百人目
自分にも有言実行できるときはあるのです…
ーーカキンッ
硬質な音を立てて、突き出したナイフが弾かれる。
イザベラはそのまま剣を振り上げて…
ーーフォン
「…ッ」
振り下ろされた剣をすんでのところで身をよじって躱す。
視線が交わった。
左手に纏わせている血の形を変える。イメージするのは刀。振り抜きながら形を作り上げる。
ーーカキンッ
イザベラは顔色一つ変えずに防いだ。だが、それは予想していた。
「くっ」
剣に触れた刀の形を崩し、剣を包み込む。そのままイザベラの手を潰せたら良かったのだが、その前に剣から手を離されてしまった。
「これでもう攻撃手段はないでしょう。…諦めてください」
伸ばしていた血液を元のように左手に纏わせ、奪った剣を左手に握る。
右手にはナイフ、左手には剣。対する相手は無手だ。イザベラにはもう逃げるぐらいしか道は残されていない。
そうやって…油断した。そもそもこの世界で普通なんて、常識なんて通用するはずがないことなんて簡単に予想がつくというのに。自分こそ血液を操って攻撃するという常識外れた手段を使っているというのに考えもしなかった。
「そうだな、このままだとどうしようもない。…だから、本気でお前を殺そう」
相手にも特殊なスキルがあるだなんてことは。
「この手に加護を、『太陽の手』」
その呟きが消えた瞬間、イザベラの両手に火が灯る。とても赤い、とても紅い火。それに加えて身体中に感じるる熱気は、確かに彼女の両手に太陽があると言われても信じられそうなほどだった。
「熱っ…」
「これを使ったらもう手加減は出来ない。せめて、苦しまずに逝けるようにしよう」
目の前に拳が突き出される。
「…ッ!?」
右手のナイフを盾にし、殴られた勢いのまま後ろに跳ぶ。ナイフと拳が触れていたのは一瞬。だというのにナイフを構成している血液の、約三分の一が蒸発した。
「給水」
『生活魔法』で水を出し、服に燃え移った火を消す。
おそらくこのナイフはイザベラからの攻撃を、あと二回も耐えられないだろう。支配下にある血を全て集めたとしても恐らく持って五回まで。
つまり…このままじゃ負ける。殺されてしまう。正面からだと絶対に勝てない。…それなら。
「なっ!?逃げる気か!」
後ろに跳んだおかげで近くなった窓から外に出る。
着地して振り向くと、予想通りイザベラも飛び出してきていたので空中の彼女に向かって奪っていた剣を投擲する。
「当たるか!」
当然のように弾かれた。方向をそらされた剣はそのまま家の壁に突き刺さる。その刀身は、多少赤熱していたが原型を保っていた。
血液で模った武器はすぐに蒸発してしまう。つまり、今自分の手元にある武器で有効に使えるのはハオスから貰った一本のみ。
つい先ほど兵士から回収していた武器はあるが、それを置いた路地までは少し距離がある。…くそっ!なんで近くに置いておかなかったんだ俺は!
だが、ここにあるもの全てを使えば、なんとかイザベラを殺せるかもしれない。そのための作戦もある。だが、その成功率は五分五分。失敗すれば殺されてしまうだろう。
「だが逃げる事は出来ない、か」
恐らくイザベラの足は自分よりも速い。それは今までの動きでなんとなく想像がつく。そもそも足の長さから違うんだ。
それならば、いくら成功率が低くてもこれに賭けるしかない。
「イザベラさん。わかりました」
「…諦める気にでもなったのか?」
「はい。もう降参です」
両手を挙げ、右手のナイフも左手に纏わせていた方もただの血液に戻した。重量に従い落ちていく血液。それはすぐに地面に吸い込まれていった。
「もうこれ以上どうしようもありません。見ての通り武器も捨ててしまいました。煮るなり焼くなり好きにしてください」
イザベラはスキルを解除しない。そのままこちらをじっと見据えて言った。
「…まだお前からは戦意が感じられるぞ。それに、私の勘もまだ終わってないと言っている」
「…ははは、バレちゃいますよね。そうですよ。私はまだ武器を持ってます」
太腿のホルスターからナイフを取り出し、ひらひらと目の前で降る。
…勝負はこれから。失敗すればもちろん死ぬし、成功しても死ぬかもしれない。だが、覚悟はできた。
イザベラに気づかれないように、だが大きく、ゆっくり息を吸う。勝負は一瞬だ。
「これでもう全部終わりです。それなら…こうするしかありませんよね?大好きでした。イザベラさん」
イザベラの瞳が揺れた。
「…ッ!」
言い終わるや否や片手で摘んでいたナイフを両手に持ち、思い切り自分の胸に突き刺す。グチュリというような変な音ととてつもない痛み、飛び散る血。
だがそれは、望んでいた通りの結果を引き起こした。
「なっ、バカやろう!」
それは、イザベラの動揺、短い隙。だが、不意を突くには十分すぎた。
動揺するイザベラの足元から出てきたのは血色の鎖。そう、ついさっき操作をやめたように見せた血液だ。形を崩した血液は、地中を通ってイザベラの真下に移動していた。
そしてそのまま下半身に巻きつき、動きを封じる。どんどん蒸発していくが関係ない。必要なのは今イザベラが下を向いたという事実だけだ。
「死ね」
届かないぐらい小さな声で呟く。だが、もし届いていたとしてもイザベラは聞くことができなかっただろう。
なぜならその時には、真っ赤な腕に振り下ろされた剣により、イザベラの頭と体は二つに分かれてしまっていたからだ。
血液操作により胸の出血をなんとか抑えながら首の無くなったイザベラにゆっくりと歩み寄る。
そして、自分の血に濡れたナイフでイザベラの胸を切り開き、動きを止めた彼女の心臓を握りしめた。
「短い間でしたけど、ありがとうございました。イザベラさん」
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【今回の殺害人数】
一人
【total】
百人
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