第二十三話 昼から夜へと変わる時間に
二人で泳ぎに行ってから、少し経った日の事。
「(ペタッ・・・、 ペタッ・・・)」
「(カッ・・・、 カッ・・・)」
夕方になり、陽も沈み、西の空も暗くなりだした頃。
僕と悠ちゃんは、海への道を歩いていた。
数時間前に、夕飯が済んだら一緒に海に来てほしいと言う。
彼女のお願いに応えて、一緒にきていたのだ。
悠ちゃんは、薄いグレーのキュロットスカートに、黒のタンクトップの部屋着のままで来ていたが。
いつもの様に手を繋ごうとせず、僕から少し距離を取って歩いていた。
道を歩いているのは、僕達二人だけで。
聞こえるのは、道を歩く二人のサンダルの音だけある。
悠ちゃんの、何時にも無い真剣な雰囲気に。
僕は何も言うこと出来ず無言になったので、更に歩く音だけしか聞こえない。
こうして、所々街灯の光が見える、海岸への道を二人で歩いていた。
・・・
「あっ、まだ雲仙が見えるね〜」
海岸に出たら、悠ちゃんが遠くを見てそう言う。
海岸には、涼しい海風が吹いているので、ここで来るまでに感じた蒸し暑さは無かった。
西の空は既に、赤みが僅かになり。
夜の黒に覆われ始めていて。
さすがに一時期よりも、若干、陽が落ちるのが早くなった気がするが。
それでも7時を大きく過ぎないと、暗くなり始めなかった。
しかし、その中でも雲仙は。
山の影を、暗くなり始めた空に写して、存在を示しており。
また山の裾野には、島原の街の灯がポツポツと見えている。
「ねえ、颯ちゃん・・・」
そんな山影が見える、雲仙をしばらく見た後。
意を決した様に僕に振り向き、語り始めた。
海風に流される長い髪を、掻き流してながら。
「前に私の事、女の子にしか見えないって言ったよね・・・」
「う、うん・・・」
「・・・だから言うね、私、颯ちゃんの事が好きなの、愛しているの!」
「えっ・・・」
突然、悠ちゃんが告白した。
彼女が真剣な面持ちで、僕の顔をジッと見ながら。
「ここに来るまでは、颯ちゃんとまた昔みたいに楽しく暮らせると思ったけど。
駅で、まるで大人の男の人みたいなっていたのに、昔と変わらず優しい颯ちゃんを見て、一目で好きになったの!」
・・・それは、僕もそうである。
確かに、昔から女の子みたいだとは思っていたけど。
まさか本当に、女の子になってしまったとは思わなかった。
それも、こんなに可愛い娘になったしまって。
僕は一目見ただけで、心を奪われてしまっていた。
「日を追うごとに、颯ちゃんへの思いが強くなって。
それと同時に、不安も強くなって行った。
颯ちゃんが、誰か他の娘と付き合うんじゃないかなって。
それも、本物の女の子とね・・・」
「えっ?」
「あの時、確かに颯ちゃんは、私の事が女の子にしか見えないって言ってくれたけども。
やっぱり、どうしても元男だと言う事を考えてしまうのよ」
僕も毎日、可愛い悠ちゃんを見ている内に、彼女とずっと一緒に居る事しか考えられなくなったが。
まさか悠ちゃんが、そこまで追い詰められていたとは。
僕の考えが甘かった事を痛感する。
僕は彼女とはイトコ同士だから、ここに居る限りはずっと居られると呑気に考えていたのだが。
彼女は、僕が誰か本物の女の子に盗らないかと、不安を抱えていたのだ。
「だからお願い颯ちゃん、ハッキリ答えてくれない・・・。
もし駄目でも、一晩泣いたらまた仲の良いイトコに戻るから・・・」
悠ちゃんの、僕を見詰める瞳が揺れる。
僕の呑気な考えが、彼女をここまで追い込んだ。
僕は、悠ちゃんの事を考えていたように見えるが、実はそうでは無く。
僕が彼女を追い詰めていた。
僕自身、悠ちゃんとの昔の事は。
マンガである”男だと思っていた幼馴染が実は、女の子だった”と言う、ネタでしかないと思っているし。
実際、余り男だとは思えなかった事もあった。
だから、女の子になった悠ちゃんに違和感を感じなかった。
それだからこそ、彼女に”女の子にしか見えない”と言ったのだが。
小さい頃からイジメられて、自分にイマイチ自信が持てない彼女が。
僕が本物の女の子に盗られないかと、不安に思ったのだ。
だから、ハッキリ自分の気持を言って、彼女の不安と取り除かないと。
また逆に、この辺りに居ない様な、こんな可愛い娘は。
存在を知られたら、誰か他のヤツに盗られかねない。
同時に彼女から聞いた、カラオケボックスで何人もの男に言い寄られた話を思い出した。
向こうでもそうなら、こちらで目立って可愛い悠ちゃんは。
恐らく、絶えず男が寄ってくるだろう。
”悠ちゃんは、僕の物だ!”
その事を思い出すと。
いくら呑気な僕でも、彼女に対する独占欲がムラムラと沸き起こった。
「悠ちゃん、僕も悠ちゃんの事が好きたい!」
「えっ!」
「だけんがら〔だから〕、僕の彼女になってくれんね〔くれない〕!」
「・・・うん、うん、嬉しいよぉ〜」
悠ちゃんの目から、涙が溢れ出したが。
しかしその顔は喜びに満ちた、泣き笑いの顔であった。
「颯ちゃん〜!」
「(トン!)」
「(ギュッ)」
悠ちゃんが、僕の名前を言いながら飛び込んできた。
体当たりの様な感じで僕に飛び込むが、けっこう軽い体重なので。
僕は、余裕を持って受け止めると、彼女を抱き締める。
それから僕は、胸に顔を埋め静かに泣く、悠ちゃんの頭を撫でてやった。
・・・
「・・・颯ちゃん・・・」
しばらく僕の胸で、顔を埋めていた悠ちゃんが。
僕の名を呼ぶながら、不意に顔を上げた。
顔を上げると同時に、つま先立ちになったのか顔が急に接近し。
静かに目を閉じて、唇を軽く突き出す。
鈍い僕でも、彼女が何を求めているのかが分かり。
顔を傾けつつ、顔を近づけてゆき。
「(チュッ♡)」
キスをした。
初めの内は、ただ唇を付けただけだが、次第に唇を付けた状態で左右に動かしたり。
あるいは、相手の唇を自分の唇で挟んだり。
または、相手の唇を舌で軽く舐めたりしていると、彼女の体が小刻みに震え出した。
どうやら、キスの快感で膝が震え出したみたいだ。
そうやって僕が、悠ちゃんの唇の感触を味わい。
徐に唇を離すと、膝の力が抜けた彼女が倒れ込むように、僕に抱き付く。
「・・・はあ、・・・はあ。
・・・颯ちゃん気持ち良かったよぉ・・・」
息を切らして、僕に抱き付いていた悠ちゃんが。
ウットリとした口調でそう言うと、僕の胸に頬ずりをした。
僕は、そんな甘える悠ちゃんの頭を撫でてやる。
彼女の頭を撫でながら、何気なく遠くを見ると、もうカナリ空も暗くなり。
微かに白い地平線に、ボンヤリと雲仙が見えていた。
海も黒くなり、海岸から先は全く何も見えない。
思えば彼女との思い出は、何時もこの海と山と共に有った。
小さな頃の男だった時も、女の子に変わって来た時も。
そして今日のこの事も、彼女との思い出の一つになった。
そんな事を思いながら、僕は。
暗くなった、思い出の海と山の近くで、悠ちゃんを抱き締めていたのであった。




