【番外】ヴェロニカの軌跡
思ったより時間がかかってしまった…
クリューエルとの試験が終わった後、試験を担当したヴェロニカは深刻な顔をして廊下を走っていた。
「あれは…なに…?」
彼女自身でも無意識のうちに考えていることが口からこぼれる。頭の中は先ほどの試験で戦った相手、クリューエルのことでいっぱいだった。
走りながら取り出した宝石に魔力を流す。パターンによって意味の変わるそれは緊急事態の信号として彼女の同業、神託騎士に向けて発信された。彼女以外の神託騎士はいま勇者と一緒にいるためこちらに来ることは出来ないだろうが、情報伝達に効果的な能力を持つ神託騎士エルルクにさえ届けばいいと考えて。
ヴェロニカは、あのいけ好かないが有能な同僚のことを考える。
ーーあいつのことならもう既についててもおかしくないかな。嫌味を言うためだけに急いでくるだろうし。
彼女は自分の話を聞いた後にエルルクがするであろう間抜け面を想像して少し笑った。
◇
「やあ、待ちくたびれたよ。見て、緊急事態だっていうから急いで来たのに君が全然来ないからこんな立派な義体を作っちゃった」
ヴェロニカが規定の場所に着くと、そこにいた男がそういって立ち上がった。彼は神殿騎士エルルク。本来ここに来れないはずである彼がいるのはひとえに彼のスキルによるものだった。
ヴェロニカはいつ見ても気持ち悪いなと思いながらエルルクの義体を見る。エルルクは自分の分身…義体を生み出し操ることができるのだが、今回はいつも以上に精巧につくられている…それでも人形のような違和感がある…ことがヴェロニカにはわかった。
「私がここに来れない状況になってる可能性を考えないなんて頭が足りないんじゃないの?」
見た目は完全に人間なのに、少なくとも生きてはいないと判断できる姿を見ながら彼女も嫌味で返す。
いつもならここでしばらく舌戦を繰り広げるところだがそれどころじゃないとヴェロニカは本題を切り出した。
「それより、緊急事態。おそらく悪魔と思わしき人物が入学してきた。名前はクリューエル」
「へぇ…根拠は?」
義体の目が細められる。先ほどまでの馬鹿にするようなにやつきも鳴りを潜め、まじめな表情…というよりも無表情…となっていた。
「私の"眼"のことは知ってるでしょ?さっき試験で見たんだけど、あいつの中には見たことのない"色"があった。それに…」
「それに?」
ヴェロニカの体が少し震える。彼女はさっきの試験を思い出していた。平静を保って対応できたことが奇跡のような事実を口に出す。
「名前がね…たくさん見えたんだよ」
「悪魔も前世持ちということか?でもそれぐらいなら…」
「…たくさん、って言ったの」
ヴェロニカの"万象の瞳"は対象の本名を見抜く。正確には魂に紐づけられた名前だが…魂の漂白が不十分な、いわゆる前世持ちであれば名前が二つ見えることもあることはエルルクによってわかっていた。
しかし、クリューエルから彼女が見たものはその比ではなかった。
はっきりと名前だと判別できたものが数十。名前の断片のようなもの、かすれてほとんど見えないものも含めると数百にも届くであろうそれは、グロテスクな雰囲気と威圧感を持ってヴェロニカの心に刺さっていた。
「方法はわかんないけど…あれは魂を食べてるんだと思う。例の町で行方不明になってたお姉ちゃん…イザベラの名前もあったよ」
「そうか…。まあおそらくそいつが悪魔で間違いないだろうね」
「根拠は?」
ヴェロニカはさっきの焼き直しようになったなと思う。いつもならここで嫌味が挟まれるのだろうが今はお互いにそれどころではないと理解していた。
「例の町からここまでの距離を考えれば可能性は高いってこともあるけど…悪魔の名前がクリューエルって言ったよね?」
「そうよ」
「イザベラが保護してたっていう子供の名前もクリューエルだったらしいよ。しかもその子が悪魔かもしれないって話をした日の夜に例の事件だ。…根拠としては十分だろうさ」
そして二人の思考は同じところへ行き着いた。思考が似ている二人だからこそいがみ合っているのだろうが、お互いに同じことを考えていることに気付いた二人は対照的な表情に変わった。
「私が監視と報告担当ってわけね…こんなとこ早めに出とくんだったわ」
「まあ頑張りなよ。僕は勇者の世話に忙しいからさ」
「死なない程度に頑張ってね」
憎たらし気な舌打ちを聞きながらエルルクの体が溶けるように…いや、枯れるように消えていく。最後に残ったヴェロニカは、とりあえず懐柔策で行こうかと必要な手続きを頭の中で数え始めた。
◇
時は変わり執行委員会の呼び出しのあと、ついでに報告も済ましてしまおうと思ったヴェロニカは例の場所へ向かう。もう外は暗くなっていた。
彼女が目的地に着くとそこにはエルルクの姿はなく、代わりに鳥…人の言葉を覚えることもできる賢い品種だ…が佇んでいた。
「あれ~?もしかして待たせちゃいました?暇なら義体でも作ってたら良かったのに」
「それができないことはお前も知ってるだろう…さてはわざと早く呼んだな?」
「そうよ。面倒な仕事押し付けてくれた恨みってやつ」
エルルクは夜に義体を生み出すことができない。いや、正確にはできないわけではないが、それは遊びのためにとれるような手段ではなかった。
「とりあえず報告を聞こうかな」
「とりあえず作戦行動は今のところ順調。ダンジョンで戦闘させてみたけど、今ならまあ倒せないレベルではないと思う」
「それは相打ちを覚悟で、かい?」
鳥の姿でもむかつくものはむかつくな、とヴェロニカは思う。彼女は、彼の、答えがわかった上で質問してくるときの独特の声色が大嫌いだった。
「まともにやったなら、そうね。身体強化は基礎の部分しか教えてないから超強化は身に着けてないし、素の身体能力が高いといっても悪くて相打ちにまで持っていけるわ。それに…」
「ダンジョンを利用すれば確実に勝てると」
「…そうよ」
公表はされていないが、この学院の施設はダンジョンも含め"発明の悪魔"が作成したことがわかっている。悪魔が作成したというのになぜか人を殺さないダンジョン。ゴーレムしか現れないそのダンジョンはヴェロニカにとってとても相性がいい場所だった。
「あいつの性格から考えるとこれからダンジョンをクリアしようとするはず。ダンジョンの最下層、十階層に挑むときがあいつの最期ね」
「…そうか、一応バックアップの準備はしておくよ」
◇
さらに時は流れて、十階層に挑む、すなわちクリューエルと闘う日になった。ヴェロニカの前にいるのは執行委員のメンバーであり、隣にはエルルクの義体も立っていた。
「今日は悪魔クリューエル討伐実行の日です。段取りは昨日伝えた通り、執行委員にはサポートを担当していただきます」
前日の夜の段階で作戦は伝えてあるため重要事項を確認して集会は終わる。必要なこととはいえヴェロニカは自分が失敗した後の準備を行うということに変な気分になっていた。
「でももしこれで倒せちゃったら勇者さんなんのために来たって話になるんじゃないの?」
二人になった部屋の中で彼女はエルルクに話しかける。
「まあそれでもいいでしょ。僕はあいつ嫌いだし」
「…そう」
エルルクと勇者の間に何があったかは彼女は知らない。ただ、前世に関係した事であり、あまり聞かれたくないことなんだろうとはわかっていた。
「勇者と何があったのか教えてって言ったらどうする?」
「絶対教えない」
「これから死地に赴く人の望みなのに?」
「思ってないくせに。…生きて帰ったら教えてやるよ」
これがエルルクなりの心配の形であることが付き合いの短くないヴェロニカにはわかった。
勝算はある。しかし、何とも言えない不安を彼女は感じていた。
前日の夜に渡された杖を弄ぶ。エルルクが作ったその杖は魔法の補助具として一級品であり、別の役割も担っている。エルルクによるバックアップの一つだった。
「これを持ってたら、最悪私が死んでもエルには情報が行くんだよね」
「そうだよ。もし君が死んでも無駄にはしない。全部僕が引き継ぐ。だけどそんな面倒なことさせないでくれよ」
「エルが困るのは大歓迎だけど私が負けたりしたら絶対馬鹿にするだろうからやめとく」
「それがいいよ」
それから時間になるまで二人は話していた。少しらしくない会話から、だんだんいつも通りの会話になっていく。始めは堅かった表情も会話が終わるころには普段通りになっていた。
この時間は、エルルクが"仕込み"をするためとして確保したものだったが、本当の目的は死の危険のある単独行動が初めてであるヴェロニカをフォローするためだった。
確かに、この時間を確保したことによってヴェロニカの緊張が解けたことは間違いない。何もせずにいれば高い集中を必要とする十階層のゴーレムの制御は出来なかったかもしれないし、そうなればクリューエルと戦うまでもなくゴーレムに殴られて戦闘不能になっていただろう。
しかし、皮肉にもヴェロニカが万全の状態になるための時間によってクリューエルはヴェロニカへの対抗手段を獲得してしまった。
ーーたとえ無理でも一緒に来てって言えばよかったなぁ…
これが神託騎士ヴェロニカが最期に思ったことだった。
次回は本編?です。番外編なのかも。
リアルの方でやらなきゃいけないことが溜まってきたので少し更新が遅くなるかもしれません。




