【番外】召喚された勇者
これが平成最後の更新です!
私は混乱していた。というか、している。
「よくぞ来てくださいました勇者様」
ここ…どこ!?
◇
私はさっきまで…そう、退屈な講義を受けていたはずだった。たしかフランス語の講義で…そうだ、もうすぐ講義が終わるところで、これが終わったら友達を誘って、昨日見つけた店でご飯でも食べようかなんて考えてたら急に周りが光り出したんだった。そして、気づいたらこんなところに。
「え、何、誘拐?私の家そんなにお金ないよ?」
よくわからないけどそんなことを言ってみる。目の前に立っている人は、ザ・神父!!見たいな格好をしていた。まあ神父なんてドラマぐらいでしか見たことないんだけど。…もし聖職者なら誘拐なんてしないかな?
「急に呼び出して申し訳ありません。ですが、勇者様にはどうか、この世界に現れたという邪神の眷属、悪魔を討伐してほしいのです」
なんか誘拐というには雰囲気が違う気がする。どちらかと言えば、ドッキリとか夢とかそんな感じに現実離れしている。…でも夢じゃなさそうだし、ドッキリにしてもカメラっぽいのは見当たらない。
というかさっきからこのおじさん何言ってるんだろう。勇者とか悪魔とか、正直訳がわからない。
お兄ちゃんがゲームしてるのを眺めてたことがあるから勇者っていうのは聞いたことあるけど、それが私?拒否権ある?
「ところで、勇者様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「か、神田渚だけど」
「ナギサ様、ですね。詳しい話は場所を変えましょう。さ、こちらへ」
「あ、ちょ、ちょっと!」
そのまま置いていかれそうになったからしょうがないのでついて行く。
歩き出して気づいたけど足元に変な模様がある。ところどころ文字のようなものが書いてあるけど全く読めない。アルファベットの筆記体とアラビア文字を足して二で割ったような文字だった。
「…何語?」
その呟きは、聞こえなかったのか無視されたのか、返事が返ってくることはなかった。
◇
神父のおじさんに連れていかれた部屋の中には大きなテーブルが一つと、既に二人、椅子に座っている人がいた。
一人は茶髪のおじさん。腕を組んで目を瞑っていたけど、私たちが入ってくる音に反応したのか今は目を開け、こちらをじっと見ている。…ここまで案内してくれたおじさんよりかは若くみえるかなぁ。
もう一人は眼鏡をかけた、私と同じぐらいに見える男の人。なんと髪が緑色だ。染めたような違和感はないけど、地毛で緑なんてことあるんだっけ?
「神託騎士様方、この方が今代の勇者様である、カンダ・ナギサ様でございます」
ーーガタッ
紹介されるのに合わせて軽くお辞儀をする。すると、なぜか緑髪の人が驚いたような顔をしてこちらをじっと見つめていた。
「あ、いや、すまない。なんでもないよ」
ここにいる三人の注目を受けていると気づいたのか、緑髪の人がそう言って座り直した。その人が、続けてくれ、と言ったのを聞いてまた神父のおじさんが口を開く。
「ははは、色恋沙汰は悪魔を倒した後にしてくださると嬉しいですな。…それはそれとして、神託騎士のお二方の方が詳しい話を聞いていらっしゃると思いますが、この度勇者様を召喚したのは約百年ぶりにこの地に現れた邪神の眷属、悪魔を討伐するためです」
そういえばさっきもそんなこと言ってたなぁ。…ん?
「ちょっと待って。…私が勇者なんだよね?」
「はい。そうでございます」
「その、悪魔ってのを倒すの?私が?」
「はい」
「それってもしかしてめっちゃ強い?」
「恐らくは。勇者様ならば対抗できるでしょうが」
神父のおじさんは何かおかしなことでもあるのかと言わんばかりの顔でこちらを見ている。…うん。
「いやいやいやいや、無理だってそんなの!だってほら、私ただの女子大生だよ!?」
目の前で手をぶんぶんと振りながらそう主張する。だけど、このおじさんは顔色一つ変えずに、私には特殊な能力が与えられているから大丈夫だと言った。
「三つありますが、一つ目は『状態異常無効』と言って状態異常にかからなくなるスキル。二つ目は『極剣術』と言う、剣の扱いが非常に上手くなるスキル。三つ目は『魔素吸収』と言う、魔物を倒すことで強くなるスキルです。これだけのスキルがあれば十分に戦えるでしょう」
「いや、でも…」
その特殊な能力…スキルがあったところで私が戦えるとは思えない。というかそもそもまだ戦うなんて言ってないし!
「神託によると元の世界に戻るには使命を果たす必要があるとのことです。使命を果たせば元の世界、元の時間に戻す、と」
つまり、元の世界に戻るためには悪魔を倒すしかないらしい。その他の方法は存在しない、と。
「おや、もうこんな時間ですか。後のことは貴方様方の方がよくわかっているでしょうし私は失礼します。残念ですが仕事がたくさんありましてね。だれか手伝える人がいれば楽なのですが」
ーーそれでは後は頼みましたよ。そう言って神父のおじさんは部屋から出て行った。…そういえば名前聞いてなかったな。
「それでは、説明は僕たちが引き継ぐとして、その前にアレクさん、少しだけ席を外してもらうことはできますか?」
神父のおじさんが出て行ってすぐに緑髪の人がそう言った。茶髪の、アレクさんと呼ばれたおじさんは腕を組んだままで、どうしてだ、と短く尋ねる。
「少しだけ他の人に聞かれたくない話がありましてね」
「魔法を使えばいいだろう。口元は見ないようにしておく」
「そうですが…いや、そうですね」
お気遣いありがとうございます。そう言って緑髪の人は立ち上がってこちらへと歩いてきた。
「はじめまして神田さん。僕の名前はエルルクと言います。気軽に、エル、と呼んでください」
「は、はい」
なぜか最初の方を強調したような挨拶に私が返事をした直後、彼…エルが何かを呟く。すると、何か空気が変わったような感覚を覚えた。
「これでこの会話は誰にも聞かれない。気兼ねなく話すことができる」
「はい?」
「神田、僕とお前は昔会ったことがある。お前にとっては数年前だろうが」
エルは突然口調を変え、こちらを睨みつけながらそんなことを言い始める。だけど、私にはなんの心当たりもない。
「人違いじゃないですか?さっきはじめましてって…」
「“サンちゃん”の事、ちゃんと覚えてるよね?」
「…っ!?」
エルの口から出てきた名前に心臓が止まるような感覚を覚えた。
なんでその名前を、その名前は…
「覚えているようで何よりだ。僕の“前世”での名前は山内陽影。僕はまだお前の事を許してないよ」
ーーお前のせいでサンちゃんが死んだんだ。
五年前に死んだはずの知り合いの名前、それを名乗ったエルは憎々しげにこちらを睨んでいた。