山内陽影の戦い
本日2話目です
あの悪魔クリューエルの進行方向に分かりやすく待ち構えていれば釣られてくるだろうという予想通りクリューエルはこちらへ向かってきた。そのときに仕込みが全部燃やされたのは予想外だったが…まあいい。分身体を使わずにここにいる以上仕込みの有無なんて誤差だ。
「今日は分身じゃないんだな。わざわざ本体で来てくれるなんてよほど殺してほしいと見える。そして…やっと会えたなぁ?勇者サマ。俺はずっと、ずっとずっとお前を殺したくてたまらなかったよ!」
「なっ…」
この戦いの主力は勇者、神田渚だ。僕の目的を達成するためにはできるだけクリューエルの身体を壊さず、確実に、仕留めなけらばならない。人との殺し合いを経験したことのない勇者に任せるのは不安が残るが、それに対する対策も考えてある。
「聞いてはいたけど本当にかわいらしい姿ね…エルルク、本当にあいつが日中なの?」
「ああ」
…俺がこの世界に転生してもう十五年になる。サンちゃん、日中貴文の葬式の帰り道、車が来るのに気づかなかった彼の妹の日中鈴を庇って車に轢かれた俺は気が付くとこの世界で赤ん坊になっていた。
庇った、といったが本当に守れていたかは自信がない。記憶の最後に残る彼女は血に塗れていたけどそれが僕の血だったのか彼女の血だったのか。確かめるのが怖くてそれを知っているであろう神田渚にも尋ねることができないでいる。
今でさえこうなのだから生まれ変わった直後はもちろん今の比でないぐらい悩んでいて、そのせいかこの世界の生みの親には捨てられ、教会で孤児として過ごすことになった。そうして過ごしているうちに僕がユニークスキル持ちであることがわかったり、神託騎士としての立場を利用してもしかしたら転生しているかもしれないサンちゃんを探すことに決めたりといろいろあったけど割愛。今一番大事なのは、僕がユニークスキルを持っていて、そしてそれがサンちゃんを救うことができる可能性があること。
「じゃあそろそろ始めようか」
クリューエルがそういった瞬間伸びてくる血の槍を躱す。不意打ちを仕掛けてくるだろうことは伝えていたし勇者も問題なく躱したようだ。
「勇者!作戦通りに行くぞ!」
「わかってるわよ!」
予想通りこちらへ向かってきたクリューエルに相対する。イザベラのスキルである『太陽の手』は僕にとって相性が悪いが、どうにもならない程ではない。
「まずは僕からってことか。まあそう簡単にやられないけどね。その身を糧に『神樹の躰』」
僕の身に宿るユニークスキルの一つである『神樹の躰』は大きく分けて三つの使い方がある。一つは植物を自分の身体のように扱うこと。一応操る植物に魔力的な接触をする必要があるという制限があるが、種の状態で触れていればそのまま成長させて操れるし操っている植物から支配を広げることもできるしで特に困ったことはない。
手に持ったナイフで左手を切りつけ、周りに血を飛び散らせる。これが二つ目の使い方。自分の身体の一部を触媒に植物を生成し操る。僕の身体から生み出された植物は魔力供給を切るとすぐ枯れる代わりに普通の植物よりも強力に、それこそクリューエルの『太陽の手』でもそう簡単に燃え尽きないぐらいには丈夫で、そこまで太くない蔦でもあの悪魔の動きを鈍らせることができるぐらいには力強くなる。
「…くっこのっ!」
だが勇者はクリューエルを斬れなかった。訓練と同じぐらいの動きが出来ていれば倒しきれなくともそこそこのダメージは与えることができるはずなのに、さすがに初めての実戦じゃ訓練通りとはいかないか。
「言っただろ!躊躇うんじゃない!ここでそいつを倒せなければ罪のない人々が大勢死ぬんだぞ!」
「そんなことわかってるって!」
犯罪者でも二、三人斬らせておくべきだったかな。そう思ってしまうほどには勇者の動きは悪い。相手の攻撃はちゃんと見切れているから攻撃を受けることは今はないが、戦いが続いて疲労が溜まったり向こうが動きに慣れてきたりすると少しまずいかもしれない。まあ想定内であるが。
状況が膠着するのは向こうも好ましくは思わないはず。そのうち勝負をつけるために動くだろう。そうなったときがチャンスだ。
◇
「死ねっ!」
「…ッ!!」
スキルを発動したのが聞こえた瞬間クリューエルは目が追い付かない程の速さで突っ込んできて腹部を三分の二ほど抉り取った。警戒していなければ一切反応できずに僕の身体は上下に分かれていただろう。
「…今のはさすがに危なかったかな。この手はあまり使いたくなかったんだけど、さすがにこのままだとやばいし仕方ないか」
「なんでその傷で耐えれるんだよ!」
『神樹の躰』の三つ目の使用法。それは自分の身体を植物に置き換えること。ただ、僕の力は肉体を植物にすることができてもその逆は出来ないから全身を、特に頭を変換してしまうとどうなるかは分からない。それでも他の部分の損傷は無視できるようになるし、体から直接植物を伸ばして操ることができる。その力を使いクリューエルを弾き飛ばした。
今クリューエルの意識はこちらに向き、さらに僕の攻撃で隙をさらしてくれている。今から勇者のところに向かっても数秒はかかるだろう。それだけの時間があれば僕の二つ目のユニークスキルの発動には十分すぎた。
「神の力を『神魔の脳』!勇者、いや、神田渚!悪魔クリューエルはお前が全力で打ち倒すべき敵だぞ!その身に変えても敵を打ち砕け!!」
勇者を目を見つめ、『神魔の脳』を発動させる。その瞬間視界は光で埋め尽くされる。視力が回復したころには勇者はこれまでとは比べ物にならない動きでクリューエルを追い詰めていた。
その隙に距離を取り植物を捕らえていた氷を破壊する。
僕の二つ目のユニークスキル、『神魔の脳』は対象を…言い方は悪いが催眠・洗脳することができる。まあ大抵の場合レジストされるけど、今回の場合はもしも勇者がちゃんと戦えなかったらこの力を使うってことをあらかじめ説明していたからすんなりと発動した。一度発動させたこの力は僕が解除するまで解かれることはない。つまり勇者は悪魔を殺すか、もしくは自分が死ぬまで手を止めない。これが僕たちの切り札だ。
「それはさすがにずるいだろうがッ!!」
全力を出した勇者というのはこれまでとは別格の強さだった。勇者の躊躇っていたのもあったがこれまで余裕をもって攻撃を躱していた悪魔が顔色を変えて距離を取ろうと逃げ回っている。そしてとうとう悪魔の身体に傷がついた。
「これでも…くらえ!」
すぐに再生されたとはいえ一撃は一撃。攻撃を受けたクリューエルの動きはさらに精彩を欠く。大量の水を使った束縛も勇者は一瞬で破壊し、さらに悪魔の身体を地面へと叩きつけた。
「彼女の加護を!!『太陽の手』!!」
このチャンスを逃さないように悪魔の身体を拘束する。たとえすぐに燃え尽きるとしてもその一瞬で勇者は追いつくだろう。
「ぐああぁあっ!」
クリューエルのの叫び声が聞こえる。僕も余波で少し吹き飛ばされた。深いクレータの中心には光り輝く剣を突き刺そうとする勇者と、その剣をギリギリのところで防ぎ続けている悪魔の姿があった。
だがその盾も少しずつ小さくなっていく。仮に抜け出したときのため、あとこの後の行動に邪魔が入らないようにするために植物のドームを編み上げる。
「…俺はッ!!絶対に!お前らを…ッ!」
頑丈さを重視しているのと、結構力を消耗しているのとで植物が伸びる速度はゆっくりだ。
「…絶対に殺してやるからなあぁああッツ!!」
ドームが完成したのは勇者の剣が悪魔の身体を貫いたのと同時だった。
そして勇者が意識を取り戻したのを確認し勇者に掛けていた力を解いた。この後のためには余計なリソースを割いていられない。
「おわっ…たの?」
「僕にとっては今からが本番だよ」
回復魔法をかけクリューエルの死体の損傷を直す。胸の傷だけだったおかげでそこまで魔力は必要なく、血で汚れていることを除けば傷一つない綺麗な体になった。
「じゃあ、僕の身体をよろしく」
「わかったわ」
僕のユニークスキルである『神魔の脳』には催眠・洗脳のほかに相手の身体を、その魂さえも乗っ取る力がある。…というよりその力の延長線上に催眠や洗脳の能力があると言った方が正しいかもしれない。過去に犯罪者で実験したとき、僕はその相手の…魂と呼ぶべきようなものに触れることができた。
「とりあえず第一段階は成功」
「…わかってても心臓に悪いわね」
しっかりと体が動かせることを確認する。僕は今、クリューエルの身体の中に入っている。僕の身体の内側に意識を向け、魂との繋がりを探す。
僕の作戦というのは一度悪魔クリューエルを殺したあと、その体と魂を掌握することでクリューエルが僕の知る日中貴文であるかどうかを確かめ、もしも本当に別人ならそのまま殺し、もし僕の知るサンちゃんであれば変わってしまった原因を取り去り蘇生するというものだ。
過去の実験で肉体が死んだあとも魂はその身体に短くとも一時間は残留することは分かっている。魂に触れればその人の記憶、感情、思考を読み取ることができることも、魂を体に結びなおせば生き返ることも。
「なぜだ!!」
「…ねぇ」
だが、見つからない。身体から魂の繋がりを感じ取れない。感じるのは魂のものとは違う何か奇妙な繋がりだけ。時間が経ち過ぎた…?いや、それはあり得ない。ついさっき目の前で死ぬのを確認したし、なにより魂の残留は未練が強いほど長くなる傾向にある。それがほんの数分で失われるとは思えない。
そうなると考えられる原因は一つ。この奇妙な繋がりだ。今までの実験の中でこんなものはなかった。
どうやらこれはどこか別の存在につながっているようだ。悪魔は邪神が遣わしている、という伝承から考えるとこれは邪神との繋がりか…?だとしたらサンちゃんの魂は邪神のところへ…
「ねえってば」
神田渚の声に顔をあげる。…そして、僕が失敗したということを理解した。いや、してしまったといってもいい。
「ちょっと力使い過ぎちゃったみたいで意識飛びそうなんだけど…聞いてる?」
悪魔クリューエルが使用していた『万象の瞳』、これの本来の持ち主である神託騎士ヴェロニカには他者の魂を観る力があり、それによって魂に刻まれた名前、その人が嘘をついているかどうかや感情を読み取っていた。同じユニークスキルを使うこの体にもその力が宿っているのだろう。見上げた勇者の中に、小さすぎる魂とそこから伸びる一本の糸のようなものが見えた。
その糸が繋がる先は分からない。だが間違いなくその糸はこの体に感じる繋がりと同質のものだった。
勇者の魂は少しずつ小さくなっていく。糸を辿って、どこかへと運ばれていく。なぜ勇者の魂が削られているのかは分からない。さっきの戦いで力を使い過ぎたのかもしれないし、用済みだからかもしれない。
単純な話だ。僕たち人類の崇める神と僕たち人類を苦しめる邪神は同じ存在なのだろう。人を苦しめるために悪魔を生み出し、人を救うために勇者を送り込む。信仰心が欲しいのか単純に人口を減らしたいのか、目的は分からないけどそれを何度も繰り返しているんだ。
「ちょっとやばいぐらい眠くなってきた…結局あいつは生き返るの?」
「…失敗だ」
「…そう…なんだ」
神田渚の魂が小さくなる。この繋がりによってクリューエルの魂も邪神の元に送られたのだろう。
…つまりは殺した時点で失敗だった。クリューエルを日中貴文に戻すためには殺さずにその魂を握る必要があった。一度魂を削られたものは緩やかに死んでいく。勇者の魂も、元の大きさは分からないがここまで削られてしまったなら手遅れだろう。今更止めても死ぬまで眠り続けるだけだ。
「失敗した!俺の選んだ方法は間違ってた!全部…最初から…」
神田渚は何も言わない。もう意識がないのだろう。その魂の最後の一欠けらが消えると同時に神田渚の身体も解けるように消えていく。後に残ったのは彼女が来ていた鎧と光を失った剣、そしてどこか見覚えのあるお守りだけだった。




