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一話


「じゃあこの値段で買うからな!」


「……あぁ」


武器屋の親父のうるさい声を背中に浴びながら、店の扉をくぐる。


「へっ、まさかこんな剣がこの値段で手に入るとはなぁ」


「……っ」


嬉しそうな声で呟く武器屋の親父に俺は思わず足を止めて、


「だぁ! 決心が鈍るからごちゃごちゃ言うんじゃねぇ!」


きっと叫びながら睨むと親父は特徴的な傷跡の残る鼻を掻きながら、


「もうこの剣は俺が買い取ったんだ、ごちゃごちゃ言わずに黙るのはお前さんのほうだ」


ふんと鼻を鳴らす親父を再度睨みつけた俺は奥歯を噛み締めて正面に向き直った。


「まいど」


背中に感じる重みがないことに、予想以上の喪失感を覚える。


軽い。


身体が動かしやすくなり、背なかに風が当たることに違和感を感じる。


どうにももやもやした気分を抱えながら、一歩。


「はぁ」


さっそく後悔し始めている自分に少し嫌気がさしながら、ため息を一つ。


――――いや、いいんだ


無理やりに自分に言い聞かせ、俺はとぼとぼと歩き出した。


※※※※※※※※


その日、変な女に会った。

人生史上間違いなく一番と言っていい不思議な女だ。


これまで共に旅をしてきた剣を武器屋で売り飛ばしたその足で、俺は酒場へと向かっていた。


この国に来て何日かたつが、どこの酒場で飲んでも碌な酒が飲めないとたどり着いたのがここ『膝くずれ』だ。

吐くまで飲めとの意味が付く名前の通りに店のあちこちにうずくまる客の姿がある。


明らかに朝から飲んでいるだろう大量の空杯が転がっているところを見ると、何か祝い事でもあったのか。

まったく羨ましい限りだ。


「ふぅー」


なみなみと注がれた中身の半分を一気に飲み干す。

身体に流れ込む酒精がかっと身体を熱くした。


味は他の店と変わらなくても、ここはとにかく一杯の量が多い。

この『膝くずれ』によく足を運ぶ理由がそれだ。


金に困っているわけではないが、どうせなら一番得する場所で飲もうと思ってしまう。

金遣いが荒いわけではないし、だからといって貧乏性の気もないはずなのだが、これはもしかしたら人間の本能なのやもしれない。


そんなことをひとりごいていると周りがにぎやかになってきた。

先に来ていた者の仲間が合流し始めたらしい。


もうじき夕暮れとはいえ、まだ酒を飲むには早い時間だというのに、店の中はなかなかに盛況に見える。


注文した料理をつまみながら辺りを見渡すと誰も彼もが人連ればかり。

新しく店に入ってくる者たちも皆楽しそうにしており、一人で飲んでいるのは俺くらいのものだった。


「楽しそうで結構なことだよ……」


手慰みに懐から行商で戯れに買った笛を取り出す。

銀色の光沢にわずかな錆が掠れ、細い傷がちらほらと表面に浮かんでいる。

派手に装飾されたその笛は行商の老婆曰く『魔法都市』の代物らしい。


「嘘くせぇけどな」


魔法都市……噂には聞いたことがある。

信じがたいことにその都市は神出鬼没。姿をくらませると次に現れるのは以前目撃された場所とは全く別の場所に現れそしてまた気づいた時にはそこにあったことが嘘のように消えるという幻の都市。

この場所からはどれもこれもが奇怪な魔道具が手に入るらしく、中には売れば一生を約束されるほどの金が手に入るほどのものもあるとかなんとか。


あの老婆が何をもって魔法都市のものと称したのかはわからないが、思わずその言葉の珍しさに金を払ってしまった。

頭ではどうせ紛い物だと疑っている。

なのにどこか心の隅っこでは「もしかしたら」と期待してしまっている自分が否定できないのは、今笛を手に持っている事実を見ればわかってもらえると思う。


一抹の期待感を胸に口にくわえる。


「ひゅー、ひゅー」


紛い物だった。


その笛はどうやら不良品らしく、いくら口に含んで拭こうとしても空気の漏れ出る音だけが空しく鳴る。

ゴテゴテと仰々しい装飾の施された高級感ある見た目とは裏腹に、その音色は美しさをどこかに置き忘れていしまっていた。


空気を送る力加減を変えようとも指先ほどの変化すらなく、力めば力むほどにこちらをあざ笑うかのように調子はずれの音を鳴らす。


常に一定。

ひゅーひゅーと鳴る間抜けな音はすでに何度聞いたかわからない。


一向に思い通りの音色を出さない笛を睨みつける。


「はぁ」


口からその笛を離し、少し乱雑に卓の上におく。

知らずのうちにため息がこぼれた。


まだその隣にあるナイフでも買っておいた方がましだったかと、杯を煽る。

ハズレをつかまされた苛立ちと、そんな苛立ちを覚えている自分に対するしょうもなさが滑り落ちる酒と共に腹の中で混ざり合う。


この頃何をやってもこうだ。

どんなに美味い飯を食べようと、酒を飲もうとも満たされない。

口の中に残る苦みのような感覚がまとわりつき、気晴らしをしようにもどうにもうまくいかなかった。


一体どうしてしまったのか。


心当たりはまるでない。


なさすぎるほどに俺は充実している。その自覚があった。


仕事はうまくいっている。

正確にはすでに引退したから「うまくいっていた」か。


懐にある金は優にこの先楽に暮らしていけるほどには溜まり、無理して動かずとも生活できるだけの余裕がある。

その気になれば家を構えることも可能だ。

この国にはまだ来てそう日にちは立っていないが、よさそうなところがあれば腰を落ち着けてもいい。


名声は必要ない。

人にあこがれを受けるような存在になりたいわけでもない。

あんなものはやたらめたらに理想を押し付けられるだけで息苦しくなる。


「……」


思い出す記憶は口の中を苦くした。

眉を顰め、洗い流すように酒を飲む。


ならば。


俺は一体何を求めているのだろか。


ふと今までの人生を振り返って思う。

旅に出て、魔物を狩り、仲間と共に冒険をして、いくつかの場所ではそれなりに名の知れた存在になり果てた。


だがその旅も終わった。

家庭をもつというのも選択肢だろう。

だが積極的にその選択肢を選ぶ気にもなれなかった。


食うに困らない、満ち足りた生活を送る者はその先、どのような人生を送るのか。

ひたすらに娯楽を求め、ぶらぶらと過ごした末には何があるか、なんとなくそれは自分の求めている答えではないと悟りながらも身体はこうして酒場で胃をみたし、満足した気になろうとしている。


「……」


空になった杯の中を睨みつけるように見つめていると、ざわざわ店の外が何やら騒がしい。


「――――が今――――の通りにいるらしいぞ」


「それ誰が見たんだ」


「わからねえけど、見たってやつがいるんだよ!」


肝心な部分は聞き取れないが、誰だかの有名なものがいるらしい。

外から店に入ってきた客たちが興奮しきった調子で話している。

病が感染していくように、又聞きした人間があやふやな話を料理の肴にと広め、ざわめきは芋づる式に大きくなる。


騒がしすぎるのは好きじゃない。

今日はもうそろそろ帰るかと椅子に手をやったところで、


「ぺらぺら、ぺらぺら、良くこれだけ盛り上がれるねー」


外套のフードを外さぬまま、隣りの席に謎の人物が腰かけてきた。

高い声音から察するにおそらく女。

外套からでもわかる曲線を帯びたシルエットを見て確信する。


――――誰だ?


この店に通っている間には見たことがない奴だ。

流れのものだろうか。


「娯楽がないからな、噂話くらいしか楽しみがないんだろ」


その噂話すら楽しめない自分を皮肉りながら言う。


「ふぅーん」


すると帰ってきたのはからかうような視線。


「なんだ?」


「キミは違うの?」


「見ればわかるだろ、一人で何を話すんだ」


まぁたとえ二人だろうと三人だろうとあまり変わりはない。

どんなに野次馬がいのある話があろうと、それについて話し合う楽しさを俺は見いだせないだろうから。


「…………なるほどぉ、さては寂しいんでしょー? 私が話し相手になってあげよう!」


そういって声高く料理を注文したかと思うと本格的に居座り始めた。

フードを下ろし、ふんわりと柔らかそうな髪が流れる。

恐ろしくきれいな金の髪。

随分と美しい女だった。


「別に寂しくない、今丁度帰ろうとしていたところだ」


「あぁ、ちょっと立たないでよ。だったら私に付き合うってことにしとくからさ。ほら」


卓に手をついて立ち上がろうとすると、女が腕をつかみ座るように促した。

こっちが折れてあげるから、と何故か聞き分けのない奴のように扱われている。


なんなんだこいつは……。


突然やって来て、何が目的だ? 

たかりに来たのか?


「言っておくが金は出さんぞ、今頼んだやつも払わないからな」


「はいはい、私が払うから大丈夫よー」


「……」


わからないが、一緒に飲みたいということなのか。

あっという間に我が物顔で卓を占拠し始めた女を眺める。

やはり改めてみても綺麗な女だ。

整った顔立ちで、ニコニコと楽しそうに料理をつまんでいる。

外套に隠れてはいるが体つきも妙に引き締まっているのが見て取れる。


…………考えれば別に毛嫌いすることもない。


俺は立ち上がりかけた身体をもとに戻し、腰を下ろした。


「あ、飲むんだ」


「同じのもう一杯!」


大きく注文を叫んだところでこちらを見ている女に向き直る。


「その恰好、お前も他所から来たのか?」


「そう、谷の向こうからわざわざね」


谷というと、


「龍の谷か? 一人で越えたのか?」


龍谷とはこの国の北側から東にかけて存在する巨大な谷だ。


あの谷には名前の通りに龍が住んでいるとの話。

女の身一つで越えるにはいささか難しいと思ったが。


「もちろん回ったよ、危ないから」


「まあ、そうだよな」


運ばれてきた料理をひょいひょいと口に入れながら、女は答える。


「キミは? この国の人間?」


ちらりとこちらを一瞥した女は問う。


「いや、俺の生まれは違う。この国には数日前に来たばかりだ」


「へぇ~」


足から頭までを視線が移動する。

見定めるようにこちらを見る女は少し間をあけて、何事か頷いていた。


「俺の恰好が珍しいか?」


さほど特徴のない、至って普通な格好だと自分では思っていたがそうでもないのだろうか。

思わず自分の恰好を見る。

しかし当然だがおかしい部分はない。

どこも破れてはいないし、汚れがついてるでもない。


「ううん、ちょっとね」


はははと笑ってごまかした女は杯に口をつける。


「なんだかちょっと違和感を感じたから……気にしないで」


「そうか」


「この国へは何しに? 何か有名なものでもあったっけ?」


女は気を取り直すように声の調子を明るくした。

コロコロと響く声は喉に鈴でも忍ばせているかのように透き通っている。

気持のよい耳心地に気分が和らぐのを感じた。


「何というわけでも。ここんところどうにも気分が良くなくてな、何かおもしろいことでもないかと寄ったんだよ」


「陰気な理由だな~」


からかうように女は笑う。


「陰気だろうとこっちは悩んでるんだよ……お前は?」


また一つ料理を注文し、卓の上に残っていた野菜の炒めモノを口に放り込んだ女を見ながら言う。


「うーん、祭りがあるから?」


「祭り?」


何故か疑問形で答える女に確かめるように聞く。

この国の祭りか、聞いたことがなかった。


「一か月後くらいにやるんだよ。前に国を襲った病から数年たったから健康祈願も兼ての」


「病?」


「『魔力感染』。聞いたことない?」


その病の名は聞いたことがある。というか知っていて当然の範疇の話だ。

魔力を持つものに感染してその身を亡ぼす死の病。

感染箇所が黄緑色に変色することまで、おそらくどの国の民でも知っている有名な病。


「いまじゃもうそんな雰囲気はないけど当時は国中から感染者を追いやったらしいからね。そりゃあ陰気な雰囲気だったみたい」


「そら災難なことで」


この国に住むのはやめだなと心の中で決める。


「だから楽しいことを探すんだったら、他の国に行くのが無難だよ?」


「まあこればっかりは他の国に行ったところでさして変わらないだろうな」


どちらかと言えば何をしても味気ないと感じる俺の方に問題がある。

そういって俯く俺を見て、何を思ったか女がずいと顔を近づけてくる。


「それなら、私に一つ提案があってさ」


顔を上げた俺に、女は告げた。


「一緒にこの国ぶっ壊さない?」

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