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日中貴文の終着点

 僕は気が付くと真っ暗なところにいた。なぜこんなところに来たのかはよくわかっている。自分の身体は以前と違いしっかりと人の、日中貴文の姿をしていた。初めてここに来た時に人魂の姿になっていたのはこうやって人の姿を保てるほど魂の総量が多くはなかったかららしい。それが今これだけはっきりとした姿になれるのは…


「やあひさしぶり」


 あの時と同じように、目の前に黒髪の笑みを浮かべた胡散臭い男…ハオスが現れた。


「"クリューエル"は…死んだんだね」

「変なことをいうね。クリューエルは君だろう?…まあ君の人格の一つが消えたのは確かだね」

「それで、僕はこれからどうなるの。なんで、僕はこんな目に合わなきゃいけなかったの」


 ハオスに問いかける。そもそもなんでこうなったのかもこれから僕がどうなるのかも分からない。だけどたぶん死ぬより怖い目に合うんだろうということだけは予想がついている。だって、目の前にいるこの男は"邪神"なんだから。


「まあまあ、ちゃんと説明するからそう焦らないで。まずは僕がどういった存在なのか話そうか」


 そうしてハオスは語り始める。


「主観時間で結構な昔、もともと僕は地球の学生だったんだけどね、ちょうどあの勇者ちゃんみたいにあの世界に召喚されたんだよ。クラス全員で」


「僕たちを召喚した神様は娯楽が好きな神様でね、別世界から攫ってきた魂たちを争わせたり、神様自身と戦わせたりして楽しんでたんだ。僕たちが召喚されたときは魔王として君臨するその神様をみんなで力を合わせて倒そうっていうテーマだったみたい」


「それでなんやかんやあってさ、食べたんだよね。その神様」


 ハオスは不気味に笑う。口の端が耳に届くんじゃないかってぐらい吊り上げて、楽しそうに。


「それはもう格別でさ、この世のものとは思えないほど絶品だった。まあ実際この世のものではないわけだけどね」


「それはさておき神様を食べた僕は神の力を得たわけだ。暴食の神ハオス誕生ってわけ」


 表情を戻したハオスはこちらをじっと見る。思わず一歩下がったが、ハオスは足音を立てずに目と鼻の先まで近づいてきた。


「それでね、僕の目的なんだけど」


「君を美味しく頂くことだよ」


 ーーもちろん食事的な意味でね。


 ◇


 ハオスはこれは家庭菜園のようなものだという。地球から美味しそうな魂を貰ってきて、それを自分の世界で育て、食べる。

 なんでも魂には器のような核の部分とその内側に溜まるエネルギ―で構成されているとかで、内側に溜まるエネルギーがある程度の量になればそれに伴い器も大きくなり、さらに多くのエネルギーを生み出せるようになる。それを繰り返すことで生物の魂は少しづつ成長していくらしい。一般的な世界の神様はある程度成長した魂から余剰分を回収することと、あとは信仰心とかで力を増やしていくのだという。

 ただ、ハオスの場合は魂の吸収により味覚が刺激されるらしい。別に美味しい魂も不味い魂も得られるエネルギーは大して変わらない。だけど、だからこそ美味しいものを食べたい。そのために乗っ取った世界をお気に入りの魂を育てるための養殖場として管理し、気に入ったものをその中で面白おかしく育てているのだと。

 僕が選ばれた理由も教えてくれた。まあ話の流れでわかっていたことだけど、僕はとても美味しそうだったらしい。あの日死んだから僕はここに連れ去られたのではなく、どんな風に連れ去るかを考えているときにちょうどよく僕が死んだのだと。

 僕の死も、妹と親友の死も、ハオスは一切関わっていない。ハオスが直接手を出したのは僕を刺した犯人と神田渚ぐらい。


「というわけで君が悪かったのは運ぐらいで、他は何の問題もなかったんだ。これでどうしてこんな目に遭っているのかっていうことの説明にはなったかな」

「…納得はできないけど」

「それはご自由に。関係ないしね」


 ハオスは話を続ける。


「普通、魂の成長っていうのは結構な時間がかかるものなんだよね。自然に今の君のサイズにしようと思ったら数万年ぐらいかかるんじゃないかな」


「そこで僕はある方法を考えた。器は中身が溜まれば大きくなるんだから、とてつもない大きさの器ができるぐらい中身を注いでやればいいってね。まあ破綻しないよう実現するのにはなかなか骨が折れたけど、幸い元になるシステムはあったし何とか成功したんだ。今の君みたいに」


「本来魂の内側のエネルギーっていうのは経験とか、感情とか、思い出とかそういったものの上澄みなんだよね。それらは核から生み出されてるから核の一部になっても何の問題もない。だけど無理やり注いだエネルギーはそのままじゃ馴染まないし、仮に馴染んだとしても味が変わっちゃうんだよ」


それじゃあ本末転倒だよね、とハオスは笑う。


「そこで一つ工程を挟むことにした。君の場合で言うと、心臓を潰すこと。それによって取り込むエネルギーに君の器の味をつけるんだ。後は魂の内側で馴染ませれば完成。馴染みやすくするためにそのエネルギーをスキルの形にすれば器の大きくなる速度も上がるし、向こうの世界での強さも上がってエネルギーを取り込む速さも上がる。我ながら良いシステムだと思うよ」


「これが君をあの世界に送った理由。クリューエルっていう残虐性を持った人格を付与したのは効率よくシステムを回すためだね。そのまま送り込んでもなんか普通に人生送って帰ってきそうだったし」


 そこまで聞いて疑問が浮かぶ。ハオスは最後の戦いの前、負けそうになったら心臓を潰せばやり直す機会があると言っていた。あれは何だったのか。


「ああ、あれ?ちゃんと思い出してみてよ。あくまで僕はこの空間に引っ張り上げるとしか言っていないだろう?何か言いたいことがあるならほら、今こうやって好きに話す時間を作ってるんだから言えばいい。そもそもあれは遊び五割実利五割って感じだったんだ」


「ゲームとかであるでしょ?どう考えてもバッドエンド直行の選択肢。ゲーマーがとりあえず押してみたくなるやつ。あれと同じだよ。君の向こうでの暮らしも僕にとっては娯楽の一部だし。あとはまああの世界って命を奪った相手の魂をちょっと吸い取っちゃうからね。吸収率は下げてるとはいえ出来るだけ量が減らない方が嬉しいし」


 言葉が出ない。ただ食べるためだけに世話されて、育てられて、こんなのただの家畜じゃないか。


「そうだね」


 こんなの納得できるわけがない!受け入れられるわけがない!こんな…こんな救いようのない話なんて、そんなのあるか!


「それは僕には関係ないよ。君は救いようのない話って言うけど、僕にとってはハッピーエンドだ。植えた苗は無事実を付けたし、なかなか面白いものも観れた。だからそれでこの話はおしまい。次はこれからの話をしようか」

「これから…?」


 耳を疑う。これからの話とは何なのか。もしかして、これからどうやって食べられるのかわざわざ説明するって言うのか。僕に。


「まあ大体そんな感じの話かな。まあそんな怖がらなくてもいいよ。何かしてもらおうってわけじゃないし」


「今の君はまだ完全には中身が混ざり切ってないんだよね。完全に混ざりきるまでは…数年ぐらいかな。その間君にはゆっくり眠って貰う。それでさ、その間君はどんな夢を見たい?」

「…は?」


 よくわからない。何を言っているんだろうこの邪神は。


「言うならほら、最後の晩餐みたいなものだよ。人生の最後に君はどんな夢を見たい?ちゃんと望む夢を見せてあげると約束するよ」


 この提案は邪神の気遣いであり、悪意であり、好奇心なんだろう。死ぬまでの間苦しまないようにという気遣いと、夢から死の恐怖へと変わる感情の変化を求める悪意、そして死を控えた僕が何を望むのかという好奇心。もし仮に何も見たくないと言えば本当に何も見せず、恐怖に狂う僕を眺めて笑うだろうし、幸せな夢を望めば君の幸せはそうなのかと満足するだろう。


「……決めたよ。僕が見たい夢は…」


 ◇


 車通りのそれほど多くない通学路。朝の通勤ラッシュの時間帯なのにも関わらずほとんど車は走っていない。これが一本隣の道になれば渋滞一歩手前まで走っているのだから驚きだ。


「サンちゃん!何ぼーっとしてるんだ?信号変わっちゃうよ!」

「お兄ちゃん!早く行かないと遅刻しちゃうよ!」


 青信号が点滅している。横断歩道の向こうには高校に入って背が伸びた親友と、兄としての贔屓目を抜きにしても可愛く成長した妹が早く来いと手を振っている。

 この五年間、ハオスに見せられた夢の中は確かに幸せな毎日だった。僕は通り魔に刺されなかったし、そもそもいじめられることもなく、親友も妹も事故に遭うことなく、僕の望んだ平穏な日常はゆっくりと過ぎていった。

 これまで消えていた向こうの世界の記憶が戻った、ということはつまりそういうことだろう。

 信号が赤に変わる。


「あーっなにやってるんだよ。赤になっちゃったじゃん」

「ここの信号変わるまで長いのにー」


 幸せな夢とはもうお別れだ。こうやってものを考えるのももう最後になるんだろう。

 向こうに手を振りながら大きく声を出す。


「ごめーん!あとで追いつくからさ!先に行っててー!」


 二人の背中が見えなくなるまで見送って、そして僕は眼を閉じた。

というわけで完結です。

数分後にキャラ紹介や設定を書いたものを投稿してバッドエンドタグをつけた後に完結済みにします。

活動報告にあとがき的なものも上げるので是非そちらも呼んで行って下さると嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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