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 メカニカル・イコライザには、アマバネ工業の中でも一部の人間だけが知り得る特異な技術が用いられている。各メカニカル達の整備を担当するエンジニアは、外部にその技術情報が漏れないよう、特定の人物に制限されており、そういった者達の事をメカニカルの『専属エンジニア』と呼ぶ。


 これからプリムラが会おうとしている『マキバ・ヒナカ』は彼女の専属エンジニアだった。


「ヒナカ。いるかい?」

 

 返答が無かったので、プリムラは扉を開け、勝手に部屋の中へ入った。電子機械と衣類がそこら中に山積みになっている乱雑とした部屋へ。


「いつ見ても汚い部屋」


 思わず小言を呟いてしまうプリムラ。呆れ顔の彼女の視線の先には、薄暗い部屋の中でモニターをじっと見つめる女性がいた。マキバ・ヒナカである。大きなあくびが聞こえてくる。


 プリムラが背後から近付いていくと、彼女の気配に気づいたのか、マキバはゆっくりと振り返り、くまだらけの顔を向けてきた。プリムラの姿を視界に入れた事で、今にも閉じてしまいそうだったまぶたが僅かに広がる。


「やっと帰ってきたか、プリムラ」


「ただいま」


「遅いから、心配したんだぞ」


「それは悪かったね」


 プリムラは悪びれずに言うと、着込んでいた衣服を脱ぎ捨てながら、マキバの目の前に立った。そして、何かを促すようにマキバの顔の前に手のひらを差し出した。


「さあ、どうぞ」


「相変わらず、恥ずかしげもなく」


「僕の身体に欲情するのは君くらいだ、ヒナカ」


「可愛げもない」


 マキバは溜め息を吐きながら、プリムラの腰の辺りにある小さな円形の穴に専用のプラグを接続した。これは、行動中のメカニカル達の肉体や精神の状態を確認する為に必要な作業で、この作業で得られた情報を元に機械肢や機械羽、イコルの循環機構のメンテナンスを行う。


 特に、プリムラのような身体の殆どが機械肢となっているメカニカルにとって、メンテナンスというのは非常に重要な行為であった。これを怠れば、機械肢や機械羽の不調によってインカーネイトとの戦闘で重傷を負う、もしくは命を失う可能性が増加する。





 プリムラのメンテナンスが開始されてから、約一時間が経過した。


「視覚共有デバイスも直した。あとは……」


「まだ何かあるのかい?」


「プリムラ。お前、煙草吸っただろ」


「さあ、何のことやら」


 態とらしく小首を傾げるプリムラ。マキバの訝しげな視線が突き刺さる。


「誤魔化すな。肺のフィルターに染み付いた匂いで直ぐに分かった」


「コウゾウの言った通りだ」


「やっぱりウズさんのせいか……。そんな物吸うのは止めろ。特にウズさんの吸ってる奴は怪しいから駄目だ」


 突如、マキバの両手がプリムラの肩を掴み、不安げな表情を少女の無関心な顔へと寄せる。


「これ以上、私を心配させるようなことはしないでくれ」


 マキバの言葉を耳にしたプリムラにかすかな変化が起こった。無表情だった少女の顔には怒りに近しい物が帯びている。


「……ヒナカ。僕に自由に動かすことのできる身体をくれた事は本当に感謝してる。でも、その恩はアマバネ工業の復興を手伝う事で返しているつもりだ」


 沈黙し、次の言葉を待つマキバ。


「僕の命の短さは知っているだろう? きっと大人になる前に死んでしまう。だから、戦う時以外の時間は僕の好きにさせてくれよ」


 一呼吸置くと、プリムラはウズからくすねていた煙草を咥え、火をつけた。大きく息を吸い込み、吐く。紫煙の香りがマキバの鼻を突く。


「それに、こんな怪しい煙草でも、一本や二本吸ったくらいじゃ僕の短すぎる寿命には大して影響しないさ。……じゃあ、おやすみ」


 プリムラは煙草を咥えながら、部屋を出ていった。その時の彼女の表情は酷く陰っていた。


 マキバは、プリムラの短命に対する覚悟を思い知った。逆に、自分には現実を受け入れる覚悟が足りていない事を認めざるを得なかった。


「サヤさん。どうすれば、あの子を幸せにできますか?」


 両目を閉じて、今は亡き恩師に向けて、マキバは問い掛けた。





 自室の前に来たウズの視界の中に、青色の髪をした少女が現れる。少女は扉の側の壁に寄りかかり、薄汚れた床をぼーっと眺めていた。


 その青色の少女の名前は『アネモネ』と言った。ウズは彼女の専属エンジニアだった。


「何してる」


 ウズが尋ねると、アネモネは顔を上げた。陰気だった面持ちが途端に明るくなる。


「おはようございます」


 丁寧にお辞儀をしながら挨拶するアネモネ。ウズはそれに対して、軽く頷く。アネモネは挨拶に続けて、ウズの最初の問い掛けに対して答えた。


「……ウズさんを待ってました。昨日、調整の続きをすると言っていたので」


「そういえばそうだったな。だが、調整の前に朝食を済ませよう」


「はい」


「マキバは……もう寝ているか。あとは……」


「プリムラも部屋に戻ったら直ぐに寝てしまいました」


「なら、朝食は二人分でいいな」


「はい」


 アネモネはやけに嬉しそうに返事をする。それに反し、ウズはアネモネの専属エンジニアだと言うのに、彼女と二人きりになる事が苦手だった為、少しだけ気が滅入った。

 

 しかし、苦手と言っても、何もアネモネの事を嫌っている訳ではない。別の理由があった。


 ウズやマキバなど元アマバネ工業の職員達の最終目標はアマバネ工業の復興であるが、ウズが求めている物はその途中過程とも言えるアマバネ市の奪還にあった。


 アマバネ市には愛する妻がいて、今も市内に取り残されている。ウズは彼女を一刻も早く助け出したかった。ソフィアの得体の知れない実験の対象になってしまう前に……。


 だが、アマバネ市を奪還するには、妻に会う為には、アネモネの様なメカニカルの力が確実に必要だった。ウズはその事実を途轍もなく不快に思っていた。


 結局の所、少女達を兵器として利用しているのだ。それでは敵であるソフィアと変わらない。しかし、彼女達がいなければ妻の元へは戻れない。


 メカニカルとなった少女達の姿を見る度、ウズは罪悪感に苛まれた。特にアネモネに関しては、数年前に亡くした実の娘に面影が似ている事もあり、罪悪感は更に強まった。


「ウズさん、顔色が悪いですよ」


 二人で朝食を食べていると、アネモネがあどけない表情で、ウズの顔色を窺ってくる。


「少し寝不足なだけだ」


「大丈夫ですか?」


「ああ。……それより、コーヒー飲むか?」


「お願いします。砂糖は多めで」


 ウズは目一杯に砂糖を入れたコーヒーをアネモネの前に置いた。アネモネは一口だけそれに口をつけると、渋い顔をしながら席を立った。


 キッチンの戸棚から角砂糖の入った小瓶を持ってきてテーブルの上に置くと、小瓶の中身が空になるまでコーヒーに入れていく。


 そして、また一口。


「美味しいです」


 アネモネが微笑む。


「……そうか」


 最早コーヒーと言えるかも分からない程に砂糖が混ざった液体を見つめながら、真顔で呟くウズであった。





 翌日、プリムラはとある場所を目指し、夜闇を翔けていた。アマバネ市北方に広がる砂漠に在る巨大なイコル発掘地帯。その近隣の廃墟へ。


 プリムラ達の当面の目標は、他のエンジニアやメカニカルと合流し、戦力を増強する事だった。その為にプリムラは、夜な夜なアマバネ市の周辺にある、身を隠せそうな廃墟や集落に赴き、アマバネ工業の関係者を探し回っていた。


「ヒナカ。例の廃墟に入った。イコルの反応が濃い。ここには何かありそうだね」


『慎重に行動しろ。そういう場所は発掘調査や警備用のインカーネイトが徘徊している可能性がある。昨日みたいにな』


「昨日は何もなかったけど」


『口答えはいい。とにかく注意しろ』


 プリムラの体内にある通信機の音声が途絶える。小煩い専属エンジニアの声が消えた事で、一転して廃墟は静寂に包まれた。


 静けさによって研ぎ澄まされた感覚が、何者かの気配を感じ取る。プリムラはその気配を辿り、廃屋の一つに侵入した。廃屋の中を虚ろな様子で歩く男がいた。


 インカーネイト・イコライザ。警備周回をしていた個体の一つに偶然鉢合わせてしまったのだと、プリムラは考えた。インカーネイトを仕留める為、機械羽の力を使おうとしたが、マキバからの通信が入り、それは阻止される。


『待て。敵は本当にそいつだけか? もう少し周囲に気を配れ』


 プリムラは左手で了解のサインを作り、じっと見つめる。視界共有デバイスによる無言の通信手段だった。


 息を殺し、感覚を研ぎ澄ます。目に見える物だけで無く、音や匂いにも意識を傾け、周囲の生命反応を探る。


 そして、目前にいるインカーネイトとは異なる気配をプリムラは感じ取った。しかし、それは余りにもか弱く、戦う者の放つ気配とは言えなかった。プリムラはその気配を脅威にはならないと判断し、即座に機械羽を変形、インカーネイトを静かに殺す武器を発動させた。


(『シネンシス』)


 プリムラが心の中でその武器の名を呟くと、機械羽は巨大な刃に変わった。機械羽の変形と同時に、プリムラはインカーネイトに向かって駆け出す。


 背後から接近する彼女の足音に反応して、インカーネイトの身体が振り向こうとする。だが、プリムラが先に放った横薙ぎの一閃は、敵が彼女の姿を認める前に、その身体を二分した。


 上下に別れた肉塊が、ほぼ同時に地面に落ちる。ぐちゃり。水気を含んだ音が廃墟に反響した。


 インカーネイトを手早く仕留めると、プリムラはもう一人の気配を辿った。先程、脅威にはならないとした、か弱い気配を。


 その人物はすぐに見つかった。赤い髪をした少女だった。赤毛の少女は大量のコードとプラグを備えた巨大な機械に触れながら、プリムラの姿を凝視している。


「君は?」


 プリムラが尋ねると、赤毛の少女は答えた。


「……サルビア」


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