【番外】決戦の前の勇者
エルルクが悪魔を逃がしたという話があった次の日、私はいつもと特に変わらない一日を過ごしていた。
いつも通り運ばれてくる大量の魔物を倒し、いつも通り模擬戦をする。
まあ強くなるのが私の仕事らしいし、まだしばらくこのままなのかな?なんて思っていたその日の夜。
「悪魔の場所が判明した。そのため本来なら悪魔討伐の作戦について話したいところだけど…対象についての情報を持っているのが僕だけだから、指示に近い形になることを許してもらいたい」
エルルクに呼び出され、再び昨日の部屋に集められた。今日はどうやら教皇様は来ていないらしく、部屋の中にはエルルクとアレクさん、そして私だけだった。
エルルクの言葉にアレクさんはまあしょうがねぇと受け入れ、私はもちろん頷いた。
「まず新しく分かった情報から伝える。悪魔はシリド…南にある小さな街だけど、そこを壊滅させた。…そして新たに広範囲を探知する能力と空中を高速で移動できる能力を使用したことを確認した」
「お前が逃がしたせいで滅んだわけだなその街は。…それで、どうするんだ。いくら小さくても街一つ一日で滅ぼすようなやつ、そう何日も野放しにできないだろ」
「ああ、だから…二日後の昼を決戦の日として、そのための準備を行う。二日後とするのにはいくつか理由があるけど、単純な距離の問題と確実に対象を撃破するために準備が必要になるというのが大きい理由だね」
そしてエルルクは一瞬だけこちらを見た後続けた。
「そして戦闘だが、これは僕と勇者で行う。アレクは分かってると思うけど僕のスキルとアレクのスキルは一緒に戦うのには相性が悪いし、アレクのスキルはあの悪魔と戦うのには向いてないから。その代わりアレクにはバックアップ…仮に作戦が失敗したとき、というより僕が死んだときの死体の処理をお願いする」
「死体の処理…ああ、スキルを奪われないようにか」
悪魔殺した相手の心臓を潰すことで力を奪うらしい。だからつまり死体の処理とは死体を回収するか…あるいは死体を回収できないようにするということだろう。
でもそれって…
「エルルクはこの作戦で死ぬかもしれないってこと?」
「その可能性があるってだけだよ。勝算はあるし別に僕も死ぬつもりってわけじゃない。ただ、仮に僕のスキルを奪われた場合本格的に手を付けられなくなる可能性がある」
「お前のスキルは強すぎるからな…ああ、もしお前が死んだときは悪魔に死体を奪われないようにしよう」
「そして勇者、君はこの作戦の中核を担うことになることを理解しておいて。君の戦闘力は異常なほど高い。ただでさえ数で有利である以上、君が全力を出せば負けることはあり得ないといってもいい。…だけど、それはあくまで君が全力を出せたら、の話」
緑色の目がこちらに向けられる。
「僕が言うのもあれだけど、躊躇をしないでほしい。対象は人型をしていてもその中身はこれまで倒してきた魔物と同じだと考えてほしい」
「…わかってるわよ」
わかっている。魔物はただの怪物だが悪魔は人間と同じように言葉を話し姿も大抵人と同じである、という話は召喚されてすぐに聞かされた。
だから…一応覚悟はしてきたつもりだ。元の世界に戻るにはそれしかないという話だし、悪魔というのに対抗できるのが私や今この場にいる神託騎士ぐらいだって話を聞いてやらない選択肢というのはなかった。
ただ…本当に覚悟ができてるかどうかは自分でもわからない。当然だ。元の世界じゃ命のやり取りなんてやったことも見たこともないんだから。
「…それでは作戦の概要について説明する。まずは…」
私は強い。だから大丈夫。心の中でそう呟きながらエルルクの話を聞いていた。
◇
作戦会議が終わり、自室のベッドの上で目を閉じていた私は扉がノックされる音で体を起こした。
扉に近づくとその向こうからエルルクの声がする。
「僕だ。ちょっと話をしたい」
「話って?」
「とりあえず中に入れてくれ。誰かに聞かれないほうがいい」
「…まあいいわ。入りなさいよ」
扉の鍵を開けてエルルクを招き入れる。話が長くなりそうなので部屋の隅に寄せていた椅子を二つ持ってきて座った。
「それで話って?」
「…悪魔についての話だ。この話をするかどうかは迷ったが…話しておいた方がいいと判断した」
「悪魔についてって、私がちゃんと悪魔を殺せるのかってこと?」
「いや、…まあその話にも関係があるか」
そして沈黙。
突然黙ってしまったエルルクにどうしたのかと思っているとエルルクは深く息を吸い、話し始めた。
「…僕の前世が山内陽影であることは前話しただろう?」
「うん、あの事故で死んだあとこの世界に生まれ変わったんでしょ」
「ああ、そして…悪魔も僕と同じように向こうの世界で死んで生まれ変わった人間であることがわかった」
「えっ!」
「そしてその悪魔の前世が…日中貴文だ」
思考が止まる。こいつがわざわざ私に伝えたってことは、まあそういうことなのだろう。でもなんで。アイツがそんなことをするとは…できるとは思えなかった。そんな人間だったら甘んじていじめられるなんてこともなかっただろう。
「だが、彼はおそらく記憶を失っているか書き換えられているか。あるいは本当に同姓同名の別人であるかだが…もしそれならいいだろう。問題なのは僕たちが知っている彼ではない、ということだ」
「もしかして、それで捕まえようとしたの?あいつが悪魔になってたから。なら、私にこの話をしたのは悪魔を殺すなって言いに来たってこと?」
エルルク…というより前世である山内はアイツのことを大事に思っていた。小学校に入る前からの親友で家も近かったというんだから不思議でもないだろう。そして、そんな彼が、変わってしまっていたとしても親友を殺してというのは考えにくかった。
「いや、逆だ。躊躇せずに斬ってほしい。ためらわずに、できれば一撃で」
だからその言葉は驚きだった。アレクさんに悪魔を捕獲することを納得させるのを手伝って、とか、悪魔を捕縛できるよう協力してくれ、と言われると思っていたのに。まさか殺してと頼まれるなんて。
「でも、いいの?せっかく…」
「ああ。今のサンちゃんはおかしくなってる。だからそれを治さなきゃいけない。そのために…」
「一度殺して、その後で生き返らせる。元のサンちゃんに戻して、そして悪魔じゃなくなった彼と一緒にハッピーエンドだ」
だから全力で悪魔を殺せ。サンちゃんを助けるために。
そう言った後エルルクは静かに部屋の外に出ていった。




