第五話 一緒の夕食
僕はしばらくの間、悠ちゃんが泣き止むまで、彼女を軽く抱き締めていた。
スッカリ変わってしまった悠ちゃんは、小さくて柔らかく甘い匂いのする。
どこをどう見ても、とても可愛い女の子になっていた。
そんな悠ちゃんを抱いていたら、ある事に気付く。
「(ムニュ)」
「(ドキッ!)」
僕の体に当たる、存在を主張する柔らかい物を。
それは柔らかい彼女の体の中でも、特に柔らかく。
しかも、二つもあった。
その正体に気付き、僕は更にドキドキしてしまうと同時に、葛藤し始める。
恥ずかしさの余り、離れたいとする感情と。
その感触をもっと味わいたいと言う、不埒な感情とが同時に起きたのである。
だって思春期真っ盛りの、高校生男子なんだし。
モテない僕が、憧れの”あの物体”の感触を味わう事ができるのだから・・・。
そんな不謹慎な事を考えながらも、僕は悠ちゃんを慰めていた。
・・・
「二人共、ご飯が出来たけん、下りんね〜」
「「は〜い〜」」
悠ちゃんが泣き止んで、しばらくした頃。
母さんから、”夕飯が出来た”と一階から声がした。
涙が乾いた所で、声がしたのが幸いである。
まだ乾いてない状態で、下に行ったら。
恐らく、僕は相当怒られたであろう。
何しろ、悠ちゃんは、母さんのお気に入りの様だから・・・。
そういう訳で、柔らかな感触を名残惜しそうにしつつも、一旦離れ。
二人して、夕食を食べに一階へと下りた。
**********
「じゃ〜ん〜」
「わあっ〜♪」
口から擬音を出しながら、母さんが料理をテーブルに、次々と並べて行く。
その並んで行く料理を見た悠ちゃんが、喜びの声を上げた。
タチウオの塩焼き、タイラギの貝柱の刺し身など。
色々と出る料理の中で、悠ちゃんが注目したのが。
クツゾコの煮付けである。
「これ、これ、これが美味しいんですよね〜」
そう言って、彼女が喜んだ。
この辺りで言われる、クツゾコ、クッゾコあるいはクチゾコと言う魚は。
他の地域で言う、要するに舌平目の事である。
見た目どおりの靴底。
あるいは平べったい体の下に口があって、基本、海底にへばりついているので、口底とも言われている。
これは煮付けが美味しいし、後は煮付けに出来ないほど小さいやつを、フライにしても美味しく。
縁側部分がカリカリに揚がって、小骨まで食べる事ができ。
父さんが、酒のツマミに丁度いいと絶賛している位である。
「ほら、遠慮せんで食べんね」
「はい、ありがとうごさいます」
父さんが、出されたオカズを悠ちゃんに勧める。
「(パクっ)」
「美味しい〜♪」
「ふふふっ、ありがとね」
悠ちゃんが煮付けを、ひと摘み箸で取り口に入れると、喜びの声を上げ。
それを聞いた母さんが、嬉しそうに笑う。
「せやけど〔だけど〕、クチゾコも昔ん〔に〕比べたら小そうなったたい〔小さくなったなあ〕」
「へ、そうなんですか」
「何か、そぎゃんごたんね〔そうみたいだね〕」
父さんが、出てきた魚の大きさを見てそう漏らすと。
悠ちゃんがそう言い。
僕も、一応同意した。
「大きさもそぎゃんやけど〔そうだけど〕。
最近は、タチウオやらタイラギやら、全般的に取れんごつのなっとるけん〔取れなくなってきたから〕。
そん〔それ〕も、干拓が出来てからやね〔だね〕」
「ああっ、それニュースで見たことがありますよ。
諫早湾ですよね」
父さんの言葉に、悠ちゃんが相槌を打つ。
そう、確かに僕の小さい頃と比べても、全体的に魚が少なくなってきている気がする。
また、取れても昔よりは明らかに型が小さい。
「まあ、もっとも、海苔ん〔の〕作業しよる時に使う、薬品の所為とか言う話もあるけん〔から〕。
それだけじゃ無かかん〔無いかも〕、知れんとばってんね〔知れないけどね〕」
続けて父さんがそう言った。
その話は僕も聞いた事がある。
知っての通り、有明海は海苔の一大産地だが。
なんでも海苔の処理時に使う薬品の中には、害のある物もあり。
それをずっと使っていたのも、理由の一つだと言うのを。
ただ、それも可能性の一つであり。
干拓と薬品、その他の複合的な理由が入り混じったの原因では無かろうかと、言う感じにはなっている。
「まあ、堅苦しか話はどぎゃん〔どう〕でも良かけん〔良いから〕。
ほら、もっと食べんね〔食べなさい〕」
「はい」
少し硬くなった場を変えるかの様に、父さんが悠ちゃんに夕飯を薦める。
その言葉に従い。
彼女も美味しそうに、目の前の海の幸を食べる。
「あ、そう言えば、クツゾコは颯ちゃんも好きだったよね」
「あっ、悠ちゃん、そぎゃんか〔そんな〕事まで覚えとると〔覚えてるの〕」
「へぇ〜♪」
悠ちゃんが、僕の好物を覚えていたことに感心していたが。
一方の母さんは、何か含んだ笑みを浮かべた。
今回、出た料理についての補足。
え?靴底の煮付け? 柳川の家庭料理 九州さかな日和。
https://www.asahi.com/articles/ASK6R4643K6RTIPE021.html
タイラギ
https://www.jf-sariake.or.jp/page/maeumimon_tairagi.html
クツゾコのフライは、煮付けに出来ない位、小さいのを揚げるのですが。
これがナカナカ絶品で、小さいからこそ縁側部分までカリカリに揚がって、小骨まで食べる事ができ。
ビールなんかに結構合います。
また、タイラギの貝柱は、ホタテと違い歯ごたえがあり。
刺し身だけで無く、九州の方では粕漬けなどにしたりしてます。