入学試験
危うくそのまま寝るところだった…
ミラク魔法学院の入学試験…検査と言ったほうがいいかもしれないが、それは二つある。
まず一つ目は魔力試験。特殊な水晶に手を当てて魔力を流し込むだけの試験だ。それだけだが、実質入学試験はこれで終わりであり、ここを通れば入学資格を得られる。
「あなたは強化系の魔法に適性があるようですね。反対に、属性系の魔法はあまり向いていないようです」
「ありがとうございます」
「…おや、戦闘試験を希望されてるようですね。それではこの紙を持って奥の部屋へどうぞ」
また、検査の際に使う水晶によってざっくりとした魔法の適性を知ることもできる。強化系の魔法というのは、回復魔法や身体強化など、物質や生命に直接作用する魔法のことで、属性系の魔法は一般的な魔法のイメージである炎を出したり風の刃を打ち出したりするような魔法のことを言うらしい。
ちなみに、この世界で言う“魔法”とは、魔力を用いて起こす事象全般を指す。俺が使う『血液操作』スキルも魔法であり、特殊系の魔法に分類されるらしい。全てハオスからの受け売りだが。
二つ目の試験である戦闘試験とは、教師または生徒との模擬戦だ。受けるか受けないかは個人の自由であるが、戦闘系の授業を受けたい場合には絶対に受けなければならない。
自分の戦闘力の強化のためにも、強い人物を先に見つけて対策するためにも戦闘系の授業を取ろうと考えているので、その試験を受ける必要があった。
「失礼します」
案内された部屋は広く何もものがないところで、その部屋の中心には子どもが一人立っていた。
青い髪を短く切った、元の世界なら小学六年生ぐらいの歳に見える少女。俺はその少女の元へ歩いて行く。
「あなたの試験を担当するヴェロニカです。よろしくね」
「よろしくお願いします」
ヴェロニカ、そう名乗った彼女が試験の相手らしい。
腰に帯びた剣を見るに近接戦闘を得意とするのだろう。少なくとも、試験監督に選ばれている以上普通より強いはずだ。
「ルールは聞いてると思うけど一応確認しておくね。ええと…まずはじめに、使用する魔法の種類は問いません。使用する武器も自由です。次に、これはあくまで実力を見るための試験です。道具に頼ることも禁止されてはいませんが、あまり意味はないでしょう。次に、怪我はどんなものでも治せますが、死んだら蘇生できません。命に関わる攻撃は慎んでください。最後に、どちらかが降参するか戦闘続行が不可能になった場合、または試験監督の終了宣言があれば試験は終了です。最善を尽くして頑張ってください」
彼女は服のポケットから、おそらくルールが書かれているのであろう紙を取り出して読み上げた。そしてそれをまた折りたたみ、元の場所に戻すとこちらに向かって手を差し出してきた。
「ルールはいいかな?…それじゃあよろしく。私は結構強いから全力でかかってきてね」
こちらからも手を差し出す。お互いの手が重なり、ぎゅっと握られた。
「私も、負けません」
手を離す。そして、お互いに三歩ずつ離れた。
ヴェロニカは腰の剣を抜き、俺は圧縮して保管していた血液のうち、三分の一ずつ使ってナイフの形に整える。二刀流の形だ。残った三分の一は左手に手甲のように纏わせておく。
「それじゃあこのコインが地面に落ちたら試験開始だよ」
ヴェロニカが紙をしまったのとは違うポケットからコインを取り出し、構える。そしてすぐに軽い金属音とともにコインが弾かれた。
「全てを見せて『万象の瞳』」
コインが地面に落ちる音。それに弾かれるようにして俺はヴェロニカに飛びかかった。
右のナイフを左下から、相手の剣を弾くつもりで切り上げ、それと同時に左手を振り下ろす。
「珍しい魔法みたいだけど、剣の腕は普通より下ぐらいのようだね」
彼女がほんの少しだけ後ろに下がりながら腕を引くと、ナイフはすれすれのところで当たらない。
そして、ナイフが振り下ろされたところで、引いた腕をこちらへ突き出してきた。
「ーーッ!」
全力でジャンプして相手の体ごと剣を飛び越えてかわす。一回転しながらナイフを伸ばし斬りつけるがかわされた。
「身体能力も高いね〜。それじゃあ次は魔法も使って行くよ」
彼女の声を聞きながら着地する。嫌な予感がしてすぐにその場から飛びのくと、さっきまで自分がいた場所の周りから氷の槍が中心に穂先を向けて飛び出していた。
「勘もいいんだね。それじゃあ量を増やして行くから頑張って避けて〜」
そう言って彼女が左手を振り上げると、その背後に氷でできた矢が次々と現れてくる。
手が振り下ろされた。
すると、氷の矢はそれぞれ不規則な軌道を描き、自分の周りを取り囲むように飛ぶ。
百本は超えるであろうそれらを躱すのは無理だと判断し、血液の形を変えて体の周りに球状に展開した。
ーカッ
ーーカカッ
ーーーカカカカカカッ
硬いもの同士がぶつかる音が絶え間なく聞こえる。どうやらこの血の盾は無事に攻撃を防ぎきってくれそうだった。
「これならっ!」
音がしなくなったのと同時に血の盾を解除し、剣を作って横向きに回転させながら投げつける。
それと同時に地面に血を染み込ませ、地中から相手へと向かわせた。
「ざーんねんでした!」
「予想通りです!」
投げた剣は柄の部分を掴まれ止められる。だが、遠隔操作で形を変え、左腕を丸々包み込ませることが出来た。ついでとばかりに首に向かって刃を作り突き出したが、何か硬いものに弾かれる。おそらくは魔法で生み出した氷だろう。
首の方に注意が向いたところで地面に潜り込ませていた血液を鎖のようにして飛び出させた。
しかし、
「なっ!?でも、これかなっ!」
ーーヒュッ
突然ヴェロニカが何もないところに向かって斬りつけると、遠隔操作をしていた血液の両方が制御出来なくなる。
鎖も、彼女左手を覆っていたものも、形を失い地面に落ちていった。
「はぁ!?」
理解ができない。なにをされたのかわからない。予想外の現象に動揺して隙だらけになってしまったが、そこを攻撃されることはなかった。
「ふぅ。危なかった〜。試験終了だよ!文句なしの最高点!最後までやられなかったのはあなたが初めて!」
試験が終わったのだ、と理解した瞬間体から力が抜け、その場に座り込む。
彼女は剣を納め、こちらに向かって歩いてくると、俺に向かって笑顔で手を差し出した。
「たぶん戦闘訓練はこれから一緒にすることになるだろうから、これからよろしくね!」
「よろしくお願いします。ヴェロニカさん」
そう答えながら手を取り、立ち上がる。すると、ヴェロニカの眉間に少し皺が寄った。
「さん付けとかかたーい!私のことはベルって呼んで!ところで、あなたの名前は?」
ヴェロニカが詰め寄りながらまくし立てる。俺は、少し気圧されながらも答えた。
「クリューエル…です。ベルさん」
「敬語にしない!」
「…クリューエル、だよ。ベル」
ヴェロニカは、それでいいんだよ。と言って手を離す。そして顎に手を当て、二、三秒なにかを考えていたかと思うと、突然何かを閃いたような顔になって口を開いた。
「決めた!あなたのことはクーって呼ぶね!知り合いにエルってやつがいなかったらエルにしたんだけど…。まあしょうがないか」
どうやら俺のあだ名を考えていたらしい。あだ名か…。なんだか懐かしい気分になる。
「じゃあ改めて!クー、これからよろしくね!」
「よろしく、ベル」
お互いにそう言った後、俺はベルと手を繋いだ。
「あ、そういえば。ついつい接続を切っちゃったけど、回収しなくていいの?」
「あ」
そう言ってベルが指差したのは小さく赤い水溜り。
急いで回収したけど、結局回収できたのは三分の二だけだった。
「なんか…ごめんね?」
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【今回の殺害人数】
0人
【total】
356人
本当に明日も更新できるのかこれ…