第八話 ここに来たのは(前)
今回と次回が、前半の山場になります。
しばらくして、悠ちゃんの荷物の整理なども一段落した頃。
「ねえ悠ちゃん、久しぶりに海ば〔を〕見に行かんね〔行かない〕?」
「うん、そうだね。
ここに来てまだ見てないから。
チョット、日焼け止め塗って来るから待っててね」
その日は、補講が昼からなので午前中はノンビリしていた僕が。
昔、よく一緒に行っていた海に、まだ行ってないの気付き彼女にそう言うと。
ようやく落ち着き、余裕の出来た悠ちゃんが了承した。
と言う訳で、彼女の準備が出来た所で、一緒に海へと向かった。
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五分ほど歩いた所に海があるのだが。
途中、古い家並みを路地を縫って歩く。
この辺りは、割と家がある集落だが。
近所に店屋も少ないので、ある程度の買い物は他でしないといけない。
そんな集落をしばらく歩いてから、線路を渡り松林を抜けると海へと出た。
「うわ〜、海風が気持ち良いね〜」
海に着くと、腰ほどの堤防を渡って吹いてくる。
涼しい風に、悠ちゃんが声を上げた。
今日の彼女はノースリーブの、胸元や背中が開いた。
白地に赤い花柄のワンピース姿であった。
足元も白いサンダルで、見るからに涼しそうだ。
膝より若干、短い丈の裾が風に揺れていた。
「今日は、雲仙が良く見えるね〜」
「天気も良かし、波も穏やかやけん〔だから〕、来て良かった〜」
遠くに見える雲仙も、天気が良い所為かとても良く見え。
丁度、干潮だったので、遠くの方まで干潟が見えている。
そして、雲仙の北にある、多良岳も良く見える。
「私、この風景が好きだなぁ〜」
「僕もそうだよ」
「うん、こんなに雄大な光景なんて、向こうでは見られないから。
いつまでも、ずっと見たいな〜」
そう言って、悠ちゃんがこの風景に対する思いを語っている。
「ここで、この風景を覚えたからかな。
向こうでも、海のある風景が好きで良く行っていたんだよ、一人で」
「でも向こうで、こぎゃんか〔こんな〕風景は無かでしょ」
「うん、だから向こうでは、横浜の海が見える公園とか、山下公園とかに気が向いた時に行っていたの。
そこはそこで、お洒落でキレイで、私は好きなんだけど。
やっぱり、この風景とは違うと思う」
「へえ〜」
「でもね、私がこの海とこの風景が好きなのは、颯ちゃんのおかげだよ」
「え、何でね」
「初めて来た時、家に篭って本ばかり見ていた、私の隣に辛抱強く居てくれて。
それからこの場所に連れてきて、ずっと一緒に居てくれたから、この風景が好きになったの」
「・・・」
「あの頃、私はイジメられていて、寂しい思いをしていたけど。
そんな私に優しくしてくれて、とても嬉しかった」
悠ちゃんと、最初に出会った頃。
僕はその時、悠ちゃんの事を女の子だと思っていたから。
大人しかった彼の側に居て、ずっと語り掛けていた。
それから打ち解けるようになってから、この場所に連れていき。
気が済むまで一緒に居てあげていた。
「ねえ、颯ちゃん。
颯ちゃんは、あの頃から全然変わらないね」
「変わらんかな?」
「うん、あの時と同じように。
女の子になった私を、優しく受け入れてくれたから」
「・・・」
嬉しそうに微笑む、彼女が眩しくて。
僕は照れ隠しに、目の前の風景を見てしまった。
それと共に、悠ちゃんも前を向いて無言になる。
それから午前中と言う事もあり、まださほど暑くは無かったので。
二人は、遠くに見える雲仙を見ながら、しばらく無言でなっていた。
・・・
「・・・ねえ、颯ちゃん」
「ん、どぎゃんしたと〔どうかしたの〕悠ちゃん?」
どれくらい経ったのだろうか、不意に悠ちゃんが僕に話し掛ける。
「私が、ここに来た理由って知ってる?」
「良う〔良く〕は知らんけど」
「知りたいと思わない?」
「う〜ん、悠ちゃん個人の事やけん〔だから〕、知られとう〔知られたく〕無かなら知りたく無かよ」
「クスクス、やっぱり颯ちゃんって優しいんだな・・・」
僕の答えを聞いて、嬉しそうに彼女が笑う。
「男だった時は、小さい頃から女々しいって、いつも言われてて。
さっきも言った通り。
私は男の子達から良くイジメられていて、友達が居なかったんだよね」
それから一転して、とても悲しそうな表情で昔の話をし始めた。
「どちらかと言うと、女の子といる方が楽しかったんだけど。
それも、小学校の高学年になるに従い、段々態度が冷たくなってくる娘が出てきて。
特にクラスの、グループの中心にいる娘に嫌われてからは、女子全体から馬鹿にされ出したの」
それは何となく理解できる。
小さい頃、僕も仲が良かった女の子が何人かは居たけど。
小学校に入って高学年になるに従い、中には魅力やメリットの無い男に対して。
あからさまに、態度が冷たくなって行った娘も居たから。
それが女子の集団の、リーダー格に目を付けられたなら、女子全員でディスられるんだろうな。
仮にそうで無い娘が居ても、同調圧力でそうしなければ、ならなくなるだろうし。
何にしろ、集団化した女子ほど怖い物は無いから。
「それで、男らしくなろうと思ったけども。
やはり乱暴な事とか、他人と競争したりするのが苦手で。
でも、花を愛でたり、動物を可愛がったり、心穏やかにする方が好きだから。
男として生きるのが、段々苦しくなって行ったんだよね」
ああっ、やっぱりそうだったのか。
何て言うか、悠ちゃんと居ると、まるで女の子と居るように錯覚する事があったけど。
元々から、性同一性障害の可能性があったんだね。
聞いた話だけど、TS病に掛かる娘は。
元々から、性同一性障害の子が多いとも言われているから。
本来の性に戻す、天の配慮だと言う声も聞こえる。
「だけど颯ちゃんは、穏やかで大人しくて、乱暴じゃない上。
私の事を馬鹿にしないで、いつも隣で笑って居てくれてた。
だから、私、颯ちゃんの事が大好きだったんだよ」
「ぼ、僕も、悠ちゃんと一緒ん〔に〕居ると。
なんでか分からんとばってん〔分からないけど〕、楽しか〔楽しい〕けど穏やかな気分になるけんがら〔から〕。
一緒ん〔に〕居ったとたい〔居たんだよ〕ね」
「ふふふっ、颯ちゃん、ありがとう・・・」
僕は彼女の”大好き”と言う言葉に、強く反応しながら。
慌てて、悠ちゃんとの話を続ける。
この回は重要だと思い、一番写りの良い写真を選んだのですが。
今頃は、陽の光が余りにも強すぎて、ナカナカ良いと思う写真が無いので。
仕方なく、5月ごろ撮った写真を使用しました。
しかし写真にすると、存在感が薄れるのはどうしてかな?
因みに、海岸の写真の奥に写っている島々は、天草諸島で。
雲仙の写真で、麓に広がる街は、島原の市街地です。