわついているのが聞こえ、何事かと言葉を切る。
「ちっ、なんだ。何の騒ぎだ」
一度拡声魔法を切らせ、何が起きているのか近くの者に確認させる。
この我の声を遮るとは。
苛立ち交じりに声を荒げる王。
――――一体何に気を取られて
しかし報告を待つ前に、それは王の視界にも映り込んだ。
民たちは皆同じ方向を見て話していた。
その視線の先を追うように、王もまた民たちの視線の方へと顔を向ける。
「バカ、な」
自然と声が漏れた。
そんなはずがない。
そう頭では考える者の目に入ったその光景はそんな王の願望を否定するかのように。
風が、竜巻のように巻き上がった風が巻き起こっていた。
それはただの風ではない。
あの場所にだけ突如として発生することなどありえない。
しかし王の視線の先にあるのは、大事なのはそんなことではない。
「どうなってるんだ」
ぼろぼろと一部を崩壊させ、地面へ落としながら風に包まれるように宿舎が宙に浮かんでいた。
※※※※※※
静かに、扉を開き中へ入る。
不用心にも扉は余所者の俺たちでも容易く開けることが可能な作りになっていた。
しんと、静まり返った宿舎の中はまるで誰もいないかのような静けさが満ちている。
ーーよし、大丈夫そうだな
衛兵の姿は一人として見当たらない。
誰一人として警備に見回るものはいない。
盗み聞きした話によれば記念祭の警備の為に僅かな人数が駆り出されるだけで、今日、殆どの衛兵は休みなのだという。
まるで敵がやってくると想定していない行動はこの国が今までどこからも、誰からも攻められたことがない故だろう。
そもそもこの国の敵とは周辺に生息する魔物くらいのものであるために他の存在を警戒する必要がないのだ。
つまり、この宿舎が今静まり返っている原因は奴らが眠りこけているからに他ならなかった。
だが、今回はその杜撰な警備のおかげで俺たちはこうして楽々と侵入できている。
ぎー、とその静かさ故にやけに大きく聞こえる扉を恐る恐る閉める。
前をいくルシーと目配せをし、そそくさと移動。
ぴちゃりと響く水音をあまり立てないよう爪先を立ててあるく。
昨日と同じように足元にできる水溜まりへ水虫を放りながら、椅子と机が置かれる食堂を抜けて長い通路へ。
閉まった扉の向こう側から衛兵達のいびきが聞こえる。
昨日の大騒ぎ、もとい宴会の名残なのかあちこちに散らばる空の杯や食べ残しのカスなどが汚らしく地面に落ちていた。
衛兵達は起きてくる気配がない。
昨夜の盛り上がりからするとさぞ大量の酒を飲んだことだろう。
これは都合が良い。
閉まる扉の前に立ち、もちもち草を取り出す。
一筋切れ目をいれ、溢れ出した粘液を素早く扉の隙間に塗りたくる。
粘着力の高い粘液は扉の隙間に入り込むとガッチリと扉を固定し、瞬く間にただの壁へと変貌させた。
これならば押そうが引こうが扉を壊さない限り開くことはない。
扉を密閉できたのを確認して次の扉へ。
通路の逆側の扉はルシーが請負い、まるでこれを生業とする職人の如く俺たちは次々に寝こける衛兵達を閉じ込めていった。
通路の半分ほどを過ぎた頃、外から国王の演説らしき声が聞こえた。
拡声魔法を使っているのか、少し声にぼやけるような雑音が混じっている。
ーー急げ急げ
ルシーが立てた作戦ではこの国王のお言葉とやらの途中、盛大に邪魔を入れてやるのを戦いの合図にすると言っていた。
俺たちの目的は記念祭をめちゃくちゃにし、この国を壊滅、又はそれに近い状態に追い込むこと。
王の言葉中に仕掛けるなら通路の残りをやっている時間はない。
それに、まだ二階の部屋も残っているのだ。
ある程度で切り上げなければ間に合わない。
「なんだ、これは」
入り口の方から声が聞こえた。
ーー起きてきたかっ
二階の奴らの誰かが起き出し、下に降りてきた様子だった。
ばっとルシーと顔を見合わせる。
しかしまだバレてはいない。
こっそりと近寄って黙らせてしまえば……。
しかしあの男、下を見て何をやっているのか。
「水溜まり……?」
地面を見つめ、首を捻った男のその言葉に寒気がした。
何故あそこに水溜まりがある?
跡が残らないように俺は、通ってきた場所に水虫を撒いてここに……。
言いつつ、自分のこれまで通ってきた場所を見て気づく。
ーー水が、消えてない!?
地面へと落ちた水溜まりは消えていなかった。
確かに目に見えてしまっていた。
だが何故だ。
水虫はーー。
注視すると、水虫は確かに水溜まりの中に落ちていた。
昨日見た時にはあっという間に吸水していた程度の水の量、その中に。
ーーあれは
水虫は水を吸い込もうとしていた。
水虫が身をよじり、水面に波紋が浮かんでいる。
少しずつ水虫の身体へと水が吸い込まれる。
しかし、水虫は吸い込んだのと同じ量の水を身体から吐き出した。
悶えるように身体を動かし、ぐねぐねと暴れている。
視線を辿れば、ここにくるまでに放ってきたどの水虫もが、同じような挙動で水溜まりの中で蠢いていた。
一体何故……。
「っ」
不意に視線を落とした先に答えはあった。
腰につけた布袋。
水虫を出し入れする為に取り付けていた布袋が裂けている。
といってもさほど大した裂けかたではない。
袋の口と並行に線が入るように切れている。
水虫はその渇いた身体を潤すため、近場の水分を吸収し、身体に吸い込む特徴がある。
だが、吸い込む量、吸い込める量は無限ではない。
充分に水を吸収した状態の水虫ではいくら水に触れた所でその特性を発揮しない。
俺は昨日、身体がびしょびしょになるほど酒を被った。
この布袋が裂けているということは中にいた水虫にも染み込んだのはまず間違いない。
とはいえ、あの程度の酒の量では充分な水分を取ったとは言えないはずだ。
ならば何故水虫はあんなことになっているのか。
ぴちゃぴちゃと水音を立て、水を吸い込んだかと思えば吐き出し、苦しそうにもがくその姿。
明らかに異常をきたしている挙動。
ぴんと頭の中で繋がった。
そうだ、あの水虫は水ではなく、酒を吸収したのだ。
ああして水を吸い込めず、吐き出しているのは身体がおかしくなっているから。
酔っ払っているのだ。
この宿舎で眠る衛兵達のように、水虫は酒を吸収したことで酔っ払い、正常に水を吸収できなくなっている。
まだ充分な水分を吸収していないはずの水虫達があの量の水溜まりの水を吸収できないのはそのため。
ーーくそっ、いきなりしくじった
扉が固まっているかに気を取られ、水溜まりの水が消えているかを見なかった。
昨日は問題なかったと確認を怠った。
だがそもそもとして何故布袋に傷がついている?
昨日大丈夫だったといえばこの布袋も昨日潜入した時点ではこんな傷など……。
回転する思考が記憶にある昨日の出来事をさらう。
宿舎を出て、外壁に仕掛けを施して、酒を買ってルシーの隠れ家へーー。
どこにも問題はなかったと思った時、ふと思い出す。
ーーそういえばルシーを庇った時
落ちてくる窓の破片やらから守った時に妙な感触があった。
何かが擦れるような、直後に酒瓶が地面に落ちてーー。
ーーあの時かっ
古くなっていた布袋が裂けたとすればその時だ。
その時しか考えられない。
「なんだこの水溜まりは、どこに続いて……」
訝し気だった男の表情が変わる。
「侵入者だ! 起きろ! 誰かいるぞ!」
ーーまずい
「なんだってんだ……」
男の叫び声に反応して寝癖のついた別の男が眠そうな声を出しながら、階段を降りてきた。
「入口から通路まで水溜まりが続いてる。消え水の跡だ!」
「何っ?」
男に言われる通りに寝起きの目を擦り、寝癖男がこちらを見やる。
かっとその目が開く。
「本当だ……! 起きろみんな! 侵入者だ!」
声に反応し、ぐっすりと眠っていたはずの部屋の男達が続々と起き出す。
「なんだ、うるせぇな」
「あっ、おい! 扉が開かねぇぞ!」
「何!?」
入り口に一番近い部屋の衛兵達の声。
広がる騒ぎにあちこちで混乱の声が広がりだす。
裾を引かれた。
視線を向ければルシーが、どうしようと言いたげな表情で顔を強張らせている。
がたがたと扉を叩く音が鳴り響く。
「突破するぞ! ここから出る!」
俺はルシーを抱え上げ、通路に溜まり出した衛兵達の中へ突っ込む。
「なんだ!?」
「おわぁぁぁ」
「誰だ! 誰かいる!」
剣を横に、集まった衛兵をなぎ倒し入り口に向かう。
ばたんと勢いよく入り口の扉を閉め、押さえつける。
「しゅ、グロスト! どうしよ、まだ全然、二階なんか一つも塞げてないのに!」
「中はもう無理だ! それより、もちもち草を早く! ここを塞げ!」
びくりと驚いたルシーが慌てて扉の隙間に粘液を詰めていく。
宿舎の中は蜂の巣を突いた騒ぎとなっている。
事態を把握してない奴が大半だが、時間の問題だ。
すぐにでもこっちにやってくるだろう。
ここを塞がないと、昨日の準備が無駄になる。
「で、できたけど、この後は? 壁の外に行く時間が!」
「今考えてるっ」
本来の作戦は、ここの部屋、扉を塞ぎ。
時間を稼いでいる間に国の外へ行って滑り石をばら撒き、壁を壊す予定だった。
壁を壊せば、谷から吹く風が直に国の中へ吹き付ける。
そうなれば仕掛けたふわふわ草が反応し、空高くへと隔離してくれる。
そんな算段だったのだが。
ーー壁を壊す時間が……。いやそれどころか壁までいけるかすら怪しいか
二手に分かれ、ルシーを壁の方へ行かせて俺がここで耐え凌ぐのは……。
ーー無理だ。どれだけルシーが速く向かった所で滑り石が壁を壊すまでこっちが持つわけがない。
どうする。
何を、どう行動するのが正解だ?
「外だ! 敵は外にいる!」
「まだ寝てる奴は叩き起こせ! 扉はぶっ壊しちまえ!」
中から怒号が飛び交うのが聞こえる。
こちらに近づいてくる足音。
そして扉を押さえていた腕を伝い、身体に衝撃。
「う、うくっ。グロスト! 出てきちゃう!」
どん、どん、と大きな音が鳴る。
いよいよ時間がない。
壁を壊す方法……、何か、何かないか。
「閉じ込められてるぞ! 武器だ! 槍を持ってくるんだ!」
「誰だ! 外にいる奴!」
休みの衛兵が多いのが仇になった。
二階にいた衛兵が丸々起きてくればそれだけでこの扉は容易く破られてしまう。
「そうだ! 風の棒は? あれで風を起こしてーー」
「効力切れだ、どっちの棒も。もうただの鉄の棒になっちまった!」
ルシーが言い切る前に言葉を被せる。
風の棒はもう何の力も宿っていない。
こんなことなら風の一族にもう一度頼んでおけば良かった。
バキバキ、と何かが壊れるような音もしている。
部屋に閉じ込めていた衛兵達が扉を壊しているのだろう。
壁を壊す方法……。風を起こすには……。
ーーもうここで始めるしかないか?
何も思いつかない。
今ここで奴らと戦うほかに俺たちに取れる選択肢など……。
「うらぁ!」
「突き破れぇ!」
どん、と一際強い衝撃が走り、扉の板を突き破り槍の穂先が顔を覗かせた。
「ダメだ! グロスト! もうこれ以上は抑えられない!」
切羽詰まったルシーの声。
くそ、せっかくの計画がいきなり頓挫した。
もう少し作戦を詰めるべきだったか。
しかしそんなことを言ってもしょうがない。
やるなら先手を取って、
「戦うぞ! 笛の準備をしろ! 出てきた奴をまず俺がーー」
言いつつ、剣を構えた所でポロリと懐から何かが溢れた。
反射的につかみ取ったのは、
「これ、緑龍の……」
それはいくつか偶然手に入れることができた緑龍の鱗。
背嚢に入れておいたつもりだったが知らぬ間に懐に紛れ込んだのか。
「待てよ?」
手にした鱗を見る。
緑龍は、攻撃から身を守る風を発生させていた。
他ならないこの鱗に一撃を入れればその都度、身体を吹き飛ばされるほどの風が噴射された。
「……」
もしかしたら。
龍から剥がれ落ちたこの鱗にそんな力があるのかどうかはわからない。
だが、この状況。
「ルシー、下がれ!」
笛の準備をしていたルシーを下がらせ、地面へと鱗を放る。
同時、扉を突き破り中から武装した衛兵の姿が見える。
「あぁぁぁ!」
衛兵達が扉を越える寸前。
勢いよく鱗へと剣を叩きつけた。
ーー腕が弾き飛びそうな衝撃が走った。
鐘でも鳴らすかのような硬い音が鳴り響き、辺り一面に広がっていく。
瞬間、沈黙していた鱗に光が灯る。
叩き起こされた緑龍が咆哮でもするかのように。
強烈な竜巻が巻き起こった。
「掴まれ!」
呆気にとられていたルシーの腕を捕まえて手繰り寄せる。
抱き抱えたルシーと共に後ろへ尻餅をついた。
吹き荒れた竜巻が飛び出そうになっていた衛兵を中へと押し込む。
宿舎を、竜巻が包み込む。
建物の軋む音。
ずんと、僅かに揺れる地面と共に。
「宿舎が……浮かび上がった……」
ルシーは何が起きたのか分かっていないようで、唖然とその光景を見ていた。
宿舎の外壁に貼り付いたふわふわ草が浮力となり、竜巻の勢いに乗って上空高くへと上昇していく。
「とりあえず作戦成功。だな」




