第三話 これから暮らす部屋
この様に、家に向かう車中で、母さんに散々イジられていた悠ちゃんは。
着いた頃には、駅で見た時よりも何だかグッタリしていた。
「ほらっ、颯太。
悠ちゃんば〔を〕、部屋さん〔へ〕案内せんね〔しなさい〕」
「分かったよ。
悠ちゃん、一緒ん〔に〕行こう」
「うん」
車から降り、荷物を車から降ろした所で。
母さんがそう言ってきたからので、僕はそのご命令に従い。
彼女の荷物を持って、僕は家の中へと案内する。
**********
僕は、二階へと上り。
僕の部屋の向かえにある、空き部屋に入った。
しばらく留守にしていた部屋は、焼けて暑くなっていた。
「ほら、ここが悠ちゃんの部屋んなるけんがら〔になるから〕」
「颯ちゃん、ありがとう♡」
持ってきた、彼女のトランクを床に置くと。
悠ちゃんが、にこやかにお礼を言う。
僕は、せっかく車内で冷えた体が、外を歩いている内にまた熱くなったので。
彼女を冷やすべく、急いでエアコンを強冷にし部屋を冷やした。
「叔母さんは、相変わらずだね・・・」
「まあ、昔から変わらんとばってん〔変わらないけど〕。
今日は、悠ちゃんが来たけんがら〔来たから〕、特にたい〔特にだよ〕。
なんせ、昔から、女ん〔の〕子が欲しか、欲しかって言よったけん〔言ってたから〕」
先程の事を思い出したらしく。
悠ちゃんが手で顔を扇ぎながら、引き攣った笑いを浮かべそう言うと。
僕は、少々呆れたように返した。
「ねえ、悠ちゃん。
夏休みが開けたら、こっちん〔の〕学校さん〔に〕転入するとやろ〔転入するのでしょ〕」
「うん、そうだよ」
僕は両親から聞いていた事を確認する。
実は、彼女が家に来たのは、こっちの学校に転入する為だ。
詳しい理由は、ハッキリとは言われなかったが。
どうやら、悠ちゃんが女性化した事と関係があるらしい。
とは言え、何となくデリケートな話題と思われるので。
僕も、詳しく聞こうとは思わなかった。
「で、どこん〔の〕学校さん行くと〔へ行くの〕?」
「颯ちゃんと同じ所♪」
「ええっ〜」
「知らなかった?」
「知らんかった・・・」
・・・
しばらく経ち、冷房も利き始め。
部屋の暑さも落ち着き出した頃、冷房を少し落とし。
「颯ちゃん、荷物は全部来たよね?」
「うん、悠ちゃんの荷物は全部来たけん」
取り敢えず、先に送ってあったベッドに腰を下ろしながら。
悠ちゃんは、僕にそう尋ねる。
ベッドや机など、家具類以外は僕が二階に運んだので。
送られてくる荷物は、大体の事は知っていた。
「私の荷物、ほとんど颯ちゃんが運んだだよね。
ごめんね・・・」
「荷物は思ったごつ〔ほど〕多く無かけんがら〔無いから〕、そぎゃんか〔そんな〕事言わんで〔言わなくて〕良かよ」
荷物の殆どを、僕が運んだのを知っているのか。
申し訳無さそうに、彼女が言うと。
僕が笑って、そう返した。
「でも、荷物が少なかばってん〔少ないけど〕、大丈夫と〔なの〕?」
「ん〜、特に服が、そんなに無かったからね。
私、女の子になって、一年・・・、まだ二年にもなってないから。
他の娘と比べたら、少ないかな・・・」
僕は、女の子にしては荷物が少ないから、その事を聞いてみたら。
悠ちゃんが、そう言ってきた。
特に女の子は服持ちだから、普通だと服類が結構多いはずだと思ったから。
僕が運んだ荷物は重く、恐らく本とかそんな物が割と多かったので、ずっと疑問に思っていた。
確かに言われれば、彼女の今までの状況からすると納得する。
「だから、服とかはコッチで揃えようと思うの」
まあ確かに、普段着程度なら、こちらでも揃えられるし。
小洒落た服なら、足を伸ばして熊本市内とか。
それでも無ければ、遠征して福岡市の方に行けば買えるだろう。
「・・・お世話になる身でなんだけど。
コッチ側の部屋、雲仙が見えないんだね」
「ああ、そうたいね〔そうだね〕。
こっちん〔の〕方は、雲仙とは逆側んなるけんが〔逆側になるから〕」
窓を見て、悠ちゃんが思い出したように言う。
この辺りは、有明海を挟んで雲仙があるので。
ちょっと高い所から、雲仙が見えるのだ。
特に、海に近い方だと、ちょっと開けた場所や。
家の二階とかでも、角度によっては余裕で見ることが出来る。
だから、この辺りの人間にとって雲仙は、ある意味特別である。
もちろん、対岸には雲仙だけでなく、多良岳などの山はあるのだが。
やはり対岸の人間にとって存在感があるし、良いも悪いも影響が大きい。
20年ほど前に噴火した時は、火山灰がコッチまで降ってきたそうだ。
ちなみに家は、五分ほど歩けば海に出る所にあるので。
二階から、雲仙が余裕で見える。
「あっ、そうだ。
雲仙が見たいから、颯ちゃんの部屋に行って良い?」
「うん、良かよ」
「ありがと♪」
久しぶりに雲仙が見たい悠ちゃんは、そう言って僕の許可を求め。
それに対し僕は、素直に了承した。
雲仙は全国的に有名ですが、多良岳はそうでも無いので補足します。
・多良岳
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%89%AF%E5%B2%B3