武器と私と勇者の噂
約三ヶ月ぶりの更新ですね!()
あっという間に朝になった。窓の外の風景には何の変化も無く、人が何人も死んでいるなんて想像も出来ないぐらいだった。朝日に照らされる街並みはどこか幻想的で、いつまででも眺めていられそうな…なんて。
「現実逃避もそろそろ終わりにするか」
結局昨日は一睡も出来なかった。というかしなかった。原因は勿論昨日のこと、見つかってしまったあの死体である。
見つかってすぐはまあ大丈夫だろうと楽観していたが、時が経つにつれて不安が大きくなっていったのだ。やはり少々リスキーだったとしても死体を運ぶか迎え撃つかすればよかったのかもしれない。
「まあ、今更もう後の祭りなんだけど」
同じ結論に行き着いたところで何回も繰り返した思考を切り上げる。結局はこの思考もただの暇つぶしなのであった。ただ単に帰ってきた時間が微妙で、寝るには遅すぎたというだけで。考え事をするのは嫌いじゃない。これが考え事と呼べるレベルなのかは置いておくとしても。
やっといつも起きる時間になったことだし、下に降りることにしよう。
ちょうど朝食が出来上がったところでイザベラさんが起きてきた。いつもよりちょっと眠そうな顔。疲れているのだろうか。
「イザベラさん大丈夫ですか?眠そうですけど。今日も仕事にいくんですよね?」
「おはよう…くぁぁ、大丈夫だ。昨日が…ちょっと大変でな、そのせいだな」
「そうですか…無理はしないでくださいね」
朝食をテーブルに並べたら向かい合って座る。いつも通り、というには回数が少ないが、イザベラさんとこうやって食事をとることが自分の中で日常になっていると感じる。ずっとこんな時間が続いていけばいいのに、なんてありがちなことを考えてしまいそうなぐらいだ。
だけど、そんな日常も必要があれば壊してしまおうと考えている自分がいて、それを心のどこかで望んでいる自分がいることもなんとなく感じていた。
ーー自分はこんな性格だっただろうか?
◇
今日はイザベラさんが早く帰ってくるらしい。
なので今日は自分も早く帰るとしよう。
今日の予定はただ一つ、武器の調達である。もっともいつもの通り神頼みなんだけど。
「あ、そこの君。最近ここら辺危険だからあまり一人にならないようにね」
「そうですか。気を付けますね」
「お嬢ちゃん、もし怪しい人がいたらすぐに逃げるようにね」
「はい。ありがとうございます」
「あ、君、この前火事現場の前であった子だよね?久しぶり!」
「ああ、あの時の…お久しぶりです。怒られてたみたいでしたけど大丈夫でしたか?」
「そうなんだよ聞いてくれ!本当に大変だったんだよ。あの隊長は些細なことでもうるさく言ってくるから…」
「あはは…そんなこと言ってるとまた怒られるんじゃないですか?」
「それを言われるとちょっと怖くなるな…流石に隊長も千里眼なんてものは持ってないだろうけど、真面目に仕事しなくちゃね」
「それが一番ですよ」
「そうそう、少し前から噂になってた“悪魔”だけどこの街にいるらしいから気をつけてね。暗くなる前に帰るんだよ」
「気をつけますね。お仕事頑張って下さい」
そんなこんなで秘密基地に到着。昨日見つかったせいで“悪魔”がここにいることが公式に確定されたらしく、ここに着くまでに何人もの衛兵に話しかけられてしまった。まあ別に疑われているわけではないからいいんだけど、動きにくくなるのは少し困る。
「とりあえず武器をなんとかしてくれ」
(はいはーい。武器って言っても種類があるんだけどどうしたいかな?)
「とりあえずオススメを教えてくれ」
(そうだねじゃあ三通りほど…一つ目は『武器収納』スキルを取得してそのあと武器を手に入れる方法。これだと武器のストックさえあればいくらでも自由に出し入れができるけど、沢山武器を入手する必要があるし武器のスペックは武器依存になる。二つ目は『武器錬成』スキルを取得して自分で作る方法。このスキルだと作るのにちょっとだけ時間がかかるし、材料が無いと自由に武器が作れない上に材料によってはまともに切れるかもわからない。三つ目は『血液操作』スキルを取得して血液で武器を作り出す方法。これなら一応自分以外の血液でも操作できる分使い勝手はいいけど単純に操作が難しい。あと自分の血を使い過ぎると貧血になるのが難点かな。使う血液の量を増やせば増やすほど強い武器を作れるけどね)
「…その三つの中なら最後のやつがいいな。『血液操作』ってやつ。怪我した時に出血を止めることも出来るだろうし、血ならどうせ沢山余るだろうからな」
(一応忠告しておくけど本当に難しいからそれを選ぶなら覚悟しておいてね)
「どうせ今日も時間はまだ沢山あるんだ。『血液操作』スキルを取得するよ」
(わかってるならいいけど…はい。これでいいよ)
いつものように体が薄く発光してすぐに戻った。これでもう『血液操作』スキルが使えるようになったということだ。
「それじゃあ早速練習してみるか…」
(ちょ!?待って待って!)
早速使ってみようとすると焦ったハオスが止めてきた…何気にこいつが焦っているのを見るの…聞くのは初めてかもしれない。
「急にどうしたんだ?」
(いやいや、だって今体の血流をそのまま操作しようとしたでしょ?流石に初めてでそんなことしたら下手すると死ぬよ?)
「…そうなのか?」
(そりゃそうでしょ。無理矢理血流を速くしたり遅くしたりするんだから。慣れてないまま止めちゃってそのままぽっくり逝っちゃうことだってありえるよ)
「じゃあどうすればいいんだ?」
(とりあえず掌を少し斬って出血した分を動かしてみるのが一番かな)
「わかった。やってみるよ」
とりあえず言われた通りにやってみる、が。
「全然動かないな…」
手の上の血液はちょっと震えたかな?ぐらいで全然動かない。
(まあ最初はそんなものだよ。アドバイスするとしたら…そうだね、その血も身体の一部だって意識することかな)
「なるほど…あ」
アドバイスの通りにしてみると、掌の上の血がさっきよりも大きく震えたのがわかった。まあ風に吹かれるよりもちょっと大きいぐらいの動きだったが。
とりあえずこの調子で練習を続ければ、自由に動かせるようになるのもそう遠くはないだろう。とりあえず頑張って今日中に自分の血だけでも自由に動かせるようになろうと思う。
◇
「やっと出来たー!」
練習を続けて何時間経ったのか、日が傾き始めた頃になってようやく血に形をとらせることに成功した。
練習中に聞いた話によると使う血の量が多い方が操作がしやすいということなので、この血液の量でここまで操作出来たら十分だろうということだ。
とりあえず、丁度いい時間になので帰ることにしよう。明日は遠隔操作の練習をするとして、今日の夜はスキルの実践だ。
「それじゃあ帰るぞ」
気持ちよさそうに日向ぼっこをしているグラに声をかけるとすぐに頭をあげてこちらへ歩いてきた。
昨日死体が見つかってしまった理由の一つにはグラが近くにいなかったというのがある。というわけで取得したのが『使い魔召喚』スキルである。
これを使えば、たとえグラがどこにいようと召喚出来るという優れものだ。まあ召喚完了までに三秒ぐらいかかるのでとっさに使えるようなものでもないのだが、どうせまた同じような事で困る未来が見えていたので取得したのだ。
このスキルで今まで手に入れて魂はほぼ使い切ってしまったらしいが、まあいいだろう。
また、最初に貰ったナイフを手に入れるにはどうしたらいいかを尋ねてみたが、なんと百人分の魂が必要らしい。
そもそものスペックが高いというのもあるが、魂を物質に変換するのには追加のエネルギーリソースが必要になって、その分魂の必要量が増えるとかなんとか。その点スキルについてはほぼ魂と同質のものだから作るのも付与するのも楽だという。ちょっとよくわからないが。
街に戻ってみるといたるところに張り紙がしてあった。その内容は、『この街に潜伏している悪魔の名称を《心臓喰らいの悪魔》と定める。何か情報を持っているものは教会まで』というものだ。
これからは夜の巡回も厳しくなるだろうし気を引き締めないといけないな、なんて考えて俺は家に向かって歩いていった。
◇
「おかえり。遅かったな」
家に入ってすぐに声をかけられる。イザベラさんだった。
「ただいま帰りました。…帰ってくるの遅かったですか?」
「いや、私も今帰ってきたところだ。それに子どもは外で遊ぶものだからな!全く気にしなくていいぞ。むしろもうちょっと帰ってくるのが遅くても良かったぐらいだ。…ああ、まあ今は外は危ないからあまり遅くなるのは良くないんだったな」
それから少し話したあと、夕飯をとるために、この街で一番足を運んでいるといっても過言ではないお店、『青の帽子亭』へ向かった。
席について注文を済ませたらお互いに今日あったことを話す。
言えないことが多いので当たり障りのないことばかりだが、そんな話でもイザベラさんは笑って聞いてくれる。俺の話が終わったら次はイザベラさんの番だ。イザベラさんの話は今日やった仕事のことが中心だが、その中で一つ気になる話題があった。
イザベラさんは冒険者になる前にも何か仕事をしていたらしいのだが、その頃の同僚から聞いたという話。それは、『《勇者》が召喚されたらしい』というものだった。
イザベラさんの前職がなんだったのかは教えてくれないのだが、恐らくは神殿関係者なのだろう。しかしそんなことは問題ではない。大事なのは召喚されたという勇者の名前。
『カンダ・ナギサ』
それは俺の知っている名前で、漢字だと恐らくこう書くのだろう。
『神田渚』
そいつは俺が生前殺そうとした相手で、そいつは俺に…
「ん?クリューエル、大丈夫か?」
「あ、少しぼーっとしてしまってました。お腹いっぱいになったらちょっと眠たくなっちゃって」
「そうか。じゃあ私も食べ終わったし帰るか?」
「はい。そうしましょうか」
早く帰って人を狩りに出かけよう。せっかくのこの世界であいつを殺すチャンスが巡ってくるなんて運命だ!前世では実行する前に死んでしまったけど、今回は絶対に実行できる。
生前は最初から最期まで、あいつを殺そうと思うのになんの理由もなかったけど、今は違う。勇者と悪魔というだけで理由としては十分だ。
「それじゃあおやすみなさい」
「じゃあまた明日な〜」
何があってもあいつを、神田渚を殺す。確実に完膚無きまでに叩き潰す。
そのためにもまずは自分の強化だ、と、グラを召喚し、夜の街に飛び出した。
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【今回の殺害人数】
0人
【total】
三十五人
【獲得スキル】
『血液操作』『使い魔召喚』