第十三話 颯ちゃんとの思い出
今回まで、悠視点の話です。
私は物心ついてから、余り良い思い出は無いけれど。
とても良かった、数少ない思い出は、颯ちゃんとの思い出である。
初めて颯ちゃんと出会ったのは、私が小学校一年生の頃だった。
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「「こんにちは颯ちゃん」」
「伯父さん、伯母さん、こんにちは」
あれは両親と共に、早めの帰省で父方の親戚の家に向かった時の事。
そこで、叔父夫婦と駅で落ち合い。
叔父さんの案内で家に着くと、そこには一人の男の子が居た。
話に聞いていた、従弟にあたる颯太と言う子だ。
何でも彼は一つ歳下の、まだ幼稚園児らしい。
颯ちゃんは、少しタレ目の優しそうな感じのする子で。
雰囲気も、私がいつも見る子達の様な、乱暴そうな雰囲気では無かった。
颯ちゃんは、私の両親に元気のある返事を返した。
私は、その頃、いつも他の男の子にイジメられていたので。
とっさに、お母さんの後ろに隠れてしまう。
「ほらっ、悠、挨拶は」
「・・・」
お母さんが、挨拶を言うように言うけども。
私は怖くて、声が出なかった。
しかし、そんな私に対して、颯ちゃんは何も言わず。
ただ、ニコニコしているだけだった。
これが、颯ちゃんとの初めての出会いである。
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「悠ちゃん、隣に居っても良か?」
「(コクリ)」
颯ちゃんが私の隣に座り、一緒に本を読んでみたそうなので。
私は頷き、了承する。
その頃、私はいつも一人で本を読んでいたので。
親戚の家に行っても、いつもの様に一人で本を読んでいたのだが。
しかし、颯ちゃんは、少しづつ私に近づき。
いつの間にか、私の隣に居たのである。
それはまるで、知らない犬や猫に近づく様な感じで、私に近付いていた。
それに、颯ちゃん達が話す九州弁は、初め聞いた時チョット怖かったけど。
颯ちゃんは、まるで語り掛ける様に話すので、次第に怖くなっていった。
「ねえ、悠ちゃん、これどぎゃんか〔どう言う〕意味ね〔なの〕?」
「・・・えっと、これはね・・・」
隣に居ても平気だと分かった颯ちゃんは。
次に、私が読んでいる本の分からない所を聞いてきた。
決して、私が嫌がることはしないけど。
少しづつ近付いて行く、颯ちゃん。
結局、私は、彼と打ち解けるのに、さほど時間が掛からなかった。
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「颯ちゃん!」
「もお、くすぐったか〜」
慣れると、颯ちゃんはとても可愛いので。
可愛い物が好きな私は、暑いのも構わずに彼に抱き付く。
でも颯ちゃんも、くすぐったそうにするも。
特に私を嫌がる素振りもなかった。
「悠ちゃん、ここ涼しかけん、ここで寝よか?」
「うん」
昼寝の時も、颯ちゃんと一緒に寝ていた。
まるで、生まれてから一緒の兄弟の様に。
こういう風に、二人はまるで子犬が戯れたり。
一緒に寝たりと言った風な感じで、過ごした。
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そうやって颯ちゃんと、一緒に過ごしていたある日の事。
「悠ちゃん、こっちこっち〜」
「颯ちゃん、まってぇ〜」
突然、一緒に海に行こうと言われ。
彼に手を掴まれて、引っ張られていた。
そうやって、しばらく引っ張られていたら。
「うわっ〜!」
「どぎゃんね〔どお〕!」
海に着くと、目の前には大きな空、広い海があり。
海の対岸には雄大な山々が見える。
「うん、すごいね、ボク初めてみるよ」
雲が多いので、山に薄くモヤが掛かっていたけど。
それでも、その存在感に目を奪われる。
また、目の前の海も、潮が引いて。
広い干潟が、遠くまで続いていた。
「こっ〔これ〕が、雲仙と有明海たい〔だよ〕」
颯ちゃんが得意そうに、そう言った。
へえ〜、これが有明海かあ。
図鑑でみたけど、確か日本一の干満差の海だっけ。
でも、実際に見ると、すごいなぁ〜。
それにあれが雲仙岳か。
これも確か、二十数年位前に噴火したんだよね。
「本で見たことがあるけど、本物は凄いね」
「凄かろ〔凄いでしょ〕」
それから二人は、堤防の上に座り。
色んな話をした。
普段、無口な私は、その時は普段から考えられないほど喋ってしまい。
そんな私を颯ちゃんは、相槌を打ちつつ黙って聞いてくれた。
そうやって、気持ちの良い潮風が来るのもあり。
私は心地良さを感じながら、目の前の風景を二人で眺め一緒に居たのであった。
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そして、とうとう帰る当日。
「(グス、グス・・・)」
「悠ちゃん、泣かんで・・・」
帰るのか惜しかった私は、駅の駐車場で泣き出した。
今まで、他の子と触れ合った事が無かったのに。
ここに来て、颯ちゃんとずっと一緒に居たからだ。
帰ってから、あの味気ない日常に戻るのが嫌だし。
彼との、触れ合いが惜しかったのである。
でも、そんな私を優しい颯ちゃんは、抱き締めて慰めてくれた。
だから、私も颯ちゃんに抱き付いていた。
「ほらっ早く行かないと、電車に間に合わないよ」
「(グスッ・・・)」
電車の到着時間が近づき。
お母さんが、私を半ば引っ張るように連れて行き。
もう時間が無い事を悟った私は、文字通り泣く泣く諦めた。
「颯ちゃん、また会おう!」
「うん、また会おうね!」
私達は、お互い手を振りながら、叫んでた。
それから電車に入り、相手が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
これが、颯ちゃんと出会った最初である。
その後も、三回ほど颯ちゃんの所に行っていたけど。
いつもやることは変わらなかった。
すっと、お互い一緒に居て、くっ付いていたのである。
その後も、颯ちゃんは成長していたものの。
彼自体は、余り変わらなかった様に思えたが。
それから私が女性化して、颯ちゃんと再会した時。
私は、驚いてしまった。
彼は背が高く、肩幅が広くなっていて、大人の男の人の様になっていた。
私が女性化しているのもあるけど、その成長にとても驚く。
しかし、あの穏やかな雰囲気と、優しい笑顔は変わらず。
まるで、優しい大型犬の様だ。
そんな優しい瞳でジッと見詰められた私は、心臓が”ドクン”と大きく波打った。
”ああ、これが恋なのかな”
同時にそんな、確信めいた感情が湧いてきた。
まさか初恋が颯ちゃんだったなんて。
物凄く可愛くて、仲の良い弟みたいな子に恋してしまうとは。
予想だにしなかった。
しかし、ずっと見詰めた事が恥ずかしくなってしまい。
その事を指摘したら、颯ちゃんが照れたように視線を外す。
そんな様子が逆に可愛くなった私が、思わず彼に、抱き付いたのは秘密である♡
一応、九州出身の、悠の父親が若干話すので。
九州弁自体にはある程度、馴染みがあり、意味も理解できるのですが。
ネイティブ、特に田舎の方は方言がキツくて。
関東の人が聞くと、喧嘩している様だと言われます。
ここで、軽い笑い話を一つ。
筆者の家には、親戚に東北の人がいるのですが。
一度、その人と直接電話で話しをしたら。
こちらはコテコテの九州弁、向こうはバリバリの東北弁で、全く会話が成立せず。
自然にお互い、いつの間にか標準語になってしまっていました(笑)。