ホテルの様な学生寮と学院のあれこれ
…お久しぶり…です。(カレンダーを見ながら)
学生寮ーードールズハウスの通路は、まるでホテルのようだった。青みがかかったカーペットに、オレンジの壁紙。ちらりと横の扉を見ると、そこには部屋番号が書いてある。
俺の…俺とベルの部屋は八階らしい。そこまで階段で登って行くのかと思っていたが、なんとこの寮にはエレベーターがあった。正式には魔術式自動昇降装置というらしいが、普通それを縮めて昇降機と呼ぶという。でも、完全にエレベーターだった。アナウンスもなってたし。
ーーチーン
「八階です」
エレベーターから降り、左へと歩く。少し歩くと扉の前に立っている女性が見え、ベルがその女性の前で立ち止まった。釣られて俺も止まる。
「ワーデンさんお待たせしました。この子がさっきお伝えしたクー…クリューエルです」
「クリューエルです。よろしくお願いします」
ベルの紹介に合わせて挨拶をする。すると、その女性…ワーデン?さんは顔ごと視線をこちらへと向けた。無機質な瞳を向けられたまま数秒が経過する。そうしたところで満足したのか、彼女はようやく口を開いた。
「生徒データの保存を完了しました。クリューエル様、ようこそドールズハウスへ。わたくしは学生寮自動管理システム『ワーデン』でございます。ただ、ワーデン、とだけおよびください。増築改築模様替えなど、御用がありましたらいつでもお伝えくださいませ」
「は、はぁ」
「この寮の中でしたら、名前を呼んでいただければ一分以内には参上いたしますので。お部屋のシステムに関してはヴェロニカ様が説明されるということなので私は失礼いたします」
ワーデンはそういうと、そのまま立ち去ってしまった。
詳しい説明を聞こうとベルの方を見ると、ベルは悪戯に成功した子供のような顔でこちらを見ていた。
「驚いたでしょ!私もここに初めて来た時びっくりしたからクーにも驚いて欲しかったんだぁ」
ベルはそう言って無邪気に笑う。
「もう…子供っぽいなぁ、ベルは」
「だってまだ子供だからね!十二歳だもん。…クーは?」
仕返しに悪態をついてみたが、流されてしまった。
…年齢か。前の世界の年齢を言うわけにもいかないし、とりあえずはベルと同じでいいだろう。
「私も同じ歳だよ。十二歳」
「そうなんだ!近いんだろうなぁって思ってたけど同じ歳だったんだね!この学院って同じぐらいの歳の人全然いなかったから嬉しいなぁ」
そういいながらベルが扉に手を合わせると、ひとりでに扉が開く。ファンタジーというよりもSFみたいだ。
部屋の中に入ると、ベルはそのまま部屋の奥へ進んでいく。なかは結構広く、リビングのような部屋の左右に鏡写しのようにして家具が置かれている。そして、その左側にはすでに荷物が置いてあった。あれは、ベルのものだろう。
「クー、鍵の登録するからこっちに来て!」
と呼ばれたのでベルの元へと向かう。すると、何もなかったはずの奥の壁に窪みができていた。
「鍵の登録ってどうするの?」
ベルの横に立ち、壁にできた窪みを見ながらたずねる。すると、ベルはその窪みを指しながら言った。
「この窪みがあるでしょ?そこの奥に手のひらを押し付けて…そう」
認証が完了しました、という声が聞こえたあと、ベルに、もう離していいよと言われて手を離す。これでもう部屋に出入りが出来るらしい。
それからどうでもいいような話も交えながらこの寮のルールや注意を教えてもらった。
夜は十時以降に無許可で寮の外を出歩くと強制的にワーデンに連れ戻されるとか、何か事件に巻き込まれた時は執行委員に届ければいいとか、そういったことを。
ちなみに、夜十時以降に出歩こうとした人達の最高記録は二十分らしい。それも、三十人ぐらいで計画を立てた上でバラバラに逃げてそれだというのだからワーデンの有用さが知れるというものだ。そういうの本当にやめてほしい。
「それでね、実は私って執行委員に入ってるんだよ!」
執行委員になると夜間でも見回りの名目で出歩けるらしい。その代わり、何か事件が起きた時はその解決に駆り出されるらしいのだが。
「だからさ、クーも一緒に執行委員に入らない?」
そう誘われた時はどうするか迷った。執行委員になれば夜間に外出出来るというメリットはあるが、それでもデメリットの方が大きいからだ。
そもそも、夜間に外出できたところで、それが出来る人が限られている分自由に行動することは難しいだろう。執行委員になれるほど強い人をあらかじめ確認出来るというメリットもあるかもしれないが、基本俺のやり方は暗殺のようなものなので必要ないと言えば無いかもしれない。
…と、まあいろいろ考えたわけだが、結局は入らないことにした。それは、面倒だと思ったていうのもあるけど、
「えー、入ろうよー」
「ごめんね?でも私はいいかなーって」
「そんな〜」
ベルは絶対に一人きりになんてさせてくれないだろうなぁと思ったからだった。
◇
翌日。
夕食を摂り、シャワーを浴びてベルと話をして眠ったら、すぐに朝になった。
目をこすりながら洗面所へと向かう。顔を洗い、なぜかプラスチックの様な袋でパッキングされている櫛を取り出して寝癖を直す。朝食は地下でビュッフェがあるらしい。…どうしてこの寮はこんなにホテル感を出してくるんだろう。謎である。
洗面所から出る前に体から少しだけ血液を抜き取っておく。昨日は取りすぎてしまったが、今回はしっかりと調節出来た。もっとも、取りすぎたときは戻してしまえばいいんだけど。
「んっ…おはよ、クー」
洗面所から出るとベルが体を伸ばしていた。ちょうど起きたところらしい。
「おはよう、ベル。洗面所空いたよ」
「わかった」
ベルが洗面所に入ったのを見て着替える。着るのはもちろん、制服である。
今日は入学式…ではなく、初授業だ。偶然なのか作為的なのか、戦闘訓練の授業はベルと同じだった。
ちなみに、この学院では戦闘訓練以外の授業というものが存在しない。この学院は、知識を得たければ図書館に行くか暇な先生を捕まえろ。捕まえられなきゃお前が悪い。そういったスタンスらしい。
まあ、真面目に努力する人だけを掬い上げるという点では理にかなっている…のか?
慣れない手つきでなんとか着替え、あとはリボンを結ぶだけになったところでベルが洗面所から出てきた。
「あ、もう着替えてる。私も着替えるからちょっと待ってて〜」
「うん」
リボンを結んで、脱いだ服を畳んで“清浄”をかける。
流石にベルは手慣れたもので、自分の何倍ものスピードで着替えていた。
ベルの着替えも終わり、一緒に部屋を出る。
ーーガチャリ
ドアが閉まる同時にそんな音がして鍵が掛かる。
「やっぱりホテルっぽい…」
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
エレベーターへ向かい、ボタンを押す。すると一瞬で、チーンという音がして扉が開く。
昨日の話で知ったことだが、このエレベーターは学院の七不思議の一つらしい。なんでも、いつでも一瞬で乗れるうえに途中で止まることが無いとか。ただ、時折横に揺れる事もあって転ばない様に注意が必要らしい。
そして、エレベーターは元の世界のものと比べると比較的小さな部類だった。…それも、エレベーター周りのスペースを考えると少なくとも十何台は敷き詰めれそうなぐらいには。
「今日は何があるのかなぁ」
「昨日の夜ご飯美味しかったよね」
昨日の夕食も地下一階で食べたが、そのときはビュッフェではなく好きな料理を注文する形だった。というか、完全にファミレスだった。
もしかしてこの寮を作った人俺と同じ世界から来てるみたいな事ない?
ーーチーン
「地下一階です」
「やっぱり朝は横に揺れるね〜。なんでだろ?」
「…なんでだろうねー」
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【今回の殺害人数】
0人
【total】
356人
次の更新はそこまで間を空けずに行けるかな…?