0泊2日
時が経つのが早すぎる…
ファストを出て…ファストというのはさっきまでいた街の名前だが…ハオスと話しながら歩いて早三時間。道無き道を行っているので誰にも会うことがなく、こちらから攻撃しない限り魔物も襲ってこない。実に平和だ。
街を出てからずっと話していたので、そろそろ話題が少なくなってきた。途切れ途切れの会話だったが、友達というわけでもないような相手と三時間も持っただけ長い方だろう。
「それにしてもイザベラさんが“神託騎士”なんて大層なものだったとはなぁ」
街を出てからのハオスとの対話はイザベラさんのことから始まった。
◇
「そういえば、まさか彼女が“神託騎士”だったとはね」
「神託騎士?」
進行方向を決め、歩き始めてすぐにハオスがそう言った。
「ほら、彼女だよ。君と一緒に住んでた…イザベラだっけ?その人」
「…イザベラさんが、その…神託騎士ってやつだったって?」
当然のように一緒に住んでいた人を把握していることに疑問を覚えたが、そういえばハオスって街の中で声を掛けることは出来ないけど覗くことはできるんだったと思い出した。
「顔も名前も知らなかったから気づかなかったんだけど、あのスキル。似たようなのをどこかで聞いたことがある気がしてたんだよね」
「待て待て、そもそも“神託騎士”ってなんだよ」
当たり前なことのように流されるワードに慌ててストップをかける。
するとハオスは、少し黙ってから、ああ、と納得したような声を出した。
「そういえば、説明してなかったね。“神託騎士”っていうのは、それぞれ神から特殊なスキルを与えられた、勇者の代理品みたいなものだよ。神託によって選ばれるから神託騎士。たしか今は四人だったかな。今代の神託騎士はあまり表に出て活動はしてないからその能力については分かってることは少ないんだけど、その中で唯一はっきりと表舞台に現れたことがあるのが『炎の騎士』なんて呼ばれてる女性なんだ」
「『炎の騎士』…」
「子供を攫って生贄にして悪魔を召喚しようなんておもし…馬鹿なことを考えた悪魔崇拝者の教団を、二人という被害が出たけど一晩で壊滅させたっていう噂でね。炎を纏って戦う姿からそうよばれたとか」
「それがイザベラさんだって?」
「まあね。だって、『太陽の手』ってユニークスキルだし」
「ユニークスキル?」
ユニーク…特殊とか固有のとかそういう感じの意味だったっけ?
「ユニークスキル、名前の通り唯一無二のスキルだね。世界の管理者、神の気まぐれで作られ、その人用に調整してあるから世界の流れに組み込まれることもまず無く、基本授かった人にしか使えないスキル。君も欲しい?」
「俺が持ってるスキルにはユニークスキルはないのか?」
『血液操作』とか完全に人間の使うようなやつじゃないだろ、と尋ねる。
「今のところユニークスキルはないよ。血液操作も元は魔物のスキルだけど、魔物のスキルもちゃんと世界に組み込まれてるからね。『血液操作』スキル持ちも数万人に一人の割合で生まれるよ。まあ、だいたい子供の頃に能力の操作ミスで死んじゃうんだけどねー」
ハオスは軽い調子でそう言った。
…さっきまで使ってたけど『血液操作』スキルはなるべく自分の体には使わないようにしよう。
「…ところで、ユニークスキルの取得って俺でもできるんだよな?さっき俺に、君も欲しいかなんて聞いてたんだし」
「まあね。でも、取得には最低でも千人分の魂が必要になるだろうし、まともに使えるレベルのスキルにするには何千人分、下手したら何万とか必要になるから現実的じゃないね」
「そうか…無理そうだな。ユニークスキルは諦めよう。普通のスキルで十分だろうし」
それがいいよ、とハオスが言い、そこで会話が途切れた。
◇
見かけた動物、植物、魔物の話や、ふと思いついた疑問について話しながら歩くうちに日が沈んでいく。
暗くてもよく見える目を持っているから歩くことに問題はないし、眠る必要がなく体力も結構あるので一日中歩き続けることも出来るが、生物である以上避けることの出来ない問題が出てきた。
ーーーぐうぅ…
そう、空腹である。
特になんの準備もなく街から出たため食料などはもちろんなく、動物や魔物を狩って食べるにしても捌く技術がないから難しい。…寄生虫とか食中毒とか嫌だし。
水については万能スキルである『生活魔法』でなんとかなるのが救いだが、食べ物はどうしようもない。
『解体』スキルという動物や物を解体できるようになるスキルはあるらしいが、今はもうスキルを取れるほどの魂は残っていない。
「『回復魔法』も結構使ったけど『超回復』は桁外れにコストがかかるからね。回復速度のブーストしないと死にそうだったから少ない残りも注ぎ込まなきゃいけなかったし。…まあ盗賊とかが出るのを祈っておけばいいんじゃないかな」
というのがハオスの説明。
「次の街についたらすぐにたくさん殺して『解体』と『収納』スキル取ってやるからな…」
『収納』スキルとはその名の通り物をしまい込むスキルだ。出し入れに魔力が必要になるが、維持には必要ないらしく、大変便利仕様らしい。
これがあれば荷物の持ち運びに頭を悩ます必要が無くなるので是非とも手に入れたいところだ。
「『収納』スキルも結構コストかかるからすぐにってわけにはいかないんじゃないかなぁ」
「ハオス、うるさい」
そんなことを話しながら歩くうちに、空が白み始めてきた。ハオスによると、このままのペースで歩けばあと六時間ほどで着くらしい。
「…今更なんだけどさ、山を突っ切る必要があったのか?」
ようやく山から出て視界が広くなったところで気になったことを聞いてみた。これで特に意味はなかったとか言われたときは、どんな手段を使ってでもこいつを殴りにいこう。
「まあ時間の短縮にはなるからね。無駄ってわけじゃないと思うよ」
「それなら仕方ないか…。それで、どのぐらい短縮出来てるんだ?」
「三十分ぐらいだね!普通に平地歩いた方が楽だったんじゃないかな!ふふっ」
「おまっ、ふざけんなよ!!」
楽しそうに笑うハオスの声に、思わず怒鳴りつける。
その反応を見て、とても面白かったのかは知らないが笑い声がさらに大きくなった。
…いつか絶対ぶん殴ってやる。
◇
残念ながら盗賊に遭遇することもなく、目標の街が見えてきた。少し前から足元がぬかるんでいて、少し歩きにくい。
「珍しい、というより運がいいね。ここら辺が晴れることなんて一ヶ月に一回ぐらいしかないはずだから」
ここに来るまでに聞いた話ではこの地域はほぼ毎日雨が降っているということだが、運がいいことに雲一つない青空が広がっている。
まあそんなことはどうでもいい。俺は早く何かを食べたいんだ。…名物料理とかあったりするのかな。
街の入り口に少しだけできた列に並び、衛兵にギルドカードを見せる。
「この街にはどんな目的で?」
「ごは…違った。学院に入学しに!」
水の街『セード』、ほぼ一年中雨が降っていることで有名なその街にはもう一つ有名なところがある。
『ミラク魔法学院』という、この世界で唯一の魔法に関する正式な教育機関。その敷地は街の三分の一を占め、教師を含めれば約二千人もの人が在籍している。
入学基準は『魔力を持っている』ことだけであり、逆に言えば魔力さえあればいつでも、どんな人でも迎え入れるという変わった学院。運営資金源、学長の正体、入学した生徒の数に比べた卒業生の割合など、多くの謎を持つ場所。
全寮制であり、卒業もしくは退学するまでその敷地から出られないが、その卒業生のほとんどが多大な功績を残しているという。
まあこれは全てハオスから聞いた話だが、その中でも入学を決める理由となったのがこの二つだ。
ミラク魔法学院は国や教会から完全に独立した一つの組織として認められており、その内側で起こった事件に関しては国も教会も干渉することはできない。
と、
ミラク魔法学院内で起こった事件の内、執行委員会に届けられなかったものは全て自己責任とする。
=====================================
【今回の殺害人数】
0人
【total】
356人
次は番外編かもしれません