海より根深きは母の愛
母親の愛を絶対視してはいけない。母はすごいなんて思って、それに甘えてはいけない。そうなるとどうなるか、まあ、気にせず読んでください。
海より根深きは母の愛
あるところにお母さんがおりました。そのお母さんには三人の男の子がいました。子供たちはわんぱくでいつもお母さんを困らせていましたが、お母さんは三人の子供たちを心から愛していたので、そんなわがままもさして気にしていませんでした。
子供たちが外で暴れても、大声で騒いでも、お母さんはおよしなさいというだけで、穏やかに接していました。
ある冬、寒さがひどく、雪の深い年でした。お母さんは風邪をこじらせたのですが、家が村のはずれにあったので、お医者様を呼ぶこともできず、お母さんはとうとう死んでしまいました。
子供たちは大変悲しみました。お墓を掘って丁寧に埋葬し、日々のお花も欠かしませんでした。しかし、子供たちは生きていかなくてはなりません。食事をしなくては腹が減るし、トイレにも行かなくてはなりません。夜になったらそれなりに眠くなるし、かわいい女の子が通り過ぎれば、やっぱりどぎまぎします。
お母さんは子供たちのことが気になって仕方ありませんでした。愛する子供たちを置いて死ななくてはいけないなど、愛情深いお母さんには耐えがたかったのです。しかし体は動きません。死んでしまったのですから当然です。死後硬直も起きてきます。それでもお母さんは子供たちのことが気になって、気になって、後ろ髪を引かれ、この世に未練を残したので、成仏することもできずに、墓の中で子供たちの事ばかり思っていました。ちなみにこの地域ではいまだに土葬です。
冬が過ぎ、春になると、子供たちも悲しんでばかりもいられません。子供たちは毎日畑に出かけて仕事に精を出しました。
春にはすることがいっぱいあります。季節は待ってくれません。畑を耕し、種を蒔き、苗を作り、植え付けをして、そんなこんなで日々は忙しく過ぎていきます。かつてはお母さんがほとんどのことをしてくれたのですが、その頼りのお母さんがいないのですから、自分たちでしなくてはいけません。
とりあえず、やるべきことをして、毎日食事を作り、食べていかなくてはいけません。食べたからには後片付けをしなくては、家の中が腐海の森になってしまいます。家の中をきれいで居心地のいい空間に保つために、片づけをして、ごみを出し、掃除をし、整理整頓しなくてはいけません。
お母さんが生きていたころは、そんなことはすべてお母さんの仕事でした。お母さんは子供たちを深く愛していたので、自分のことはさておき、子供たちのことは完璧にこなしていました。子供たちのことが何より最優先でした。愛をこめて料理をすることはもちろん、自分の身支度や化粧、おしゃれなどは一切構わず、ちょっとした自分の楽しみさえすべて捨てて、子供たちのために、準備万端すべて滞りなく、整えてあげていました。自分は貧相な服を着ていても、子供たちにはきれいで温かい服を用意していました。身なりも構わず、髪の毛を振り乱しても、そんなことは気にも留めず、ただひたすら子供たちのために頑張ったのです。それほど、深い、深い、母の愛でした。そのおかげで子供たちはお母さんが生きている間は何不自由することなく、生活していましたが、お母さんがいないのですから、そんなお気楽なことはしていられません。生きていくために身を粉にして働きました。
もちろんいつも仕事ばかりしているわけではありません。ちょっとした気晴らしや、身の回りの物を飾ったり、おしゃれも必要です。生活には潤いが不可欠なのです。
女の子にちょっかい出すのも忘れてはいけません。身の上の不幸、侘しさ、寂しさを訴えて、女の子たちの同情を買うのは当然のこと、この機を逃したら、もう二度とこの理由で女の子たちを口説けなくなります。口実はとことん、利用するに限ります。
お母さんは子供たちのことを深く、深く、愛していました。神様、子供たちのもとに返してください。子供たちが心配で、心配で仕方ありません。お母さんは墓の中で神様に祈りました。体は朽ち果てていっても、思いは強く、強く、子供たちへの愛で満ちていました。神様、お願いですと、お母さんは墓の中で強く祈りました。
「どうか、神様、お願いです。子供たちを世話するために、私を蘇らせてください。ほかに何も望みません。あの子たちを愛しています。あの子たちは私の大切な子供たちなんです。あの子供たちを残して死んでしまうわけにはいかないのです。あの子たちが心配で心配で、たまりません。お願いです。私を家に戻してください」
お母さんは墓の中で祈りました。ずっとずっと祈りました。お母さんの心からの祈りが、いつしか神様の耳にも届きました。季節は秋も深まり、落ち葉が舞い、木枯らしも吹くようになっていました。日は早く落ち、夕暮れの黄昏は、いかにも人の郷愁を誘います。
お母さんは墓の中で朽ち果てて死蝋化してもなお、思いはそこにとどまり、子供たちのことを思っていました。そして神様に祈り続けました。
「お願い、神様、私を蘇らせて」
神様はその願いを聞き届けました。お母さんは蘇ることができました。一年ぶりに墓を出てたお母さんは喜び勇んで家路につきました。その足元にはぽたぽたと腐肉が足れ、溶けかけた肉や皮膚が垂れ下がり、骸骨にかろうじてまとわりついているほど、腐敗が進んでいます。もはやその形状を表す言葉は、ゾンビ以外残っていません。
お母さんは愛する子供たちのもとに戻っていきます。軽やかとは言えないゾンビの足音が、家に近づいていきました。
みんな、自立、子離れしようね。